ブロムシュテット+N響 モーツァルトのミサ曲ハ短調 しみじみと美しい演奏

 20191122日、NHKホールでNHK交響楽団定期演奏会を聴いた。指揮はヘルベルト・ブロムシュテット、曲目は前半にモーツァルトの交響曲 第36番「リンツ」、後半にモーツァルトのミサ曲 ハ短調 K. 427

「リンツ」を聴いた時点で、ブロムシュテットもかつての勢いをなくしたと思った。第4楽章はとてもよかったが、その前はもたついているのを感じた。特に、第2・3楽章は少々退屈だった。音楽が流れず、途絶え気味になっていると思った。かつてのブロムシュテットにはなかったことだ。ミサ曲も期待できないかも…と思った。

 が、その予想は間違いだった。ミサ曲は初めから素晴らしかった。自然に音楽が流れ、穏やかな心境が美しく描かれる。しみじみとして美しい。もともとそれほど起伏のある音楽ではないので、下手な演奏だと退屈しそうになるのだが、まったくそんなことはない。穏やかな表情が続くが、そこに様々なニュアンスがあり、絶妙に美しさがあり、静かな信仰心があり、心の奥にしみいる人間愛のようなものがある。哀しみのなかに慈愛があり、信仰心のなかに人間愛がある。そのように感じた。ずっと音楽にふけることができた。N響も見事な音を出してくれた。誇張がなく、しみじみと美しい。

 歌手陣もとてもよかった。とりわけ、二人のソプラノ、クリスティーナ・ランツハマーとアンナ・ルチア・リヒターが素晴らしい。ともに宗教音楽にふさわしい澄んだ声で、音程もよく、しみじみとした歌唱が心地よかった。テノールのティルマン・リヒディもしっかりとした美声、バリトンの甲斐栄次郎も出番こそ少ないが、しっかりした歌唱だった。そして、新国立劇場合唱団もいつもながら声がしっかり出ており、見事。

 バッハと違って峻厳な信仰は感じないが、穏やかで人間化された信仰を味わうことができた。

 来年もまたブロムシュテットの演奏を聴きたいものだ。

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パーヴォ・ヤルヴィ+コンセルトヘボウのベートーヴェン第4番 全身が震えた

 20191119日、サントリーホールでロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団演奏会を聴いた。指揮はパーヴォ・ヤルヴィ、曲目は前半にベートーヴェンの交響曲第4番、後半にショスタコーヴィチの交響曲第10番。超名演だった。

 まず、コンセルトヘボウの音の美しさに改めて驚嘆。とりわけ木管楽器の美しさには本当にうっとりする。クラリネットの弱音のニュアンスの豊かさに心が震えた。もちろん、弦楽器も潤いがあり、しなやか。音を聴くだけで実に快感。

 そして、パーヴォの棒さばきも見事。ベートーヴェンの交響曲第4番の第1楽章。もやもやした雰囲気で始まり、雲が晴れるかのように視野が開ける。そして、躍動し、ワクワク感が広がる。その様子がパーヴォの棒によって実現されていく。生命力に富み、リズムにあふれ、構成感もある。音楽が心地よく推進されていく。第3楽章のスケルツォも終楽章も躍動し心が弾んでいく。

 昔、音楽に感動すると、背中に悪寒が走り、全身がしびれたようになっていた。長らくそのような感動を覚えたことがなかったが、今日、久しぶりにその状態になった。

 後半のショスタコーヴィチもすごかった。ベートーヴェンの第4番ほど好きな曲ではないのだが、やはりこの音の饗宴には圧倒されるしかない。強烈な音が充満する。ショスタコーヴィチの音はまさにヒステリックなのだが、心の奥底からの深いヒステリーだとでもいうか。少しも下品でなく、心の奥を揺り動かす。様々な音が縦横無尽に入り組み、それが見事に整理される。が、もちろん整理されるといっても、予定調和的ではなく、強烈さを失っていない。狂乱の音楽に私の心も狂乱しそう。

 アンコールはチャイコフスキーの「くるみ割り人形」の「トレパック」とシベリウスの「悲しきワルツ」。これらも素晴らしかった。「悲しきワルツ」では弦のアンサンブルの美しさに酔った。

 コンセルトヘボウの音はすごいなあ、パーヴォはすごい指揮者だなあというきわめてプリミティブな感想を反芻しながら、家に帰った。

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ブロムシュテット+N響のブラームス3 ブロムシュテットも枯れた?

 20191117日、NHKホールで定期演奏会を聴いた。指揮はヘルベルト・ブロムシュテット、曲目は前半にマルティン・ステュルフェルトのピアノが加わって、ステンハンマルのピアノ協奏曲第2番、後半はブラームスの交響曲第3番。

 ステュルフェルトという作曲家は初めて知った。ストックホルム生まれのシュトラウスより少しあとの世代の作曲家らしいが、曲想はブラームスとショパンを合わせたような感じ。とても魅力的なところもたくさんあったが、結局、よくわからなかった。私くらいの歳になると、初めての曲を予備知識なしに聴くのはつらい。曲の構成を捉えられないまま終わってしまう。

 ピアノのアンコールは、ブラームスの幻想曲集作品116からの曲だという。抒情性を秘めた粒立ちの良いピアノだった。

 ブラームスのほうはかなり独特の演奏だと思った。良くも悪くも、ついにブロムシュテットも枯れてきたと思った。今までのブロムシュテットのような若々しい推進力がない。一気呵成に音楽を作るというより、穏やかな箇所があり、静まりかえる個所があり、大きく躍動する箇所がある。しみじみとした音楽がしばしば聞こえてくる。一つの川のように、様々な表情を見せて、音楽が流れていく。様々な水の表情があるように、音楽にも様々なニュアンスがある。それをブロムシュテットは丁寧に音楽にしていく。そのため、構成感が弱まる。が、あっというほど美しいところがいくつもある。ところどころで魂が震えた。

 第23楽章ではとりわけ、まるで一つ一つの音を慈しんでいるような箇所がいくつもあった。すっと静かになり、管楽器の音、弦楽器の音がまるでこれが最後の別れであるかのように穏やかに鳴りわたる。

 第4楽章では大きく盛り上がった。しかし、ここでもしばしば推進力がある音楽ではなく、しばしば歩みを止め、一つ一つの音を慈しむ場面がある。こうして、最後、静かに終わる。

 素晴らしい演奏だと思う。ただ、私は、最終楽章はもう少し盛り上げてよかったのではないかと思った。ちょっと、細かいニュアンスを描きすぎて、少し爆発が物足りなく思った。きっと、ブロムシュテットは爆発させるよりも、様々な部分のそれぞれの美しさを保ちながら、最後に静かに終わっていく様子を描きたかったのだろう。

 ブロムシュテットもついに枯れたのだろうか。もちろん、まだまだ元気だ。90歳を超えているとは思えない足取りと棒さばき。しかし、人生の残りをかみしめるような音楽の表情をブロムシュテットの音楽のなかに、今回、初めて聴いた気がする。

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新居由佳梨のフランクに感動!

 20191113日、オペラシティ リサイタルホールで「新居由佳梨ピアノリサイタル 重なり合う旋律 〜バッハとフランクに寄せて〜」を聴いた。ゲスト共演はチェロの西谷牧人。素晴らしかった。

 曲目は前半にバッハのカンタータ第147番より「主よ、人の望みの喜びよ」、イタリアン協奏曲 BWV971、フランクの「プレリュード、コラールとフーガ」ロ短調、後半にバッハのヴィオラ・ダ・ガンバ・ソナタ第1番とフランクのヴァイオリン・ソナタ イ長調(チェロ編曲版)

 フランス的なバッハといってよいだろう。優雅でしっとりとして色彩感のあるバッハ。音の重なりを重視するが、ドイツ的な剛腕でうねるような音の重なりではない。しなやかでさわやか。これが新居のバッハなのだろう。フランス音楽を得意とする新居らしい。

 が、私はバッハよりもフランクに強く惹かれた。まず、プレリュード、コラールとフーガ ロ短調に驚嘆した。これは単にフランス的というよりも、もっとずっと強い表現だ。激しい感情の起伏を描く。しかし、決してロマンティックではなく、やはりバッハ風。感情移入するのではなく、客観性を保って知的でダイナミック。そうか、フランクの音楽というのはこんな音楽だったんだ!と納得。何度か魂が震えた。

 後半のヴァイオリン・ソナタ(チェロ版)もよかった。第2楽章のピアノの出だしに驚いた。フランク的なうねりという言葉を使いたくなるような大きな音の躍動だった。その後、大きく盛り上がっていった。しかし、チェロの西谷の個性もあるのかもしれないが、ロマンティックに思い入れたっぷりにしゃかりきになって演奏するのでなく、客観性を保っている。新居のピアノも、大きく流動しながらも、けっして熱くならない。そう、まさにバッハ的。しかし、音楽は緻密に構成され、論理的に高揚し、音が激しくうねっていく。

 フランクの前にバッハが演奏されたのは、このような意図があったのだろう。すなわち、新居は熱いロマンティックなフランクではなく、バッハの後継者としてのフランクを演奏したかったのだろう。ロマンティックな感情の高まりとしてよりも、音の重なり合い、音のうねりとしてとらえられる。それに最高度に成功していると思った。

 新居さんのピアノを知ったのは2005年だったと思う。思えば、15年近く前のことになる。清潔で高貴な音のみずみずしい演奏をする若いピアニストだと思った。その後、多摩大学のゼミが企画するコンサートで新居さんに何度か演奏をお願いした。聴くごとに素晴らしいピアニストになるのを感じていた。ラヴェルの「ラ・ヴァルス」は華麗でダイナミックでまさに圧倒的だった。そして、今日聴いてみて、こんなことを言うのは、あまりにおこがましいが、本当にすごいピアニストになったものだと思った。少なくとも私は何度も魂を揺り動かされた。

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オペラ映像「血まみれの修道女」「青ひげ公の城」「人間の声」「ペレアスとメリザンド」

 十分に忙しいのだが、急ぎの原稿がないので、空いた時間にオペラ映像をみている。何本かみたので感想を書く。

 

グノー 「血まみれの修道女」 2018年 パリ、オペラ=コミック座

 グノーにこんなオペラがあるとは知らなかった。いわば、これはホラー・オペラ。

 血まみれの修道女の亡霊が出るという噂を利用して、ロドルフはアニエスと駆け落ちしようとするが、本物の亡霊が現れて、ロドルフは亡霊に取りつかれてしまう。亡霊から逃れる条件として、ロドルフは彼女を捨てて殺した男に復讐することを誓う。ところが、その男というのはロドルフの父親だった・・・。そんな話だ。

 あまり文学的なストーリーとは言えないが、とてもわかりやすい。グノーらしい美しい旋律にあふれており、恐怖をあおるようなドラマティックでスリリングな音楽もふんだんにある。

 ロドルフを歌うマイケル・スパイアーズは音程の良いしっかりした美声で歌う。修道女の亡霊を歌うマリオン・ルベーグもなかなかの迫力。凄味がある。アニエスのヴァニナ・サントーニはハリウッド映画のヒロインを演じても不思議でないほどの美貌で、声もしっかりしている。リュドルフ伯爵のジェローム・ブティリエもとてもいい。

 指揮はロランス・エキルベイ。ラ・フォル・ジュルネにも登場した女性指揮者だが、ドラマティックに音楽を作る。飽きさせない。

 いやあ、とってもおもしろかった! これはもっと上演されるべきオペラだと思う。

 

バルトーク「青ひげ公の城」 2015年 パリ、オペラ(ガルニエ宮)

 一般的な上演では、ふてぶてしく得体のしれない青ひげと、おびえるうぶなユディットの対話からなるオペラなのだが、今回の映像は、神経症的でおびえるかのような青ひげと挑発的で世慣れた雰囲気のユディットの対話という形をとっている。青ひげはユディットの強い態度に押し切られて仕方なしにドアを開けていく。面白い解釈だと思うが、やはり音楽と矛盾するような気がする。

 青ひげを歌うジョン・レライヤは声も美しく、演技も見事。素晴らしい。ユディットを歌うエカテリーナ・グバノヴァは、演出意図によるのだと思うが、気の強い姉御肌の風俗嬢といった雰囲気。だが、そうなると、どうも歌が魅力的に聞こえない。

 指揮はサロネン、演出はワルリコフスキ。鮮烈な演奏。鋭い音が響き、心の奥底をえぐる。

 とはいえ、この演出には少し無理があるような気がする。私にはあまり魅力的に聞こえてこなかった。

 

プーランク 「人間の声」  2015年 パリ、オペラ(ガルニエ宮)

「青ひげ公の城」の最後の場面に、「彼女」が現れて、そのまま途切れることなく、このモノオペラが開始される。

「彼女」を歌うのは、バーバラ・ハンニガン。指揮、演出ともに「青ひげ公の城」と同じサロネンとワルリコフスキ。

 私としてはこれも少々不満。いや、それはそれでとても良い上演だと思う。だが、これはプーランクのオペラとは別物だ。これではまるでシェーンベルク。フランス的というか、ジャン・コクトー的というか、パリジェンヌ的というか、そんな雰囲気がまったくない。女性は涙のためにアイシャドーの黒い筋が頬に数本、くっきりとついた顔で登場し、ウィスキーの瓶を口のみしながら、舞台上を動き回り、強い声で絶叫する。オーケストラも激しい音でもり上げる。しかも、腹を撃たれた血だらけの男が登場する。彼女が実は男を撃ったという設定らしい。

 プーランクのこのモノオペラは、電話で男と話をし、男に必死に縋り付こうとし、取り繕い、自分を抑えようとするが、それができずに我をなくして、ついに自殺を決意する様子が哀れで美しいのだが、この上演にはそれがない。ストレートに嘆きを歌い上げる。これではプーランクの魅力が台無しだと思う。

 

ドビュッシー 「ペレアスとメリザンド」 2016年 チューリッヒ歌劇場

 まずドミトリー・チェルニャコフの演出に驚く。ホテルだろうか。それとも精神病棟だろうか。それさえもよくわからない。高原の人里離れた清潔で洗練された現代的な建物の中で、ペレアスとメリザンドの不思議な物語が展開される。メリザンドは医師であるゴローの患者のようにも見える。城も塔も、そして髪を垂らす場面もない。いや、そもそもゴローはペレアスを殺さない。すべてが象徴として示される。行われているのは、ホテルあるいは病棟での不思議なやり取り。前半は淡々と進むが、後半、ゴローの嫉妬が爆発し、むしろゴローのほうが神経症的になっていく。

 メリザンドを歌うコリーヌ・ウィンタースの存在感が圧倒的だ。特異な美貌といってよいだろう。ちょっと東洋風の顔立ちだが、メリザンドにぴったり。まさに謎の女性に見える。歌も素晴らしい。ヴィブラートの少ない清澄な声で歌う。ゴローのカイル・ケテルセンも知的な歌が素晴らしい。ペレアスのジャック・インブライロもいいが、後半、少し疲れたように聞こえる。イニョルドを歌うダミアン・ゲーリッツという少年も含めて、容姿と歌の両方が全員そろっている。

 アラン・アルティノグリュの指揮は大いに気に入った。前半はぐっと抑制して、知的で淡々と演奏。後半、それをドラマティックに盛り上げていく。じりじりするような雰囲気が伝わる。

 ただ、演出については私の好みではなかった。この演出も謎めいており、象徴的ではあるが、これではまるですべてが神経症で済まされてしまい、嫉妬の感情が前面に押し出されてしまう。しかし、原作はもっと豊かでもっと魅力にあふれている。象徴の世界の中で宙づりにされたまま浮遊するような雰囲気がメーテルランクの台本にもドビュッシーの音楽にもある。それがこのオペラの最大の魅力だと思うが、この演出にはそれがない。これでは、かなり普通のオペラではないかと、私は思ってしまう。

 刺激的な上演ではあったし、演奏には惹かれたが、ちょっと嫌味を感じた。

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新国立劇場「ドン・パスクワーレ」を楽しんだ

 2019年11月11日、新国立劇場で「ドン・パスクワーレ」を見た。とても楽しかった。

 やはり、ドン・パスクワーレを歌ったロベルト・スカンディウッツィがいい。まさに適役。自在に、芸達者に歌い、声も伸びている。演技も見事。愛すべき頑固者の雰囲気が出ている。マラテスタのビアジオ・ピッツーティも、はじめのうち少しだけ不安定だったが、すぐに良くなって、後半は自在な歌唱になった。エルネストのマキシム・ミロノフはきれいな声だが、あまりに線が細い。高音の音程も時々ふらついた。ノリーナを歌うのはハスミック・トロシャン。最初の予定ではドゥ・ニースということだったが、変更になったらしい。しかし、十分に美しい声で華麗に歌っていた。ノリーナにぴったりだった。

 指揮はコッラード・ロヴァーリス。手堅く中庸の指揮といえるだろう。もう少しやりようがあると思う。後半で盛り上がったが、前半、もたつき気味に聞こえた。もっと音楽を推進してほしいと思った。演出はステファノ・ヴィツィオーリ。装置の動き方、デザイン。歌手たちの動きなど、どれもとてもしゃれていて、楽しかった。後半、大いに笑い声が上がっていた。

 合唱は三澤洋史の合唱指揮による新国立劇場合唱団。とてもよかった。東京フィルハーモニー交響楽団は特に大きなミスはなかったと思うが、とても精妙な音とは言えなかった。

 全体的に、難はなくもないが、ともあれ要所要所ではおもしろさ、楽しさがうわまわって、見事なオペラが出来上がっていた。

 十分にオペラを堪能することができた。

 

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シフ ベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲演奏会の2日目 今日も興奮した!

 2019年11月8日、オペラシティ・コンサートホールで、アンドラーシュ・シフ ベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲演奏会の2日目、第1番・5番を聴いた。

 二日連続の名演奏! オーケストラは今日もまた昨日と同じようなしなやかな音を出す。しっとりと落ち着いているが、そうであるだけにフォルテになるとぐっと心の奥に響く。全体的に息があっており、まさに室内楽。これまで第1番の協奏曲はあまり面白いと思ったことがなかったが、いやはや第一楽章のカデンツァがすさまじい。第三楽章の躍動も心が躍るほど。素晴らしい曲ではないか。

「皇帝」も素晴らしかった。特に第1楽章の広がりと、第2楽章の叙情に圧倒された。オーケストラの規模も大 第5番「皇帝」も素晴らしかった。特に第1楽章の広がりと、第2楽章の叙情に圧倒された。オーケストラの規模も大きくなく、響きも室内楽的であるにもかかわらず、壮大に響く。こけおどしがなく、無意味に大きな音がするわけではない。だが、メリハリがあり、時にずしんと響く音があるために、精神的なスケールの大きさが感じられる。シフの音楽性に恐れ入る。そして、ピアノの音のなんという美しさ。研ぎ澄まされ、澄み渡り、しかも深みを感じる。ただ、第3楽章は、ちょっともたついて聞こえた。もしかしたら、私の気分の側に問題があったのかもしれないが。

 アンコールはピアノ協奏曲第4番の第2・3楽章。昨日聴いた曲だが、私は第2楽章については昨日よりも感動した。抒情が静かに燃えるのを感じた。第3楽章も昨日よりももっと心の高まりを覚えた。

 昨日と同じように、最後のピアノソロのアンコール。「テレーゼ」の第2・3楽章だった。チャーミングな曲なのだが、それがシフに手にかかると、抒情が広がり、心の奥底にある深淵が見えてくる。それにしても、なんという音の美しさ。

 心の底から満足のいく、感動の二日間だった。

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シフ ベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲演奏会の初日 興奮した!

 2019年11月7日、オペラシティ・コンサートホールで、アンドラーシュ・シフ ベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲演奏会の初日を聴いた。自ら創設したカペラ・アンドレア・バルカを指揮してのいわゆる「弾き振り」。曲目はベートーヴェンのピアノ協奏曲第234番。

 カペラ・アンドレア・バルカは、いわばシフの友人たちなのだと思う。ふだんはソリストとして活躍する演奏家たちが臨時に集まって演奏するらしい。かなり高齢の人々。平衡配置なのだが、コントラバスが1台ずつ右と左に分かれて配置されている。出てくる音は素晴らしい。しなやかで柔らかくて潤いがあって艶がある。まさに大人の味わい。

 シフのピアノの音も粒立ちが良く、しかもオーケストラ以上にしなやか。しかし、ここぞというところでは深く強い音がして、それが心の奥に響く。まったく誇張がなく、自然に流れていくが、深い情緒があり、ドラマがある。凄い!!

 第3番が圧倒的に素晴らしかった。この曲は、悲劇性を強調しすぎると不自然になる。が、それをしっかりと均整を取りながら、そこにベートーヴェンらしい魂の爆発を加えていく。第2楽章、第3楽章は圧巻。

 第4番もとてもよかったが、私は第3番のほうに感銘を受けた。第4番の第2楽章(私も最も好きな楽章だ)が私としてはもっと感動させてほしかった。ちょっと不発。

 アンコールで「皇帝」の第2楽章が始まったので、この楽章だけだと思っていたら、そのまま第3楽章に突入。最後まで演奏された。これもいたずらに華麗なのではなく、深みがあり、節度がありながら、徐々に爆発していく。素晴らしかった。

 そして、さすがにそれでおしまいかと思っていたら、そのあとシフ一人でピアノ曲のアンコール。ベートーヴェンのピアノソナタ第12番。第3楽章の葬送行進曲が始まったので、この楽章で終わりかと思っていたら、第4楽章まで演奏された。どなたかシフの親しい人が亡くなったのだろうか。その人のためのこのアンコールではないかと思った。

 興奮したまま帰途に就いた。明日の朝も忙しいし、明日もまたシフの演奏を聴くので、ブログを書くのはこのくらいにする。

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オペラ映像「さまよえるオランダ人」(初稿版)、「カヴァレリア・ルスティカーナ」「ヘリアーネの奇跡」

 猛烈に忙しい事情があるのだが、ともあれ締切間近の原稿はなくなった。多少の余裕をもって生活している。つまり、外で仕事をして自宅に帰った後、休む間もなく原稿を書く必要はなく、そこはテレビを見たり、音楽を聴いたりできるということだ。そんなわけで、オペラ映像を数本見たので、簡単な感想を書く。

 

ワーグナー「さまよえるオランダ人」初稿版(1841年)2015年 アン・デア・ウィーン劇場

 この上演での演奏はCDでは聴いていたが、映像は初めてみた。ミンコフスキの指揮らしくきびきびしてドラマティック。ワーグナー的な大きなうねりはないが、「オランダ人」にはこの演奏はぴったり。レ・ミュジシャン・デュ・ルーヴルの演奏も素晴らしい。まさしく嵐の音楽。聴き慣れたヴァージョンとはオーケストレーションがかなり異なる。

 歌手陣は充実している。オランダ人を歌うサミュエル・ユンがさすがの歌唱。伸びがあるし、安定感もある。ゼンタのインゲラ・ブリンベリもとても美しい声。ゼンタにしてはリリックすぎるが、初稿にはこの歌手のほうがあっているのかもしれない。ドナルド(ダーラントという名前ではない)のラルス・ヴォルトも俗人っぽさがでていておもしろい。ゲオルク(エリックという名前ではない)のベルナール・リヒターは高音が少し苦しいが、全体的には美しい声。

 オリヴィエ・ピイの演出は、ドナルドの船をアメリカのマフィア団のアジトに見立てたもので、見ててあきないが、そこに鋭い解釈があるとは思えない。

 全体的には、何はともあれ、素晴らしい演奏だと思った。

 

マスカーニ 「カヴァレリア・ルスティカーナ」20192月 フィレンツェ五月祭劇場

 サントゥッツァを歌うアレクシア・ブルガリドゥがとてもいい。澄んだ声も歌唱も姿かたちもこの役にぴったり。美しすぎず、ちょっとくたびれていて、しかし心が優しく純真で十分に魅力的。なかなかこんなサンタはいない!

 トゥリッドゥのアンジェロ・ヴィラーリもとてもいいが、ちょっと後半苦しいところがある。アルフィオのデヴィッド・チェッコーニはこの役にふさわしく、まさに地域の親分。ルチアのエレーナ・ジリオ、ローラのマリーナ・オジーも役柄にぴったり。

 ヴァレーリオ・ガッリの指揮については、私は特に印象に残らなかった。ルイージ・ディ・ガンジとウーゴ・ジャコマッツィの演出は、田舎町というよりも小都市を感じさせるもの。現代とのつながりを強調したかったのだろうが、そうすると、「田舎の騎士道」というこのオペラの最大の魅力であり、このオペラのテーマであるものから離れてしまうのを感じた。

 

コルンゴルト 「ヘリアーネの奇跡」2018年 ベルリン・ドイツ・オペラ

 このオペラはCDを一度聴いたことがあるだけで、あらすじもほとんど把握していなかったので、今回初めてそこそこ理解してみたということになる。とても魅力的なオペラだ。「死の都」と雰囲気はよく似ている。シュトラウスの晩年のオペラを一層官能的にした感じ。オーケストラ・パートの音の重なりが実に美しい。

 ストーリーは、寓話っぽいのだが、何を言いたいのかよくわからない。「影のない女」のような雰囲気がある。要するに、異国の男と暴君の妃が惹かれあって、妃が死んだ男を蘇らせ、次に妃が死ぬが、今度は男が妃を蘇らせて、愛の大事さを訴える・・・とでもまとめられるあらすじだが、もちろん多様な解釈が成り立ちそう。

 ヘリアーネ役のサラ・ヤクビアクが魅力的な裸身を見せて見事に歌う。初めてこの歌手を知ったが、とてもいい歌手だと思う。声がきれいだし、強い声がいい。異国の男を歌うブライアン・ジャッジ、暴君を歌うヨーゼフ・ヴァーグナーがともに文句なし。特にヴァーグナーは妃の愛を得られぬ苦しみを説得力を持って演じている。

 そして、それにも増して、マルク・アルブレヒトの指揮、ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団の力演に圧倒される。力のある音のうねりが素晴らしい。

 演出はクリストフ・ロイ。全員が現代の服(スーツ姿)を着ている。もちろん意図的にそうしているのだろうが、死者を蘇らせたり、暴君が好き勝手に世界を動かしたりしているのだから、現代の服装は私には違和感が残る。時間も場所もわからないような舞台にするほうがすんなりと観客はオペラの世界に入れると思う。ロイが演出するのだから、そうはならないと分かったうえで言わせてもらえば、そもそもめったに上演されないオペラなのだから、まずはト書きに忠実であってほしいと思った。

 

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ドーリック弦楽四重奏団 とてもおもしろい演奏だったが、感動はしなかった

 2019年1031日、紀尾井ホールでドーリック弦楽四重奏団のコンサートを聴いた。曲目は前半にハイドン作曲弦賀寿四重奏曲第38番「冗談」とブリテン作曲の弦楽四重奏曲第3番、後半にベートーヴェンの弦楽四重奏曲第13番(大フーガ付き)。

 ドーリック弦楽四重奏団は初めて聴いた。女性二人が入って、男女二人ずつになったとのこと。

 親密な演奏というべきだろう。キアロスクーロ・カルテットを聴いたときに同じように感じたのを思い出した。繊細に小さく音楽を作る。ひそやかにささやくように。同質の音、完璧なアンサンブル。しなやかでまるでひそひそばなしのよう。楽しげに、冗談を言うように。息を合わせて語り合う。

 この3曲を同じような曲としてとらえているようだ。ちょっと冗談を言うように、息をひそめ、相手の顔を見合わせ、くすくすっと語る。親密な空間ができあがる。繊細で、心の奥にしみこむ。ブリテンの曲のおもしろさには息をのんだ。美しい。もの悲しい。あまりに繊細。

 ただ、これで大フーガを演奏されると、私としては少々物足りない。スケールが小さく、牙がなく、あまりに「草食系」。こんな第13番の弦楽四重奏曲を聴いたことがなかったので、とてもおもしろかったが、感動はしなかった。もっと牙のあるベートーヴェンに私は感動する。

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