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JVSOのコンサートの後、故・中山先生の通夜に出席

 昨日(104日)、昼間、ジャパン・ヴィルトィオーゾ・シンフォニー・オーケストラのコンサートに出かけた。日本の代表的なオーケストラの中のコンサートマスターや首席奏者ばかりを集めた臨時オケだ。

 もちろん、これまでこのような企画が行われていることは知っていたが、出かける機会がなかった。今回は、企画者の三枝成彰さんから招待券をいただいたので、喜んで聴かせてもらった。指揮はサミュエル・ウォン。曲目は、「ウィリアム・テル」序曲と「ペール・ギュント」組曲1番・2番。そして、1947年版の「ペトルーシュカ」。

 やはり、何よりも華麗なサウンドに驚く。「ウィリアム・テル」序曲の「嵐」の始まる部分の弦のトレモロの美しさに息を呑んだ。管楽器も実に美しい。「ペール・ギュント」は小学生のころから聴きなれてはいるが、音楽としては、どうかと思う。が、サウンドは心から楽しめた。指揮のせいかもしれないが、アメリカのオーケストラに近い音がする。フィラデルフィアとクリーブランドとシカゴとニューヨークを合わせた感じ。切れがよく、濁りがなく、楽器の一つ一つが鮮明。

 やはり圧巻は「ペトルーシュカ」だった。音の威力にものをいわせた演奏で、メリハリをつけながらきびきびと音楽を進めていた。実は、サミュエル・ウォンのいかにもアメリカ風の楽天的な指揮は私の好きなタイプではないが、これほどの威力で進められると、屈服させられてしまう。後半、しばしば私の体に感動が走った。アンコールの「スラブ舞曲」と「ハンガリー舞曲」も爽快!

 テレビでサイトウキネン・オケを聴いた時にも思ったことだが、これが常設のオーケストラなら、どれほど素晴らしい演奏を日常的に聴けることだろう、雇用面では大いに問題があるにせよ、東京のオーケストラの数を3つくらいにしたら、世界最高レベルのオーケストラになるだろうに。雇用・労働・人権と音楽のレベル維持は二律背反の問題だが、無責任な音楽ファンとしては、オーケストラのレベルが上がると嬉しく思う。

 演奏会の終了後、そのまま上野の寛永寺で執り行われた故・中山悌一先生(929日に亡くなられた)の通夜に行った。中山先生は言うまでもなく日本の声楽界の基礎を築いた大声楽家であり、大教育家であり、二期会の創設者であり、私の母校である大分上野丘高校の大先輩でもある。

 私の高校の校歌は中山悌一作曲だった。ほかの生徒のほとんどは校歌を歌いながらも作曲者がどんな人か知らなかったと思うが、当時からオペラファンだった私は、これが中山先生の曲だと気づき、偉大な先輩の曲として誇りを抱いていた(ただ、何かと学校体制に反抗していた私としては、校歌という存在そのものには大いに反感を抱いていた)。

 最近、中山先生の息子さんである中山欽吾さん(東京二期会の理事であり、大分芸術短期大学学長。この方も私の母校の先輩だ)とお付き合いいただいているが、実は私は中山悌一先生とは生前、お目にかかる機会をもてなかった。だから、通夜の席でも肩身が狭かった。が、同じ大分県出身者として、同じ学校の出身者として、そして、二期会のオペラに熱心に通った音楽好きとして、そして、二期会とお仕事をさせていただいている人間として、ぜひとも末席で通夜に列席させていただきたいと思ったのだった。ご冥福をお祈りしたい。

 ただ、そのため、友人のフルート奏者・海治陽一さんのライブ演奏にいけなかった。残念。是非次の機会に聴きたい。

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