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ペテルブルク初日

 モスクワからアエロフロート機でペテルブルクに移動。その後、バスで市内観光。

 ペテルブルクとモスクワは雰囲気がまったく異なる。ペテルブルグは北欧の一都市という感じ。具体的にどこがどう違うのか、よくわからないが・・・

モスクワは冷たい雨で気温12度だったが、ペテルブルクはうす曇りで20度近くありそう。ネヴァ河沿いをバスで行った。あちこちでバスを降りて、撮影タイム。血の上の教会、デカブリスト広場、イサク教会など。ツアーのお決まり。まあ、それはそれでありがたい。

ガイドさん(たどたどしい日本語だが、わかりやすい)がテロの話をしていたので、ひょいと思い出して、今のロシアの若者がロープシン(サヴィンコフ)を読むのかを聞いたところ、ほとんど読まないとのこと。ついでにソルジェニーツィンを読むのかを聞いたら、これも読む人は少ないとのことだった。ガイドさんは若いロシア人がパソコンに夢中になって読書離れを起こしていることを嘆いていた。日本と同じ状況。

最初に読んだロシア小説は、先日も書いたとおり、中学2年生のときの「罪と罰」だった。小学校のころから音楽が大好きだったので、主人公が作曲家である小説(「ジャン・クリストフ」「春の嵐」)やオペラの題材になっているもの(「フィガロの結婚」「エウゲニ・オネーギン」など)は読んでいたが、本格的な文学作品は初めてだった。あのときの強烈な衝撃は今も覚えている。その後、中学の終わりから高校生のころ、当時、文庫になっていたロシア小説はほとんど読んだ。トルストイやツルゲーネフやチェーホフにはそれほど感動しなかったが、ドストエフスキーとゴーゴリが大好きだった。「カラマゾフの兄弟」にはもっと感激した。

もちろん、クラシック音楽には文学以上にのめりこんでいた。勉強はそっちのけで、リヒャルト・シュトラウスやワーグナーにも夢中になっていた。ドストエフスキーのほとんどを米川正夫訳で読んだので、当時、「渡辺護のような偉いワーグナー研究家になるか、米川正夫のような偉いロシア文学研究者になりたい」と思っていたものだ。

残念ながら、高校3年生のときに、たまたま大江健三郎やサルトルやカミュにかぶれて、大学ではフランス語を選んでしまった。もっと残念なことに、偉い文学研究者にはなれなかった。ただ、米川正夫のご子息である米川良夫先生に出会い、私の人生は決定付けられて、現在に至る。先日、「ヴァーグナー 西洋近代の黄昏」という本を出して、そこにドストエフスキーのことも書いたので、まあよかったことにしよう。

話を戻すと、そのようなわけで、中学2年生のときから、自分をラスコーリニコフと重ね合わせるという中学生らしい読み方で「罪と罰」を繰り返し読んでいた。ネフスキー大通りとネヴァ河、そして、ラスコーリニコフが最後に大地に接吻するセンナヤ広場に強烈な憧れを持っていた。あれから45年たつ。ロシア小説のほとんどを忘れてしまい、ドストエフスキーの数冊だけ、その後も何度か取り出して読み返しただけだ。が、今日、久しぶりに当時のロシア文学熱を思い出して、自由時間に「罪と罰」めぐりをしようと思っている。

 それにしても、ツアーというのは、ありがたい面も多いが、窮屈であることは確か。

 ところで、ロシアに来て疑問に思ったこと、考えたことを少々。ツアー旅行なので、たいした発見はないが・・・

・交通事故が多い。大破した車を何度も見た。ウォッカのせい? それとも車の整備が良くない? そういえば、故障して立ち往生している車もしばしば見かける。そのせいもあるのだろうが、渋滞があまりに多い。

・意外と肥満した人が少ない。ものすごい美人がたくさんいる。若い女性のほとんどがとんでもない美人に思える。

・ロシアだけではないのかもしれないが、韓国製品(ヒュンダイ、SAMSUNG)が目に付く。

・飛行機にアラブっぽい人々の大きな集団が乗っていた。おそらくロシアのアフガンに近い人々なのだろう。きっとイスラム教徒だろうと思った。ただ、機内食として出された軽食のサンドイッチを平気で食べていた。ハムは豚肉だと思うがいいのだろうか・・・。

・パンとコーヒーがまずい。パンの味はその国の文化の度合いだと私は思っている。料理そのものはまずまず。機内食のサイドイッチのパンはとりわけまずかった。ホテルやレストランや飛行機の、集団相手のパンだからまずいのか・・・

・アメリカ化が強烈に進んでいる。古きよきヨーロッパを感じさせるサンクト・ペテルブルクも、主要な交差点の信号に赤や青の信号の残り秒数を知らせる数字が出る。ホテル(真新しいホリデー・イン)はアメリカ資本であるせいかもしれないが、きわめて機能的。マクドナルドなど、あちこちに見かける。ただし、あちこちに破綻がある。

・ギリシャ正教と西欧文明の衝突によってドストエフスキーやチャイコフスキーが生まれたという当たり前のことに、初めて気づいた。ムソルグスキーやボロディンの田舎くさくもうっとうしいロシア音楽、ムラヴィンスキーやスヴェトラーノフやゲルギエフのうっとうしい演奏(彼らはベートーヴェンやワーグナーまでもロシア音楽にしてしまう!)の根本にあるのは、ギリシャ正教のミサに会われるような世界観なのだろう。そして、プロコフィエフやショスタコーヴィチにおいてさえ、それがありそう。

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ネマニャのファンクラブの件

 ネマニャのファンクラブの結成をこのブログで呼びかけたら、多くの方から希望が寄せられた。さすが、ネマニャ!!

 皆さんに個人的にメールを差し上げ、実はこのブログにも返事のコメントを書いているのだが、モスクワにいるせいか、それともパソコンの設定に問題があるのか、しばしばエラーが出る。自分のブログに記事を書くことはできるが、コメントに対する返事ができない状態。

 私からの個人的なメールが届いていない方がおられるかもしれませんが、どうかご容赦をお願いします。日本に戻ってから改めて連絡いたします。よろしくお願いします。

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モスクワ3日目 赤の広場、クレムリン

 モスクワ旅行中、毎朝、早起きして、少しずつ原稿を書いている。9月中旬締め切りの本があるのに、まだ10ページ分くらいしかできていない。しかも、9月3日に帰国し、5日には京都に移動して2週間にわたって京産大で集中講義。焦っている。が、昨日、自分が書きたい方向が見えてきたので、何とかなるかも・・・

 原稿を書くための目覚ましとして、文章に勢いをつける目的もあって、このブログを書いている。

 モスクワ3日目は、赤の広場、クレムリンを中心としたモスクワ市内観光をした。私はツアー旅行にはなじまないタイプの人間だということもあって、かなり疲れた。何よりも、腰が痛み出した。9時過ぎにさっさと寝た。さっき目を覚ましたところ。

 赤の広場やクレムリンについては、それなりの感想を抱いたが、それは一般の観光客の感想そのままだと思う。何しろ、耳にイヤホンガイドをつけて、文法や発音に日本語らしからぬところがたくさんありながらもたいへん流暢なガイドさんの解説を聞きながらの観光なので、足だけでなく、耳も疲れた。もちろん、ありがたい情報もたくさんあるのだが、もう少し聞きやすい日本語であって、もっと自由に行動できるとうれしいのだが。

 最も感動したのは、自由時間に見たカザンの聖母聖堂でのミサの光景。アカペラで聖歌が歌われ、スカーフを頭にかぶった女性たちや男性たちが敬虔に祈りをささげていた。あまりに見事な歌なので、CDでも流しているのかと思っていたら、目の前の人たちが実際に歌っていた。司祭のような人も美しいバスの声で歌っている。これまで、カトリックやプロテスタントの宗教音楽はかなり聴いてきたが、ギリシャ正教はさすがに聞いたことがない。大いに興味をそそられた。ついでに言うと、私のような歌の下手な人間は、きっとギリシャ正教の世界では司祭は勤まりそうもないとも思った。

 

 その後、横浜のご夫婦と合流して聖ワシーリー寺院の内部を見た。見事なイコンが壁中に装飾され、ここでもミサが行われていた。聖堂を少し登って、堂内を見て回った。フレスコ画によるイコンが壁じゅうにあった。いまだに私は「イコン」というものの意味が十分に理解できていない。そもそもギリシャ正教の教義も納得できていない。日本に戻ったら、少し調べてみたい。そして、何よりギリシャ正教の音楽のCDを探してみよう。

 ところで、このブログに写真を入れたいのだが、持ち歩いているパソコンでそれを行うテクニックを持ち合わせていない。残念。

 今日のうちに飛行機でサンクト・ペテルブルクに移動する。そのため、時間がない。そろそろ原稿にかからなければ・・・

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モスクワ2日目

 ツアーの予定ではモスクワ市内を見物し、クレムリンに行く予定だったが、宗教行事のためにクレムリンが閉鎖されたので、セリギエフ・パッサートに行った。モスクワからバスで1時間半ほどのところにある修道院。ウスペンスキー大聖堂をはじめ、いくつもの建物からなっている。

 手元に本がないので確かめられないが、「カラマーゾフの兄弟」は修道院の場面から始まったという記憶がある。本を読んで想像していたのは、日本の寺院の中の一つのお堂のような建物だった。とりわけゾシマ長老の暮らすのは、牢獄のような狭い部屋だと思っていた。ソ連映画の「カラマーゾフの兄弟」を見て、壮麗な修道院に驚いたのだった。

 今日、ロシアの修道院を見て、改めて規模の大きさ、色の派手さに驚いた。金色や水色の巨大な葱坊主のような屋根を持つ教会がそびえ、鐘の音も日本のお寺で想像するのとは大違い。まるでパイプオルガンのように両手と足とでそれぞれ別の鐘を鳴らす。まるで、パーカッション。5分以上続く。私たちがこの修道院にいる間に二つの鐘の音を聞いたが、二拍子と三拍子があるようだ。踊るようなリズム、わくわくするような音の重なり。宗教的な法悦をもたらすような響き。

 ブルックナーの音響の基本にオルガンの音があるように、ラフマニノフやスクリャービンの基本にこの鐘の音があるように思った。それどころか、チャイコフスキーやムソルグスキーの音楽体験の基礎にあるのが、この鐘の音なのだろうと思った。少なくとも、日本の鐘の音で育つのと、ギリシャ正教の鐘の音で育つのとは、音楽体験の上では後戻りできない跡を生涯に残すだろうと思う。

 それにしても寒い。冷たい雨が降り続く。たぶん、最高気温が15度くらい。夕方、街中に温度が出ていたが、それは12度だった。夜中は5度くらいになるのではなかろうか。8月だというのに、日本の初冬の気候だ。長袖のシャツの上にカーディガンを着て、その上に薄地のジャンパーを着ているが、外に出るとがたがた震えている。現地の人の中にはコート姿の人も見かける。

 モスクワに戻って、トレチャコフ美術館を見た。アンドレイ・ルブリョフの三位一体のイコンが有名。

 アンドレイ・ルブリョフは、その昔、タフコフスキーの映画を見てなじみがあったが、イタリアのフラ・アンジェリコと同じような趣がある。ただ、もっと真摯でもっと切実な雰囲気。

 それ以外の絵については、あまり惹かれるものがなかった。ここはロシア絵画を中心に飾っており、しかもガイドさんの歴史的なエピソードを中心とする解説を聞いて回っただけだったので、絵そのものをしっかりと自分の目で見ていない。まあ、見たところで、私は絵画について造詣が深くないので、たいした感慨は抱かないのだけど・・・

 今、風呂に入ったが、今日は昨日ほど水は茶色ではなかった。ほんの少し透明度に欠ける程度。このくらいなら、特に文句はない。

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モスクワ初日

 昨日の夕方、アエロフロート機でモスクワ着。

 時差ぼけのために、早く目が覚めてしまったので、ブログを書くことにする。

 モスクワまでの機内はかなり快適だった。初めて外国に行くようになったころから、アエロフロートの悪口は散々聞かされてきていたので、覚悟していたが、飛行機はボーイング、乗組員も特につっけんどんということもなく、機内食も悪くなかった。ただ、離陸前からシートを倒している人がいたが、そうしたことを注意したりといった細かな配慮はなかった。

アルコールが有料だったのも困った。私は眠りに入るためにアルコールを用いる。言い換えれば、アルコールに弱いので飲むとすぐに眠くなるので、眠りたいときには酒を飲む。いくらでも無料で飲ませてもらえるかと思っていたら、缶ビール1本が3米ドルだった。

 隣に座っている女性と少し話した。しっかりした雰囲気だったので、OLか、あるいは大学3、4年生かと思っていたら、国立大看護系の学部の1年生だとのこと。スイスでの海外研修のためにモスクワ経由でミラノに行き、そこからスイスに入るということだった。もしかしたら私の参考書で勉強したかもしれないと思って話を向けたが、小論文は使わなかったとのこと。残念。いずれにせよ、とても好感を持った。

 モスクワの新しい空港は実に快適。周囲も広々として、しかも緑が多い。季節的にも最高。20度くらい。火災も収まっている。もしかしたら、放射能などの汚染がないでもないのかもしれないが、見た目には空気もきれいに見える。

 30人のツアーなので、専用のバスで市内に向かった。大渋滞だった。金曜日なので、別荘に行く人でごった返しているのだという。車は、ごく稀にトラバントらしい車が見えるくらいで、ヨーロッパで見かけるのと変わらない。ドイツ車、フランス車、日本車、アメリカ車。道も整備され、建物も美しい。

 ただ、パリなどを何度か訪れている人間からすると、新しさを感じる。1812年にフランス軍によって焼かれたためだろう。逆に言うと、それだけごちゃごちゃしていないで、清潔で広々とした雰囲気。

 

 ホテルはホリデー・イン。日本にもアメリカにもあるホテルなので、きっとアメリカ資本だと思う。できたばかりの様子。機能的で、アイロンや湯沸しがついているのでびっくり。こんな親切な設備は、フランスやドイツのホテルでも、まず見かけない。

 機能的な都市を求めている様子が、空港やホテルや街から見えてくる。が、細かいところでそうはなっていないような点を感じる。

 すぐ近くの地下鉄駅の近くにスーパーがあるというので、早速知り合いになった横浜のご夫婦と一緒に買出しに行ったが、結局見つからず。とりあえず、水だけは買ってきた。西側の人間にすぐにスーパーが見つからないということは、つまり、機能的な現代都市の状況ではない、少なくともグローバルな作りになっていないということだろう。警備員に尋ねたが、英語が通じないし、きちんと答えてくれない。

 ホテルも、一見、最高の設備に見えるが、水道から出る水が赤茶けている。風呂にためたら、泥のようなものが下にたまった。水がきれいになるのを待っていたが、いつまでたってもきれいにならないので、諦めて入った。そして、シャワーを使おうとしたら、お湯の切り替え方がわからない。必死にあれこれやってみたが、わからずじまい。シャワーなしで済ませた。朝になってやっと、水を止めた状態で硬い硬いレバーを上げれば切り替えられることがわかった。

 1984年、妻とともに壁のある時代の東欧諸国を回ったときのことを思い出した。東側に入った最初の日、東ベルリンからライプツィヒに移動して、大層なつくりの大ホテルに泊まった。安いホテルを希望したが、そんなところはみんな満室だといわれて、高いホテルにきめさせられた。ところが、外見だけが大層で、エレベーターは壊れている、建物のあちこちが壊れたままになっている。テレビはつかない、水は茶色。カフェでコーヒーを注文する。カフェもきれいに見えるし、コーヒーも見た目は西側と変わらない。が、スプーンを持った途端にその軽さに驚き、コーヒーを飲んだ途端にその味のひどさに驚く。つまりは、すべてが見かけだけで、中身は安物だった。しかも、人々はつっけん度で、実に感じが悪かった。建物はもちろん、社会全体が人間のためにできていなかった。

 あれから25年がたつ。壁も崩壊した。

外見はすぐに整えられる。だが、サービス重視で人間のための社会にするには、人の心を変えなければならず、社会の仕組みの一つ一つを変えなければならない。モスクワはその途上にあるのかなと思った。

 とはいえ、もちろん、ここに書いたのは、何も専門知識のないツアー客のほんの一日の勝手な印象であり、たぶんに先入観にも左右されたものでしかない。が、ともあれモスクワ初日には、以上のような感想を持った。

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ロシアに出発

今、モスクワに向けて、12時発のアエロフロート機を待っている。モスクワ経由パリ行きだが、モスクワで降りる。
これまで30ヶ国を旅行してきた。しかも中学2年生の時に「罪と罰」を読んで衝撃を受けてからずっとロシアに憧れてきた。それなのに、これまで、なぜか、ロシアには足がむかなかった。これが初めてのロシア。
数年前に個人旅行を思い立ったが、直前に怖じ気づいて、中止。こんどは、ツアーにひとりっきりで参加することにした。モスクワとサンクトペテルブルグ日の旅。9月3日に貴国予定。
とはいえ、日本で原稿が捗らなかったので、ロシアでも、原稿を書く必要がありそう。

ロシアの猛暑は終ったらしい。むしろ、寒さが心配。心配事はいくつもあるが、そんなことを言っていたら、旅はもちろん、なにもできない。

ともあれ、楽しもう。

あと少しで搭乗が始まる。

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驚異のヴァイオリニスト、ネマニャ・ラドゥロヴィチのファン・クラブを作ろう!!

 私は、ナントのラ・フォル・ジュルネで魂を揺り動かされて以来、驚異のヴァイオリニスト、ネマニャ・ラドゥロヴィチ(ネマーニャともラドゥロヴィッチとも表記される)のファンだ。日本におけるきわめて初期のネマニャ・ファンの一人だと自負している。東京のラ・フォル・ジュルネやリサイタルで弾いた、バッハ、イザイ、サン・サーンス、ヴィヴァルディなどの作品は、今も私の耳に残っている。ヴァイオリンでこれほど強い衝撃を受けたことはなかった。悪魔に魅入られたかのようになった。

 ところが、このところ、ネマニャがめったに来日しない。しかも、来日しても、リサイタルが聴けない。来年2月に、東京シティフィルと共演してプロコフィエフの協奏曲第二番を演奏し、3月にはアンサンブルで来日することが決まっている。そのニュースを知って、私は跳びあがらんばかりに喜んだ。だが、残念ながら、リサイタルは予定されていない。

 そこで考えた。ファンクラブを作って、ファンがネマニャを呼んではどうだろう。「ネマニャ・ファンクラブ、あるいはネマニャを日本に呼ぶ会」を作ってはどうか。そうして、もっと頻繁に来日してもらい、もっともっとリサイタルを開いてもらったらどうか。

 このことを親しいネマニャの熱狂的ファンの音楽関係者数人に呼びかけた。そして、少しずつ話を進めてきた。

 現在、ネマニャはアスペンという音楽事務所に所属している。また、キングレコードから「悪魔のトリル」のCDの発売が予定されている。そんなわけで、今日、この二つの会社の方とあって話をしてきた。

 そこでわかったのは、レコード会社の人も、音楽事務所の人も、ネマニャのすさまじい実力は知っている。だが、日本では知名度が低い。そのため、これまでチケットが売れなかったことがあるらしい。CDも発売されていない。数枚発売されているCDも、それほど売れている様子はない。だから、来日公演に二の足を踏んでいる。リサイタルも行われない。悪循環に陥っている。

 そうだとすれば、ファンクラブを作って、ある程度の人数を集め、熱心に呼びかけたら、来日してくれるのではないか。そして、チケットが売れたら、そして、ネマニャの圧倒的な演奏が多くの人の知るところとなれば、もっと大きな存在として日本でも知られるのではないか。もっと頻繁に来日してくれるのではないか。

 もちろん難しい問題もある。すんなりと行くかどうかわからない。だが、ファンクラブを作り、かなりの数の人間がそこに集まれば、きっとさまざまなことが順調に進むだろう。

 彼のヴァイオリンを聴いたことのある人は、誰もが、そのすさまじいテクニックと、驚くべき音楽性に圧倒されたはずだ。私は、オイストラフやシェリングやクレメルなどの過去の名人たちに劣らない音楽性を彼が備えていると確信する。今は不景気の時代であり、クラシック音楽受難の時期なので、爆発しないが、いつ爆発してもよいだけの実力を持っている。

 ネマニャを私たちの手で日本の巨匠というあるべき姿に押し上げようではないか。ネマニャがかつてのオペラにおけるマリア・カラスのような大スターになれば、若者のクラシック音楽離れもくいとめられるのではないか。それと同じような大スターが次々に出てくるかもしれない。音楽的にも、容姿的にも、これまでの苦難の人生においても(彼はセルビアでの戦争を体験している!)、彼は人をひきつける力を持っている。

 そんなわけで、この場でネマニャのファンクラブを作ることを提案する。今のところ、私と数人の関係者(本人たちの了解を得ていないので、ここでは名前を明かさない)が話をしているだけで、形は何も決まっていない。これから、少しずつ、どんな形にするか決めるつもりでいる。だから、正式の入会表明でなくてもいい。が、入会の意志のある方、このブログに連絡をいただけないだろうか。メールアドレス(ブログ上には表記されない。ブログ主である私だけ見ることができる)を書いていただければ、私のほうからそこに連絡を差し上げる。そして、一緒にファンクラブの形を作っていってはどうか。そして、少しでもネマニャのファンを増やしていったらどうか。

 実は私は明日から、ロシア旅行に出かける。その間も、ブログを見ることはできるはずだ。その間に連絡をいただき、意見をいただければ、それについて考えることにする。場合によっては、お会いして話をすることもできるだろう。

 いろいろ考えていても、何も始まらない。まずは、意志のある人が手を上げ、形を整えていく必要がある。その言いだしっぺには私がなるので、ぜひ、ご参加いただきたい。

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「音楽の宅急便 ジブリからクラシックへ」大成功!

 昨日、HAKUJU HALLで私たち多摩大学樋口ゼミが開いた「音楽の宅急便 ジブリからクラシックへ」は大成功だった。

 私たちのゼミは、クラシック音楽を広める活動を行っている。その一環として、学生がジブリの音楽とクラシック音楽を融合するコンサートを企画。それを実現したのだった。

 

 演奏に関しては文句なし。大学の一ゼミが企画、運営したコンサートとは思えない一流の演奏が繰り広げられたといえるだろう。

 ピアノの新居由佳梨さんは、一つ一つの音が実に美しく、音のつくりがノーブル。かつては控えめすぎる傾向があったが、表現の幅も広がって、強い感動を聞き手に巻き起こす。江島さんは、確かなテクニックもさることながら、秘めたエネルギーがすばらしい。三宅さんは、ヴィブラートの少ない声の清潔さ、表現力の豊かさが圧倒的。しかも、三人とも外見的にも実に美しく、ステージ姿が映える。

 今回のコンサートには、私の音楽仲間もかなり来てくれた。耳の肥えた人たちだ。その人たちも、十分に納得してくれたようで、絶賛の声を寄せてくれた。私は個人的には、サンサーンスの「序奏とロンド・カプリチオーソ」、「糸を紡ぐグレートヒェン」「アメージング・グレース」、ベートーヴェンの「春」に強く感動した。

 客席も全席で300席のところを220席ほど埋まった。これほどの演奏なので、ぜひとも満席にしたかったので、残念。しかし、資金不足のためにほとんど宣伝できず、夏休み後半という時期のために学生を動員できなかった中では、大成功といえるだろう。会場には子どもさんもたくさんいたが、子どもからお年寄りまで、感動が伝わってきた。アンケートをとらせていただいたが、帰ってきたアンケートのほとんどが演奏を絶賛している。

 もちろん反省材料は山のようにある。

 まず、さまざまの進行が、ホールのスタッフである藤原さんと、二期会の桐谷さんのサポートなしには成り立たなかった。本来、もっとしっかりと私が前もって考えておくべきだった。頼りない学生と頼りない教授が舞台裏では右往左往していた。ステージ上でもそれがしばしば現れた。

 次回からそんなことのないようにする必要がある。お金を取って、一流のホールで行うコンサートとしては、ちょっとみっともなかった。次回から、そんなことのないようにする。

 が、何はともあれ、運営者の最大の成功は、客に感動を与えることだ。それさえできれば、後はこれからいくらでもなんとでもなる。これからも何度もコンサートを開いて、それに修練していけば、それでいい。すべて、これ勉強!!

 ともあれ、すばらしい演奏だった。それでよしとしよう!

 なお、最初のアンコール曲は、レハール作曲の「メリー・ウィドウ」カラ「ワルツ」だった。

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コンサート「音楽の宅急便」迫る!!

 8月25日水曜日、19時よりHAKUJU HALL(白寿ホール)で、私たち、多摩大学樋口ゼミが主催するコンサート「音楽の宅急便 ジブリからクラシックへ」が開かれる。

 小田急線代々木八幡駅、あるいは地下鉄代々木公園駅から徒歩5分ほどのところにある小さいが、快適で豪華で音響のよいホールだ。

 大学の学生ゼミが主催するからといって、中途半端なコンサートと思わないでいただきたい。私たちは、今回演奏していただく新居由佳梨さん、江島有希子さんをはじめ、これまでもいくつかのコンサートの運営に関わってきた。作曲家の三枝成彰さん、チェリストの山本康裕さん、ヴァイオリンの佐藤俊介さん、ピアノの菊池洋子さんなど名だたる音楽家をお招きして、演奏会を開いてきた。そして、今回、ソプラノの三宅理恵さんも加わり、絶対の自信を持って素晴らしい音楽を提供しようと思っている。

 曲目は、チラシと多少異なってきた。以下の曲が演奏される。

 エルガー「愛の挨拶」、ジブリの曲からは「君をのせて」「もののけ姫」「いつも何度でも」「いのちの名前」「はにゅうの宿」「海の見える街」「借りぐらしのアリエッティ」。

 そのほか、クラシックの名曲として「アメージンググレース」、サンサーンスの「序奏とロンド・カプリチオーソ」、シューベルトの「鱒」「糸を紡ぐグレートヒェン」、ショパン「幻想即興曲」、そして最後に、ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第5番「春」。

 子どもから大人まで、クラシック初心者からクラシック愛好家まで、気楽に楽しく聞けるプログラムになっている。

 残念ながら、まだチケットが残っている。当日券で入場できる。時間がおありのかたは、ぜひ立ち寄っていただきたい。きっと、音楽の楽しさを再認識してくださると思う。

 リハーサルを聴いて、私も改めて三人の演奏家の力量に驚いた。リハーサルでありながら、感動的な名演がいくつかあった。素晴らしいコンサートになることを確信。少しでも多くに人のこの演奏を聴いていただきたいものだ。

 リハーサルで驚いたのは、「もののけ姫」を新居さんと三宅さんが初めて合わせたときのこと。そのままでは声域があわないので移調することになった。もちろん、これはよくあること。そのこと自体は何でもない。ところが、新居さんは、元の楽譜を見ながら、3度高くして、初見でやすやすと伴奏した。

 もしかしたら、プロにはなんでもないことかもしれないが、このような場面に初めて遭遇した私はとても驚き、感心したのだった。さすが、伝説のヴァイオリニスト、イダ・ヘンデルの伴奏に抜擢された人だけのことはあると思った(ついでに言うと、イダ・ヘンデルがカレル・アンチェルの指揮するチェコ・フィルと共演したベートーヴェンとシベリウスの協奏曲を弾いた復刻CDを聞いたが、あまりの鮮烈さに驚嘆!)。

「音楽の宅急便 ジブリからクラシックへ」

825()
場所 HAKUJU HALL
(最寄駅 代々木公園駅 千代田線徒歩五分 代々木八幡 小田急線 徒歩五分)

開場 1830分 開演19
チケット料金:全席自由席
一般・2000円 学生・1500円(小学校低学年より)

・新居 由佳梨(ピアノ)
・江島 有希子(ヴァイオリン)
・三宅 理恵(ソプラノ)

チケットぴあ(0570-02-9999) Pコード 105-582

お問い合わせ先

080-1060-4241(南里)  higuchi@tama.ac.jp

当日券あり

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バイロイト音楽祭の生中継『ワルキューレ』

 NHKのバイロイト音楽祭の生中継を見た。ただし、ちゃんとナマで見たのは第一幕までで、さすがに長い休憩時間でめげて、続きは録画で見た。

 演奏に関しては文句なし。体型や容姿、とりわけ年齢について言い出すとキリがないが、音楽的にはきわめて充実している。1950年代、60年代の巨人たちに比べると粒が小さいが、これくらい歌ってくれれば十分。

 ジークムントのヨハン・ボータは、見かけはともかく歌はリリックでなかなかいい。ジークリンデのエディット・ハラーも、かなり太めであることを別にすればなかなかチャーミングで歌も美しい。そして、ブリュンヒルデのリンダ・ワトソン(映像的にはちょっとお歳を召しすぎているが、声の威力は十分)、ウォータンのアルベルト・ドーメン(後半、声に疲れが出ている感じがしたが、高貴な声でなかなかよろしい)、フンディングのヨン・クワンチュル(悪漢ぶりがうまい)、フリッカの藤村実穂子(迫力満点。贔屓目でなく、もしかしたら、今回のキャストの中でもっともいいかも!)はもっとずっとドラマティックで見事。

 ティーレマンもすばらしい。私はこれまでティーレマンの日本での公演では常に欲求不満を感じてきた(とりわけ、初来日の『オランダ人』はひどかった!)が、一昨年のバイロイトもすばらしかったし、最近の録音もほとんどがかなりいい。今回も、官能的なところはきちんと官能的で、しかもドラマティック。第三幕の盛り上がりは特にすばらしい。小細工しないところがいい。

 タンクレート・ドルストの演出は意外とおとなしい。はじめに子どもが出てきたので、とんでもないことが起こるのかと思ったが、少なくとも『ワルキューレ』ではそんなことはなかった。

 だが、実は、映像を見ながら、ずっと違和感をぬぐいきれなかった。

 これまで、バイロイト音楽祭の映像はかなり見てきた。おそらく市販されているものはすべて見ているだろう。その多くに感動した。今日のような感覚を持ったことはなかった。演出や演奏のせいなのか。それとも、解像度の高いテレビで放送されたせいか、あるいは、単に「生中継」ということが原因なのか。なんだか、バイロイトらしくない気がして仕方がないのだ。

 生中継だというので、バイロイト祝祭劇場に足を踏み入れたときの気持ちを思い出して映像を見た。だが、あの独特の雰囲気が伝わってこない。得体の知れないものが出てきそうな雰囲気、うす暗くて不分明で地の底から輪郭のあいまいな茫洋とした音の聞こえてくる雰囲気がない。散文的でわかりやすく、輪郭が明確。まるでおもちゃのようといってしまうといいすぎだが、奥深い森ではなく、盆栽のよう。

 バイロイトで実際に見ると、歌手たちの顔も良く見えず、多少歳をとっていても気にならない。多少太めであっても、そんなことはどうでもよくなる。いや、ワーグナー以外のすべてがどうでもよくなる。だが、今日の映像のようにあからさまだと、最後まで日常的な細かいことが気になって仕方がない。

 ひと言で言って、ディオニュソス的ではないのだ。もちろん、現代においてクナッパーツブッシュのような演奏を求めるべきではなかろう。ブーレーズ以降、切れのよい演劇的な演奏も多い。それに、私がティーレマンの『リング』に感動したのは、そこにはっきりとディオニュソス的なものが聞き取れるからだった。

 しかし、映像で見ると、これほどディオニュソス的なものが感じられないことは珍しい。

 私は、ワーグナーの特質は「ひとつであること」の希求にあると思っている(拙著『ヴァーグナー 西洋近代の黄昏』参照)。すべてがひとつになり、物と物の境目がなくなっていく。悪く言えば不分明。ところが、大写しにされた解像度のよいテレビ画面では、まったくそれが見えてこない。

 今回の試みを悪く言いたくない。ぜひ、これからもバイロイト音楽祭の生中継をやってほしい。夏の恒例行事にしてほしい。が、私のような、クナッパーツブッシュやフルトヴェングラーの演奏をずっと聴いてワーグナーを知り、バイロイト祝祭劇場詣でが、数十年にわたっての夢だった人間からすると、あまりに聖なる部分を失った映像ではあった・・・

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ブロムシュテット+ドレスデン・シュターツカペレの『幻想』CD

 ブロムシュテット指揮、ドレスデン・シュターツカペレによるベルリオーズの『幻想交響曲』のCDを見つけて買ってきた。1978年の録音。聴いてみた。

 はじめの三つの楽章は小さく音楽を作って、第四楽章からダイナミックにもりあげていく・・・というスタイルの演奏はよくある。この曲のひとつの常套手段かもしれない。だが、それにしても、第四楽章以降の盛り上がりが異常なほどすさまじい。

 意図的なのか、失敗したのか、バランスが崩れそうになる部分がある。が、それがまたスリリング。ハチャメチャというべきか。ベルリオーズの面目躍如というべきか。第五楽章はもっとすさまじい。まさしく魑魅魍魎が跋扈する。掟破りの音響が炸裂。オケはいうまでもなく、すばらしい。

 ブロムシュテットがオケを掌握しているからこのような演奏になっているのか、それとも、自由にやらせているからこうなっているのか、私は音楽の専門家ではないので、よくわからない。だが、この異常なまでの高揚感はいったい何だ!

 ブロムシュテットというのは不思議な人だ。温厚で知的に見えて、狂気のようなものを持っている。だが、決して下品にならない。あれほどハチャメチャにやりながら、やはり知性を感じる。表面的な効果だけを追い求めているのではないことが伝わってくる。私はいつの間にかぐいぐいと引き込まれてしまう。

 ゲヴァントハウスを指揮したブルックナーの7番と8番のCDもすばらしかった。ブロムシュテットのすごさを改めて感じた『幻想』だった。そして、ブロムシュテットは最近になって巨匠になったのではなく、ずっと昔から大指揮者だったのだと、改めて知った。

 愚痴をひとつ。

 パソコンがいよいよおかしい。メールソフトはアウトルック・エクスプレスを使っているが、しばらく前から、「最適化」をするようにという指示が出て、実行すると、時として受信メールの比較的新しいものが消えてしまうようになっていた。だから、気をつけながら「最適化」を行っていた。

 ところがなんと、このごろ、OKを出していないのに、パソコンが勝手に「最適化」をしてしまうようになった。しかも、昨日は、三ヶ月ほど前からちょうど昨日までに届いた受信メールがごっそり消えていた! 持ち運びに使っている別のパソコンが正常だったので、そこからコピーをして補ったが、これは困る。

 そもそも、こんなことは普通に起こることなのか! これではこわくてパソコンを使えないではないか。買い換えるしかないのか!

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5つの頭痛の種

 夏休みになって、大学の講義がなくなったので、かなり楽になった。が、実はかなりのストレスにさらされている。このところ、頭痛の種が尽きない。そのいくつかを書いてみよう。

・原稿が間に合わない!

 いつものことだが、大量の原稿に追われている!

 今年度から、原則として大学に週5日出勤することになったので、ずっと原稿が捗らなかった。研究室で書けばいいのだが、慣れた自宅の書斎が一番。夏休みに入って、家にいるときにはずっと机について、やっと原稿が少し捗り始めたのだが、それでもたまった注文をこなせない。

 ところが、そうしたところにまた新しい本を依頼された。事情があって、これは断れない企画。しかも、9月中旬までに書かなければ、困ったことになる。私は書くのはかなり速いのでOKしたものの、家に帰ってスケジュール表を見て、困った。8月末から海外旅行に行く予定でいる。帰国して3日目から、京都産業大学で集中講義を10日間。つまり、9月中旬まで使える時間がほとんどない!

 今書いている本をさっさと仕上げて、次に書く予定だったものを後回しにして、新田に注文された本に入らなければならない。今日中にでもこの本に移らないと書き終えない恐れが出てくる。そこで、今、必死に、これまでの仕事の仕上げをしている。これが最大のストレス。

 音楽を聴く時間がとれない。本も読めない。

・チケットが売れない

 何度かこのブログにも書いたが、8月25日にHAKUJU HALLで、私のゼミ主催のコンサートを開く。リハーサルをして、すばらしいコンサートになることを改めて確信した。子どもから、クラシック通の大人までが感動して楽しめるコンサートに間違いなくなる。

 が、コンサートのターゲットであるはずの学生たちは帰省や旅行やバイトで忙しい時期で、なかなかチケットを買ってくれない。宣伝費を使えないので、外に広めることができない。せっかくのすばらしいコンサートなのに、満員になりそうもない。何とかしなければ!! こう見えてかなり神経が繊細な私は、それが気になって、しばしば朝早くから目が覚める! (早朝に目が覚めてしまうのは、もしかしたら歳のせいなのかもしれないけれど!)

・パソコンの調子が悪い

 しばらく前からパソコンが不調。スイッチを入れてから起動するまでに、ひどいときには20分くらいかかる。そしてその後の30分くらいは、ほとんどフリーズ状態。1時間くらいたってから、やっとそこそこ動き出す。しかもCDドライブは数ヶ月前からまったく動かない。私はipodを愛用しているので、CDドライブが動かないとかなり困る。4、5年間、毎日使い続けているので、そろそろ寿命なのか。それにしても、イライラのし通し。

 とはいえ、この文章を書いている今は問題なし。いつも不調なら腹を決めて買いなおすが、そうでもないので、余計困ってしまう。買い換えると、金もかかり、初期設定にも時間がかかる。それを思うと、げんなりしてくる。もう少し、だましだまし使うしかなさそう。

・ロシアの天候不順

 今月末に旅行に出るといったが、行く予定でいるのはロシアのモスクワとサンクトペテルブルグ。ところが、天候不順で、モスクワは煙が充満し、放射能の心配もあるという。出発予定日までまだ2週間ほどあるので、それまでにはよくなると思うのだが、大いに心配。ロシアのニュースが気になる。

・逆流性食道炎

 実は昨日の午前中、近くの病院で胃の内視鏡検査を受けた。要するに、胃カメラ。しばらく前の人間ドックで逆流性食道炎だと診断され、念のために検査を受けるようにいわれた。

 数年前にこの検査を受けたときには口からカメラを飲み込んだが、今日は鼻からカメラを差し込んだ。はじめのうちは激しい不快感を覚え、ひどく吐き気がしたが、カメラが胃の中に入ってからは、我慢できないほどではなかった。口からカメラを飲まされるのに比べたら、かなり楽だった。

 まだ組織の検査が終わっていないが、とりあえず大病の心配はなさそうだとのこと。ただし、逆流性食道炎は間違いないとのことで、薬をもらった。数年前から、胃薬が欠かせない。朝方、とりわけ胃に不快感を覚える。ここ数ヶ月、それがかなりひどくなっていた。

 これからの治療でそれがよくなると、ありがたいが、まだしばらくは不快感は続きそう。

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「音楽の宅急便」のリハーサルに立ち会う

 大学が夏休みに入ってから、ずっと都内で打ち合わせを二つほどずつこなしてきた。かなり忙しい。今日は、10月と11月に行う予定の講演についての打ち合わせをした後、多摩大学の私のゼミが主催する8月25日に行うコンサートのリハーサルにゼミ生3人とともに立ち会った。

 25日に行うのは、「音楽の宅急便 ジブリからクラシックへ」というタイトルのコンサート。小田急線

代々木八幡駅

、あるいは東京メトロ代々木公園駅から徒歩5分ほどのところにあるHAKUJU HALLで午後7時からおこなう。一般2000円、学生1500円。

 大学のゼミが主催するからといって二流どころの演奏だろうなどと思わないでいただきたい。

 演奏するのは、全国で大活躍中の若手の女性演奏家3人。ピアノの新居由佳梨さんは、世界に名前をとどろかせた伝説の大ヴァイオリニスト、イダ・ヘンデルの久々の録音に伴奏者として抜擢され、様々のメディアで絶賛されたピアニスト。ヴァイオリンの江島有希子さんはお一人でも、新居さんとのデュオでも大活躍。ソプラノの三宅理恵さんは、カーネギーホールでのデビューも果たした期待の大型歌手。しかも、なんと3人とも、とても美人!!

 曲目は、今日、最終的に決めた。ジブリの曲として、「君をのせて」「もののけ姫」「いつも何度でも」「いのちの名前」「海の見える街 」「アリエッティ」などを演奏する。そのほか、サンサーンスの「序奏とロンド・カプリチオーソ」、シューベルトの「鱒」「糸をつむぐグレートヒェン」、そして「アメージンググレース」などの親しみやすいクラシックの名曲、最後に、ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第5番「春」。

 リハーサルをして、演奏の見事さをあらためて感じた。新居さんと三宅さんは初めての顔合わせで、もう一度リハーサルを行うので、今日のところは軽く合わせただけだったが、それでも二人の力量に感服。新居さんの高貴で清潔でしっかりした美しい音は以前からよく知っていたが、表現力が増しているのを感じた。三宅さんは、かなりドラマティックに強い声を出すが、それがすばらしい。魂の震えるような瞬間が何度もあった。江島さんの迫力とテクニックも実に見事。すばらしいコンサートになることを確信した。3人のゼミ生も、間近で聞くクラシック音楽の迫力に驚いたという。

 

 大学のゼミ生が企画する一流のプロの演奏会は全国でも珍しいはず。最新の設備の整った最高に贅沢なホールで贅沢な時間を過ごせる。クラシック音楽初心者の子どもから、クラシックマニアまで、誰もが楽しめる。チケットにまだまだ余裕がある。ぜひ、お誘い合わせのうえ、おいでいただきたい。

日程825()
場所 HAKUJU HALL
(最寄駅 代々木公園駅 千代田線徒歩五分 代々木八幡 小田急線 徒歩五分)

開場 1830分 開演19
チケット料金:全席自由席
一般・2000円 学生・1500円(小学校低学年より)

演奏者
・新居 由佳梨(ピアノ)
・江島 有希子(ヴァイオリン)
・三宅 理恵(ソプラノ)

チケットぴあ(0570-02-9999) Pコード 105-582

お問い合わせ先

080-1060-4241(南里)  higuchi@tama.ac.jp

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金聖響さんのこと。そして「運命」というタイトルについて

 8月4日、渋谷のレストランバー Xanadu(ザナドゥー)で、インプロモーティブ本公演「USU~インプロワンダーランド」を見た。若い友人である井川ヒロトさんが出演するということでもあり、即興劇ということもあって、関心があった。

 学生時代には、前衛劇はいくつか見た。実は、私は一時期、役者の訓練を受け、ある前衛劇に出演予定だった。座長と主演女優が駆け落ちしたために、結局、中止された。私自身、役者には向いていないことは十分に自覚していたので、すぐにやめたが、あの時、もし私が舞台にあがっていたら、私の人生は大幅に変わっていたかもしれないとときどき思うことがある。そんな思いもあって、とりあえず、見てみようと思った。

 会場に入ると、扮装したメンバーがすでにハイテンション。大声で笑い、叫び、踊っている。まさにワンダーランドを演出しようとしているのだろう。舞台が始まってからも、メンバーのハイテンションが続き、客は席に座るのでなく、あちこち移動しながら、客の間にいるメンバーのやりとりを間近にする。メンバーが客に「どこに行きたい?」と聞いて、その答えに応じて芝居が続いていく。そうやって、客をワンダーランドに巻き込もうとする。

 その心意気は素晴らしいと思った。メンバーのパフォーマンス力もなかなかのもの。しかし、残念ながら、メンバーがハイテンションであればあるだけ、私のような「ノリにくい」タイプの人間はしらけていく。それに即興的に芝居を行なうのもかなり無理がありそう。笑いを狙っているらしいところも、あまり笑えない。芸人でもない人間に、即妙に笑いを作り出すのは無理だろう。もう少し工夫が必要だと思った。

 しかも、私は肩凝り、腰痛、痔という「もの書きの職業病3点セット」に悩まされている。電車でも30分以上は立っていられない。立ちっぱなしで見ているうち、腰が痛くなって、残念ながら、途中で外に出た。

 5日、大学で定期試験の監督をした後、新宿の住友ビルの料理店で、指揮者の金聖響さんをはじめとする数人と会食。皆さん素晴らしい方たちで、とても充実し、楽しい時間を過ごすことができた。ただし、仕事がらみだったので、ほかの方の名前はここでは伏せておく。

 金聖響さんは好きな指揮者の一人だ。もっといえば、若手の指揮者の中では、大野さんや下野さんとともに大注目をしているひとりだ。実演は一度聴いただけだが、CDは、オーケストラ・アンサンブル金沢を指揮したベートーヴェンの第5と第7、とブラームスの交響曲の全集を持っている。そして、いずれも見事な演奏だと思った。とりわけ、どの曲もフィナーレの燃焼がすばらしい。私が金さんのファンであることを知っていた知人が、機会を捉えて、ひきあわせてくれたのだった。

 私の金聖響さんに対するイメージは見事に裏切られた! テレビや演奏中の態度から、生真面目でのめりこむタイプの人かと思っていた。が、親しくしている友人がおられたこともあって、関西弁で過激な裏話を繰り出し、周囲を笑いに巻き込む関西のオモロイお兄さんだった! が、音楽に対する真摯で強烈な思いが言葉の端々に飛び出す。

 驚くような裏話をいくつも聞いた。指揮の「企業秘密」も聞いた。「へえ、実は指揮者ってそんなことをする人だったんだ!」と、改めて驚くことがあった。が、まさかそれをここに書くわけにはいかない。

 改めて金聖響ファンになった! ただ、聖響さんはマーラーが大好きらしく、名曲の代名詞として「マーラーの9番」というたびたび言葉が出てくる。マーラーが大嫌いな私としては、その度に、その言葉を「ブルックナーの8番」と頭の中で変換しながら、話を聞いていた。もちろん、私がマーラー嫌いなこともはっきり言った。「だったら、マーラーの演奏会ごとに招待して、一年後には、マーラー好きにしてあげよう」と聖響さんと口にされたが・・・

「運命」というタイトルの話もした。

 このブログを読んでくださっている人はご存知かもしれない。私は7月中、日経新聞夕刊に「交響曲の系譜」という連載を行った。その第2回(7月8日付)で、「運命」というタイトルに関して、「欧米ではこの名称は用いられない」と書いた。それが日本での常識だったからだ。ところが、このブログにドイツでも「運命」というタイトルが用いられているので、訂正するようにというコメントが寄せられた。その方が「運命」というタイトルが用いられているドイツのFMの番組表を示してくれたので、私も、「運命」というタイトルが用いられることがあることを確認したのだった。

 日経新聞社にそのことを話し、新聞社も調査したようだが、新聞紙上で訂正する必要はないという結論になった。私もそれに従った。

 その後、私もドイツ滞在経験のある音楽ファンや音楽関係者に機会があるごとに、このことについてたずねてみた。だが、やはり誰もが「欧米で、そのようなタイトルを聞いたことがない」という。

 金聖響さんも、そのようなタイトルは用いられないと断言されておられた。それどころか、「運命」というタイトルを日本でもなくすべきだといっておられた。マーラーの「巨人」も含め、作曲者自身が最終的に楽譜に残したタイトル以外はすべて削るべきだという主張だった。聞くものに先入観を与えてしまうというのが、その理由だ。まったく賛成だ。

「運命」というタイトルについてだが、番組表にあったのだから、このタイトルがドイツでも用いられるのは事実であり、私が新聞紙上に「欧米ではこの名称は用いられない」と書いたのはいきすぎだった。だが、ごく稀にしか用いられないのは確かのようだ。そこで、新聞では訂正しなかったが、ここに訂正させていただく。正確には、「欧米では一般的にこの名称は用いられない」とするべきだった。これから、物事を断定する時には気をつけようと思う。

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法事で九州にいったこと

 法事で大分県日田市を訪れ、昨日、もどってきた。

 出発したのは7月31日。大学での会議の後、午後、車で羽田に向かった。羽田まで車で行くのは初めて。家族四人での移動なので、それが一番ラクだと判断した。民営駐車場に車を停めて5000円ほどなので、経済的にもかなりトク。ただし、空港まで小型バスでの送迎があるので、時間的には無駄もある。

 日田市は福岡空港から高速バスで一時間半ほどのところにあるが、到着が遅くなるので、その夜は博多駅近くのホテルに泊まり、翌朝、ゆふいんの森号で移動した。

 

 法事というのは、祖母の50回忌と祖母の25回忌をかねたもの。実はまだ祖父の死後50年たっていないが、長男である父が5人の兄弟の全員が元気なうちにしておこうと思って、この時期に設定したらしい。父の兄弟は一番下は80歳で、一番上はたしか92歳。全員が元気。長寿の家系といえそう。祖父も90過ぎまで生きた。法事とはいえ、50回忌は祝いだということで、黒服でなく平服、しかもネクタイなしでの出席だった。私たちを含めて20人ほどが出席した。

 90歳をすぎても元気な5人の兄弟がそろうのはちょっと壮観だった。久しぶりに従兄弟たちやその配偶者や子どもにも再会。法事は30分ほどで終わった。

 今の私よりもはるか若いころの叔父や叔母をよく知っている人間としては、みんなが歳をとったことに改めて驚く。そうでありながら、若いころと同じような個性を示しているところもおもしろい。元報道カメラマンの叔父は、80歳をすぎてもあいかわらず、法事やその前後のみんなの写真を撮りまくっていた。

 そして、一緒に遊んだ従兄弟たちが孫の写真を見せ合っているのも、おもしろかった。戦後、60数年、平和な時代が続いたからこその光景だったのかもしれない。

 その後、6時から若の屋という歴史ある旅館に場所を移して、食事会。ここでも、何人かと久しぶりに話をした。ただし、私は寡黙なほうなので、それほどおしゃべりするほうではない。むしろ聞き役にまわることが多い。それに人が多いので、ほとんど話のできない人もいた。

 両親の家に一泊して、翌朝、友人の家を訪ねた。

 日田市が郷里だとはいえ、私は5歳のころに中津市に移り、10歳からは大分市で暮らしたので、日田市には友人はいないに等しい。たったひとり、医者の息子で私と同じ大分大学付属小学校と大分上野丘高校で過ごした秋吉だけが、友人だ。中学生の時、同じバレー部で仲良くしていたが、高校時代は彼は理系で、クラスも離れたので、その後、ちょっと疎遠になっていた。両親が再び日田で暮らすようになってから、日田を訪れるたびに秋吉のことが気になっていたが、いつも忙しいので、これまで連絡を取らなかった。

 昨年、久しぶりに連絡を取り合って、彼が近年、クラシック音楽に関心を持ってオーディをルームを作ったことを知り、時間を見て遊びに行くことにした。相手の迷惑も顧みず朝の8時半に訪れ、9時半ごろにおいとました。

 30台ほどの車を収容できる駐車場のある大病院だったのでびっくり。秋吉の力で大きくしたらしい。昔から誠実で人間的にも信頼できるやつだった。きっと優秀で人望のある医者として定評があるのだろう。隣に自宅があったが、これがまたテレビでしか見たことのないような大豪邸だった。久しぶりの秋吉は体型もほとんど変わらず若々しいのにも、奥様があまりの美人なのにも驚いた。

 そして、巨大なスピーカーのある30畳以上ありそうな半地下のオーディオルーム! もちろん装置は最高級。しかも、CDでなくLP派だという。ヴァントの指揮したブルックナーの8番を聴きながら話した。共通の友人のことなども話したが、なにしろ1時間ほどの再会だったので、十分に話ができなかった。次の機会に、もっとゆっくり話したいものだ。

 その後、あわてて家にもどり、すぐに準備してバスで福岡空港に向って、東京にもどった。かなり疲れた。

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