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ラ・フォル・ジュルネ3日目 ピエルロとノイマンがすごい!

 合計8つのコンサートを聴いた。めぼしいものだけを報告する。

 アンナ・ガスティネルの無伴奏チェロの1番と4番。きわめてオーソドックスで素直な演奏。ふくよかでしみじみとした感情が表現される。少しまともすぎる気がしたが、十分に感動した。30代後半に見えるなかなかの美人で、人気が高そう。

 ピエール・アンタイ指揮、ル・コンセール・フランセによるバッハのカンタータ2曲。BWV93「神様にすべてをささげ」とBWV178「主はわがもとにとどまらず」。レオンハルトばりの演奏。見事。ただ、たくさんの子どもたちが学校から連れられてきた中の演奏。聴いている大人たちも、音楽初心者がほとんどらしい。曲の途切れごとに拍手が鳴り、アンタイはいかにも不愉快そう。何度もやめるようにしぐさをし、客の多くが制止するのに、拍手はやまず。途中でスタッフに「拍手しないように」といわせる状態だった。アンタイの実力が発揮されたかどうか・・・。よい演奏だったが、本来はもっと凄いのかも。

コルボ指揮、ローザンヌの面々で、ミサ曲BWV235。このくらいだと、独唱の弱さも気にならない。すばらしい演奏だった。コルボの魅力を堪能した。

ピエルロ指揮、リッチェルカール・コンソートの演奏で、J・S・バッハの親戚に当たるヨハン・クリストフ・バッハのラメント「主よ、なぜ汝は存在する」、バッハ若書きの「キリストは死の絆に横たわり」、そして、BWV131「深き淵より、われ汝に叫び」。徐々にバッハが形成されていく状況がわかった。時代につれて音楽が高度になり複雑になり、精神性も高まっていく。ピエルロはヴィオラ・ダ・ガンバを弾きながらの指揮。この団体、凄い!しみじみとした情感。高い技術力。深い精神性。普遍的な宗教性を感じる。

ダニエル・ルイス指揮、カペラ・アムステルダムのモテット集。BWV229、227、225の順で演奏された。225がとりわけ盛り上がる。宗教性は感じないが、よくまとまっており、225については躍動感がすばらしい。

ジャン・ジャック・カントロフ指揮、シンフォニア・ヴァルソヴィアによるブランデンブルク協奏曲の3番と6番。カントロフはヴァイオリニストとしては知っていたが、指揮は初めて聴いた。スピード感にあふれ、メリハリがつき、完璧にコントロールした指揮で、とても好感を持った。これに今、話題の新人ダヴィッド・フレイ(超イケ面の若いピアニスト)が加わって、チェンバロ協奏曲ト短調をピアノで演奏。低い椅子に座り、一つ一つの音をないがせにせずに響かせるところは、グールドを髣髴とさせる。が、まだ一つの世界を作り上げるにはいたっていないと思った。

最後に、ペーター・ノイマン指揮、コレギウム・カルテゥシアヌムのヨハネ受難曲。夜の22時に始まる予定が30分遅れで開始され、終わったのが深夜の12時40分というものすごいコンサート。

それにしてもすばらしい演奏だった!

ノイマンらしい完璧にコントロールされた峻厳で一分の揺るぎもない音楽だ。信仰心が深く息づき、人の心の悲しみと喜びがひしひしとこみ上げてくる。ノイマンが指揮をすると、日常が教会の中の神秘の世界に変質する。ただ、私の周囲の観客がしばしばおしゃべりするのに閉口した。かなり年配の夫婦らしい人たちが、演奏中にいちゃいちゃしたり、しゃべったりするのは、一体どういうことだろう! しかし、そのようなイライラさえも、ノイマンの音楽の前ではたいしたものではなくなった。

ノイマンは凄い! モーツァルトのレクイエムは、私はこの人のCDがベストワンだと思っている。日本でももっと評価が上がってほしい人だ。

 

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ラ・フォル・ジュルネ2日目、そしてフランス人の性向について

 コルボ指揮の「マタイ受難曲」に期待していたが、それ以上のものに出会った。

 フィリップ・ピエルロ指揮、リッチェルカール・コンソートによるバッハのミサ曲BWV253とマニフィカートだ。ピエルロは名前を聞いたことがあったが、恥ずかしながら、これほどの指揮者だとは知らなかった。リッチェルカール・コンソートという楽団も知らなかった。きっとこれから、世界中で知られる存在になるのだろう。

レオンハルトやヘレヴェッヘの流れを汲むのかもしれない。布のような柔らかい肌合いの音だ。ただ、彼らと違うのは、ロマンティックな雰囲気が漂う点だ。

私はバッハをロマンティックに演奏するのにはかなり抵抗を感じる。そのために、カザルスやマイスキーの最初の無伴奏チェロ組曲の録音を好まない。が、ピエルロの演奏は、そのような違和感がまったくない。バッハはこれほどに感情豊かな音楽だったのかと納得する。なぜこの演奏に違和感がないのか、よくわからない。もう少し聴いてみよう。

歌手も全員がすばらしかった。とりわけMaria Keohaneというソプラノがすばらしい。強靭でつややかな声で、音程がしっかりしている。情感も豊か。

コルボのマタイ受難曲も、見事な演奏だった。かつて聴いたCDと細かいところではたくさん違いがあるのかもしれない。が、全体的な印象はまったく変わらない。その後、これほど古楽が流行しているのに、まったく同じスタイルというのに、むしろ意外な感じがした。コルボはわが道を歩んでいることを痛感。ロ短調ミサで書いたのと、まったく同じことが、ここでも言える。

ただ、独唱の歌手たちについてはかなり疑問が残る。CDもそうだったが、歌手陣が圧倒的に弱い。どの歌手も音程が不安定。とりわけ、エヴァンゲリストのクリストフ・アインホルンがいただけない。マタイ受難曲は、最高にすばらしいアリアがたくさんあるのだから、もう少し歌手陣も充実させてほしい。日本でコルボのマタイ受難曲が演奏されるようだが、歌手陣は別のメンバーであってほしいものだ。

休憩は1分ほどで、3時間はかなりしんどかった! 演奏家たちも大変だっただろう。

そのほか、オーベルニュ管弦楽団、ビーク指揮、クラウディオ・クルーズとドミトリ・マフティンのヴァイオリンで、バッハの二つのヴァイオリン協奏曲と二台のヴァイオリンのための協奏曲を聴いた。クルーズの伸びやかなヴァイオリンに魅了された。見かけは禿げた風采の上がらないおっさんだが、どうしてどうして。二台のヴァイオリンのための協奏曲がとりわけ、二人のヴァイオリニストの絡み合いに聞きごたえがあった。

 

ところで、フランス人の性向について、ひとつ気づいたことがある。

コンサート会場の入口が三つある。多くの人が目の前にある一つの入口に殺到している。すでにコンサート開始時間を過ぎているのに、フランスの客はあわてる様子もなく、知り合いとおしゃべりしながら一つの入口に並ぶ。残りの二つの入口には客があまり来ないので、スタッフが「こちらからも入れますよ。どうぞきてください」というようなことを言う。それを直接聞いた客は数人がそちらに向かう。だが、それ以外の人は、そちらに向かわない。

もし日本だったら、そのあと、三つの入口に同じくらいの行列ができるだろう。だが、フランスではスタッフが声をかけるごとに数人ずつそちらに向かうだけで、その後ろの数百人、数千人の客は相変わらず、一つの入口の前で行列を作っている。

これはどういうことだろう。フランス人は急ごうとしない? めざとく早く行く方法を考えない? あるいは、人の話をあまり聴いていない? もう少し考えてみることにする。

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ナントのラ・フォル・ジュルネ第1日

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(左の写真は、ラ・フォル・ジュルネ会場に設置された無料コンサートコーナー)

 パリから飛行機に乗って、冷たい雨の降るナントに着いた。ここで本場のラ・フォル・ジュルネ(「熱狂の日」音楽祭)のコンサートを聴くのが、今回の旅行の目的だ。

 ラ・フォル・ジュルネというのは、日本でも4年前から開かれている大規模なクラシック音楽の祭典だ。ナントでは15年前に始まっている。私は、その「アンバサダー」を仰せつかっている。

私がナントを訪れるのは3回目。いったんホテルで休憩して、さっそくラ・フォル・ジュルネの会場であるシテ・デ・コングレに向かった。5日間の予定だが、初めの2日間は午後5時に始まり、金・土・日の3日間は午前9時に始まる。正確には数えていないが、8つの会場で夜中の11時過ぎまで全部で200以上のコンサートが開かれるはずだ。

初日から私は感動の真っ只中に叩き込まれた!

が、先を急がずに、順を追って、聴いたコンサートを報告しよう。

まず、アンリ・デマルケットという若いチェリストの無伴奏チェロ組曲第1番と第5番を聴いた。同じ時間帯にバーバラ・ヘンドリックスがペルゴレージの「スターバト・マーテル」を歌っているのは知っていたが、今年のラ・フォル・ジュルネを大好きな無伴奏チェロ組曲第1番から始めたかった。

なかなかの好演だった。第1番は、ものすごいスピードでかなり自由な雰囲気。近頃話題のモルクの演奏に似ているかもしれない。第5番はかなり内省的で深刻な表情。これもなかなかいい。が、もう少しこの人らしさがほしいと思った。

次にストラディヴァリアというナントのバロック・アンサンブルの演奏で、ブランデンブルグ協奏曲第3番を聴いた後、コープマン指揮、アムステルダム・バロック・オーケストラの演奏で、ブクステフーデのカンタータと、バッハの「目を覚ませと呼ぶ声が聞こえ」。すばらしかった。コープマンらしいメリハリのきいた明快で、しかも暖かい演奏。ただ、ちょっと宗教性が薄いような気がするのだが、ナマでこれだけの音楽を聴かされると、納得する。

だが、それより何より感動したのが、午後9時から11時過ぎまでのコルボ指揮、ローザンヌ声楽器楽アンサンブルの演奏でロ短調ミサ! 数年前のナントのラ・フォル・ジュルネの初日では演奏も観客も盛り上がりに欠けていたので少々心配していたが、そんなことはない。ものすごい演奏だった!!

コルボらしいといっていいだろう。峻厳さはない。激しさもない。だが、最初の、「キリエ」の叫びの合唱からして、何と美しく、何としみじみと心の中全体に広まっていく音であることか! とりわけ、ソプラノの合唱の美しさ! 激しさはないとは言え、オサンナ・コーラスでは十分に盛り上がる。人類への慈しみ、生命への愛情といったものがひしひしと感じられる演奏だ。

1977年に初めてパリを訪れたとき、サンジェルマン・デ・プレ教会でたまたまラムルー管弦楽団(だったと思う)を指揮したヨハネ受難曲を聞いて以来、私はコルボのファンなのだが、年を経て、いっそう深みが増したのを感じる。

それにしても、コープマンとコルボを同じ日に聴けるなんて、ラ・フォル・ジュルネでしかありえない!

さて、2日目から何を聞くか・・・私は、「アンバサダー」という資格のため、どのコンサートも原則として出入り自由なのだが、どのコンサートを聞くべきか迷ってしまう。

コンサートのスケジュールを見るだけで、そのものすごさに圧倒される。

バロック音楽のスターたちが目白押しだ。コルボ、コープマン、レオンハルト、ピエール・アンタイ、ペーター・ノイマン、エマールなどなど。そのほか、イザベル・フォスト、話題のアンデルエフスキーなどの新しい顔ぶれ、そしてもちろん、ラ・フォル・ジュルネの常連であるケフェレック、エンゲラー、クニャーゼフ、ベレゾフスキー、コロベイニコフ、カプソン、バーバラ・ヘンドリクス、グリマルなども顔をそろえている。日本人演奏家には、鈴木秀美、児玉桃、今井信子、曽根麻矢子、小菅優がいる。いずれも世界の一線で活躍している実力者たちだ。ため息が出てくる。

2日目の超目玉は、コルボ指揮の「マタイ受難曲」。言うまでもなく、バッハの最高傑作。かつて、コルボ指揮のこの曲のCDはよく聴いたものだが、年齢を経たコルボがどんな演奏を聴かせてくれるか楽しみだ。

 ただ、3時間、休憩なしで、しかも、まだ時差ぼけが完全に直っていない中で聞くのは、ちょっとしんどいかも・・・。それが心配だ。

写真をつけたいが、技術的にできずにいる。情けない・・・

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フランス人の変化

2009_0127_043  今日は、TGVでランスに行き、大聖堂を見てきた。大聖堂は13世紀に着工されたゴシック建築の代表で、世界遺産に登録されている。正面にある「微笑む天使」が有名だが、微笑むというより、なんだか、酔っ払って腑抜けた表情をしているように見えてしまう。

 TGVで行くと、寒々とした荒野を突っ切っていった感じだったが、帰りは、ドン・ペリの産地エペルネーを経由して、在来線を使ったので、人間の生活が見られた。ただ、列車のガラスが汚れきっていて、外がよく見えなかったのが残念。

 ランスに行く前と後、パリを訪れたときの恒例としてサン・ミシェルとモンパルナスとシャンゼリゼに足を運んだ。最初にパリを訪れたときに行き来していた思い出の地だが、今ではフランス人の生活に変化を見るための定点観測所のようになっている。

 今回来て、新たに気づいたことを忘れないうちにメモしておこう。ただし、数時間しか歩いていないので、たいしたことには気づけなかった。

・歩き煙草の女性が増えた。今では、当たり前のように、女性が歩き煙草をしている。80年代の映画「ディーバ」のヒロインが歩き煙草をする場面があって、当時、驚いたのを覚えているが、いまや、それが当然のことになったようだ。年配の女性もしている。歩き煙草の男女比は、半々くらいに思える。

・よく言われていることだが、フランスでは携帯電話は普及しているが、携帯メールは普及していない。電話は、電車内でも平気でしている人が、日本より多い。

・「欧米では、人前で化粧をするのは売春婦だけ」といわれるが、そうでもなさそう。カフェで化粧をしている若い女性を見た。多少、けばい服装だったが、売春婦ではなさそうだった。

・グローバル化の影響だろう、有色人種が増えている。地下鉄の車両によっては、一つの車両に乗っている数十人下全員、有色人種であることも珍しくない。しかし、サン・ミシェルやモンパルナスなどの昔ながらの土地には、有色人種は以前と大きな変化を感じない。新興住宅地にたくさんの移民が住んでいるのだろう。

・グローバル化の性なのか、以前に比べてさまざまのところで機能的になっている。かつてのメトロは一切アナウンスがなかったが、1号線のドアの広い新車両では、駅に到着する前、駅名をアナウンスすしていた!

・TGVに乗ったとき、パリ東駅のホームにデジタル時計があったが、秒単位で正確に出発した。昔、フランスの車両の時間的なルーズさに泣かされた人間としては、ほとんど感動さえ覚えた。ランスへの到着も定刻だった。ただ、帰りの在来線は5分遅れで到着し、先ほど書いたとおり、ガラスは汚れていた。ラテンらしさをとどめていたところに、少しほっとした。

(デジカメで撮ったランスの大聖堂の写真を載せたかったが、どうすればよいかわからず。そのうち、貼るつもり。旅行中に難しいことはしたくない・・・)

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パリの夜

 今、パリにいる。

 昔、フランス文学を勉強していたので、なじみの土地だ。7度目か8度目の訪問になる。

 インターネットでシャルル・ドゴール空港からもパリ東駅からも近いホテルを予約しようとしたら、ほとんどが満室で、「地球の歩き方」で評価の高かった三つ星のホテルだけが予約できた。一泊75ユーロというから、めっぽう格安。穴場のホテルに泊まれるかと思い、安い分、空港からホテルまでタクシーにした。が、甘かった。実際に来てみると、値段相応のホテルだ。

部屋は狭く、しかも暗い。コンセントは二つしかない。「浴室付き」と念を押して頼んだのにシャワーしかない。このホテル、浴室のある部屋は一つもないとのこと。洗面所にコップはついているが、ガラス製ではなく、ペットボトルのような材料。シャンプーも小袋に入ったもの。トイレからは、昔の映画館のような小便くささが漂う。もちろん、備え付けの洗面用具もスリッパも一切ない。一言で言って、何から何までしょぼい! これを誉めていたのは、一体どこの誰だ!

が、ベッドに寝転がっているうち、懐かしい気分になった。大学院生のころ、ぎりぎりのお金を持ってヨーロッパにやってきては、星なしのホテルや一つ星のホテルを泊まり歩いたものだ。少し前から経済的にかなり潤って、最近は一流ホテルに泊まっていたが、たまにこんなホテルもいいものだ。本来の自分に戻った気がする。テレビや机がついているだけ、ましと思おう。

フランスのビジネス客が普通に止まり、普通に利用しているホテルだ。インターナショナルなホテルではない落ち着きがある。

28日にナントに移動して、ラ・フォル・ジュルネを聞きまくるが、時差ぼけをなくすため、明日は、ランスに行こうと思っている。

ホテルで荷物を片付けてから、パリ東駅に行って、明日のランスまでのチケットを買った。夕食は駅で買った持ち帰りの小型ピザ。30年前の貧乏学生だったころと同じような旅をしている!

いまはもう日本時間では朝の5時だが、時差ぼけを解消させるため、もう少し起きていよう。

(インターネット接続にお金がかかるので、ワードに書いておいて、それをココログに移した。だから、これを書いたのはフランス時間の26日の夜だが、ブログへの反映は日本時間で27日の午後になる)

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サブタイトル「ドン・キホーテよ、デタラメに行け」について

 私が大学に入学したのは1970年。安田講堂事件の翌年。まだまだ大学紛争の盛んなころだった。大学はタテ看板と落書きとヘルメットにあふれていた。

 数年後には内ゲバが始まり、私の通う大学では革マル派の学生が中核派の学生を大学構内でリンチして殺すという事件が起こって、大騒ぎになった。ひところ、銭湯に行くと、指名手配のビラに大学の顔見知りの顔が張り出されていたものだ。

 そんな時代、教室の落書きに見つけたのが、このブログのサブタイトルに選んだ「すべての道がローマに通じるなら、ドン・キホーテよ、デタラメに行け」という言葉だった。

 当時、私は、今の私からは想像もつかないと思うが、サングラスをかけ、髪を肩まで垂らし、下駄をはいてタバコをふかしながら歩く、いわばバンカラの無頼漢だった。革マルとも、ほかのどのセクトとも距離を置いていたが、反体制的意欲にあふれていた。

 そんな私は、この落書きに強く打たれた。

「どうせ人間は死んでしまう。堅気に生きようとドロップアウトして生きようと、どうせ死ぬのに変わりはない。だったら、デタラメに生きようではないか」、そんなメッセージに思えた。しばらく、この言葉が私の人生のモットーだった。

 私は、小論文を指導し、論理的な文章を書くことを提唱し、「頭がいい人、悪い人の話し方」などといって世俗的な本を書いている。だから、私を個人的に知らない人には、驚かれる。が、この言葉は、私自身にぴったりくる。

 最近になって、これが新居格という、私が生まれたのと同じ1951年に死んだ昭和初期のアナーキストの言葉だと知った。この人物に大いに関心を持ちはじめている。インターネットで仕入れたくらいの知識しかないが、もう少しこの人物を調べたいと思っている。

 明日は、フランスに向かう。パリに2泊して、その後、ナントに移動してラ・フォル・ジュルネ(熱狂の日音楽祭)を聴きまくる。それについては、後ほど、報告する。

 それにしても、まだまだブログに慣れない。仕事とフランス行きの準備で忙しいというのに、ブログに膨大な時間をとられる。いちいち、勝手がわからない・・・。が、ぼやいても仕方がない・・・

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ついに、ブログというものをやってみることに・・・

 多摩大学経営情報学部の同僚であり、幼馴染でもある久恒啓一氏に、ずっと勧められたまま、決心がつかなかったのですが、ついに腹を決めて、ブログを開設することにしました。

 決心がつかなかった大きな理由は二つ。その第一は、実は筆不精だということです。

 最近は「作家」と呼ばれることが多く、大学でも主として文章術を教え、「小論文の神様」と呼ばれることもあり、文章術関係の本をたくさん書き、朝から晩まで原稿を書いているのですが、何を隠そう、かなりの筆不精です。

 「お前のメールは電報みたいに短い」と友人に言われますし、手紙など、年に2,3通、仕方なく書く程度です。そんな自分にブログなど書けるはずがない、書いても長続きするはずがないと思っていました。

 もう一つの理由は、ITが苦手だということ。パソコンで使えるのは、ワードとインターネットの基本部分だけ。あちこちで講演をしますが、パワーポイントも使えず、いつもホワイトボードに手書きです。だから、パソコンをいじって画像を文字を書いたり、画像を取り組んだりする自信なし!

 が、ともあれ、始めてしまったからには、長続きするべく頑張りましょう。パソコンも多少は使いこなせるようにならなければ・・・

 折に触れて、時事問題などについて言いたいこと、趣味のクラシック音楽に関すること、読んだ本のこと、日々に出会う人々のことなど、つれづれなるままに書いていこうと思います。

 

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