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2010年LFJ私のベストコンサート そしてLFJについて考えたいくつかのこと

●私のベストコンサート

 今年は合計26のコンサートを聴いた(前のコンサートが延びたために最初の曲の冒頭部分を聴けないコンサートもあったが、原則として、すべて聴いたコンサートだけを数に加えている)。

 何度も書いているとおり、私はピアノ曲をあまり聞かず、とりわけショパンは苦手なので、ショパンのピアノ曲は避けて聴いたことになる。だから、いうまでもないことだが、これは私のきわめて主観的な、ある意味でゆがんだベストではあるが、私の聴いたベストコンサートをあげてみる。

★ベスト5 (意識したわけではないが、ショパンは含まれない)

1 メンデルスゾーン オラトリオ「パウロ」 ミシェル・コルボ指揮、ローザンヌ声楽アンサンブルなど

 本当に素晴らしかった。この曲の真価を多くの人が再認識したと思う。

2 ヘンデル・アリア集 マリア・ケオハネ(ソプラノ)、リチェルカール・コンソート フィリップ・ピエルロ指揮 

 リチェルカール・コンソートも最高だし、ケオハネのソプラノも申し分なし。ヘンデルの世界に感動した。

3 ポロネーズを集めたコンサート リチェルカール・コンソート 

 実に楽しいコンサートだった。リチェルカール・コンソートは素晴らしい! ついでに書くと、ペルゴレージの「スターバト・マーテル」のCDは、この団体のものが圧倒的に素晴らしい。これを聞くと、アバドの有名なものもそれほどと思えなくなる。

4 メンデルスゾーン・弦楽四重奏曲第6番、シューマン・ピアノ五重奏曲 ライプツィヒ弦楽四重奏団  ベルトラン・シャマユ(ピアノ)

 この二つの曲がベートーヴェンにも匹敵する名曲だということを教えてくれた。最初から最後まで緊密で豊か。

5 メンデルスゾーン「フィンガルの洞窟」 ヴァイオリン協奏曲 イェウン・チェ(ヴァイオリン)、ウラル・フィル、リス指揮 

 この女性ヴァイオリニストの求心力に感服。メンデルスゾーンの世界に酔った。

★そのほか特に素晴らしかったコンサート

・小菅優(ピアノ)、メンデルスゾーン「無言歌集」より6曲。「前奏曲とフーガ ホ短調」「厳格な変奏曲 ニ短調」

 美しい音、豊かな音楽性。

・ルイス・フェルナンド・ペレス(ピアノ)、パリ室内管弦楽団、ウィルソン・ヘルマント指揮 メンデルスゾーン「フィンガルの洞窟」ピアノ協奏曲第2番

 オケもピアノも指揮もとてもよかった。メンデルスゾーンの素晴らしさを堪能できた。

・トリオ・ショーソンによるショパン「ワルツ変イ長調 作品42 序奏と華麗なるポロネーズ。ファイト・ヘルテンシュタインのヴィオラが加わって、シューマンのピアノ四重奏曲

 シューマンが見事。私はときどきシューマンが嫌いになるが、これを聴いてまた好きになった。

・趙静(チェロ) クレール・デゼール(ピアノ) ショパン「ノクターン 27-1」 チェロ・ソナタ 序奏と華麗なるポロネーズ ポッパー「妖精の踊り」

 趙静の女の情念の世界!

・ピーター・ウィスペルウェイ(チェロ) パリ室内管弦楽団 ジョセフ・スウェンセン指揮 シューマン「序曲、スケルツォとフィナーレ」 チェロ協奏曲

 ウィスペルウェイの力量!

・飯田みち代(ソプラノ) 山口佳代(ピアノ) ショパン「17のポーランドの歌より」、シューマン「女の愛と生涯」

 飯田のアクの強い表現力。

・梁美沙(ヴァイオリン)、松本望(ピアノ) シューマン ヴァイオリンソナタ第1番・2番

 二人の女性のダイナミックに流動する音楽。

・ショパンの葬送 コルボ指揮  モーツァルト「レクイエム」など

 コルボの描くモツレクの世界!

●ショパンについて考えたこと

 私はずっとショパンが苦手だった。私の恩師である故・米川良夫先生はショパンを好んでおられたが、いつか言われた「ショパンの激情的な部分は女のヒステリーのようなもの、ショパンのロマンティックなところは女の感傷のようなもの。だけど、僕はとても好きなんだ」という言葉を思い出す。が、私はまさにそのせいで、ショパンが苦手だった。

 よく、「ショパンを女性的という人がいるが、そんなことはない。男性的な音楽なんだ」という人がいる。が、その人の演奏したショパンを聴いても、大きく印象は変わらない。バッハやベートーヴェンやブラームスに比べたら、かなりなよなよしていて薄っぺらだ。そう思ってきた。

 とりわけ、ピアノの高音部のちゃらちゃらしたところが我慢できない。少女マンガに出てくるかわいい少女の大きな眼の中のお星様を思い浮かべてしまう。しかも、構成が甘く、飾りの部分があまりに多い。

 が、今回、ショパンをけっこう聴いた。ショパンを避けて聴いたつもりだが、さすがにショパンが特集された音楽祭で26のコンサートを聴くと、いやでもショパンが耳に入る。とりわけ、飯田みち代さんの歌う少年期に作曲したポーランド語の歌を聴いて、思い当たった。

 それが正しいかどうかはわからないが、私なりにショパン像がはっきりしてきた。ショパンが好きになったとまではいえないが、多少わかったような気がした。

 以下は私の想像。

 ショパンは田舎者だった! ポーランドからパリに出て、かなりの田舎者意識を持っていた。が、才能のおかげで都会の寵児になった。都会的センスも身につけた。サロンの女性に好まれる音楽が求められるので、注文に応じてそんな音楽もたくさん作った。が、根っこのところでは、相変わらず多感で内省的で地味なタイプの人間だった。そして、いかにも田舎臭いポーランドの大地に深い愛着を持っていた。抽象的な祖国愛というよりも、まさしく農地としての大地、そこで生きる農民を知っていたし、それを愛していた。

 そう考えると、ポゴレリッチの演奏した協奏曲も、それほどショパンからかけ離れたわけではなかったかもしれない。

 ポゴレリッチは、外面的な部分をピアニシモで弾いていた。こうすると、外面的なきらびやかさでなく、内面に秘める疼きのように聞こえる。そして左手の低音部を強調すると、ショパンの心の奥にある煩悶や苦悩や絶望が表に現れる。注文に応じて都会の子女の喜びそうな外面的な曲をたくさん作りながらも、実はポゴレリッチが表に出したような思いを、ショパンは強く持っていたのかもしれない。ポゴレリッチは、ショパンのこのような面を鋭く読み取って聞かせてくれたのかもしれない。

 単なる想像だが、こう考えると、ショパンを身近に感じるのは間違いない。

 これからはショパンを特に避けるのではなく、以上書いたようなことを考えながら聴いてみようと思った。

●2ちゃんねるの書き込みについて

 ラ・フォル・ジュルネについて、どんな意見が寄せられているかと思って、2ちゃんねるをのぞいてみて、びっくり。私が名指しでけなされていた!!

 人様にけなされるようなことをしているとは、夢にも思っていなかった。

 必要もないような気がするし、2チャンネルに書き込みをしている人が私のブログを読むとは思えないが、気分が悪いので、自己満足のためにここで弁明しておく。2チャンネルに直接書き込みをしようかとも思ったが、それをやると応酬に際限がなくなりそうなので、この場で自分の意見を語るだけにする。

 たまたま私の本が250万部のベストセラーになっているころにラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンが始まったこともあって、私はいちおうラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンの第1回目からの「アンバサダー」ということになっている。とりわけ、第一回目には、この音楽祭を日本に定着させるためにかなり働いたつもりでいる。

 今年は苦手なショパンが中心ということで、あまり活動しなかったが、それでもラジオに2回出演して、ラ・フォル・ジュルネの紹介をした。昨年までは、もっとあちこちに出向いて、様々な紹介をしていた。少々のギャラが出ることもあるが、まったく出ないこともある。そのためもあって、ラ・フォル・ジュルネのチケットは特別に入手させていただいている。そして、そのおかげで一般の人よりもたくさんのコンサートをきくことができている。とてもありがたいと思っているし、苦労して入手されている方には申し訳ない。だが、権力やコネを使って無理やりチケットを入手しているわけではない。相応の働きをして、できるだけの貢献はしているつもりだ。

 また、確かに最終日のあるコンサートの後、私は一般の人が立ち入ることのできないドアを開けた。が、それは前もって出演者(しばらく前からの友人でもある!)と話をして、コンサートの後に訪れる約束をしていたからだ。無断で押しかけたわけではない。それに、あそこは通路であって、楽屋ではない。女性が着替えているかもしれない楽屋を無断で空けるようなことは、もちろん私は絶対にしない。そして、係りの人の了解を得て、出演者にお会いした。非難されるいわれはないように思うのだが、どうだろう。

 そんな私が、好きな音楽を聴くためにコンサートに足を運んでいるのに、人様に不愉快に思われては悲しい。それに私は居眠りしたこともなく、無礼なことをしたこともないはずだ。音楽を何よりも愛する人間の一人として、静かにおとなしく、熱心に音楽に耳を傾けているつもりでいる。足を組むなどちょっと行儀は悪いかもしれないが、周囲には迷惑はかけていない自信はある。音楽を好む人間同士として、一緒に楽しもうという気持ちになってもらえないものだろうか。

 私自身のことはともかく、2チャンネルの書き込みを読んで、ラ・フォル・ジュルネについての様々の意見を知った。人様の意見についてとやかく言う気はないが、多少内情を知る私としては、ラ・フォル・ジュルネのスタッフはみんなが必死に努力して、やっとあれだけのことを成し遂げていることにむしろ感動している。

 チケットがすべて売れても、かかったお金の半分も回収できない中、多くの人が資金集めに奔走し、名演奏家たちが信じられないような安いギャラで演奏し、スタッフは数日前から徹夜に近い状況で働き、ボランティアは必死に客を案内している。

 みんな限られた資金と制限の中で、素晴らしい音楽を多くの人の提供しようとしている。誰一人暴利をむさぼっている人や組織はいないと断言できる。もちろん、素人集団であったり、慣れないことをしているために不手際があったりする。客の中にも、クラシックを聞くマナーを知らない人もいる。だが、これだけのことをやれているのは、すごいことだと思う。

 ところで、来年のラ・フォル・ジュルネは、マーラーが中心と言うことで、マーラー嫌いの私としては困ったことだと思っていたが、シュトラウスもブルックナーもブラームスもたくさん演奏されるという。日本ではブラームスの室内楽がたくさん演奏されるらしい。ブラームスの室内楽はすべてが傑作だ。クラリネット五重奏曲やピアノ五重奏曲、ヴァイオリン・ソナタ、ホルン三重奏曲、弦楽六重奏曲など、大好きな曲が山のようにある。交響曲も協奏曲も圧倒的名曲もたくさんある。今年はショパン中心で少し寂しかったが、来年は、マーラーを除けば、最高のプログラムになりそう。

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コメント

 こんにちは。

 まぁ、巨大匿名掲示板は、真面目に受け取らない方がいいと思います.......
 純然たる事実に対する情報ですら玉石混淆なのに、自分を隠すことでしか発し得ない「意見」「本音」をいちいち気にしてたらキリが無いので、一切見ないのが正しいと思います.............まぁ、ある意味、人気商売(別に悪い意味ではなくても)だったりするとそうもいかないのだろうとは思いますが......


投稿: Verdi | 2010年5月 6日 (木) 22時55分

Verdi様
コメント、ありがとうございます。
ふだんは私も自分と関係のありそうなサイトは見ないのです。が、今回、まさか自分が出ているとは思わず、いろいろな人の意見を読んでみようと思って見て、自分の名前を発見して驚いたのでした。それにしても、考えてみると、私たちも事情を知らないまま他人を一方的に判断してしまっているんでしょうね。そのことを、改めて感じてしまいます。

投稿: 樋口裕一 | 2010年5月 7日 (金) 16時04分

貴方のことは2ちゃんねるではLFJだけでなくてマーラーのスレにも出てますよ。私は30年以上前にマーラーの音楽を好きになり、その後マーラーの合唱曲の演奏会に参加し、家内もその合唱団で出会ったので私にとってはマーラーは人生に大きな影響を与えています。作曲家の好みは自由ですが、それを公然と(2度も)書くことはその作曲家を好きな人達にとっては気分の良いものではありませんね。

私は来年のLFJはブラームス以外を聴くことにしています。

投稿: Mahlerファン | 2010年5月10日 (月) 01時11分

Mahlerファン様
コメント、ありがとうございます。
考えさせられるところの多いコメントでしたので、これについての私の考えは、10日の記事として書かせていただきました。よろしかったら、ご覧になってください。

投稿: 樋口裕一 | 2010年5月10日 (月) 12時05分

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