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『ペレアスとメリザンド』DVDと、今年のコンサート・ベスト10

279  ドビュッシーの『ペレアスとメリザンド』全曲DVDを見つけて買った。私のもっとも好きなフランス・オペラだ。ついでにいうと、オペレッタを含めると、次にフランスオペラで好きなのはオッフェンバックの諸作品、その次にベルリオーズ、マスネーとなる。『カルメン』はむしろかなり嫌いなオペラで、最後まで見るのにかなり忍耐を要する。

『ペレアス』をさっそく見た。メリザンドはナタリー・デセイ、ペレアスはステファーヌ・ドゥグー。ゴローはローレン・ナウリ。ベルトラン・ド・ビリーの指揮、ローラン・ペリーの演出、アン・デア・ウィーン劇場のライブだ。

 このオペラには、このほかに、こじんまりとしているが、実に香りのあるブーレーズ指揮、アリソン・ハグリー(メリザンド)のウェールズ・ナショナル・オペラ管弦楽団、ペーター・シュタイン演出の見事なDVDがあるが、それに匹敵すると思った。

 歌手陣は全員が見事。ペレアスがちょっと硬いが、その分、若々しさ、初々しさがあっていかにもペレアスらしい。デセイのメリザンドがとりわけ圧倒的。自然な発音、自然な発声で実に巧みに歌う。アルケル、イニョルド、ジュヌヴィエーヴ、すべてが申し分ない。演出も、奇をてらうのでなく、美しい。

 ただ、不満がなくもない。

 演奏、演出ともに、かなりリアルな不倫話になっている。この演出を見る限り、間違いなく不倫が行われたことになるだろう。嫉妬するゴローの描き方がとりわけリアル。ゴローがイニョルドに様子を聞こうとする場面など、鬼気迫る。

 その少し前の第3幕の、メリザンドが髪を梳く場面。台本では二階から髪を地上にたらすことになっているが、このDVDの演出では、メリザンドの髪はやや長い程度で、そのような行為は行われない。つまり、おとぎ話的な要素は排され、全体的にリアルになっている。デセイの演技も、実にリアル。年齢的な面から、「姉さん女房」に見えるが、いずれにせよ、愛の板ばさみに苦しむ女性を描いている。

 だが、このオペラをそのようなリアルなものにするとつまらなくなってしまうと、私は思う。メーテルランクの台本は、きわめて象徴的で不思議なお話なのだ。不倫があったかなかったかわからない。メリザンドがどのような感情を抱いていたのかもわからない。そもそも、メリザンドがどんな存在なのか、妖精なのか人間なのかもわからない。不思議な世界に漂う台本のはずだ。ドビュッシーもそうした雰囲気を実にうまく描いている。だからこそ魅力的なのだ。ブーレーズのDVDにはそのような雰囲気が十分にあった。それをこのようにリアルにすると、魅力が半減してしまうと、私は思う。

 ド・ビリーの指揮も、徐々にドラマを高め、リアルに登場人物の心理を描こうというもの。その限りでは実に見事。しかし、やはり、私のこのオペラへの思い入れを満たしてくれない。

 ところで、今日は1230日。まだ明日のベートーヴェンの全交響曲連続演奏を残しているが、今年はすでにラ・フォル・ジュルネを含めて、全部で109のコンサートを聴いた。ラ・フォル・ジュルネは一般的には1時間内のコンサートが多いが、今年は、バッハが特集されたので、ロ短調ミサ、『マタイ』『ヨハネ』など大曲が多かった。これらもひとつと数えさせてもらおう。

 なかなか選ぶのが難しいが、今年のベスト10を挙げておく。なお、ここに並べたのは、時間順。

・パヴェル・シュポルツル バッハの無伴奏ヴァイオリン・パルティータ2番など。(ナントのラ・フォル・ジュルネ)

・ペーター・ノイマン指揮、コレギウム・カルテゥシアヌム 『ヨハネ受難曲』 (ナントのラ・フォル・ジュルネ)

・ミシェル・コルボ指揮、ローザンヌ声楽・器楽アンサンブル。『マタイ受難曲』。 (東京のラ・フォル・ジュルネ)

・新国立劇場『ムツェンスク郡のマクベス夫人』

・バンベルク交響楽団 ジョナサン・ノット指揮 ブラームス交響曲1・4

・ゲヴァントハウス管弦楽団 リッカルド・シャイー指揮 メンデルスゾーン5、ブルックナー4.

・佐藤俊介・菊池洋子デュオコンサート (多摩大学20周年記念コンサート)

・チェコフィル ブロムシュテット指揮 ブルックナー8

・チェコフィル ブロムシュテット指揮 ドヴォルザーク8・9

・東京交響楽団 飯森範親 『ブロウチェク氏の旅行』

次点

・フィリップ・ピエルロ指揮、リッチェルカール・コンソート バッハ「ミサ曲」など (ナントのラ・フォル・ジュルネ)

・リヨン歌劇場 大野和士 『ウェルテル』

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ワイダ映画を続けて見た

 岩波ホールで見た『カティンの森』があまりに衝撃的だった上、ちょうどNHK-BSでもワイダの映画が特集されていたので、それを機会にワイダ作品をVHSなどで買い求め、ここ数日、一本ずつ見ていた。しばらく前に、『夜の終わりに』と『悪霊』の感想は書いたので、それ以外のものについての短い感想を、見た順に書き付ける。

・『約束の土地』・・・かつて、パリに行った折、フランス語字幕で見た記憶がある。資本主義の勃興期、仲良し三人組のポーランド貴族とドイツ人とユダヤ人が共同経営の工場を作ろうとし、労働者を抑圧し、ついには主人公の不倫のため、嫉妬した夫に工場を燃やされてしまうまでの物語。ポーランドの歴史、資本主義の状況、人間の性(さが)を描いて、実に感動的。役者がみんないい。まるで、当時がそのまま再現されたかのよう。

・『鷲の指輪』・・・初めて見た。第二次大戦の末期、それまで共同してドイツと戦っていたポーランドは共産党系のソ連派と、それに反対する勢力(ロンドン亡命政権の指揮下にある勢力)が、争いをはじめた。その時代の反ソ連の主人公を描いている。主人公はソ連派の中に入り込み、スパイとして行動するが、結果的に仲間を裏切る形になる。東欧革命後の作品だが、もちろん、それ以前には作れなかっただろう。もちろん、大まかなところはわかるが、正直言って、細かいところで映像や会話が何を言おうとしているのか判然としなかった。軍服や国旗を見ても、言葉を聞いてもどこの兵士なのかよくわからず、ポーランドの歴史状況をよく知らないのが辛い。しかも、情けないことに、同じような軍服を着た西洋人の顔は区別がつかない・・・

・『聖週間』・・・昔見た記憶がある。が、うっすらとしか覚えていなかった。第二次大戦中、ナチスによってワルシャワのゲットーに集められたユダヤ人が蜂起した前後、ユダヤ人であることを隠して逃げる女性が、かつての恋人の家庭にかくまわれるが、最後には、正体を知られて家を去る。かつての恋人には妻がいるが、その女性もユダヤ女性に同情し、抵抗運動をする夫の弟にも恋心のようなもの抱いて、積極的にかくまう。夫も殺される。悲惨な映画。当時のポーランド人の置かれた状況、悲惨な状況がよくわかる。あまりに辛くて、途中、何度も見るのを中断したが、とてもよい映画だった。

・『コルチャック先生』・・・ユダヤの孤児院を率いた有名なユダヤ人医師の物語。一人で逃亡することを拒んで、子どもたちとともに強制収容所に入っていく。有名な映画だが、この種の人道的な映画は好きではないので、これまで見なかった。だが、もちろん、ワイダ作品だけに、演出力は抜群。コルチャック先生を理想的な人物としては描かず、生きた人間として描いている。子どもたちの描き方も見事。ユダヤ人の誇り高さ、寛大さが伝わってくる。後半は息を呑む場面の連続だ。

・『灰とダイヤモンド』・・・ここに挙げたワイダ作品はいずれも見事だが、これはとりわけ圧倒的。これを見るのは、たぶん5回目くらいだが、改めて深く感動した。まさしく不朽の名作。これまで私の見た古今東西のすべての映画の中で、これは間違いなくベスト5に入る。

 ベルリンが降伏し、第二次大戦が終結した日の物語だ。平気で人を殺していた反ソ連派のマチェクは、恋をし、生と死について考え、人を殺すことをためらうようになる。そして、最後の暗殺を成功させたあと、兵士に打たれて死ぬ。戦争、とりわけワルシャワ蜂起によって死を間近に見て生きてきた若者の生と死へ意識、心に負った深い傷、やり直したいという希望、実はともに苦しみ、ともにポーランドを支えたいと望んでいる暗殺者と暗殺される人間、反ソ連派が狂った音で鳴らすショパンの「軍隊ポロネーズ」に象徴されるような前途多難。あらゆるものが映画の中にこめられている。

 主人公マチェクの死にざまは本当に素晴らしい。チブルスキーという名前の役者で、事故死したのだったと思うが、惜しいことをしたものだ。ヒロインも清楚で実に美しい。

 以前、アンジェイエフスキーの原作を読んだが、それでもまだよくわからないところがある。背景に何度か映る兵士は、どこの軍隊なのだろう。ソ連軍? それともポーランド軍? 何をしているんだろう。『鷲の指輪』でもそうだったが、その種のことがよくわからない。わからないまま、ともあれ感動した。

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フルシャ指揮、新日フィルの第九のことなど

 今日(1226日)、すみだトリフォニーホールでヤクブ・フルシャという若い指揮者による新日フィルの第九を聴いてきた。独唱は、天羽明惠・小山由美・永田峰雄・石野繁生。

 第九の前にドヴォルザークのテ・デウムが演奏された。CDは聞いたことがあるが、実演は初めてだった。曲のせいか、ホールのせいか、指揮のせいか、あるいは合唱が多すぎる(120人くらい)せいか、バランスが悪く、へんてこな曲に聞こえた。

 バリトンの石野繁生は美声で、強い声で歌うときには素晴らしいが、緊張していたせいか小さな声になると音程が怪しくなった。天羽さんはいつもどおり最高! 何と素晴らしいソプラノだろう!

 先日、仕事をご一緒した時、天羽さんの声を「ド迫力の声」と表現したら、ご本人は不本意そうだった。だが、私は天羽さんの声こそ、本当の意味で迫力のある声だと思う。強く激しく心の奥の達して揺り動かす。私はこれほどのド迫力の声は、シュヴァルツコップやクリスタ・ルードヴィヒに匹敵すると思う。

 第九のほうは、指揮は第三楽章までは一本調子が目立った。細かい細工をするが、それをすればするほど音楽全体の骨格が決まらない。曲の大きさに飲まれている感じ。この指揮者、1981年生まれと言うから、今年28歳。この若さでは、やむをえないだろう。このくらいやれているだけでも、たいしたものだ。

 しかも、独唱が素晴らしかったためか、第四楽章になると、かなり乗ってきた。石野さんも、第九に関しては最初から最後まで素晴らしかった。天羽さんはもちろん、小山さんも永田さんも申し分ない。日本の歌手陣の充実に改めて目を見張った。栗友会合唱団もなかなかの出来。最終的には、かなり満足した。

 その後、遅い昼食を錦糸町のベトナム料理店でとった。かなりおいしかった! 同じ雑居ビルにあるマッサージ点でマッサージを受けた。これも大満足! そして、上野の東京文化会館に向って、上智大学管弦楽団の演奏会を聴いた。

 私は上智大学とは何も関係がないが、ふとした縁で誘われ、とりあえず聴いてみようと思った。

 音大の学生オケは何度か聴いたが、一般大学のオケは久しぶり。だが、正直言って、かなり感心した。「ロザムンデ」序曲と、リストの「レ・プレリュード」、そしてチャイコフスキーの「悲愴」。指揮は汐澤安彦。

 もちろん、オケはプロに比べれば、かなり下手。様々の楽器で音程がはずれ、タイミングもずれる。オケの性能に問題があるので、音楽に表情をつけるのも恐る恐るになるのは仕方のないところ。だが、音楽が崩れることもなく、派手な失敗もなく、しかも十分に音楽が高まった。いやはや、たいしたものだ。ちゃんと感動するべきところで感動した。指揮も、オケの技能と妥協しつつ、しっかりと音楽を作っている。見事!

 チェロの一員として、いつかアマ・オケに参加したいなあ・・・と見果てぬ夢を見てしまった。多摩大学で私が中心になって学生オケを結成したいとも思ったが、規模の小さい多摩大学では、難しいだろう。

 ところで、昨年に引き続いて、大晦日のベートーヴェンの交響曲全曲コンサートに行くことにした。

 数年前のこと、高校生だった娘が大晦日から元旦にかけて友だちと遊びに行くと言うので、「結婚するまでは、大晦日と正月は、家族で過ごしなさい!」ときつく言い渡した。その手前、それからずっと、私自身、何があっても除夜の鐘が鳴るころには家に帰っていた。

 ところが、昨年、企画者の三枝成彰さんに誘われて、ベートーヴェン全交響曲演奏に行った。妻には年が明ける時間には家に帰ると約束していた。だが、小林研一郎の熱気溢れる素晴らしい演奏が続き、最後まで聴きたくなってきた。しかも、三枝さんにそろそろ帰ろうと思うといったら、三枝さんは「ここで帰っちゃダメだ!」と本気で怒っている。

 結局、最後の第九まで聞いて、感動しつつ元旦の3時ころに家に帰ったら、妻がカンカンに怒っていた。「やっぱり、約束を破ったわね! 来年もまた行くんだったら、家に帰らないで、ホテルに泊まってきてね!」と強く言われた。

 そんなわけで、今年はどうしようかと大いに迷っていた。おそるおそる妻に打診してみたが、よい返事はもらえないので、諦めようかと思っていた。ところがその矢先、三枝事務所から連絡があり、「当日、ほかの何人かとステージ上で話をしてもらえないか」ということだった。

 私は大喜びで引き受けた。これで堂々と大晦日に音楽が聴ける。妻には、「これは仕事の一貫なのだから、文句を言われる筋合いはない」と突っぱねられる。そうだ、これから毎年、なにかの仕事にかこつけて、このコンサートに行くことにしよう、と思いついた。

 ステージでしゃべるのは気が重いが、大晦日にベートーヴェンの交響曲全曲演奏が聴けるのは楽しみだ。

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ヴァンスカ指揮、読売日響の第九を感動!

 今日(1222日)、サントリーホールで、オスモ・ヴァンスカ指揮、読売日響の第九演奏会を聴いてきた。今年初めての第九。見事だった。

 ミネソタ管弦楽団のCDを聴いて、以前から聴きたいと思っていた。読売日響でベートーヴェン・シリーズが行われていることは知っていたが、これまで時間が取れなかった。

 とてもユニークな演奏。ポリフォニックとでも言うべきか。すべての楽器が同じ大きさで鳴る印象。だから、どの楽器が主旋律かよくわからない。どの楽器も実によく聞こえる。そして、実に立体的に音が聞こえる。朝比奈にもそのような傾向があったが、ヴァンスカの場合は、音がきりりと引き締まっていて超快速なので、もちろん、朝比奈とは印象はまったく異なる。そして、時折リズムを強調し、踊るようで、起伏が大きい。実にエネルギッシュ。「えげつない」という言葉を使いたくなるほどドラマティック。

 どの楽章もおもしろかった。とりわけ、何度かチェロを煽るところなど、ほかの指揮者にはみられない解釈。第三楽章では、ファンファーレをまさに「えげつない」ほど盛り上げていた。第四楽章はまさに祝祭的。バチャバチャ、ガチャガチャガチャという感じになって実に楽しい。そうでありながら、快速で楽器を合わせていく。このユニークな指揮にしっかりついていったオケのメンバーに脱帽! 古楽器の演奏以上に、若々しいベートーヴェンが浮かび上がってきた。 三澤洋史に率いられた新国立劇場合唱団も見事。独唱陣(林正子、林三智子、中鉢聡、宮本益光も、全体的に高レベルだった。宮本は最初、かなり緊張しているようだったが、これはやむをえないだろう。

 ただ、ないものねだりをすると、最初から最後までずっとエネルギー全開なので、聴いていて少々くたびれた。もう少し引き気味のところもあっていいのではないかと思えてくる。

 が、私はこのような演奏は大好きだ。実は、CDを聴いて、ここ数年になかったくらいの第九の名盤だと思った。実演でも、十分に堪能できた。

 とはいえ、私が神経質すぎるのだろうか。今日も、周囲の雑音が気になって仕方がない。

 先日の中丸さんのリサイタルほどではなかったが、演奏中も話し声やバッグを開ける音や、カサカサいう紙の音がひっきりなしだ。とりわけ、紙のカサカサ音が我慢できない。飴を取り出したり、プログラムやチラシをいじる音だ。咳が出そうなために飴をなめる人もいるようだが、少なくとも私は、飴を出す時の紙の音のほうが、咳よりもずっと気になる。

 私は、音を出す人が隣にいたら注意することにしている。これまで何度も注意してきた。だが、遠くにいる人まで注意することはできない。そのようなことをすると、ますます騒音を立てることになる。隣の人がうるさくしたら注意をすることを義務化したらいいのではないかとさえ思う。「演奏中は、私語を交わしたり、飴玉を出したり、チラシやプログラムをめくったりしないでください。そのような人がいたら、必ず隣の人が注意してください」と呼びかけることはできないものか。

 そんなことも考えたが、とりあえず、ヴァンスカに感動して家に帰った。

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 燕市で講演、そして中丸さんの「四つの最後の歌」

 今朝(1219日)、起きてテレビをつけると、新潟で大雪予報。新幹線も遅れが出ているという。午後、燕市で講演が予定されていたので、あわてて家を出て、切符を変更して、早い新幹線で向った。

 トンネルを抜けるごとに、風景が変わっていく。越後湯沢に到着すると、大雪の世界。燕三条駅付近は30センチほどの雪だったが、定刻に着いた。九州出身で、その後ずっと東京付近で暮らしている私からすると、こんな大雪はおそらく生涯三度目くらいなのだが、現地の人はいたって平然としている。

 教育委員会の主催の講演会だった。読書の大事さを、小中学生の親や先生を相手にお話した。講演の内容については、企業秘密だから、詳しいことは書かない。ともあれ、私としては、まあうまく話せたほうだと思う。気持ちよく話をすることができた。質問もいくつか出た。教育委員長さんとお話をした。準備してくださる方が気をつかってくれたのだと思う。講演で気持ちよく話せるかどうかは、実は主催者の準備によるところが大きいことを、最近実感している。感謝。

 予定通り、燕三条駅を出て、帰りにサントリーホールでの中丸三千繪さんのソプラノ・リサイタルに行った。私は、かなり前からの中丸さんのファンで、その中丸さんが私の大好きな「四つの最後の歌」を歌うということなので、行かない手はないと思ったのだった。が、最初の曲、「四つの最後の歌」が終わった時点、つまりは、リサイタルが始まって20分そこそこで外に出た。

 曲が始まっても、がさがさした音がいつまでも続く。一人や二人ではない。あちこちで、バッグを開けたり、飴玉の紙を鳴らしたり。バッグにつけている鈴の音も何度も聞こえる。しかも、「四つの最後の歌」はソプラノの歌曲集の中では名曲中の名曲なのに、それを聞いているという様子が伝わらない。その上、一曲ずつ盛大な拍手が鳴り、「夕映えの中に」が終わるや終わらないかのうちに、観客から大きな掛け声! 「ブラヴァ」といったのだろうか。聞き取れなかった。だが、いずれにせよ、クラシック音楽を聞く雰囲気ではない。死を描くこの曲の最後は、深い余韻を残すもの。掛け声をかけたのでは、せっかくの音楽がぶち壊しだ。

 私はこの時点で、場違いなところにきてしまったことに気づいた。

 ほかの客を非難するつもりはない。きっと、このリサイタルは、中丸さんを聴くためのリサイタルであって、クラシックのリサイタルと雰囲気が違うのは、中丸さんが幅広い人気を持っていることの証だと思う。現に、後半のプログラムはミュージカルなどが含まれていた。きっと場違いなのは私のほうだと思う。だから、さっさと去ることにしたのだった。もっと中丸さんの歌を聞きたかったが、このまま残ったら、観客に対してもっと腹立たしい思いを抱くと思った。

 なお、プログラムを見て、86年の小澤征爾指揮・新日フィルの「エレクトラ」が中丸さんのデビューだと知った。その公演を見て、「エレクトラを歌った新人がすばらしい」と思ったのを覚えている。あれが中丸さんだったことに改めて気づいた。

 ともあれ、欲求不満のまま、家に帰った。考えてみると、演奏に腹が立って途中で帰ったことが、これまで何度かあったが、観客を場違いに感じて途中で出たのは、初めての経験だった。

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東京都交響楽団のブルックナー7番に失望

 昨日(1216日)、東京文化会館で、東京都交響楽団(都響)の定期演奏会を聴いた。ジェイムス・デプリースト指揮でシューマンのヴァイオリン協奏曲(ヴァイオリンは、イザベル・ファウスト)とブルックナーの交響曲第7番。デプリーストは、以前ブラームスのCDを聴いて透明な演奏が悪くなかった。最近、ブルックナーのCDが話題になっているので、期待していった。

 が、大いに期待はずれだった。

 シューマンの協奏曲は、実は私の苦手な曲。ヴァイオリンのソロには美しいメロディがある。が、オケの伴奏がよくない。ヴァイオリンのソロも、無駄が多い。正直なところ、美しいメロディだけまとめて5分くらいの曲にしてほしいと思う。

 これを作曲したころ、シューマンはすでに精神を病んでいたという。私もそれを強く感じる。狂気に陥った人間が同じことをくどくど続けている・・・そんな感じがする。この曲を献呈されたヴァイオリニストのヨアヒムは、演奏不能として初演を拒否したというが、私がヨアヒムだったとしても、同じようにしただろうと思う。聴いているうちに、イライラしてくる。

 イザベル・ファウストはよく弾いていたと思うが、いくら良い演奏でも、この曲では、私はついていけない。

 後半はブルックナーの7番。

 なだらかで、やさしく、メリハリのないブルックナー。暴力的なところがなく、生煮えのようなブルックナー。デプリーストは、どこから見ても図体のでかい男性(ただ、なにかの病気だということで、車椅子に乗って指揮する)だが、かなり女性的演奏といえるかもしれない。弱い音と強い音の差が少なく、爆発もしない。温和で母性的。音の透明度を求めているのだろう。

 これがきっとデプリーストのブルックナーの理想なのだろう。だが、これでは峻厳な神は現れない。激しい信仰心は生まれてこない。それに、細かいところで、精神の集中が欠けるのを何度か感じた。

 これは私の好きなブルックナーではない。もっと言えば、ほとんど我慢のならないブルックナーだった。途中で帰りたくなった。まったく魂は震えない。

 やはりどうも私は精神が狭いようで、寛大になれない。二度とデプリーストのブルックナーには近づかないことにしようと思った。

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私の人生を変えた映画『アポロンの地獄』

 インターネットであれこれ検索しているうち、パゾリーニの映画のほとんどが3000円台のDVDになっていることを知った。かなり前に調べたときには、発売されていないか、1万5千円を越したので、諦めていた。3000円台ならと思って、大量に買った。ついでに、先ごろ『カティンの森』で圧倒されたアンジェイ・ワイダ監督のVHS『悪霊』と『鷲の指輪』(ともにDVDは発売されていない)も買った。

Suzu6190img600x4621260695995onkwmo3   ワイダの『悪霊』だけ見た。ドストエフスキー原作の映画化で、ポーランド人のワイダが監督しているのだが、フランス映画だということで、スタヴローギンやキリーロフがフランス語で話す。ドストエフスキー特有の得体の知れなさが半減する気がする。

 映画としてはかなりレベルが高いと思うが、ドストエフスキーの映画化としては、ちょっと物足りない。ドストエフスキーのあの内容を2時間足らずにするのに、まず無理がある。テロリストたちのそれぞれの思想も、キリーロフのニヒリズムも中途半端。ストーリーを追うだけになってしまっている。

 イワン・プイリエフが監督した『カラマーゾフの兄弟』(高校生のころ見てかなり感動。先ごろDVDで見直して、改めて見事な映画化に驚いた)のほうがずっとドストエフスキーの映画化としては説得力を感じた。ただ、『悪霊』のストーリーの細かいところを忘れ去っている自分を発見。ドストエフスキーを再読する必要がありそう。

 NHK―BSで放送されたワイダの『夜の終わりに』も見た。アントニオーニの『太陽はひとりぼっち』を思い出した。目的を失った若者の多感でありながらもニヒルな行動。昔見てかなり共感した覚えがあるが、60歳近くなって見ると、むしろ映画のつくりのうまさのほうに目が行ってしまう。当時、心の底から感動した『灰とダイヤモンド』はゆっくりと時間のあるときに見よう。

9f05a1909fa0736dbdc3f110l  パゾリーニの『アポロンの地獄』(原作はギリシャ悲劇のソフォクレス作『オイディプス王』)のDVDを入手したが、考えてみると、これこそが私の人生を変えた1本の映画なのだった。

 高校3年生の時、大分市の映画館で見た。小学生の時、学校の音楽の時間に『ウィリアムテル』序曲を聞いてクラシック音楽に初めて開眼したときと同じくらい、感激し、興奮した。すぐにこの映画についての評論を書いて高校の雑誌に出したのを覚えている。高校生のくせに「最後の場面はニーチェの永劫回帰だ」などというような生意気なことを書いた。

 大学生になって、同じパゾリーニの『王女メディア』を見た。もっと感激した。『テオレマ』や『奇跡の丘』も見た。どれもとてもおもしろかった。そうこうするうち、パゾリーニが映画監督であるだけでなく、詩人としても小説家としても有名な存在であると知り、パゾリーニの小説を翻訳していた米川良夫先生を知り、お宅を訪ね、先生に懇意にしていただき、現在のような道を歩み始めた。しばらく前に、このブログで「映画評論新人賞」をもらったと書いたが、それもパゾリーニを扱ったものだった。

 DVDが届いた時、まっさきに『アポロンの地獄』を見たいと思った。が、昔の恋人に久しぶりに会うようで怖い。もちろん映画そのものは変わっていないはずだが、こちらが変わっている。この映画は、その後も何度も見たので、内容ははっきり覚えているが、最後に見てから20年以上がたっている。

 これから年末にかけて、パゾリーニ作品を少しずつ見ようと思っているが、さて『アポロンの地獄』を私はがどう感じるのだろうか。

 近況を少し。

 昨日、今年最後の京都産業大学に行ってきた。一晩泊まって、今朝、またまた知積院に行き、長谷川等伯の襖絵に再会。またしても感動! その後、いつもの新阪急ホテルの美濃吉で「鴨川」を食べた。先付の大根と蟹あんかけがまずうまい。えび芋も最高。そして、いつもの通り、白味噌仕立てもうまい。メインの鰤柚庵焼が感動的なほどおいしかった。ミシュランに出ている店よりも絶対うまい!

 そのまま東京に戻った。京都での行動がいつも同じパターンになってしまっているようだ!

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事業仕分けによるクラシック音楽関連予算削減に反対する

 このブログには、政治的なことは書くまいと思っていた。だが、今回は例外。

 すでに報道されている通り、民主党政権による事業仕分け作業によって、文化予算が削減された。とりわけ、私たちが重大に思うのは、オーケストラへの助成金の大幅カットと、子ども教室への助成カットだ。

 これが進むと、助成金によってかろうじて運営できている日本全国のすべてのオーケストラが壊滅の恐れがあるという。また、子どもの音楽教室への助成がなくなると、子どもの感性を豊にするために行われていた音楽教室がなくなり、子どもたちが音楽に接する機会が圧倒的に減らされる。

 これは日本の音楽文化を破滅させることだと思う。

 民主党の様々な政策については、ここには書かない。私は、民主党には大いに期待していたが、これでは、自民党よりもずっとひどい政党だったと考えざるを得ない。

 なお、クラシック音楽を愛する人の多くの方がすでに反対表明をなさったと思うが、もしまだ反対表明をなさっていない方がおられたら、下記より、反対表明の仕方、メールによる宛先と文例が示されているので、利用していただきたい。

 私もこの文例に即して、反対表明のメールを出した。12月15日まで反対の意思表示ができる。多くの反対が寄せられれば、決定をくつがえすことができるはずだ。

http://pilsner.blog100.fc2.com/blog-entry-85.html

 

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映画『カティンの森』と『ヴィヨンの妻』をみた

 久しぶりに映画を見に行った。しかも、久しぶりに2本のハシゴ。私は、早稲田大学では演劇科で映画を専攻していた。学生時代には年に100本以上の映画を見ていた。小さな賞だが、映画評論新人賞をもらったこともある。映画館に行かなくなってしばらくたつが、久しぶりに映画を見て、やはり映画はいいと、改めて思った。

 岩波ホールで見た『カティンの森』は、なんとも凄まじい映画。監督のアンジェイ・ワイダは、学生時代の私にとってパゾリーニやアントニオーニと並んで最大のアイドルだった。とりわけ『灰とダイヤモンド』は深く感動して繰り返し見た。ワイダにとってカティン事件(第二次大戦中、ポーランドの軍人たちがソ連軍によって虐殺された事件。ただし、ソ連はドイツ軍の仕業だと主張し、長い間、ポーランドでは歴史上のタブーとなっていた)の映画を作ることがライフワークだとは以前から知っていたし、そもそも私はカティン事件そのものにも関心があったので、期待して見に行った。

 期待以上と言うか、圧倒的な映画だった。2時間あまり、ただ圧倒され、歴史の重みを痛感し、歴史の残酷さに打ちひしがれていた。カティンの森での虐殺事件そのものもこの上なく残酷だが、ドイツとソ連の両方から攻め込まれたポーランドの状況も、その後の歴史の中で真実が封殺されていく過程も、そして、戦後に選んだ立場によって愛する者同士が引き裂かれていく姿もまた残酷だ。

 その残酷な歴史を、ワイダは群集劇として描いていく。とはいえ、虐殺された大尉の妻アンナと娘ニキを中心として、同心円的にほかにも様々な人物が配置されるので、一般の群集劇と違って、登場人物への感情移入もしやすい。しかも、虐殺された人も、残された家族も、ソ連側に回った人も、圧倒的なリアリティを持って描かれる。観客は歴史を登場人物の内面をとおして目撃することになる。

 それにしても、最後の虐殺の場面の凄まじさ! ロッセリーニの『戦火のかなた』の最後の、パルチザンが殺されて川に放り込まれる場面に匹敵する冷徹なリアリズムだと思った。映像が終わった後に聞こえるペンデレツキの『ポーランド・レクイエム』の音楽に激しい痛みを覚える。

 映画が終わってから、しばらく動けないほどの衝撃を受けた。虐殺の現場を目撃したような気になって、午後2時近くになっていたのに、食欲さえもわかなかった。

 場所を変えて、夕方は『ヴィヨンの妻』をみた。モントリオール映画祭のグランプリ作品。根岸吉太郎監督は早稲田時代の同級生で、よくいっしょに行動したものだ。当時、センスのよい都会派の青年というイメージが強かったが、内面的で多感なところのある人間だった記憶がある。ただ、あまり知的だったいう記憶はない。むしろ感性の人だった。

 きわめて内面的な映画だ。『カティンの森』の後に見ると、とりわけ非社会的な閉じた世界を感じる。あくまでも個に焦点を当て、内面に向き合おうとしている。戦後すぐを実にリアルに再現し、そこで生きる人間模様を描くが、魅力的に描かれるのは太宰(映画の中では別の名前だった)と妻の心の中だ。

 冒頭、泥棒までする主人公の様子を聞いて、妻(松たか子)が笑い出す場面があるが、その場面が出色だと思った。ただ、欲を言わせてもらえば、映画全体を通して、もっと笑うしかない場面があればよかったと思う。全体的に深刻すぎる。かつて『ヴィヨンの妻』を読んだ記憶によれば、どうしようもなく悲惨でありながらも、笑うしかない場面、屈折した笑みを浮かべたくなる場面があったような気がする。そのようなところがなかったのが残念。それがあれば、もっと太宰像に魅力が出たのではないかと思う。

 しかし、それにしても、このような名作を作った元同級生に嫉妬を覚える。今さら映画を作ることはできそうもないが、もう少し創造的なことをしたくなった。

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ヤナーチェクのオペラ『ブロウチェク氏の旅行』日本初演はすばらしかった!

 サントリーホールで昨日(12月6日)、ヤナーチェクのオペラ『ブロウチェク氏の旅行』の日本初演を見た。すばらしい演奏! 東京交響楽団の定期公演による、いわゆるセミステージ形式。数年前から続いたヤナーチェクのオペラのセミステージのシリーズの最終回だ。

 指揮は飯森範親。東京交響楽団、大井剛史による東響コーラス。歌手陣としては、ヤン・ヴァツィーク、ヤロミール・ノヴォトニー、マリア・ハーン、ロマン・ヴォツェルといったチェコの超一流のメンバー(さきごろ出たビエロフラーヴェク指揮のCDのキャストとかなり重なっている!)。日本人の高橋 淳、羽山晃生、鵜木絵里、押見朋子もまったく遜色がない。とりわけ、ブロウチェク氏を歌ったヤン・ヴァツィークがいい。

 だが、もっと感動的だったのが飯森さんの指揮。この複雑で独特の音楽を手際よく整理しつつも、整理し切れないヤナーチェク特有のわかりにくさを無理やりわかりやすくしていない。美しい甘美な音、透明で冷徹な音、情熱的な音、そしてときに美しいとは言いがたい魂に衝撃を与える音を作り出してくれる。まぎれもなく、私の大好きなヤナーチェクの音楽だった。

 これが一回きりの演奏だというのは、あまりにもったいない。これはおそらく世界最高レベルの演奏だ。もっともっと演奏してほしい。ヤナーチェクのオペラのすばらしさをもっともっと多くの人に味わわせてほしい。

 私は、このオペラはこれまで昔の復刻CDと、先ごろ出たビエロフラーヴェク指揮のCDを聴いたが、実演はもちろん初めて。映像も見たことがなかった。それだけにとても感激した。それにしても、CDと比べても遜色がないと思われる公演だった。

 とはいえ、いつものことながら、ヤナーチェクのオペラの台本のわかりにくさに対しては途方にくれる。とりわけ、第一部のわかりにくいこと! ヤナーチェクのオペラ音楽はすべて最高! だが、ストーリーが比較的わかりやすいのは『イェヌーファ』と『カーチャ・カバノヴァ』だけ。『運命』『利口な女狐の物語』『マクロプロス事件』『死の家』などは、それぞれの台詞が何を言おうとしているのかも、それにどんな意味があるのかも、時には、一体今何が起こっているのかもわからないことがある。途方にくれつつ、美しくも鋭利な音楽に感動する。そして、繰り返し聴いているうち、その独特のわからなさまでもが魅力に思えてくる。

 それにしても、このわかりにくさは何に由来しているのだろう。どの台本作者と組んでも常に同じようなわかりにくさになるということは、単に台本がうまくできていないというだけでなく、ヤナーチェク自身の思想や傾向が反映しているのだろう。その秘密を解きたくなった。

 終演後、日本ヤナーチェク友の会のメンバー(私もメンバーの一人だ!)が10人ほど集まって、近くの店で交歓会(というか飲み会)が開かれた。ヤナーチェクのオペラ公演のたびに行われるので、約1年ぶりの飲み会だ。山根英之さん、青木勇人さん、赤堀春夫さんらの主要メンバーのほか、原子力学会会長でもおられる阪大名誉教授の住田健二先生も参加。会の顧問で、ヤナーチェクの台本の翻訳を精力的になさっている関根日出男先生も来られていたとのことだが、体調を崩したということで、終演後、すぐに帰られて、今回はお会いできなかった。残念。

 主要メンバーの献身的な働きには頭が下がる。解説本を売り、ヤナーチェクについてのHPを充実させ、会報を作っている。ヤナーチェクへの強い愛がなければできない。私も少し手伝いたいと思いながら、できそうもないので、申し訳ないと思いつつ、遠巻きにしながら感心してみているだけにしている。ごめんなさい。

 ともあれ、満足と感動の一日だった。

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多摩ケーブルテレビでの樋口ゼミ紹介、そして、オブラスツォワのこと!

 多摩大の私のゼミの様子が多摩ケーブルテレビで紹介された。多摩大学20周年コンサートに向けて様々の活動をする時期から、コンサートの少し前、そして当日、その後のゼミの様子を追いかけている。私は放映DVDをいただき、昨日(124日)、ゼミ生と一緒に教室で見た。

 正直言って、私のゼミの学生はいつも品行方正というわけではない。しばしば収拾がつかなくなり、機能しなくなる。人に見せられない場面もある。だが、最終的にはしっかりやってくれる。そのしっかりやってくれている部分を、テレビはきちんと撮ってくれていた。みっともないところが映っているのではないかとひやひやしていた。ゼミ生も同じ気持ちだったらしく、見たくないという学生もいた。

 が、DVDを流してみて、みんな自分たちが思った以上にしっかり映っていることに満足した様子。自分たちの成し遂げたすばらしいコンサートの意義についても、あらためて意識した様子だ。私自身も、そこそこ立派な先生らしく映っていたので満足。

 この日は、日本語表現法の時間に、春学期と同じように、高畠真由美先生に来ていただいて、ブランドネームの講義を学生に受けてもらった。自己発見、自己表現にはとてもよい講義で、学生たちも喜んでいた。

 授業の後、多摩大学から車を飛ばして武蔵野市民文化会館に行った。「エレーナ・オブラスツォワと輝けるロシアの新星たち」というコンサートを聴いた。3500円であの伝説のメゾ・ソプラノであるエレーナ・オブラスツォワを聴けるとは!と思って、

 武蔵野市民文化会館については、東京ではよく知られている。栗原さんというカリスマ・プロデューサーが企画して、低料金で最高レベルの演奏を提供してくれる。武蔵野市の援助を受けているとはいえ、これは驚異的。私はこの会場の企画によって、どれほど未知の大演奏家を知ったことか。そして、今度はオブラスツォワを中心とした企画。ずっとドイツもののオペラばかりを聴いてきた私は、長い間、オブラスツォワも名前を知るばかりで、馴染んでこなかった。最近、その凄さをかつてのDVDなどで再認識している。そんな自分への罪滅ぼしとして、遅ればせながら、往年の名歌手オブラスツォワを聴いておきたいと思った。

 オブラスツォワは一体何歳なんだろう。1970年にはすでに有名な歌手だった。ドミンゴが41年の生まれで、私の認識ではドミンゴよりも5歳以上は年上なので、70歳はすぎているのではないか。

 もちろん、声の細かいコントロールはできなくなっている。大味といえば、大味。しかし、声の凄みはすばらしい。アーンやサティやマスネのフランスものを歌ったが、フランスのチャーミングな娘と言うよりは、どすの利いた怖いフランスのおばちゃんといったところ。会場いっぱいにメゾ・ソプラノの強い声が響き渡る。しかも、なかなか妖艶。アンコールは、予想通り、カルメンのハバネラだったが、間違いなく一筋縄では行かな妖婦カルメンの姿が伝わってきた。すばらしい芸だと思う。

 エレーナ・グーセワは、容姿も声もきれいなソプラノ。86年生まれと言うから、23歳くらいか。表現は硬いが、これからきっと伸びてくる人なのだろう。もう一人のソプラノ、ナタリア・ペトロジツカヤは、28歳。表現力も豊かで声もきれい。容姿も十分。すでにかなりのレベルの人だと思う。日本人のバリトンの寺田功治も混じっていたが、これも見事。しっかりした歌いっぷりだった。ロシアやイタリアのオペラアリアが中心。

 ただ、ピアノの伴奏がかなり弱かった。ばたばたした感じで、伴奏の土台がしっかり決まらない。情感も伝わってこない。ピアノがよければ、もっと感動できたと思う。

 今日(5日土曜日)は一日ゆっくりする予定。オペラのDVDを何本か見ようと思っている。

 ブログに音楽のことばかり書くのはよそうと思っても、どうやら私の関心のほとんどが音楽らしい。音楽のことばかりを書いてしまう。あと数日したら、次の原稿(もちろん、音楽関係ではない!)にかからなければならないので、しばし音楽を心行くまで楽しみたい。

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肩凝り・腰痛に悩まされている

 かなり前から、肩凝りと腰痛に悩んでいる。今日も、大学でちょっと腰をひねって、ぎっくり腰の二歩手前のような状態になった。夕方、かかりつけのマッサージ師さんのところに行って、だいぶよくなった。

 ぎっくり腰に最初になったのは、24歳のころだったと思う。アパートにこもりきりで修士論文を書いていたので、運動不足になったのだろう。ウィリアムズ体操という効果的な体操を習って、かなり改善された。それ以来、ぎっくり腰になりそうになると、自分で察知して、運動をしたり、マッサージを受けたりして、しのいでいる。2、3ヶ月に一回、今日のような状態になる。

 肩凝りもひどい。

 10数年前、どうにも苦しくなって、ホテルに泊まった時、初めてマッサージを頼んだ。単に凝っているというよりも、錐で刺されているように背中が痛み、首はがちがちと音がして、自分では一回転できない状態だった。そのときのマッサージ師さんは、私の背中を触った途端に驚いて、「こんな凄いのは、私の生涯で二番目だ」と言い出した。当時かかるマッサージ師さんの多くが、私の体に触れるなり、驚きの声をあげたものだ。

 マッサージ師たるもの、もしかしたら誰に対してもこのようなことを言っているのではないかと疑ったが、このごろは、せいぜい「かなり凝ってますね」とか、「お疲れですね」といわれる程度なので、やはり当時の私は驚異的な凝りだったのだろう。

 それ以来、少なくとも2週間に1回はマッサージを受けている。予備校のあちこちの校舎で教えていた時、校舎の近くにそれぞれ行きつけの店とかかりつけのマッサージ師がいた。原稿を書くためにホテルに缶詰にされているときも、ホテルごとにお気に入りのマッサージ師がいた。今回も、大分のホテル、福岡空港と、毎日のようにマッサージしてもらっている。

 数年前、講演のために地方に行ったとき、あるホテルでとても印象的なマッサージ師さんに会った。30歳そこそこのきれいな女性だった。頼んだマッサージ師が女性だと「はずれだ!」と思ってしまう。マッサージ師は、きれいな女性である必要はまったくない。屈強の男性がもっともありがたい。ところが、この女性は、いざ揉んでもらうと、屈強の男性に負けなかった。

 しかも、まるでシャーロック・ホームズのようだった。突然、「本を書いているんですか」と質問されて、驚いた。当時、時々テレビに出ていたので、顔を知られていたのかと思った。あるいは、デスクの上に何か置きっぱなしにしているのではないかと思った。だが、そうではなさそうだった。私の凝りや雰囲気からそう判断したらしい。学会かなにかで東京からやってきた人間で、ふだんは本を読んだり、何かを書いたりするばかりで、体を動かすといってもせいぜい人を教えるくらいで、日本のあちこちに出かけているだろうという。音楽はクラシックが好きなのではないかとも言った。ただ間違っていたのは、私を理系の人間だと思っている点だけだった。

「霊感が強い」と本人は言っていたが、私は「霊感」など信じない。きっと、様々な兆候を読み取って、真実をかぎ当てるのだろう。

 もちろん、私のような人間もひとつの典型なのかもしれない。そのマッサージ師は、かつて出会ったタイプの特徴を口にしているだけなのかもしれない。だが、ふだんマッサージ師さんと話しても、サラリーマンと思われるばかりなので、あまりに的確に当てるのに驚嘆した。

 その女性が、「凝りというのは、一言でいえば、筋肉が衰えて、頭や上半身を支えきれなくなっているということなので、これを治すには、筋肉を鍛えるしかない」と力説していた。なるほどそうだったのかと、そのとき初めて思った。

 確か、その女性は、近いうちに東京に進出したいといっていたが、今、どうしているだろう。名前を聞いておけばよかった。

 それにしても、腰痛と肩凝りは何とかならないものか。これから先もずっと悩まされ続けるとすると、あまりに辛い・・・

 なお、しばらく音楽のことばかり書いてきたので、少し意識的に、日常的なことを書いた。

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大分から帰ってきた

 疲れきって、夕方、大分から帰ってきた。が、かなり充実していた。

 12月1日、大分県立芸術短期大学で講演。「知的な話し方を身につける。そのためにクラシック音楽をきこう」と題して、学生と近隣の一般の方向けにお話した。

 この短大の中山欽吾学長は、東京二期会の理事でもあり、私の母校である大分上野丘高校の先輩でもある。そのような関係でしばらく前から親しくしていただき、今回、学長プロジェクトの講演のひとつとしてお招きいただいた。

 要するに、論理的な話し方のテクニック、しかも、そうでありながら、多少は感じよく話をし、言いたいことはしっかりいうためのテクニックや心構え、そして、それをするのに、論理的で知的なクラシック音楽が役に立つのだという話をした。

 大分県立芸術短期大学は、大分上野丘高校のすぐ近くにある。自分の高校時代の思い出話も交えて話をした。しっかりと耳を傾けていただけたと思う。とても気持ちよく話ができた。私の話も多少は役に立つと思った。

 

 講演後、中山学長の案内で、学内を見学させていただいた。芸術大学には馴染みがないので、とても楽しかった。陶器、コンピュータデザイン、彫刻、絵画などの授業や作品を見せてもらった。先生や学生たちが、自分の手で作品を作っている様子を見て、ちょっとショックを覚えた。作り出している現場を見るというのはすばらしいことだ。私は彼らのように直接的に物を作り出してはいないと痛感した。作品のレベルも、私の理解できる限りでは、かなり高いと思った。

 大分県立芸術短期大学は、私が高校生だったころには、別府にあった。その後、現在の場所に移転した。従姉がこの短大生だったので、別府にあったころ、学園祭に遊びに行った記憶がある。私は何よりも芸術好き人間なので、この場所にいるだけでもわくわくする。

 午後、久大線の「ゆふいんの森」号で日田へ。夕方着いた。日田には両親がいる。

 二人とも80歳を超えているが、元気にしている。それどころか、今でも私は面倒を見てもらうばかり。おいしいものを食べさせてもらった。疲れきっていたので、9時過ぎにさっさと寝て、そのまま朝まで寝続けた。

 翌日、昼過ぎに高速バスで日田を出て福岡空港に向った。90歳を越す叔母がバスターミナルまで見送りに来てくれた。私が幼かったころ、つまりは、50年以上前、もう一人の母親としてかわいがってくれた叔母だ。いつまでも元気でいてほしい。

 ところで、先日書いた、罵倒のコメントについてだが、その後、動きがあった。

 先日書いたとおり、罵倒のコメントに名前のあった方に私信を出した。返事が来た。そのようなコメントをした覚えがないということだった。その方も、自分の名前が騙られたことを怒っておられた。

 この方(もう名前を出してもいいようなものだが、やはりここは匿名のままにしておきたい)の言われるとおりだと思う。コメントの人物は、その方と私の二人を嫌い、二人を落としいれようとしているのだろう。何と卑劣な人間なのだろう。

 が、実は私は少し嬉しかった。高潔で優秀な人に罵倒されると、それが誤解に基づいていてもかなりこたえる。が、このような卑劣な人間に罵倒されるのなら、名誉にこそなれ、不名誉にはならない。卑劣な人間に何を言われても、痛くもかゆくもない。すべての言葉がその人間の卑劣さを示すに過ぎない。

 それに、このコメントのおかげで、自分の役割について反省し、覚悟を決めることができた。最終的には、よい結末になった。

 だが、それにしても11月中に14のコンサートやオペラに通った。ブログにも音楽のことばかり書いてきた。これでは、音楽評論家と勘違いされても無理はないと思った。

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