1冊分の原稿をほぼ書き終えて編集者に送ったので、昨日の夕方からゆっくりしている。ガザ地区の悲惨な状況に憤りを感じるし、アメリカと日本の政府の姿勢にも怒りを覚えるが、私が怒っても仕方がない。オペラ映像を数本見たので簡単に感想を記す。
シュレーカー 「烙印を押された人々」2005年7月、8月 ザルツブルク、フェルゼンライトシューレ
先日、「宝を探す男」を観て、シュレーカーのオペラはなかなかおもしろいと知って、このDVDを購入。ザルツブルク音楽祭の上演。このオペラもとてもおもしろい。官能的で蠱惑的で世紀末的。シュトラウスのオペラからインパクトをなくした雰囲気の音楽で、見終わった後にメロディが頭に残らない感じがするが、オペラをみている間は十分に楽しめる。ストーリーもこの時代の作品らしくて雰囲気がある。
この上演について音楽的には不満はない。主役のアルヴィアーノのロバート・ブルベイカーはこの役にふさわしい歌と演技。作家の志茂田景樹さんのような恰好で登場。原作とは異なるのかもしれないが、舞台化としてはこれも一つの方法だろう。カルロッタはアンネ・シュヴァネヴィルムス、アドルノ公爵に先ごろ亡くなった名歌手ロバート・ヘイル、タマーレ伯爵役にミヒャエル・フォレ。さすがの名歌手たちだけあって、いずれも素晴らしい。初めてこのオペラを知るものとしてはまったく文句ない。ケント・ナガノ指揮のベルリン・ドイツ交響楽団も蠱惑的で精緻な音を出して、これも素晴らしい。
ただこれまたニコラウス・レーンホフの演出がわかりにくい。巨大な神の彫像が倒れた中で話が展開するのは、この作品の雰囲気に合っていてよいのだが、時代を現代にとっており、登場人物のキャラクターなどがはっきりしない。そのため、カルロッタの位置づけがよくわからない。めったに上演されないオペラにまで新解釈を施さないでほしいのだが、目立ってこそ評価が高まる演出家にそれを言っても耳を貸さないのだろう。
ムソルグスキー「ボリス・ゴドゥノフ」1869年原典版 2016年3月21日 ロンドン、ロイヤル・オペラ・ハウス(
かなり前のライブ映像だが、このソフトの存在を知らなかった。たまたま見つけて購入。
歌手陣が充実している。ボリス・ゴドゥノフのブリン・ターフェルはさすがの歌唱。まったく息切れせず深いバスの声でじっくりと歌う。シュイスキー公のジョン・グラハム=ホールは悪賢いこの役を見事に造形している。グリゴリーのデイヴィッド・バット・フィリップはこの役にしてはきれいで高貴な声。演出上の意図なのだろうか。修道僧はアイン・アンガー、ヴァルラームはジョン・トムリンソンという充実ぶり。
ただ、全体を通してあまり感動はしなかった。リチャード・ジョーンズの演出は比較的オーソドックスで色彩的にも美しいので、これは音楽の側の問題かもしれない。どうもムソルグスキーのあの凄味がない。まるで普通のイタリア・オペラのような雰囲気になっている。横溝正史の怪奇的でおどろおどろしい探偵小説が、最近のテレビドラマではなんだか普通のサスペンス・ドラマのようになっているのと同じ感じがする。このオペラの持つ得体のしれない凄味、人間の奥にある残酷さや欲望や悲しみが伝わってこない。パッパーノの明快でドラマティックな指揮のせいかもしれない。また声の薄い合唱団のせいかもしれない。全幕が終わって、ずしんと心の奥に残るものがなかった。
ヴェルディ 「二人のフォスカリ」 2015年9月 ロンドン、ロイヤル・オペラ・ハウス
これもパッパーノの指揮。パッパーノはやっぱりイタリア・オペラのほうがずっといい。生き生きとしてドラマティック。このような指揮だとヴェルディの初期作品にぴったり。
なんといっても、フランチェスコ・フォスカリ役のプラシド・ドミンゴがすごい。ドミンゴが登場すると、途端に舞台がしまる。重唱もぐっとよくなる。もちろん一人で歌っても素晴らしい。ヤコポ・フォスカリのフランチェスコ・メーリはきれいな声で格調高くていいのだが、超一流の一歩手前で足踏みしている感がある。声のコントロール、声の威力ともにとてもいいのだが、圧倒的ではない。ルクレツィアのマリア・アグレスタはとてもきれいな容姿でこの役にぴったりなのだが、声のコントロールが甘い。
演出はタデウス・シュトラスベルガー。比較的オーソドックスだが、政敵との抗争が強調され、拷問、殺害などが描かれる。どうも幕切れでフォスカリの子どもたちも殺されたということのようだ。二人のフォスカリはしばしば傾いた段の上で歌う。不安定な状況を示しているのだろう。シンプルな仕掛けだが、わかりやすくていい。ただ、映像が映し出されて、昔のハリウッドの歴史映画などでよく行われるように、最初に字幕で背景説明がある。確かに、このオペラ、起こっていることはわかりやすいが、なぜそうなっているのか納得できないところがある。それを解消するために工夫だと思うが、そんな必要はないのではないか。
ヴェルディのオペラの中ではあまり人気がないが、私は音楽的にも演劇的にもとても充実したオペラだと思う。
ヴェルディ 「エルナーニ」 2022年11月 フィレンツェ五月祭 (NHKで放送)
NHKで放送されたものをみた。何度みても、このオペラはなんだかわけがわからない。3人の主要な登場人物が、何度も突然考えを変えるが、なぜそうなのか、それぞれなぜそのような行動をとるのかまったく納得がいかない。だから感情移入できないし、私のような文学系出身の人間には、頭の中が「?」だらけになって、音楽を聴くどころではなくなってしまう。「イル・トロヴァトーレ」(これはもっと支離滅裂!)とともに私の苦手なオペラだ。
エルナーニのフランチェスコ・メーリとシルヴァのヴィタリー・コワリョフとエルヴィーラのマリア・ホセ・シーリはいい。ただ、圧倒的というほどではない。ドン・カルロのロベルト・フロンターリは声はきれいなのだが、十分にコントロールしきれておらず、音楽に乗っていないように聞こえるところがある。指揮はジェイムズ・コンロン。やや推進力に欠ける気がするのだが、それは私が単にオペラのストーリーについていけなかったせいかもしれない。演出はレオ・ムスカート。台本の弱さを緩和するどころか、いっそう観客に話の矛盾を感じさせるような演出に思えた。
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