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これまで出会ったマナーの悪い客

 先日、コンサートでのマナーの悪い客のことを書いたら、何人もの方にコメントをいただいた。私だけが神経質なのでなく、悩まされている方がたくさんいるのだと再認識した。

 演奏中にいびきをかいて居眠りする、おしゃべりする、チラシやプログラムで音をたてる、かさかさ音をたててアメ玉を取り出す、指揮のまねをする、携帯電話を確認する、携帯電話を鳴らす、写真を撮る、遠慮することなく大声で咳やくしゃみを連発する、チラシやプログラムを団扇代わりにする、いちいち大きな音をたててオペラグラスを取り出したりしまったりする、フライング・ブラヴォーをするなどなど、たくさんのマナー違反に日常的に出会ってきた。

 その中で、いくつか珍しい経験を思い出した。書いてみよう。

●かなりどうかと思うマナー違反の人々

・同じようなタイプの人間を、これまで何人か見てきた。が、最もひどかった例を。

 ある長大な交響曲の演奏会だった。私の前に座っていた客は、始まってものの23分もしないうちに、こくりこくりと寝始めた。そして、演奏中、ずっといびきをかきながら、熟睡していた。それほど大きないびきではないので、よほど疲れているのだろうと思ってそのままにしておいた。間違いなく、その人は演奏を23分しか聴いていないはずだ。ところが、演奏が終わった途端、その男、さも感動したように熱烈な拍手を始め、立ち上がって大声で「ブラヴォー!」と叫び始めた。

・20年近く前のことだ。なにかのオペラの公演だった。隣にサラリーマンらしい男がいた。第一幕の途中まではふつうに聞いていた。ところが、途中で、どうやらその男は、あごひげをそり忘れていたことに気づいたらしい。ひげをいじりながら、聴き始めた。ひげの濃い男らしい。手で触るごとにじゃりじゃりと音がする。それほど大きな音ではないので、悩まされたのは私だけだったかもしれない。だが、かなり不快な音だった。最後まで、男はひげをいじりながら、つまりは、ジャリジャリという音をまきちらしながら聴いていた。当時、まだ気の弱かった私は何もいえなかった。

・バイロイト音楽祭でのこと。98年だったと思う。『さまよえるオランダ人』の上演の日だった。第一幕の始めのころから、左のほうで乾いたカサカサという音が規則的に聞こえるのに気づいた。自転車の車輪になにかが引っかかって、それがきしんでいるような音とでも形容しようか。音の先を見たら、同じ列の4、5席先に男がいた。両手の指をからませて、親指と親指をくるくると回転させていた。これまでそのような癖のある人を何人か見かけた覚えはある。だが、音がしているのに気づいたことはなかった。ところが、この男の指は乾いていて、しかも、タコのようになっているのか。ともあれ、親指どうしが擦れるときにかなり大きな音がする。

 本人は、自分が音を出していることにまったく気づいていないらしい。きちんとタクシードを着こなした紳士だった。終わったあとで、かなり離れた場所にいた日本人のツアー客も、その音に悩まされたといっていたので、もちろん、私だけが気になっていたのではない。音は最後まで途切れることなく規則正しく続いた。音響のよいバイロイト祝祭劇場なので、もしかしたら、劇場中に響いたかもしれない。実際に目にした人を除いて、その正体不明の音がまさか男の指から発せられているとは想像もつかなかっただろう。

 幕間があったら、きっと私はその男に何とかやめさせるように言っただろう。だが、『オランダ人』は休憩なしで最後まで上演される。だから、その機会はなかった。周囲の誰かが途中で注意してほしいと思ったが、だれもいわなかった。

 終演後に誰かが注意したのか、それとも、その人は『オランダ人』だけしか見なかったのか、それ以降はそのような音は聞こえなかった。

・小さなホールでのある歌手のアリアや歌曲を集めたリサイタルだった。途中でピアノの独奏が入った。親しみやすいアリアや歌曲中心のプログラムだったので、ピアノ曲も親しみやすい曲だった。すると、私の少し前にいた女性客がいきなりかなり大きな声でピアノに合わせてメロディをハミングし始めた。

●マナーは悪いけど、許してもいいと思った人たち

・ある日本人の団体が『ワルキューレ』を上演したときのこと、私の隣にかなり高齢の夫婦らしい男女が座っていた。第一幕、第二幕はほとんど寝ている状態だった。第三幕、8人のワルキューレたちが舞台に出てきた途端、夫妻は突然、身を乗り出して舞台を見始めた。そして、「あれだろ」「いえ、あっちですよ」などと口にし始めた。「○ちゃんは、あんなに太ってたかな」「向こうのほうじゃないか?」・・・。どうやら、話の様子から、ワルキューレの一人として出演している人の関係者らしい。話の様子から、舞台上にいるのは、夫婦の娘ではなく、姪のようだった。

 はじめは、うるさいのに閉口したが、気持ちはわかると思った。同じような体型をした歌手たちがワルキューレの扮装をして歌い、歩き回れると、たとえ親しい人でも、見分けがつかないだろう。それが身内なら、きっと目で追うだろう。わからなかったら、情報を交換し合うだろう。一族の美しい光景だと思うことにした。

・ブルックナーの交響曲の演奏会だったと記憶する。隣に私よりも年上の男性がいた。演奏中に、妙に身動きをする。しかも、唸り声のような不思議な声をしばしば出す。第三楽章、私は大いに感動し、魂を震わせているのに、隣でまた異様な声がする。さすがに我慢できなくなって、注意しようと思って男のほうを振り向いた。すると、男は、涙を流し、声を立てて泣いていた。「こいつは俺の同類ではないか!」と思ったら、腹が立たなくなった。第4楽章では、互いに見知らぬ中年男が二人、隣あわせで、感動の涙にむせびながら聞いていた。

・あるオーケストラのコンサートでのこと、かの井上道義さんが私の隣に座っていた。ところが、井上さんの行儀の悪いこと! 演奏の途中でまるで立ち上がるようなそぶりを見せる。一度や二度ではない。座席に激しく座ったり、からだを大きく動かしたり。

 それから一年ほどしてから井上さんと話をする機会があった。ある演奏会で隣り合わせになったことを伝えた。すると、井上さんは「行儀が悪いんでびっくりしたでしょう。実は、あのとき、楽譜にはそんなこと、書いてないじゃないか!と思って、何度も怒り狂ってたんですよ」といわれた。なるほど、そんなことだったのかと合点がいった。井上さんに対して「許してもいい気になった」などと言うのはあまりに畏れ多いが、とても印象に残っているので、ここに記させていただくことにする。

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音楽」カテゴリの記事

コメント

先生、こんにちは。

上には上がいるものですね!
先生のお好きなワグナーで、しかもよりによってバイロイトでやられた日には....心中お察し申し上げます。オランダ人は私もワグナーの中でも一番大好きです(バイロイトでオランダ人なんて最高です!)。なのでよけいにこれを読んで背筋が寒くなりました。

マエストロ井上は...キャラからしてもわかるような気がします(笑)。完全にオーディエンスになりきれないのもつらいでしょうね。でもそれはそれとして他の一般客のことも考えてほしいですね。


ちなみに、先週6/14のダニエルハーディング+スウェーデン放送響inオペラシティホールのときのことを簡単に書いてよいでしょうか。
マーラー1だったので先生には申し訳ありませんが(笑)。

私のとなりの品のよさそうな高齢のご夫婦でした。
演奏が始まったのにひそひそ話しだす(なに話すの???)。
演奏が始まってから、チラシをビニールの中にゴソゴソと「戻す」。(今????)インターミッションでまたチラシを見ながら夫婦で次の公演を楽しみに相談しているのはとても微笑ましいです。でも、「演奏が始まったとたん」またまたチラシをビニール袋に几帳面に戻すのです。
東京メトロの「家でやろう」というポスターをホールにも貼ってほしいです。

そして極めつけは、ご主人。膝の上においた皮のカバンに指でリズムをとる。第1楽章の後半から第2楽章の間はずっとです。第4楽章ではノリノリになってしまい、もっと激しく!
微かな音ではあるのですが、私にははっきりと聴こえてくるんです。「ぴち、ぴち、ぴち....」しかもリズムが全く合ってないというか合うはずがない箇所でこれをやる。
今回はさすがに耐えきれず、迷惑の意思表示として、じろりと手と顔を見てしまいました。
意地悪なようで気が引けるのですが、本当に止めてほしかったんです。でも止めてくれなかった....。仲のいいご夫婦だったので、きっと家に帰ってから「隣の女が意地悪な目でみていた」と話しているに違いありません。

心が痛むのは、席が前から2列目のほぼ中央。なので、ハーディングにも「ぴちぴち」「がさがさ」「ひそひそ」は確実に聴こえたと思います....!

オイシイ食事をしているときに、隣で堂々とタバコを吸われてしまう、そんな迷惑行為でした。

投稿: Tamaki | 2010年6月20日 (日) 14時50分

樋口先生、
楽しく拝読させていただきました。

熟睡の後の熱烈の拍手ですが、心当たりがあります。
知り合いに、演奏がよければよいほど熟睡できるものがいて、例えば彼のブログの日記には、影の無い女は寝ていてほとんど聞いていないが、熟睡度合いからして名演奏だ、といった具合です。
その方も、私の知り合いと同じ体質の持ち主では?と思いました。

中年男性二人でむせび泣きは私自身経験しています。
私は椿姫を見ると泣きます。しかもかなり激しくです。
デオドッシュのヴィオレッタを見た時、嗚咽を上げていたようで
前の席の男性が後ろを振り返るのをみて、はっと気が付いたことがあります。
ちなみに、幕間にその男性に謝りましたが、その男性、何と海部元総理でした。
海部元総理もうっすらと目に涙を滲ませていました。

投稿: BRIO | 2010年6月20日 (日) 18時57分

Tamaki様
コメント、ありがとうございます。
私の経験した客に負けないくらいの困った客だったようですね。ヨーロッパの観客もかなりマナーがよくないので、もしかしたらハーディングも慣れているのかもしれませんが、演奏家はとびっきり耳のいい人たちですから、きっと不愉快だったでしょう。本人に悪気がないだけに、そして、自分が迷惑をかけているなどとはまったく想像していないだけに、困ったものです。
私は基本的には隣の人には注意することにしています。ほんの数回、険悪な状態になったことがありますが、ほとんどの場合は、初めて自分の行動に気づいて、改めてくれるようです。
ところで、カウフマンの演じるローエングリンのDVD、もうご覧になりました? 来年、日本でも彼のローエングリンが見られるとのことで、本当に楽しみですね。

投稿: 樋口裕一 | 2010年6月21日 (月) 07時08分

BRIO様
コメント、ありがとうございます。そして、先日は、有益な情報をありがとうございました。
海部元総理、コンサートでときどき見かけますね。そんな方だったんですか・・・。その時、海部さんはどのようなことを言われたんでしょう?
ところで、もう一件のほうですが、周囲に迷惑をかけずに熟睡するのは少しもかまいませんし、後にほかの人に「眠ったけれど名演奏だったと思う」と口にするのは、もちろん少しも悪くないのですが、熟睡後にブラヴォーを叫ぶのはどうかと思います。
ブラヴォーも、そしてブーイングも、責任を持って自分の意思を演奏者と観客に表明することだと思いますので。眠っていたら、その演奏が本当に素晴らしかったことを責任を持って表明できないと思うからです。

投稿: 樋口裕一 | 2010年6月21日 (月) 07時18分

そもそも目だってマナーの悪い客は、自分が悪い事をしてるという自覚が全くない気がします。そういう人って大抵は全然後ろめたそうな態度も無く平然としてますよね。
多分TVを見てるか映画館と同じ感覚でいるのでしょう。
幾ら一般人でも携帯電話を鳴らしたり立ち上がって踊ったりりすれば他人の迷惑になるのは分かるでしょうが、ちょっと動いたり黙ってチラシを読んだ位で他人の迷惑になるなんて、夢にも思ってないんじゃないでしょうか?人間自分の出す音には鈍感ですから。
映画だったらちょっとがさごそやる程度なら目くじら立てる人も居ませんから(最近は映画館のマナーもすごく悪くなりましたが)。コンサートでもポップスとか演歌とかそのテのコンサートなら少々多少騒いでも小声で話しても平気ですしね。ロックなんて騒がないと失礼ってなもんですし。
結局元々マナーを知らない場合、誰かに注意されない限り直しようが無いしょう。

というわけで本人の為にも周りの為にも、勇気をもって注意するのも必要なのかもしれません。・・・ただ他人を注意するのは難しいですけどね。
それと、「誰も注意してないのだから迷惑してるのは俺だけなのか?俺が神経質過ぎるのか?!」とかつい思ってしまい萎縮してしまうんですよね。
でも基本的にはクラシックのコンサートにくるような人間なのだから粗暴な人間は居ないでしょう(多分)、樋口先生の様な大人が注意する分には波風が立たない気もしますね。
相手が若者だと注意されると意固地になったり逆ギレする老人も居そうですけど。

投稿: k | 2010年6月21日 (月) 13時15分

先生、みなさま

「マナーが悪い」というと「人の迷惑を考えない、自己中心的な傍若無人な...」というイメージになってしまいますが、本人にまったく悪気がなく、しかも善良なる大人というよりご高齢というところが難しいところです。(ワカモノやコドモなら教えてあげる、というスタンスで注意しますけど)

先月、日フィル+コバケン(オペラシティホール)に参りました。
このコンサートは母のお供で行ったのですが、旅行会社主催の「クラシック音楽で楽しかったヨーロッパ旅行を思い出す」主旨の軽いもので、いわゆる名曲コンサートでした。当然、クラシックコンサートには不慣れな方が多かったようです。

ここで面白いことがありました。
オープニングでコンマスの江口さんと目を合わせ、まさに「モルダウ」を振らんとタクトを振り上げたマエストロコバケンが、なんと突然タクトをさっと下ろして客席をハタと振り向いたのです。そこで客席に向かってこう言いました。
「みなさま、大変恐れ入りますがひとつお願いがございます。お膝のプログラムをどうか足下に置いてくださいませんか?私は年を取っておりますが(ここで笑)職業柄大変耳がようございまして、少しの音でも聴こえてしまいます。曲の解説は私がいたしますので(ここでまた笑)どうかプログラムを足下に置いてくださいませ」

次の曲はなんだろう?という単純な意識でパンフレットを見ながら聴いていたオーディエンスはみな苦笑いしながらパンフレットをしまっていました。
このような主旨のコンサートでは「アリ」だと思いますが...笑。


先生、ところでローエングリンのDVDはあれから3回は観ました。
本当にカウフマンは最高です!特に第3幕の後半、正体がバレてから....。
来年秋にはは同じ演出、同じ指揮(ナガノ)で来日ですね。とても楽しみです。カウフマンはメトの来日もあるので、わくわくしています!

投稿: Tamaki | 2010年6月22日 (火) 01時43分

樋口さん、こんにちは。
お久しぶりです。

う〜〜〜〜ん、悩ましい問題ですね。
程度にもよりますが、私も曲に気持ちが入ると、声はさすがに出しませんが、体が知らず知らずのうちにリズムを取っていることが時々あり、隣の妻にたしなめられることしばしばです。

音楽が思想かどうかまだ良く分かりませんが、少なくとも感動するものであることは確かだと思います。その感動が現れて体がリズムを取るくらいは、隣の人にぶつからなければ大目に見て欲しいな、と思います。

クラシックとはお行儀よくかしこまって聴くもの、であってほしくはありませんよね。

投稿: ムーミンパパ | 2010年6月22日 (火) 12時50分

k様
こめんと、ありがとうございます。
本当におっしゃるとおりだと思います。私もこれまで以上に、目に余る人には注意しようと思います。言い方次第で、それほどカドが立たないと思いますし。
なるべく、フランクに、しかし、友好的に注意しあうような雰囲気になるといいんですけど。

投稿: 樋口裕一 | 2010年6月23日 (水) 07時34分

Tamaki様
コバケンさんのやり方、見事ですね。ただ、それができて、観客みんなが納得させられるのは、ほかにはいないように思います。
私もずっと前から実行していますが、コンサートに行ったら、膝の上には何も置かない、すべて席の下に置くということを一つの常識にするといいですね。
ローエングリン、私は一度見たきりです。近いうちに、また見たいと思いました。

投稿: 樋口裕一 | 2010年6月23日 (水) 07時37分

ムーミンパパ様
コメント、ありがとうございます。
おっしゃるとおり、私も、クラシックを堅苦しいものにしたくないのです。といいつつ、やはり物音は気になってしまいます。自分でもその点にジレンマを感じています。
それを解決するためにも、Tamakiへの返事に書いたように、荷物は席の下に置くということを常識にするといいですね。あとは、しゃべらないことを心がけるくらいで、マナーについてはあまり気にせずに音楽を聴けると思います。「プログラムをめくるときには注意」「バッグの音に気をつけましょう」などといくつもの項目をアナウンスするよりは、それだけで、かなりクリアできるように思います。

投稿: 樋口裕一 | 2010年6月23日 (水) 07時43分

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