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ヴィスコンティの3本の映画

 今、明日の仕事のために、京都に来ている。夕食は、新阪急ホテルの美濃吉で済ませた。筍ご飯が絶品。いつものようにしろ味噌仕立ても実にうまかった。

 もし、明日、時間が取れたら、花見でもしたい。とはいえ、タクシーでどこかに行って、ざっと見て、すぐに戻るだけの時間しかなさそう。

 

 ここしばらくの間、時間を見つけて、ヴィスコンティの映画を数本見ていた。3本の感想をここに書く。

B0007piola09 『地獄に堕ちた勇者ども』

 1970年に東京に出てきて初めて見たヴィスコンティの映画だった。かなり感激したのを覚えている。改めて、見たが、やはりすごい。

 フリードリヒ(ダーク・ボガード)は、ナチスの後ろ盾によって、大企業の実力者の息子の未亡人(イングリット・チューリン)と結びついて企業の実権を握ろうとし、殺人まで犯すが、ナチスの都合によって挫折。ナチスが未亡人の息子であるマーティン(ヘルムート・バーガー)を次の実力者にすえようとしたために、服毒自殺させられる。

 そんな物語だが、退廃、倒錯、権力が入り混じる。ナチスの実際の歴史と重なり合うのだと思うが、確かに当時の時代精神には、このような倒錯があったのだろうと納得させられる。時代の狂気を、政治とは異なる部分で描いているといえようか。

 これより前のヴィスコンティの映画にはドストエフスキーの影響が強く感じられるが、この後は、むしろワーグナーの影響を感じる。この映画は、まるで『ニーベルングの指環』のナチス時代版!

 ヴィスコンティの映画には、しばしばオペラのさわりを調子っぱずれに歌う場面が出てくる。ナチスによる突撃隊襲撃(血の粛清事件)の前、突撃退院であるコンスタンチンが『トリスタンとイゾルデ』の本来ソプラノで歌うべき「愛の死」をバスの声で、しかも酔っぱらって音程を狂わせながら歌う。まさしく、倒錯、狂気、退廃!

 役者がみんな素晴らしい。おそらくヴィスコンティの演出が素晴らしいということだろう。倒錯者であるヘルムート・バーガーの演技がとりわけ目を引く。私は、この映画でこの不思議な役者の存在を知った。

N_616dlr11060ps 『ベニスに死す』

 封切時に見たとき、大いに感激した。私はそのころからすでにマーラーが大嫌いだった。高校生のころ、マーラーのレコードを何枚か買って、理解するべく努力した。が、できなかった。激しい違和感をマーラーに対して持っていた。そんな時、この映画を見た。

 作曲家のアッシェンバッハ(ダーク・ボガード)は療養のためにベニスにやってくる。これはマーラーをモデルにした人物で、トーマス・マンの小説では作家になっているが、映画ではマンの最初のアイデアである作曲家に戻されている。娘を亡くして苦しみ、音楽作りに悩んでいる。アッシェンバッハはベニスで過ごすうち、ホテルの客の一人であるポーランドの少年に引かれ始める。うっとりとして見つめ、後を追う。そして、自分の老いを痛感し、髪を染め、顔に化粧をする。そのような醜悪な姿で少年を追いかける。そんなとき、ベニスでコレラが流行する。アッシェンバッハは少年の姿を追い求めながら、コレラにかかって、化粧を施した醜悪な姿のまま海辺で死ぬ。

 ここには同性愛、少年愛が強く描かれる。が、この映画が普遍性を持つのは、この少年が純粋な美を象徴しているところだろう。アッシェンバッハは純粋な美を追い求めている。自分は老いながらも、完璧な美を求める。そして、それに憧れるがゆえに醜悪な姿になりながら死んでいく。

 初めて見たときも、ヴィスコンティの音楽に対する造詣の深さに驚いた。私がマーラーが嫌いな理由こそ、まさにこれだった。マーラーは過去の音楽の純粋なものを取り戻そうとする。だが、そのようなものはすでにない。それなのに過去の純粋な音楽にあこがれる。そうであればあるほど醜悪になる。だから、私はマーラーが我慢ならない。ヴィスコンティは、だからこそマーラーに共感するのだろう。

 実は、今回見て、かつてほどの感動は覚えなかった。ヴィスコンティの演出力には驚く。音楽の使い方のうまさにも驚嘆する。醜悪な姿を見せ付けられるリアリティを強く感じる。もちろん、とてもよい映画だと思う。だが、かつて以上に、アッシェンバッハに感情移入できない。感情移入を促すマーラーの交響曲第5番に入り込めない。私も老人の部類に入るようになったので、もう少しアッシェンバッハに共感するかと思っていたが、そうでもなかった。

 どうも私は、年齢とともに、感情移入するタイプの映画にあまり感動しなくなっているようだ。以前見たとき、マーラーを嫌いながら、ダーク・ボガード扮する主人公に感情移入した。だが、今では、感情移入させようとする音楽や場面に息苦しさを覚える。共感するにしても、もう少し距離を置いて対象を見たいと思う。

 ただし、マーラーの音楽のほとんどに対して拒否反応を起こし、レコード店でちょっと耳にするだけで激しい違和感と苛立ちを感じる私なのだが、この交響曲第5番の第4楽章に対してだけは、それを感じない。きっとこの映画のおかげなのだろう。

『ルートヴィヒ』

 いわずと知れたバイエルン国王ルートヴィヒ2世の物語。私が学生のころ、製作されたのは知っていたが、ずっと日本で封切られなかった。1977年、ヨーロッパに行った時、ウィーンで看板を見つけ、あわててみた。ドイツ語版だったので、まったく言葉はわからなかった。が、私は当時から大のワーグナー・ファンで、ルートヴィヒ2世についてはかなり知っていたので、ほとんど理解して見た覚えがある。

 改めて見てみると、やはり見事な映画だ。壮大な歴史絵巻物というだけでなく、多感で芸術至上主義で傷つきやすいルートヴィヒの心を美しく描いている。ルートヴィヒ役のヘルムート・バーガーは、地なのか演技なのかわからないが、まさしくエクセントリックなルートヴィヒそのもの。トレヴァー・ハワードのワーグナーも、シルヴァーナ・マンガーノのコジマも実にいい。そして、エリーザベト役のロミー・シュナイダーのなんという美しさ! ハリウッド製の歴史映画と違って、まさしくリアル。

 純粋で、エリーザベトへの愛をいつまでも忘れられず、芸術を愛し、現世を厭う。エリーザベトの場面になると愛と死を歌う『トリスタンとイゾルデ』の断片がかかる。

 ただ、実を言うと、やや不満を覚えた。歴史をリアルに描き、人物を的確に描き出し、驚くべき演出力を示している。が、私に訴えかける新しい思想があるか。どうも、それが感じられない。

 もちろんヴィスコンティは大好きな映画監督だ。だが、そのような面で、パゾリーニやアントニオーニやフェリーニのほうに、私は強い共感を覚える。

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