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「あと少しだと思うと、元気が出る」?

 今年度の大学の授業も明日までで終わる。この時期になると、大学のあちこちで「あと少しだと思うと、元気が出る」という声が聞こえる。大学だけではない。この言葉は、様々な状況の中で使われる。長距離を走っていても、一日の労働の終わりに差し掛かっていても、この言葉が使われる。あと少しだと思うと、最終点がはっきりして、元気が出るということなのだろう。

 が、私は、この言葉を聞くたびに不思議に思う。実は、私自身はそのように感じたことは一度もない。それどころかむしろ、私は、「あと少しだと思うと、元気がなくなる」という気持ちを強く抱く。あと一仕事すれば家に帰れると思うと、むしろその時点で仕事をやめて帰りたくなる。あと一周で長距離走が終わると思うと、とたんにやる気を失い、やめたくなってくる。そんな意識をこれまで何度も抱いてきた。

 これは私だけの感覚なのだろうか。私はずっとこれは私だけの特殊な感性なのかと思って、寂しく感じていた。かつて、私とそっくり同じように感じているという人に出会って、嬉しく思ったことがある。

 なぜ私はそう思うか。

 自己分析するに、どうも私は、「あと少しで終わる」と想像したとたんに、仕事が終わってほっとしている自分を思い浮かべているようだ。が、思い起こしてみると、まだ仕事が残っている。だから、うんざりしてやる気がなくなってくる。

 つまり、私は語った途端に、語られた未来の時点に自分を置いて考える癖があるようだ。それがこの感覚の原因だといえそうだ。

 そう思うと、思い当たることがある。

 私は、長距離走などで何周か走るとき、今自分が何週目を走っているのか、すぐに曖昧になってくる。なぜかと言うと、「あそこまで走ると、9週目になる」と考えて走っているうち、今9週目だったのか、あそこまで走った時点で9週目になるのか、自分でも曖昧になってくるのだ。

 父は昔からよく、「明日の今頃」という言葉を使っていた。「明日の今頃には、もう東京に着いているだろう」「明日の今頃には、もう検査の結果が出ているだろう」などという。「来年の今頃は、もう生きているかどうかわからん」などということもある。そのたぐいの表現を、私は子どものころからずいぶん聞かされてきた。

 この父の言葉を聞くごとに、未来のある時点を「今」と表現することに違和感を覚えていた。そして、なぜ未来のことをすぐに考えようとするのかと疑問に思っていた。

 が、考えてみると、私も同じような思考をしているのかもしれない。

 私は「最後の踏ん張り」がきかず、すぐに諦めてしまう人間なのだが、それは単に「根性なし」というわけではなく、以上のような理由があるのかもしれない。

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