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日経新聞のこと、上海の『ニーベルングの指環』のこと、藤田まことのことなど

・日経新聞のこと

 624日付の日経新聞朝刊の「交遊抄」の欄を久恒啓一さん(多摩大学学長室長)が執筆。私のことをメインに書いてくれていた。

 久恒さんとは、小学校低学年のころ、大分県中津市上宮永4丁目で泥んこになって一緒に遊んだ仲だ。私は幼稚園の途中からその土地に暮らし、小学校4年生の終わりに大分市に移転した。その後、互いの消息を知らずにいた。そして、数年前、久恒さんの本の広告を見て、あのケイボちゃんではないかと私の両親が気づいた。私自身は、著者としての久恒さんの存在はもちろん知っていたが、まさか、それが幼なじみだとは思っていなかった。出版社の人に連絡先を聞いて、私のほうから連絡を取って、久しぶりに会ったのだった。そして、その後、いくつかの経緯があって、現在、同じ大学に勤務している。この出来事は私の人生の中でもかなり大きな存在を占めている。

 そのことを、久恒さんが短い文章の中に見事にまとめて書いてくれていた。コラムを読んだ知り合いから、私のところにも連絡があった。

 ところで、日経新聞といえば、71日から29日までの毎週木曜日の夕刊の「入門講座」に「交響曲の系譜」を掲載することになった。交響曲というジャンルがどのように成長していったのかを、それぞれの時代の対立軸を明確にしながら説明したいと思っている。第1回は、ハイドンとモーツァルト、第2回はベートーヴェンとベルリオーズ、第3回はブルックナー(ワーグナー派)とブラームス、第四回はマーラーとリヒャルト・シュトラウス、最終回はプロコフィエフとショスタコーヴィチを取り上げる。クラシック音楽初心者にも興味を持って読んでもらえるように、そして、かなり聴きこんだ人にもそれなりにおもしろく読めるように工夫したつもりだ。

・上海リングのこと

 9月に上海でワーグナーのケルン国立歌劇場による『ニーベルンクの指環』の公演がある。知人にそのことを聞いて、是非行きたくなって、インターネットをあちこち検索し、劇場のHPを探し当てて予約申し込みのメールを出した。ところが、現金をニューヨークのシティバンク経由で振り込むようにという返事が来た。クレジットカードは使えないという。さっそく銀行に振込みにいったら、そこに書かれている指示が通常とは異なる振り込み法だった。「もう一度確認してください」といわれた。

 知り合いにこのことを話すと、誰もが口をそろえて「中国だから気をつけたほうがいい。クレジットカードが使えないのもおかしい。詐欺かもしれない」と言う。わざわざ上海まで行って、実は詐欺だったとわかってすごすご帰ってくるとすると、こんな悲しいことはない。どうするべきか、頭をかかえていた。

 そのころ、かつての楽天トラベルの副社長・中村晃一さんからメールが届いた。中村さんとは仕事でご一緒したことがあって、親しくさせていただいている。私よりもずっと若い人だが、教えられることが多い。中国の検索サイトである百度と楽天を合弁して中国楽天ができたというニュースは知っていたが、なんと中村さんがその社長をなさっているという。

 大変申し訳ないと思いながら、中村さんにメールして、事情をお話して、上海リングのHPが信用できるのかどうか尋ねてみた。中国人スタッフに調査してもらったとのことで、返事をいただいた。信用できるということだった! 中村さんに感謝! 中国楽天の社長に実につまらないお願いをしてしまった!!

 ところがところが。そうこうしているうち、「中国でのクラシック音楽の演奏会はマナーがよくないために、演奏家もあまり真剣に演奏しないらしい。わざわざ上海に行く必要はないのではないか」という声が聞こえてきた。新たな悩みが出てきてしまった! ちょっと考えてみようと思っている。

・サッカーのこと

 サッカーのワールドカップ、そこそこの関心を持ってテレビを見ている。が、あのブブセラという笛の音に我慢ができない。きっと、多くの人がそうだと思う。テレビの音量をかすかに聞こえる程度にしている。必然的に、家族と一緒にはテレビを見ないで、サッカーになると、仕事部屋のテレビでこっそり見る。あの笛、誰かが規制してくれないだろうか。これが世界中に、そしてほかのスポーツにまで広がると、私としてはますます生きにくくなりそう。

・藤田まことのこと

 テレビで『鬼平犯科帳 劇場版』を見た。藤田まことが出ていると知って、録画しておいた。1995年の映画らしい。テレビシリーズは好きでときどき見ていた。映像も役者もストーリーも見事。それにしても、藤田まことの悪役が実にいい。もしかしたら、藤田まことが悪役を演じるのを見たのは初めてかもしれない。ほんの数シーンしか登場しないのが残念。飄々としながらも、憎たらしい大阪盗賊の恐ろしさが伝わってきた。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

上海の公演、私だったら話の種に行ってみたいです。
演目がお好きで行くのでしたら、良かったら万々歳だし、
悪くても現在の上海の様子がわかるのではないですか?
行ってみての感想を書いてくださることを期待します。
heart

投稿: 森戸やすみ | 2010年6月27日 (日) 17時28分

上海の演奏会の件、とても興味深いです。
演奏会の聴衆のマナーって、本当に国毎に違う気がします。

上海とは異なるかもしれませんが、5月に香港で聴いたネマニャ君と香港シンフォニエッタの演奏会の聴衆の方々は、皆さんマナーが良かったと思います。
小さなお子さんも数名見かけましたが、騒ぐことなく大人しく聴いていました。

特にオペラは聴衆の方々の観劇の姿勢ひとつで、台無しになる事もありますよね。

私は昨年のプラハ国立歌劇場の来日公演で経験しました。
所構わず「ブラヴォー」を連発される方がいらして・・・。
アリアの途中で叫ばれた時には、本当に辟易致しました・・・。

投稿: ぷりん | 2010年6月27日 (日) 18時01分

いつも拝読しております。上海のこの公演を楽しみにしている者です。先にチケットを手配した経験から分かったことをまとめていますので、よろしかったらご覧ください。 http://d.hatena.ne.jp/starboard/20100627

投稿: starboard | 2010年6月27日 (日) 19時36分

>第四回はマーラーとリヒャルト・シュトラウス、最終回はプロコフィエフとショスタコーヴィチを取り上げる。

なんか日本だとウンチクの多いマーラーや政治的なショスタコが異常に持ち上げられて、ノンポリで体制順応のシュトラウスやプロコフィエフの評価が(オペラ以外)やや低い気がしますね。
ショスタコなんて作品の中でスターリンやソ連体制を批判していた面従腹背の隠れた闘士だったみたいなイメージ工作されてますが・・・音楽だけ聞くと結構つまんない曲多いんですよね。
「森の歌」なんて「ボリスゴドノフ」を引用してるとか、果てはスタリーンの内面の空虚さを表現する為にわざと安直で脳天気な曲書いたんだとか解説されてたりして・・・んなわけあるか!と思うんですけどw
能書きの多いラーメン屋みたいなもんで味だけじゃ商売できないんじゃないの?なんてw
純粋に音楽だけ聞くとマーラーやショスタコよりシュトラウス、プロコフィエフの方が数段優れてると思うんですが。

投稿: k | 2010年6月28日 (月) 07時56分

森戸やすみ様
久しぶりのコメント、ありがとうございます。
時間がたっぷりあればおっしゃる通りなのですが、少々のリスクと、大学の授業がすでに始まっている中での「遊興」(ゼミで音楽を扱っていますので、その視察という名目で行きますが、周囲はきっと遊興と判断するでしょう)という状況の中で、是非行くべきなのかどうなのかが思案のしどころです。もう少し考えようと思っています。
ともあれ、おかげさまで、行く方向に傾きつつあるのは事実です。

投稿: 樋口裕一 | 2010年6月28日 (月) 10時34分

ぷりん様
香港までネマニャというのは、素晴らしいですね。ネマニャの来日が実現できるように、あちこちに声をかけているところです。
上海はどうでしょうか。気になるところです。わざわざ行って、周囲の観客に腹だけ立てて帰ってくるのは悲しいですね・・・

投稿: 樋口裕一 | 2010年6月28日 (月) 10時37分

k様
コメントありがとうございます。
日経新聞の記事は、「講座」となっていますので、もちろんあまり主観をいれずに書きます。が、本音をいいますと、マーラーが大嫌いな私はもちろんショスタコーヴィチもあまり好きでなく、シュトラウス、プロコフィエフの側が大好きです。
「能書きの多いラーメン屋」、まったくその通りですね。その能書きが楽しくておもしろければともかく、うっとうしいものが多いですからね。今度、マーラーの悪口を言う機会がありましたら、その言葉を借用させてもらうことにします。よろしいでしょうか。

投稿: 樋口裕一 | 2010年6月28日 (月) 10時45分

starboard様
大変有益な情報、ありがとうございます。御ブログは、しばらくまえ何度も参照させていただきました。ただ、中国に住んでおられる方のようなので、状況が異なると思っておりました。
今回まとめておられる情報、私たちにも本当に役立ちます。助かります。また、ブログを覗かせていただきます。

投稿: 樋口裕一 | 2010年6月28日 (月) 10時50分

>今度、マーラーの悪口を言う機会がありましたら、その言葉を借用させてもらうことにします。よろしいでしょうか。

それは光栄です。どんどん使ってください。
しかしプロコフィエフという作曲家は、もっともっと評価されていいと思うんですよね。
交響曲は1番や5番は昔から人気ですけど、他の曲も素晴らしいのにいまいち人気薄。
でもオケ曲でも器楽曲でもオペラでも何でもオールマイティに書けて、あれだけレベルの高い人も珍しいんじゃないでしょうか。
かくいう自分も昔はプロコフィエフって「ピーターと狼」とバレエ「ロミオとジュリエット」の人だと思ってたのであんまし偉そうにいえないんですが・・・w
マーラーやブルックナー並に人気が出てじゃんじゃん演奏されるようになって欲しいです。
オペラも「炎の天使」など新国立劇場でやってくれないですかね。

投稿: k | 2010年7月 1日 (木) 00時58分

「交響曲の系譜」とはなかなか面白そうですね。日経はとってないのですぐには読めないのが残念です。それにしても何故交響曲は二十世紀後半にむかうにつれ、急速に衰退していったのでしょう?その隆盛と衰退をみていると、ちょっと戦艦の歴史と妙に重なるところがあり気になっています。

投稿: かきのたね | 2010年7月 1日 (木) 03時03分

k様
私もプロコフィエフのすごさを知ったのは最近になってからですので、そんな偉そうなことは言えないのですが、まったくおっしゃる通り、凄まじい才能の持ち主だと思います。「三つのオレンジへの恋」はもちろん、「戦争と平和」「炎の天使」「賭博者」「修道院での結婚」などを是非上演してほしいですね。
最近、「プロコフィエフ短編集」(群像社)を読んだのですが、短編小説家としてのプロコフィエフの才能にも驚嘆!

投稿: 樋口裕一 | 2010年7月 1日 (木) 23時51分

かきのたね様

戦艦ですか? 戦艦とのアナロジーは考えたことがありませんでした。 私は、交響曲はというのは、「世界は一体性を持つ統一体である。自我も世界の統一を成り立たせる存在である」という前提によって成り立つものだと考えています。それが失われたがゆえに、交響曲は廃れてしまったというのが、私の説です。
それについては、字数の関係もあり、また今回の「入門講座」の役割ではないと思いましたので、日経新聞の文章には書くことができませんでした。が、そうした状況を誰よりも強く意識したのがワーグナーだと考えていますので、それについては拙著「ヴァーグナー 西洋近代の黄昏」(春秋社)で扱いました。

投稿: 樋口裕一 | 2010年7月 1日 (木) 23時53分

以前書き込みした者です。kさんとのマーラー・ショスタコーヴィチ嫌い、R・シュトラウス、プロコフィエフ好きで盛り上がっているようですね。でも私はこの4人を全て好きなのですが、それは変でしょうか?

マーラーの交響曲(特に声楽入り)、R・シュトラウスのオペラ・交響詩、ショスタコーヴィチの交響曲、プロコフィエフの交響曲・ピアノ協奏曲など、この4人の音楽はどれも面白いと思います。とても好き・嫌いの線引きはできません(一部の作品については多少好みでないものもあったりしますが)。

失礼な言い方で申し訳ありませんが、「嫌い」とされる作曲家の作品に対して「聴き込み」が足りないんじゃないかと思わざるを得ません。

投稿: マーラーファン改め・・・ | 2010年7月 2日 (金) 03時25分

>でも私はこの4人を全て好きなのですが、それは変でしょうか?

念のため書いておきますが、僕も一応全員「好き」ですよ。少なくとも「嫌い」では全然ないです。
思い入れのないショスタコーヴィチも、6番の交響曲とか劇音楽「ハムレット」とか一部の室内楽などは大好きといっていいほどです(他はイマイチなのが多いですが)。

>失礼な言い方で申し訳ありませんが、「嫌い」とされる作曲家の作品に対して「聴き込み」が足りないんじゃないかと思わざるを得ません。

僕は樋口先生とはちょっと違いましてw、マーラーはクラシックを聴きだした大学生の頃は一番好きな作曲家でした。毎日毎日飽きずに聴きまくってましたよ。初めてバーンスタイン&ウィーンフィルの5番を聴いた時は感動のあまり滂沱の涙に暮れたほどです・・・若気の至り。
ただ長年聴いてきて最近はもう醒めてきたんですね。あの青臭さや仰々しいさが鼻につくっていうかどうも付いていけない自分がいる。・・・でもいい演奏を聴けば今でも感動しますよ。
逆に昔は敬遠してあまり聴いて無かったプロコフィエフとかラフマニノフなどは、聴き込むほどに凄い作曲家だと思う様になりましたね。
というわけで今現在の個人的主観でRシュトラウスやプロコフィエフの方がマーラーやショスタコよりは圧倒的に上というだけです。
まあこれはあくまでど素人の僕の主観なので、マーラーやショスタコこそ最高の作曲家だと思う人がいても全然構わないですよ。

投稿: k | 2010年7月 2日 (金) 11時38分

マーラーファン改め・・様
k様

私の場合、マーラーについては「聴き込み不足」は当てはまります。なにしろ、不快で不快で仕方がないわけですから、苦痛を押して聴く気持ちになりません。
高校生のころ、クレンペラー指揮の4番と「大地の歌」、ライナー指揮の「巨人」のレコードは持っていました。それぞれ10回以上は聴いて理解しようと努力しました。大学時代も、FM放送を一つの交響曲について数回は聴いていると思います。が、いくら聴いても苦痛しか感じないので、その時点で、諦めました。その後の30年以上、マーラーを最後まで聴いたことはほとんどありません。ちょっとかかっているのを耳にするだけで不快になって、すぐにやめてしまいます。
なお、ショスタコーヴィチは、あまり好きでないという程度で、ちょっと聴くだけで不快で仕方がないと感じたことはありません。室内楽やオペラには好きなものもあります。ただ、交響曲の多くについては、「よくわからん」という思いを強く抱きます。kさんとまったく同じように、プロコフィエフのほうがずっと音楽としておもしろいと思っています。
とはいえ、私は「音楽評論家」として「マーラーの音楽はひどい」と言っているわけではなく、一人の「音楽愛好者」として、「マーラーは嫌いだ」と言っているにすぎないのですから、じっくり聴きこむ必要はないのだと思っています。「マーラーを我慢できない」というのが私の価値観であり、私のアイデンティティであって、私はそれを基盤の一つとして自分の考えを組み立てていきたいと思っているのです。
もちろん、マーラーとシュトラウス、ショスタコとプロコフィエフを対立させて考えるのは、私の視点ですので、両方が好きな人がいてもまったく不思議ではないと思います。
しかし、マーラーについて語っているブログなどを見てみますと、私と同じようにマーラーを嫌っている人の文章にぶつかります。かつての友人に私とまったく同じようにマーラーを憎んでいる人物がいました。チェリビダッケをはじめ演奏家の中にもマーラー嫌いはたくさんいそうです。きっと、マーラー嫌いはかなり普遍的な感覚だと思います。マーラー好きとマーラー嫌いの間には、何かしら世界を理解する認識の違いがあるのではないかと思うのです。
ですから、私としてはマーラー好きの方が私を批判してくださることに対して、まったく不快ではありません。喧嘩腰であったり、侮蔑的であったり、聞く耳を持たなかったりでは困りますが、冷静に相手への敬意をもちあって議論するのは楽しく、しかも実りあることだと思うのです。
そうしたことを、そのうち本格的にブログでしたいと思っています。ただ、そのためにはマーラーを聴いてどこが嫌いなのかを明確にしたいのですが、聴き始めると不快になって聴くのをやめてしまいますので、実行できずにいるのです。

投稿: 樋口裕一 | 2010年7月 2日 (金) 16時10分

>マーラーを聴いてどこが嫌いなのかを明確にしたいのですが、聴き始めると不快になって聴くのをやめてしまいますので、実行できずにいるのです。

このことを読んで急に思い当たることがありました。自分はそれまでマーラーを聴きまくっていたのに急にマーラーが嫌になって遠ざかったことがありました。何か「あんたの言いたいことはわかったから、少しだまっててくれ」みたいなかんじで。そのとき反動で急に聴きだしたのがデルタブルースでした。

ロバート・ジョンソンやサンハウスなどを聴いていると、こういう生と死の音楽というのもあるんだなと、とても新鮮に感じたものでした。で、それからしばらくしてマーラーに戻った時、自分は交響曲ではなくリートの方を聴くようになっていました。おそらく自分はそのとき、マーラーの交響曲がもつ圧倒的情報量による「とにかく自分自身のことをすべてわかってくれ」的みたいな物言いに少し疲れたのかもしれません。今ではまた交響曲も聴くようになりましたが、不思議なことにブルースを聴く以前とはかなり違うかんじに今は聴こえていますし、以前はシカゴやロンドンのオケのマーラーをよく聴いていたのですが、今はチェコやドイツのオケのそれを聴くようになりました。

こういう聴き方の変遷を辿った作曲家は、自分にとってマーラーだけです。案外このあたりにマーラーの魅力と嫌悪の源があるのかもしれません。因みに宗教音楽を研究していた自分の親戚は「マーラーは辛くてとても聴くことができない」と言って聴くのを拒んでいました。人それぞれですね。

投稿: かきのたね | 2010年7月 8日 (木) 02時34分

かきのたね様
コメント、ありがとうございます。
私がマーラーに不快に感じる一つの要素として、おっしゃるとおり、自分にべったりという点があります。さっぱりしていないのです。自分に酔い、自分の悩みを人に大袈裟に打ち明け、それを共有しようとさせるのが、うっとうしくて仕方がないのです。「オレは、あんたにそんなに関心ないよ。いいかげんにしてくれよ」と思い続けるのです。
『ばらの騎士』の第二幕、オックス男爵が軽い怪我をして大騒ぎする場面があります。その場面はマーラーのパロディだと聞いたことがあります。私もまったくそのように思うのです。

投稿: 樋口裕一 | 2010年7月 9日 (金) 00時04分

日経新聞7月1日から29日までの毎週木曜日の夕刊に、樋口先生が寄稿された「入門講座=交響曲の系譜」は大変面白く拝読しました。その1回目から最終5回に亘る記事を今一度読みたいのですが、何かすべがありますでしょうか?
当新聞記事を切り抜いておけばよかったのですが ... 。

投稿: TO | 2010年11月26日 (金) 16時19分

TO様
コメント、ありがとうございます。
日経新聞の記事をおほめいただき、とてもうれしく思います。
おかげさまで、かなり好評だったようですが、現在、まとめて読むことはできないようです。ご容赦ください。
なお、1月にブラームスとワーグナーの対立を中心的に扱った本を集英社から出す予定です。よろしかったら、ご覧になってください。

投稿: 樋口裕一 | 2010年11月27日 (土) 11時34分

新聞記事「交響曲の系譜」について、ご丁寧なご返事を頂きありがとうございます。
1月に集英社から刊行を予定されていらっしゃる、ブラームスとワーグナーの対立を中心的に扱われたとのご本を楽しみにしております。

投稿: TO | 2010年12月 2日 (木) 13時29分

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