« カタリーナ・ワーグナー演出の『マイスタージンガー』に感動! | トップページ | NHKのラトル指揮『神々の黄昏』とシュヴァルツコップのCD »

映画『海の沈黙』と長谷川等伯展、エル・ダンジュ

 今日は実に充実していた。

 まずは岩波ホールで『海の沈黙』を見た。ジャン・ピエール・メルヴィル監督の1947年の作品。私は学生時代、映画学を専攻していたので、もちろん題名は知っていた。ずっと前から見たいと思っていたが、やっと日本で上映された。ヴェルコールの原作も、かつて読んで、とてもおもしろかったのを覚えている。

 が、映画は小説以上におもしろい。舞台になるのは、ドイツに占領されている1941年のフランスの片田舎。そんな田舎町にもナチスが侵攻して、老人と姪が暮らす家にナチスの将校が寝泊りするようになる。将校は作曲家で、礼儀正しい理想主義者であり、フランス文化を愛し、フランス語を話す。だが、フランス人の老人と姪は抵抗のために一切口をきこうとしない。まるで将校など存在しないかのように行動する。将校のほうは、ナチスドイツが世界をよくすると信じており、フランスとドイツが宥和できるとも考え、それを語り続ける。そして、フランス人が祖国に誇りを持って抵抗することについても理解を示す。ところが、あるとき、将校はナチスドイツが虐殺を行っていること、フランス文化を破壊しようとしていることを知って絶望し、自ら戦地に赴こうとして、フランス人たちと別れる。

 たったこれだけの物語。しかも、ほとんどが室内で展開される。が、口をきかないままなのに、だんだんと心を通わせるようになる様子、互いに尊敬しあいながらも、やはりどうしても理解しあうわけにはいかない有様がひしひしと伝わってくる。心の中の手を差し伸べあうが、それが届くことはない。虐殺もなく、銃撃戦も描かれないが、一人一人の人間の心の奥の残した戦争の残虐さをはっきりと描いている。

 相手が答えてくれないとわかっていながらも、将校が毎晩繰り返す「おやすみ Je vous souhaite une bonne nuit」という言葉、そして、将校のためらいがちのノックに対して老人が一度だけ声に出して答える「入りなさい Entrez」という言葉、姪が、戦地に行く決心をして別れを告げる将校に言う「さようなら Adieu」という言葉、この三つの言葉がとりわけ心を打つ。

 素晴らしい映画だと思った。メルヴィルの映画は『恐るべき子供たち』『いぬ』『サムライ』『影の軍隊』『仁義』『リスボン特急』を見ている。悪い監督ではないが、これらの作品は、今回ほどの感動は呼ばなかった。

 その後、上野に移動して、東京国立博物館で長谷川等伯展を見た。

 ものすごい人出! 絵の全体像は多くの客の頭越しにしか見られなかった。平日の昼間ならすいているだろうと思ったら、大間違いだった。私がこれまで訪れた美術展で最高の込み具合だったかもしれない。また、すいている時にいきたいものだ。

 それにしても、京都に出て「等伯」と名乗るようになってからの絵は、どれも本当に圧倒的だ。能登で「信春」と名乗っていた時期の絵は、後年の作品を知ってしまうと、やや物足りない。しかも、若いころの作品には、仏や鬼子母神の絵が多い。私は、等伯の絵の中では、植物を描いたものが好きなので、人物像にはあまり惹かれない。

 襖の模様が雪のように見える「山水図襖」の静かで奥深い情景、橋と柳を描いた不思議な構図の「柳橋水車図屏風」、風になびく萩とススキが凛とした風情を見せる「萩芒図屏風」、幽玄としか言いようのない「松林図屏風」など、精神のありようの高貴ささえも感じる。

 が、やはり私は知積院でこれまで何度も見てきた金碧画が最も好きだ。「楓図」も「松に秋風」も息を呑む。フェルメールのような高貴な静けさ。だが、それだけでなく、松の葉などの激しい表現があり、強い悲しみを抑制する力がある。

 ただ、あの人ごみでは感動に浸りようがない。これほど等伯が注目されるのはうれしいことだが、「一人でゆっくり見たい」というエゴイズムを抑えることができなかった。

 夜は多摩市のフランス料理店エル・ダンジュで家族と夕食。ひいきの店なので、よく来ているが、今日はこれまで食べたことのない新しいメニュを体験。とてもおいしかった。つけだしからして、感動的なうまさ。息子や娘は別の料理を食べたが、いつもどおり、みんな大満足だった。

|

« カタリーナ・ワーグナー演出の『マイスタージンガー』に感動! | トップページ | NHKのラトル指揮『神々の黄昏』とシュヴァルツコップのCD »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

いつも愛読しています。「海の沈黙」を、私も遅ればせながら、みてきました。濃密な心理劇ですね。水面のさざ波のように、心理のあやが広がっていきます‥。途中からどんどん面白くなりました!

投稿: Eno | 2010年3月17日 (水) 00時06分

Eno様
コメントありがとうございます。ブログは時々拝見しています。私と興味の対象が似ておられますので、楽しませていただいています。
「海の沈黙」、本当にいい映画だと思いました。岩波ホールで売っていた文庫本を買って、30数年ぶりに読みかえしてみました。映画の中の台詞はほとんど原作のそのものだったと知り、少し驚きました。原作もなかなか味がありますね。ただ、訳文がかなり古めかしいのが気になりましたが。
また、ブログを読ませていただきます。

投稿: 樋口裕一 | 2010年3月17日 (水) 09時53分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/532807/47778306

この記事へのトラックバック一覧です: 映画『海の沈黙』と長谷川等伯展、エル・ダンジュ:

« カタリーナ・ワーグナー演出の『マイスタージンガー』に感動! | トップページ | NHKのラトル指揮『神々の黄昏』とシュヴァルツコップのCD »