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五嶋みどりとヤンソンス

 1116日、サントリーホールで、マリス・ヤンソンス指揮、バイエルン放送交響楽団で、五嶋みどりの加わるベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲、後半はチャイコフスキーの交響曲第五番を聴いた。一言でいえば、ベートーヴェンは「凄すぎる」演奏。チャイコフスキーは文句なく素晴らしい演奏。

 五嶋みどりについては、まさしく巫女のような神がかった演奏。孤高の世界に入り、信じられないほどの集中力で独自の世界を語る。聴衆を引き込む力たるや、尋常ではない。私は息をするのも忘れて、ヴァイオリンの音に集中した。ヤンソンスも楽団員も、あまりに独自のベートーヴェンに必死についていこうとしているように見えた。

 五嶋みどりは、良い意味でも悪い意味でも「妖怪」の域に達したと思った。俗なところでは、美空ひばりや美輪明宏など、クラシック音楽の世界では、パヴァロッティやジェシー・ノーマンなどがその域にあった。何をやってもほかとまったく違った独自の世界を作り出す。ものすごいカリスマ性を持っている。ある種の信仰を醸し出す。楽器の演奏家よりも、声楽家にこのタイプは多い。

 ただ、私が五嶋みどりのベートーヴェンを好むかと言うと、そうとは言い切れない。息苦しくって仕方がない。ベートーヴェンの第九ではないが、「こんな音楽ではない、もっと楽しい音楽を奏でようではないか」といいたくなる。ヴァイオリンの音が中断して、オーケストラになると、ほっとして解放感を覚えている自分を発見する。

 もう一つ思ったのは、五嶋みどりの音楽は妙に曲線が多いということだ。比喩的な言い方だが、ある種の歪みを覚えてしまう。アンコールのバッハの無伴奏ソナタでもそれを感じた。バッハもベートーヴェンも、五嶋みどりの手にかかると、直線を中心にした大伽藍ではなく、ガウディのサグラダ・ファミリアのようなものが構築される。私が好んで聞いてきた直線を中心とした音楽とあまりに違うので、かなり驚いた。

 結論としては、「五嶋みどりは凄すぎる! もう少し凄くない演奏で、私はベートーヴェンを聴きたい」と言うに尽きる。

 後半のチャイコフスキーについては、文句なしにすばらしかった!

 品の悪い感情過多のねちっこいチャイコフスキーではない。格調高すぎる純音楽的なチャイコフスキーでもない。その両者のバランスを見事に取った、しっかりと楽器を鳴らし、構造をはっきりさせ、美しくも悲しく歌い上げた見事なチャイコフスキー。まさしくチャイコフスキーの「運命」とでもいうべき曲が、ドラマティックに迫ってきた。

 弦楽器の音が実にドイツ的。だが、それがしっかりとチャイコフスキーを歌い上げる。管楽器も見事。第二楽章のホルンの美しさに息を呑んだ。最高レベルのオケだと思った。

 アンコールの「悲しきワルツ」は私の好きな小曲だが、実に雰囲気があっていい。まるで北欧のオケのような音だった。最後はヨーゼフ・シュトラウスの「憂いもなく」。楽団員が一斉に声を出す。これは「ニューイヤーコンサート」か何かで見たことのある曲。楽しかった。

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