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新国立『オテロ』を見ても、私の『オテロ』嫌いは治らなかった

 新国立の『オテロ』(9月29日)を見てきた。

 上演としては、かなり満足のいくものだった。ステファン・グールド(オテロ)、タマール・イヴェーリ(デズデモ―ナ)、ルチオ・ガッロ(イアーゴ)の三人が素晴らしい。とりわけ、ガッロは声、表現力、容姿ともに見事。イヴェーリのヴィブラートの少ない声もとてもよかった。グールドは、バイロイトでジークフリートを聞いて圧倒されたが、オテロになると、もうちょっと声の輝きがほしい気がした。が、それはそれで見事なオテロ。

 ブラゴイ・ナコスキ(カッシオ)、森山京子(エミーリア)、妻屋秀和(ロドヴィーコ)も好演。マリオ・マルトーネのすべての幕に水を張った演出も、それなりにおもしろかった。東フィルも立派!

 ただ、私としては、どうしても指揮が気になる。リッカルド・フリッツァの指揮は、いたずらにドラマティック! もう少しじっくり聴かせてくれてもいいと思った。これほどドラマティックに大きな音を聴かせ、激しく盛り上げると、むしろ空虚に感じてしまう。

 そして、それ以上に感じたのは、やはり私は『オテロ』というオペラそのものが苦手だということだった! 

 イヤーゴの言葉を真に受けてしまう必然性がオペラに示されていないので、私はオテロの嫉妬や怒りにリアリティを感じない。オテロが単なる阿呆に思える。つまり、私としては、オテロに感情移入できない。だから、オテロの苦しみを追体験できない。オテロの激しい台詞やオーケストラのドラマティックな音楽が空々しく聞こえる。無意味にドラマティックで、ありもしないドラマを無理やりかきたてているように感じてしまう。しかも悪いことに、ヴェルディのオペラにはそういう傾向が実際にあるので、それが余計に鼻につく。しかも、今回は指揮者がそのような傾向を増幅していた!

 あまりドラマティックに演奏しないで、じわじわとした迫力を出してくれたら、私も『オテロ』を理解できるのではないかと思う。今回、実は、そのような演奏を期待していた。だが、今回の新国立劇場の公演は私の『オテロ』嫌いを克服してくれるまでには至らなかった。『オテロ』嫌い解消は今後を待つことにする。

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