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三枝成彰『最後の手紙』世界初演のこと

 昨日7月20日、多摩大学の久恒啓一学長室長を誘って、サントリーホールで六本木男声合唱倶楽部10周年記念公演、三枝成彰作曲『最後の手紙』の世界初演を聴いた。

 六本木男声合唱倶楽部というのは、三枝さんが指導する各界の著名人から成る合唱団で、政治家の羽田孜(名誉団長)、鳩山由紀夫、江田五月、作家の島田雅彦、俳優の辰巳琢郎、タレントのケント・ギルバート、ソムリエの田崎真也(敬称略)のほか、大企業の社長たちも所属しておられる。昨日も、これらの方のほとんどが実際に歌われていたようだ。ただし、政治家の方々は、さすがに合唱には参加せずに会場で聞かれておられた。トイレで用を足しながらひょいと横を見ると、羽田元総理だった! 観客の中にも、テレビでよく見かける有名人がたくさんいて、ちょっと異様な雰囲気。

 ついでにいうと、自分の音痴を棚に上げて、「ああ、この合唱団に入って、三枝さんの新曲を自分で歌えたら、どんなに幸せだっただろう!」と思った。

 三枝さんの新曲は、この合唱団からの委嘱によるもの。そんなわけで、この合唱団の方々は猛特訓でこたえたとのこと。かなり手加減しているとはいえ、相当に難しい合唱曲をしっかりと歌っていた。音程は思いのほかよかった。特訓の成果というべきか。ただ、やはり音の出がしばしば合わない。アレグロになると、そろわなくなる。素人の、かなりお年を召した人々なので、これは仕方がない。もっと切れのよい合唱団だったら、もっと大きな感動を与えただろうと思った。

 オーケストラは、大友直人指揮の新日フィル。コンサートマスターは葉加瀬太郎。こちらのほうは世界レベル。

 三枝さんのこの曲は、第二次大戦で亡くなった世界のなかの13人の死を前にした手紙をもとにしたもの。それに、各国語で「私たちに平和を与えてください」という祈りを歌う終曲がついている。

 一言で言えば、反戦合唱曲。全体的にはペンデレツキを思わせるような悲嘆にあふれた曲だ。「ここは地獄そのものだ」とドラマティックに歌われるアメリカの兵士の手紙では、ぞっとするような迫力。そんな会場全体を震え上がらせるような表現がたくさんある。だが、そこは三枝さんのことで、残された人への思いを歌う言葉がしばしばソロヴァイオリンで悲しく美しく語られる。日本で処刑された朝鮮の詩人の手紙では、叙情の極致。

 私は、『忠臣蔵』の浪人たちの合唱が大好きなのだが、そのような迫力満点の男声合唱がふんだんにあって、とても興奮した。ただし、繰り返すが、もっと精度のよい合唱団だったら、もっとすごかっただろう。最後の手紙の言葉そのものも感動的。

 大いに感動したのだったが、ちょっとだけいわせていただく。世界各地の人間の様々の最後の手紙を歌うという趣旨であるからには、13曲必要であり、しかも、どれも悲嘆にあふれたものであらざるをえないのはよくわかる。だが、このような悲嘆にくれる曲が14曲続くと、心の奥までも悲嘆にあふれて息苦しくなってきた。それも狙いの一つではあるのだろうが、1時間半、ずっと悲嘆の曲を聴くと、私のような不真面目な精神を持つ人間は、ちょっと気晴らしがほしくなる。途中で休憩か目先の変わった曲があると、うれしいのにと思った。ペンデレツキを聴いていても、私は苦しくなってCDを1枚聴きとおせない。昨日もそんな気分になった。

 とはいえ、評論家から叩かれるのを覚悟で、難解な現代曲を書くことを拒否し、わかりやすく、しかもこの上なく高度な音楽で反戦を訴えようとする三枝さんの精神に脱帽。これは、ほかの誰にもできないことだ。新しい三枝オペラを見たくなった。

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音楽」カテゴリの記事

コメント

三枝さんの作品はオペラ「忠臣蔵」と「Jrバラフライ」をTVで観ただけですが、音楽的には悪くないと思いましたが台本がよろしくないですね。
両方とも島田雅彦という一流作家なので、(自分にわからないだけで)なにがしかの文学的な価値はあるのかもしれませんが、オペラの台本は文学ではないですからね。
オペラって成功した作品はほとんどメロドラマじゃないですか。「モーゼとアロン」とか「アッシジのフランチェスコ」とかは例外すけど、現代オペラでも「ヴォツェック」とか「ルル」はメロドラマですね。
実際に「忠臣蔵」も「バタフライ」も三枝さんは泣ける作品を目指してるはずなのに、島田氏の台本は泣けるように書かれてないんですね。
せっかく何年も掛けて書いて莫大な制作費と精力を費やして上演するのですから、もっとオペラにふさわしい台本作家を探したほうがいいのではないか、と思います。
・・・まあ優れたオペラ台本作家を探すのが一番難しいのかもしれませんが。
三枝さんにはぜひ日本のオペラのレパートーリーとして残るような面白いオペラを書いてほしいですね。

投稿: k | 2010年7月22日 (木) 04時14分

k様
コメント、ありがとうございます。
島田雅彦さんの台本についておっしゃることはよくわかります。私もそのような印象を持ったことがありました。文学として十分に成り立つ台本であるがゆえに、必ずしも音楽を必要とせず、歌で歌うには台本が盛りだくさんすぎると思ったのでした。が、三枝さんは、文学的なセンスのある方ですので、きっと、そのような文学的でテーマ性の強い台本でないと満足できないのだと思います。あえて文学性の高い台本に音楽をつけようとしているのだと思うのです。
そう思ってみると、また、新しい面が見えてくるように思ったのでした。

投稿: 樋口裕一 | 2010年7月22日 (木) 22時25分

>が、三枝さんは、文学的なセンスのある方ですので、きっと、そのような文学的でテーマ性の強い台本でないと満足できないのだと思います。あえて文学性の高い台本に音楽をつけようとしているのだと思うのです。

確かにそうなのかもしれませんが、う~んどうなんでしょう?
そういう文学的な台本というのは(あまり聴いてない人間が断言するのはおこがましいですが)、三枝さんの音楽性とは根本的に合わない気がするんですね。
三枝さんっていうのは資質としてプッチーニみたいな人だと思うんです。
プッチーニのオペラは哲学も政治信条も文学性もありませんけど、あれだけ観客を感動させ泣かせ喜ばせる作曲家はいません。真のエンターテイナーですね。
三枝さんもそういうタイプではないでしょうか?
「Jrバタフライ」を作ると聞いたときは、何しろ「蝶々夫人」の続編という事で、まさにプッチーニ的な作品なんだろうと思ったんです。・・・が,出来上がった作品は全く違う物だったので非常に残念でした。

僕は三枝さんは現代版「ボエーム」を書けば大成功すると思うんですよ。
1960年代の東京を舞台に作曲家志望の音大青年とか文学青年とか左翼の闘士とか女優志望の若い女の子とかが、恋愛したり喧嘩したり別れたりする、笑って泣けるような青春物です。
昔のフォークソングとかジャズやビートルズの引用したり、当時の前衛音楽をコケに笑いを取ったり、そういう音楽的な遊びも出来ますね。

なんといっても三枝さんは日本でオペラを本腰入れて書いている数少ない作曲家だと思いますので、観客を心から楽しませるような作品を期待しています。

投稿: k | 2010年7月23日 (金) 18時03分

k 様
コメントありがとうございます。
プッチーニは苦手でリヒャルト・シュトラウスが大好きな私にしてみれば、三枝さんは、むしろシュトラウスに近い人です。才能にあふれ、耽美的で、一般的基準からは保守的。文学的で、しかも、かなり快楽主義的で俗っぽいところも似ていると思います。私は、三枝さんは島田さんにホフマンスタールのような台本を求めているのだと思っています。もしかしたら、それはまだ実現できていないかもしれませんが、近いうちにそれが実現するのを私も待っているところです。

投稿: 樋口裕一 | 2010年7月24日 (土) 21時48分

>プッチーニは苦手でリヒャルト・シュトラウスが大好きな私にしてみれば、三枝さんは、むしろシュトラウスに近い人です。

あ、樋口先生はプッチーニは苦手でしたか?これは失礼しました。
別にシュトラウスでもいいんですが、要するに僕が言いたいのはもっと面白い台本を探すべきじゃないじゃないかなあ、という事です。
シュトラウスだって「サロメ」「ばらの騎士」「影の無い女」等・・・彼が取り上げた作品は常にメロドラマですね(「平和の日」はやや毛色が違いますが)。

>私は、三枝さんは島田さんにホフマンスタールのような台本を求めているのだと思っています。

僕は島田さんの小説は以前読んだ事がありました。
「Jrバタフライ」の原作?の三部作ですが、最初は純文学なのかと思って身構えてたんですが、話も巧みだし文章もすらすら読めて面白かったですよ。小説家としては優れた作家だと思いました。
ただ何故かオペラの台本には彼のそういう良さは全く表れていないですね。「バタフライ」など登場人物が生きてないしセリフも観念的過ぎ筋立ても平板・・・あれではいけません。
オペラ台本作家としては島田さんとホーフマンスタールは随分違う気がします。
ホーフマンスタールはストーリーテラーとして抜群ですね。しかも「アラベラ」などプロットだけ読めばオペレッタと変わらない位いい意味で非常に通俗的ですね。
ただそれ以前に三枝さんは人間的にいい人過ぎるのかもしれませんね。
シュトラウスの場合、台本作家への要求は才能を最後の一滴まで絞り尽くそうとするほど厳しかったですね。
相手がホーフマンスタールみたいな大作家でもダメ出しして書き直しを要求しました。険悪になるのも辞さない。ある意味エゴイストの完全主義者です。仕事相手としては一番嫌~なタイプです(笑)。
ただだからこそシュトラウスのオペラは傑作揃いなんでしょうね。
三枝さんは島田さんとあまりに仲がいいからそういうダメ出しはやりづらいのかもしれません。
でもいくら友達でも「バタフライ」の台本にOKを出してはいけないと思うんですよ。
いい台本でなかったら幾ら一生懸命いい音楽を書いても、優れたオペラには絶対ならないですから。

投稿: k | 2010年7月25日 (日) 03時46分

k様
コメント、ありがとうございます。
「バタフライ」の台本については実は私も疑問を抱いて、三枝さんご本人にうかがったことがあります。が、とても台本が気に入っておられるようでした。また、「バタフライ」に限らず、三枝さんのオペラの台本の中に、音楽にしにくい表現がたくさんあるような気がして、私自身は、日本語表現そのものを変えるほうがよいのではないかと思い、それについてもうかがったことがあります。正確にはどのように答えられたか、記憶していないのですが、私は、三枝さんはむしろ、台本を尊重して音楽になりにくい表現も音楽にしてしまうことに興味を覚えているのだという印象を持ちました。
それ以来、私は、正直申しますと、三枝さんのオペラ台本について、深く考えるのをやめたのでしたが、確かにおっしゃるとおり、もう少し三枝さんが作家に注文を出して、ご自分の主張をするほうがよいかもしれませんね。
モノオペラ「悲嘆」(これは、大傑作です。DVDが出ていますので、是非ご覧になってください)の際、ウェスカーに日本の歴史的な出来事を書いてもらうため、かなりやり取りがあったと聞いています。世界の大劇作家に対して注文を出すのは大変だと思いますが、そのために、あのような優れた台本が出来上がったのかもしれません。そして、ウェスカーのあの台本に比べると、確かに「バタフライ」や「忠臣蔵」はやや魅力に欠けるかもしれませんね。何はともあれ、私は次の三枝作品を期待しているのです。

投稿: 樋口裕一 | 2010年7月25日 (日) 11時40分

>「バタフライ」の台本については実は私も疑問を抱いて、三枝さんご本人にうかがったことがあります。が、とても台本が気に入っておられるようでした。

う~んそれでは仕方ないですね。
作曲家本人が気に入ってるのなら、他人が批判すべき事ではないのかもしれません。
ただ岡目八目という事もありますね。
作者側の作品の志向と観客が望むものはやはり違いますから、それを第三者的な立場ですり合わせる人がいる方がいいんでしょう。
オペラに詳しく文学的にも造詣が深いアドバイザーみたいな人を付けるというのもいいかもしれません。
ドイツの劇場の場合は演出家の他に、ドラマトゥルク(ドラマツルギー)という職種があってオペラの舞台全般に対する小説でいう校正みたいな?仕事をしてるらしいですね。

>モノオペラ「悲嘆」(これは、大傑作です。DVDが出ていますので、是非ご覧になってください)の際、ウェスカーに日本の歴史的な出来事を書いてもらうため、かなりやり取りがあったと聞いています。

そうですか。「悲嘆」はかなり期待出来そうですね。
そういう作品があるのは知ってたのですが、226事件は題材的には興味をひかれたもののモノオペラというのでどうも見る気になれなかったんですが、傑作と聞いてそそられました。
ただ僕の場合、買ったまま見てない映画のDVDやブルーレイがすでに三十枚以上、録画しただけで見てないオペラや映画のブルーレイは百枚以上山積みになってるので(笑)・・・いつになるかはわからないですが、見てみようと思います。

とにかく先生は僕と違い三枝さん本人と直接の知り合いなのでblogという公開の場では書きづらい事もあったと思いますが、いろいろ率直な意見も伺えて嬉しかったです。
ありがとうございました。

投稿: k | 2010年7月26日 (月) 18時36分

私も六本木男声合唱団の最後の手紙,聴きました。
はっきり言って,感動しました。この合唱団,いままでは,功成り名を遂げたおじさんたちの金にあかせた余芸だろうと思っていたのですが,あの曲をあのように歌いこなすなど,とても普通のアマチュアの合唱団とは思えません。きっと,学生時代や社会人で歌っておられたのではないでしょうか。そしてリタイアして古巣に戻ってきた,そんな印象をもちました。
出だしは確かにそろわないところがあったようですが,9番目の朝鮮の詩人のところ,泣けてきました。あれを三枝節,というのでしょうか。
次はどんな感動を与えてくれるのでしょうか,あのおじさんたちは・・

投稿: K.M | 2010年8月 1日 (日) 15時20分

私も六本木男声合唱団の最後の手紙,聴きました。
はっきり言って,感動しました。この合唱団,いままでは,功成り名を遂げたおじさんたちの金にあかせた余芸だろうと思っていたのですが,あの曲をあのように歌いこなすなど,とても普通のアマチュアの合唱団とは思えません。きっと,学生時代や社会人で歌っておられたのではないでしょうか。そしてリタイアして古巣に戻ってきた,そんな印象をもちました。
出だしは確かにそろわないところがあったようですが,9番目の朝鮮の詩人のところ,泣けてきました。あれを三枝節,というのでしょうか。
次はどんな感動を与えてくれるのでしょうか,あのおじさんたちは・・

投稿: K.M | 2010年8月 1日 (日) 15時22分

K.M様
コメント、ありがとうございます。
実は、その後、三枝さんから電話をいただいたのですが、そのとき、「六本木男声合唱団で歌いたくなった」と口にしたら、「是非、入ってくれ」といわれ、入会案内を送ってくれました。電話で話したときはその気にあふれていたのですが、いざ、案内を見て悩み始めています。
私は、小学生のころから歌が大の苦手でした。カラオケなども一度もいったことがありません。音程をとることができません。三枝さんは「まったく未経験でも心配ない」とおっしゃってくれたのですが、あのコンサートを思い出しますに、どうも私のようなレベルの人はいないように思います。練習もきつそうだし・・・。
もう少し考えてみようと思っているところです。
でも、本当にあの合唱、素晴らしかったですよね。

投稿: 樋口裕一 | 2010年8月 3日 (火) 08時18分

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