« ラ・フォル・ジュルネ2009のベストテン | トップページ | チェロを始めた! »

アマゾンで☆1つをつけられた!

 私は時々、自分の名前や拙著のタイトルを検索する。自分や自分の著書がどのように語られるかを確認する。ほめてもらえていることもあるが、批判されていることがある。ほめられて、生きがいを覚えることもあり、ぼろくそにけなされて憤慨することもある。だが、それを含めて、けっこう楽しんでいる。

 今朝、ふと気になって、先日刊行されたばかりの『読ませるブログ』のアマゾンの書評を見てみた。何と☆1つがつけられ、かなり手厳しくけなされていた!

Yomaseru_blog

 私の『読ませるブログ』は、確かに名著ではないかもしれない。あわてて書いた一冊といえるかもしれない。だが、☆1つの評価されるべき本だとは思わない。現に、いくつか検索してみて、ほめてくれているコメントにたくさん出会った。私のブログにも、拙著について好意的なコメントがいくつか寄せられた。私の著書にも、やっつけで書いたもの、出版社にせっつかれて気乗りしないまま書いたものもないではないが、この本は比較的よくできた本だと思っている。これをこれほどけなされるのは、かなり心外だ。

 もちろん、一般の人が匿名で書き込みすること自体を否定するわけではない。専門家ではない一般の人が、自分の批評を公表する権利は、もちろんある。匿名にするためのメリットもある。だが、現在の状況を見ていると、手放しで肯定できない。その一つの典型をこの拙著に対するコメントに感じた。

 私は、これまで200冊近くの本を出してきた。私の著書には250万部を超えたものもある。10万部を越したものは、学習参考書を含めて15冊ほどある。だから、☆1つをつけられたからといって痛くもかゆくもない。

 だが、もし、本を一冊だけしか出していない人が、☆1つの評価をされたら、どれほど傷つくことか。そして、そのような罵倒する書き込みだけしかなされなかったとしたら、そのコメントが的外れなものであったとしても、それが世間に定着してしまうかもしれない。そのような事態は出版文化にとって、好ましいことではない。

 かつて、批評というのは、著者と同程度、あるいはそれ以上の知識と見識を持っている人のみの特権だった。そのような人に拙著が批判されれば、著者もある程度は納得するしかなかった。だが、アマゾンの批評などの場合、見識のある人がコメントを寄せているとは限らない。著者と比べて、圧倒的に知識が不足し、見識に欠ける人が、著者を十分に理解できないまま一方的に罵倒し、頭ごなしにけなすこともある。一般の人が自分の立場からの感想を寄せるのではなく、高い位置から批評をし、星をつけてランク付けする。まさしく、絶対者として振舞おうとする。そのような批評が増えているように感じる。

 しかも、私が気になったのは、拙著に関するコメントは、私の本が初級者向きであるということで、☆1つをつけているらしいことだ。私は意識的に初級者向きの本を書いた。そのことは本を読めばわかるはずだ。だから、この本が初級者向きだということは評価を上げる理由になるにせよ、下げる理由にはならないはずだ。それなのに、コメントをした人間は、ただ単に、自分の求めに合わなかったというだけで、劣った本だという烙印を押そうとしている。

 きっと、人の本を頭ごなしにけなそうとする人は「万能感」を抱きたいのだろう。けなすことによって、その本の著者よりも偉くなったような気分になれるのだろう。☆1つをつけることで、自分が世界を取り仕切っているような気分になれるのだろう。ある種の絶対者になった気分を味わえるのだろう。とりわけ、他者の本を「初級者向きだ」と切って捨てることで、自分が上級者であることを自他に対して示したいのだろう。

 それは、まさしく「いじめ」の心理にも共通する。匿名という隠れ蓑を用いて、他者をけなし、ものごとをコントロールして自己満足を得る。

 何と現代人は「人でなし」になってしまったことだろう。

 インターネットの書き込みが、現代人の持つ残酷さを映し出しているだけなら、まだいい。だが、もし、インターネットの匿名性が、残酷性を助長し、現代人をいっそう残酷にし、自分を絶対者と思い込む人間を増やしているとすると、これは大変なことだ。

 私はこのブログでコンサートやCDを批評している。なるべく、拙著に対するアマゾンのコメントのようにならないように十分に気をつけなければならないと、改めて思った。

|

« ラ・フォル・ジュルネ2009のベストテン | トップページ | チェロを始めた! »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

アマゾンの書評も「みました」が、先生のお怒り、なるほどと思います、本書はどのようにブログを書くか?ブログに適した日本語の表現方法のご指南、当方は大変に参考とさせて頂きました、朝早く改めてアマゾンに登録してコメントはしていませんが、後日入力します、書評をしている人物に対して評価をしたいと思います、あまりにも失礼だと思います

投稿: keke | 2009年5月11日 (月) 05時09分

URL訂正します

投稿: keke | 2009年5月11日 (月) 05時11分

私は、このブログで見てすぐに、アマゾンで買っちゃいました。海外にいるので読むのは、帰ってからのお楽しみです。

ご意見は、本当にそうだと思いますが、ご心配は要らないと思います。この頃は、読み手もだんだん賢くなってきました。アマゾンの評を見てきましたが、他の本の宣伝が入っていましたよね。(あれは、怪しいので行ってみませんでしたが・・・)そういう評は、信頼性ないとわかっている人は多いと思います。

最近、人のブログのコメントに、関係ない本の宣伝が入ることがやたらに多いです。ビジネスでやっているんじゃないでしょうか?もしくは、関係ない変なページに行ってしまうんです。

数年前、ベネズエラに関するブログ形式のHPをもっていたのですが、「CIAが人々を扇動するために書いている」と結構大きなネットのグループで評判になり・・・ひっくり返りました。言い返しに(書き込みの意味)行こうかと思いましたが、ネット暦の長い友達から、放って置くのが一番と言うアドバイス・・・迷ったけど・・・忍・忍

インターネットの世界は、どんどん広がりつつあるので色々ありますね。

このブロク楽しみにしています。月1回ぐらいまったくの初心者用の音楽のCDかDVDの紹介をしてもらえないでしょうか?

投稿: カリブの専業主婦 | 2009年5月11日 (月) 06時29分

kake様
コメント、ありがとうございます。アマゾンの書き込みをしていただけると、うれしく思います。
kakeさんのブログ、拝見しました。
花の写真の美しさに驚きました。そして、何よりも色彩感覚の素晴らしさに。
私は音楽人間であって、実は視覚芸術には弱いのですが、さすがにこのような花を見ると、心がなごみますね。
多くの人がkakeさんのブログを楽しみにしていることと思います。文章も人柄が表れいて、とても良いと思いました。

投稿: 樋口裕一 | 2009年5月12日 (火) 00時30分

カリブの専業主婦様
言われてみれば、アマゾンのブログ、怪しいですね。いずれにしても、インターネットの匿名書き込みについて考えさせられる実例だと思います。
ブログ、拝見しました。不思議な風景、不思議な食事の写真に驚きました。ベネズエラですか。カリブの島にも是非言って見たいですね。まだ、中南米には行ったことがありません。
初心者用のCDかDVDの紹介ですか・・・
少し考えてみます。

投稿: 樋口裕一 | 2009年5月12日 (火) 00時49分

先程、アマゾンに書き込んできましたよー。
Huang Lowさんに勧められて読みました。
happy01
楽しく読みました。

投稿: 森戸やすみ | 2009年5月13日 (水) 08時29分

樋口裕一様

先生の本は既に何冊か読んでおりますが、楽しく読めるもの、ヒントになるものがたくさんあると思います。
事実何冊か紹介したことがあります。森戸やすみさんもそのお一人です。喜んでいただいたようでした。


投稿: Huang Low | 2009年5月13日 (水) 09時16分

森戸やすみ様、Huang Low様

ありがとうございました。
何歳になっても、何冊本を出していても、ほめていただけると、うれしいものです。けなされると、悲しくなるものです。
生きることを楽しくし、有益な情報を与え合うために、インターネットを使いたいですね。
森戸さんのブログ、見せていただきました。とても楽しいブログにびっくり。
書く側も楽しみ、読む側も楽しむブログですね。しかも、役に立ちます。


投稿: 樋口裕一 | 2009年5月14日 (木) 00時01分

Huang Low 様

ブログ、拝見しました。
とてもユニークなブログですね。時間がないので、じっくり読めませんでしたが、どの言葉も含蓄があって、興味深く思いました。そのうち、きっちりと読んでみたいものです。

投稿: 樋口裕一 | 2009年5月14日 (木) 08時09分

昨日、本屋で見つけて思わず買ってしまいました。
とても面白かったです。
特に「重ね言葉を使う」の項目は、ブログ初心者が重ね言葉を使用しやすいようにまとめられていてよかったと思います。

しかし、今回コメントを書こうと思ったのは、本に対する感想を書こうと思ったからではありません。

樋口さんが、ブログの最初の部分に「私の『読ませるブログ』は、確かに名著ではないかもしれない。あわてて書いた一冊といえるかもしれない。だが、☆1つの評価されるべき本だとは思わない。」と書いておられる事について、一言言いたかったからです。

作家や歌手、俳優など、自分の思いや考えを他人に伝えていく仕事をされている方(広い意味で芸術家)が、自分の作品を「名著ではない、少し急ぎすぎた」といった、自分で自分を下げる発言をするのはどうかと思います。

私は、この本を読んで、本当に面白かったと思っていますし、自分の考え方の引き出しが増えたと思っています。そんな、運命の出会いに近いと思えた本を、他人ならまだしも、著者自身が評価しないのでは、なんだか裏切られたように感じます。

「お金を払ってあなたの作品を買った私に対して、あなたは、中途半端な芸術品を提供したのか?」と。

世間での評判があまり良くない映画でも、映画のメイキングシーンなどで監督や俳優が、よくこう言っています。

「素晴らしいスタッフ達と最高の仕事ができた。」
「今までで一番の出来である」

芸術家というのは、こういう考えでなければいけないのではないでしょうか?
たとえ、心の奥底では少し妥協した部分があっても、それを表には出さずに、自分の作品に絶対の自信を持たなければいけないのではないでしょうか?
世間の評価は☆1つでも、自分では☆5のつもりで作らなければいけないのではないでしょうか?

自分の作品を100%褒められない(言い換えれば、100%の状態で作品をお客様に提供できていない)というのは、芸術家として失格だと思います。

初めてのコメントにしては少し書きすぎた感もありますが、これも、この本を読んで本当によかったと思っているからです。

それだけに、上記の発言が非常に残念でなりません。

投稿: es | 2009年5月28日 (木) 10時10分

es様
拙著をお読みいただき、しかも、お褒めいただいて、ありがとうございます。

ところで、お叱りの件ですが、私の意見を書かせていただきます。
「esさん」のおっしゃるのももっともな面がありますが、二つの面で、私には受け入れられないことです。

第一に、「esさん」のおっしゃることは現実離れしています。
プロの物書きは、ほとんどの場合、出版社からの注文で書きます。もちろん、編集者と相談をし、「これを社会に対して発信したい。この内容なら、恥ずかしくないものができそうだ」という確信を持って書き始めます。が、毎回、何かのトラブルが起きて、理想どおりにはいきません。物書きは社会生活を送りながら、様々な状況の中で書いているのです。
「こんなものなら出さないほうがましだ」「編集者にお詫びをして、出さないように頼もう」と思うこともしばしばです。が、出版社の都合でそのようなことをするわけにはいかず、心ならずも出してしまうことがあります。絶対の自信を持って編集者に原稿を渡したことは、少なくとも私に関する限り一度もありません。
おそらく、三島由紀夫も、そして分野も時代も国も違いますが、モーツァルトも同じようなものだっただろうと思います。
納得できるまで書き直すことができ、それを出版社が待ってくれるような、ごく一部の恵まれた作家をのぞいて、同じような状況にあります。私たちはそのような中で仕事をしなればいけないような宿命なのです。
ですから、読者に否定的なことを言われると、何とか保っていた自信がぐらつきます。「急いで書きすぎて、失敗したのだろうか」「考え違いしたのではなかろうか」と反省するのです。

第二の点として、esさんが勘違いしておられるのは、私は芸術家ではないことです。
私は物書きとして、自分の考えを発信する人間です。私はむしろ百点満点を目指すべきではないと考えています。100パーセントをめざすうちに時代が変化してしまいます。それよりは、百点でなくても、今いうべきことをいうべきだと考えています。もし、私の考えに間違いがあれば、読者に指摘されるでしょう。それを修正して新しい考えを探しだせば、もっと社会に貢献できるはずです。
このような私の持論については、。『発信力の時代』(文春新書)に書いていますので、よろしかったら、お読みになってください。

繰り返しますが、私はこれからも「100パーセントの状態だ」と自信を持って本を出すつもりはありません。自分の本に批判があってもぐらつかないようになりたいともまったく思いません。「私の意見はこうですが、皆さんどうお考えですか」というスタンスで本を書き、批判があったら自信をなくし、反省し、考え直したり、自分の考えを深めたりして、次の本を出す。そんな物書きでいたいと思っています。つまり、社会と一員として物を書き、社会に向けて活動し、社会からその反応を受け取る物書きでありたいと思っているのです。

投稿: 樋口裕一 | 2009年5月28日 (木) 23時52分

樋口裕一様

私のコメントに対し、樋口さんの考えをお返しいただき、ありがとうございます。

樋口さんの返信文を見ておりますと、私自身、出版業界の中身が分からない為、少し理想論を語っていた部分もあったようです。出版社や編集者と、いろいろなトラブルを解決しながらの執筆活動であるという点を、あまり考えておりませんでした。

また、樋口さんを「芸術家」と、一まとめにして表現してしまい、申し訳ございませんでした。ブログのタイトルに「作家」と書いておられましたので「作家=小説家(私の中で小説家は、文芸というジャンルの芸術品を創作している職業である、と考えていますので。)」といった、安易な感覚で書いてしまった次第でございます。

「私はむしろ百点満点を目指すべきではないと考えています。100パーセントをめざすうちに時代が変化してしまいます。それよりは、百点でなくても、今いうべきことをいうべきだと考えています。もし、私の考えに間違いがあれば、読者に指摘されるでしょう。それを修正して新しい考えを探しだせば、もっと社会に貢献できるはずです。」という樋口さんの考えには、ただただ感心するばかりでございます。と言うのも、このような答えが帰ってくるとは思っていなかったからです。
樋口さんに紹介していただいた「発想力の時代」もまた読んでみたいと思います。

これからも、物書きであるが故に理想と現実の狭間でさまざまな葛藤があるかとは思いますが、新しい著書を楽しみにしております。頑張ってください。

投稿: es | 2009年5月29日 (金) 23時01分

<追記>
樋口裕一様

「発想力の時代」ではなく、「発信力の時代」でした。
書き間違いをしてしまい、申し訳ございませんでした。

投稿: es | 2009年5月29日 (金) 23時14分

es 様
返信、ありがとうございます。
トーマス・マンの言うような「市民と対立する芸術家」としてではなく、あくまでも「社会生活を送っている一般市民としての物書き」という私のスタンスをお分かりいただけたら、うれしく思います。
ところで、お詫びです。自分の著作のタイトルを間違うなんて恥ずかしい限りですが、「発信力の時代」ではなく、「発信力 頭のいい人のサバイバル術」です(「発信力の時代」という題で書き始めたのですが、出版社の要望で、現在のものに変わりました)。申し訳ありません。

投稿: 樋口裕一 | 2009年5月30日 (土) 00時21分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/532807/44974087

この記事へのトラックバック一覧です: アマゾンで☆1つをつけられた!:

» 自著をけなされること。 [jasmin jasmin 女医の子育て。]
ponちゃんが4-5歳の頃のお話です。 ponちゃんはごっこ遊びが大好きだったのですが、 ママはその頃、当直も普通にしていて、 子供番組って見る時間がなかったんです。 セーラームーンごっこって言ったって、 何をすればいいのか分からないし・... [続きを読む]

受信: 2009年5月24日 (日) 08時10分

« ラ・フォル・ジュルネ2009のベストテン | トップページ | チェロを始めた! »