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ボリショイオペラよ、お前もか!

 昨日(6月24日)、東京文化会館で、ボリショイオペラによる「エフゲニー・オネーギン」をみた。その感想を少々。

 ワーグナー好きの私らしくないということで、しばしば友人に驚かれるが、「エフゲニ・オネーギン」は中学生のころから大好きなオペラだ。最初に買ったオペラ全曲盤がフルトヴェングラー指揮の「フィデリオ」、その次がオスカー・ダノン指揮の「エフゲニ・オネーギン」だった。多感な少年だった私は涙を流しながら、レコードを聴いたものだ(ついでに言うと、次に買ったのがベーム指揮の「コシ・ファン・トウッテ」、その次がカラヤン指揮の「ばらの騎士」だった)。

 今日の上演については、全体的にはきわめて満足。

 まず歌手陣については、すべての歌手がかなりのレベル。タチアーナを歌ったタチアーナ・モノガローナは、容姿も美しく、声も芯があって、なかなかいい。第三幕などかなり感動的。ただ、手紙のアリアはやや迫力不足だったのが残念。オネーギン役のウラジスラフ・スリムスキーについても、レンスキー役のアンドレイ・ドゥナーエフについても同じことがいえる。かなりいい。音程もしっかりしているし、表現力もある。が、最終的な爆発力がやや不足。あと一歩の表現力をつければ、最高レベルだと思った。グレーミン公爵を歌ったミハイル・カザコフについては、私は大いに満足。ラーリナと乳母はまずまず。

 指揮のアレクサンドル・ヴェルデルニコフには大いに好感を持った。叙情的で、実に美しくオケを鳴らす。とりわけ弦が美しい。このオペラ特有のやるせなさ、甘美さ、ものうげな感傷、そして孤独な雰囲気をよく出している。ただ、この人についても歌手たちと同じように、もう少し爆発力があれば、もっと感動的なのだろうが、それは無い物ねだりと言うものだろう。オケはかなりいい。こんなに美しい音を出すオケだったのかと驚いた。

 今回の上演でもっとも気になったのは演出だ。ついに、ボリショイオペラも、バイロイトなどと同じように、革新的な演出、まさしく「読み替え」の演出が始まったようだ!

 大きな丸テーブルがすべての幕にでてくる。そして、それを象徴的に用いて、タチアーナやオネーギンの心象風景を描く。たとえば、第一幕では、近所の人たちの和に入れない内気なタチアナをテーブルに入れない様子によって描く。第三幕では、貴族の中で孤立し、なじめないオネーギンを同じようにテーブルによって描く。それについては見事! まるでワイエスの絵を思わせるような静謐で美しい光と陰の描写も素晴らしい。

 もう一つ、この演出で特徴的なのは、「人がたくさんいるがゆえに孤独」「明るくにぎやかであるからこそ、悲しい」というレトリックをふんだんに用いていることだ。タチアーナの孤独を描くために、たくさんの人物を出して、そこに入り込めない様子を語る。レンスキーの悲しみを描くのに、大勢のパーティ客を登場させる。

 なかなかいいアイデアなのだが、これについては、時にうるさく感じた。もう少し加減しても、十分に伝わると思った。

 とりわけ、私が不満を覚えたのは、次の3つの点だ。ただし、もちろん、これは私の主観的な感想でしかないが・・・

 第一は、農民がでてこないこと。第一幕は、なによりもロシアの田舎の風景が魅力なのだ。そして、第一幕第一場と第三場の民謡風の合唱は、農民が歌うからこそ魅力的なのだ。ところが、今回の演出では、館にやってきた身なりのよい客に歌わせていた。それでは、このオペラの大きな魅力の一つである「田舎と都市」「地主と農民」という対比がでてこない。

 第二は、決闘が行われないこと。決闘を申し込んでやる気満々のレンスキーに対して、オネーギンはそれを止めようとする。そこで銃が暴発するという設定になっている。だが、それではこのオペラの最大の魅力がなくなってしまうではないか。私は「オネーギン」をなによりも決闘のオペラだと思っている。決闘のない「オネーギン」なんて、踊りのない「サロメ」や、合唱のない「第九」に等しいと私は思う。

 雪の中で決闘しなくていい。銃以外のものを使ってもいい。が、何はともあれ、決闘はしてほしい。

 第三の不満、それは第二幕にトリケが登場しないこと。トリケのアリアをなんとレンスキーが歌う! こんな演出は初めて見た。もちろん、トリケは副次的人物であって、このアリアもほとんど意味がない。タチアーナの家庭教師であるフランス人の余興の歌でしかない。だが、これは、余興であるがゆえに彩りを添えているのだ。それをレンスキーが歌うのは余りに不自然だ。

 きっと、レンスキーにトリケの陽気な歌を歌わせることによって、レンスキーの悲しみや怒りを強調したかったのだろう。だが、登場人物を変更することが演出に許されるのだろうか!

 演出についてはかなり保守的な私としては、この演出についてはかなり疑問を抱いた。

 幕間に、世界的ピアニストの児玉桃さん(仕事でご一緒したことがあるので、時々話をする)や音楽評論家の岡本稔氏(いつ行っても、コンサートで顔を合わせる!)と会って、少し立ち話をした。お二人にヨーロッパのオペラ事情を聞いて大いに参考になった。お二人は、今回の演出にかなり好意的だった。どうやら、ヨーロッパにしばしば出かけて、向こうのオペラに慣れた人には、今回の演出にさして違和感を持たないようだ。

 とはいえ、多少、演出に疑問を持ちながらも、何はともあれ、しっかりと感動して家に帰ったのだった。

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コメント

先生の感想を見ていたら自分も聞きたくなってしまいました。
多摩大学でオペラを上演するのはさすがに厳しいでしょうか?

投稿: T摩大学生徒 | 2009年6月25日 (木) 18時48分

T摩大学生徒
本格的なオペラを上演すると、1億円ほどかかるので、学生一人にチケット代として100万円ほど出してもらう必要があるでしょうね。
ピアノ伴奏で、舞台装置や衣装をごく簡略化したとしても、200万円ほどかかるので、一人2万くらいということになります。
つまり、事実上、オペラは難しいということです。逆に言えば、オペラと言うのは、それほど贅沢なものだということ。
DVDなどは3000円前後で売っているので、是非見ることを勧めます。

投稿: 樋口裕一 | 2009年6月26日 (金) 00時45分

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