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日本の不寛容のために浅田がキム・ヨナに負けた!

 昨日、一日中、家にいたので、テレビでオリンピックのフィギュアスケート女子のフリーを見た。私は、一言でいえば、浅田がキム・ヨナに負けたのは国母問題で見られる日本の不寛容のせいだと思う。

 キム・ヨナの優勝については、きわめて順当な結果だと思う。キム・ヨナは登場した時から圧倒的な存在感。もちろん私はまったくの素人であるだけでなく、ほとんど、スポーツオンチなのだが、その私が見ても、キム・ヨナの滑りは実に安定していて優雅。それに比べると、浅田は、ジャンプはほれぼれするほど素晴らしいが、それ以外の部分ではキム・ヨナほどの安定感がないように思える。

 選んだ音楽(ラフマニノフの「鐘」)や衣装も浅田の魅力を引き出せなかったような気がする。が、それ以上に気になるのは、韓国と日本の社会の違いだ。

 私はキム・ヨナの滑りを見ていて、韓国の音楽家たち、チョン・ミョンフンやチョン・キョンファと似たものを感じた。自分をしっかり持っている。他人からどう思われようと頑として自分を変えない強さがある。「私は最高の存在なの。だから、私に喝采して!」というふてぶてしさがある。このような態度をとられると不愉快だが、しかし、芸術やスポーツにはそれが必要だ。そうしたふてぶてしさがあるから、韓国の人々は本番でミスなく、実力を発揮できる。そして、それがあるから、私は韓国人の偉大な音楽家チョン・ミョンフンやチョン・キョンファの芸術やキム・ヨナの滑りに深く感動する。

 一方、浅田は真摯で真面目。しかも、謙虚で感じがいい。登場した時も、テレビでのインタビューも実にチャーミング。敗北の弁は涙を誘う。そのような人間だから、本番でミスをしてしまう。

 浅田はこれからどうすれば、キム・ヨナに勝てるか。素人ながら、私にいわせれば、ふてぶてしさを身につけることだ。

 だが、それは浅田一人では難しいだろう。日本が国母問題で明らかになったように、ちょっと服装が乱れていたり、ちょっと生意気な口をきいたりしただけで一人の人間を叩くような社会でなくなる必要がある。朝青龍問題しかり。日本中が、個人に謙虚さを要求し、そこからはみ出した人間を袋叩きにする雰囲気になっている。このような社会にいるから、浅田はふてぶてしくなれない。謙虚にしていなければならない。

 浅田が多くの人の神経を逆なでするようなことをいい、唯我独尊を通し、そうでいながら国民のヒロインでいられるようになれば、浅田はキム・ヨナに勝てるのではないか。そして、これからも強い選手、優れた芸術家を輩出できるのではないか。そのためには、日本はもっと謙虚さを人に強要しない社会になるべきではないか。

 日本社会は、浅田に謙虚で感じのいい人間でいることと、金メダルととることの二つの矛盾することを求めた。どちらかひとつを求めるべきだと私は考える。

 音楽の話題に戻ろう。

 昨日、5234日に東京国際フォーラムで開かれるラ・フォル・ジュルネの公演スケジュールが発表された。行くべきコンサートをチェックした。私はショパンが苦手なので、ショパンを避けつつ、メンデルスゾーン、シューマン、バッハ、ヘンデル、モーツァルト、リストを中心にきくことになりそう。また、今年も泊り込みで朝から夜中までコンサートを聴く予定。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

こんにちは。
浅田選手、残念でしたね。
私の周りでは、「ヨナにあって真央にないもの、それは色気」なんて言う評価もありました。
それはともかくとして、国母の服装や言葉遣い、私は不快です。個人的には自分の体に穴をあけることに異常な嫌悪感があるため(注射や採血も極力したくない)、顔面にピアスを付けている人を見ると、足がすくんでしまう、と言うことが、彼に対しての偏見になっている、ということもあるかと思います。
そのような人間に「国母に対して寛容になれ」、と言うことは、おそらく樋口先生に「寛容な気持ちでマーラーを聴いて下さい」と言うようなものか、と思ったりしています。

礼節を重視する邦楽の世界にいるから、こんなことを感じてしまうのかもしれませんが、もし失礼がありましたらお許しください。(………………一応大学は先生の後輩ですので)

投稿: ムーミンパパ | 2010年2月27日 (土) 11時54分

ムーミンパパ様
コメントありがとうございます。
浅田さん、本当に残念でした。でも、とてもよい試合だったと思います。
ところで、言葉が少し足りなかったかもしれません。補足しておきます。
私は国母に対して個々人が寛容になるべきだといっているわけではないのです。国母を嫌う人がいるのは当然だと思います。個人にしっかりとした価値観がある以上、誰かを嫌うのは当然のことです。むしろ、寛容でありすぎず、何かを徹底的に嫌うのはよいことだと思っています。
が、国をあげて一人の人間を血祭りに上げ、いじめのような状態になるのは異常だと思います。生意気な人間を見つけて、多くの人が断罪する状況が好ましくなく、これが個人を萎縮させていると思うのです。多様な価値観の人がいて、多様な非難があちこちで起こり、それに対して弁護がなされ、全体として寛容な社会になるべきだと考えています。個人がいつも世間様の目を気にしているような社会が浅田さんが実力を発揮するのを妨げているように思うのです。

投稿: 樋口裕一 | 2010年2月27日 (土) 23時23分

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