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バイロイト音楽祭の生中継『ワルキューレ』

 NHKのバイロイト音楽祭の生中継を見た。ただし、ちゃんとナマで見たのは第一幕までで、さすがに長い休憩時間でめげて、続きは録画で見た。

 演奏に関しては文句なし。体型や容姿、とりわけ年齢について言い出すとキリがないが、音楽的にはきわめて充実している。1950年代、60年代の巨人たちに比べると粒が小さいが、これくらい歌ってくれれば十分。

 ジークムントのヨハン・ボータは、見かけはともかく歌はリリックでなかなかいい。ジークリンデのエディット・ハラーも、かなり太めであることを別にすればなかなかチャーミングで歌も美しい。そして、ブリュンヒルデのリンダ・ワトソン(映像的にはちょっとお歳を召しすぎているが、声の威力は十分)、ウォータンのアルベルト・ドーメン(後半、声に疲れが出ている感じがしたが、高貴な声でなかなかよろしい)、フンディングのヨン・クワンチュル(悪漢ぶりがうまい)、フリッカの藤村実穂子(迫力満点。贔屓目でなく、もしかしたら、今回のキャストの中でもっともいいかも!)はもっとずっとドラマティックで見事。

 ティーレマンもすばらしい。私はこれまでティーレマンの日本での公演では常に欲求不満を感じてきた(とりわけ、初来日の『オランダ人』はひどかった!)が、一昨年のバイロイトもすばらしかったし、最近の録音もほとんどがかなりいい。今回も、官能的なところはきちんと官能的で、しかもドラマティック。第三幕の盛り上がりは特にすばらしい。小細工しないところがいい。

 タンクレート・ドルストの演出は意外とおとなしい。はじめに子どもが出てきたので、とんでもないことが起こるのかと思ったが、少なくとも『ワルキューレ』ではそんなことはなかった。

 だが、実は、映像を見ながら、ずっと違和感をぬぐいきれなかった。

 これまで、バイロイト音楽祭の映像はかなり見てきた。おそらく市販されているものはすべて見ているだろう。その多くに感動した。今日のような感覚を持ったことはなかった。演出や演奏のせいなのか。それとも、解像度の高いテレビで放送されたせいか、あるいは、単に「生中継」ということが原因なのか。なんだか、バイロイトらしくない気がして仕方がないのだ。

 生中継だというので、バイロイト祝祭劇場に足を踏み入れたときの気持ちを思い出して映像を見た。だが、あの独特の雰囲気が伝わってこない。得体の知れないものが出てきそうな雰囲気、うす暗くて不分明で地の底から輪郭のあいまいな茫洋とした音の聞こえてくる雰囲気がない。散文的でわかりやすく、輪郭が明確。まるでおもちゃのようといってしまうといいすぎだが、奥深い森ではなく、盆栽のよう。

 バイロイトで実際に見ると、歌手たちの顔も良く見えず、多少歳をとっていても気にならない。多少太めであっても、そんなことはどうでもよくなる。いや、ワーグナー以外のすべてがどうでもよくなる。だが、今日の映像のようにあからさまだと、最後まで日常的な細かいことが気になって仕方がない。

 ひと言で言って、ディオニュソス的ではないのだ。もちろん、現代においてクナッパーツブッシュのような演奏を求めるべきではなかろう。ブーレーズ以降、切れのよい演劇的な演奏も多い。それに、私がティーレマンの『リング』に感動したのは、そこにはっきりとディオニュソス的なものが聞き取れるからだった。

 しかし、映像で見ると、これほどディオニュソス的なものが感じられないことは珍しい。

 私は、ワーグナーの特質は「ひとつであること」の希求にあると思っている(拙著『ヴァーグナー 西洋近代の黄昏』参照)。すべてがひとつになり、物と物の境目がなくなっていく。悪く言えば不分明。ところが、大写しにされた解像度のよいテレビ画面では、まったくそれが見えてこない。

 今回の試みを悪く言いたくない。ぜひ、これからもバイロイト音楽祭の生中継をやってほしい。夏の恒例行事にしてほしい。が、私のような、クナッパーツブッシュやフルトヴェングラーの演奏をずっと聴いてワーグナーを知り、バイロイト祝祭劇場詣でが、数十年にわたっての夢だった人間からすると、あまりに聖なる部分を失った映像ではあった・・・

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コメント

>今回の試みを悪く言いたくない。ぜひ、これからもバイロイト音楽祭の生中継をやってほしい。夏の恒例行事にしてほしい。

生放送でなくても毎年一作づつでも放送されるようになったら嬉しいです。
樋口先生のような方にちゃんと批評して公に発表して頂けるのはすごくいい事ですね。
反響があるのが一番大事だろうと思います。
何も反応が無かったらこれきりで終わりかもしれませんし。

音楽面は同感です。
歌手も唯一不満だったジークムントのヴォトリッヒがボータに変わった事で穴が無くなりましたし、藤村さんは細やかな歌い方で素晴らしかった。一部のドイツ人歌手より発音が明晰でした。
しかし先生もおっしゃる通り何といってもティーレマンが圧倒的でしたね。
僕はこのプロダクションはネットとNHKFMで毎年二回づつ聴いてますが最終年のせいか今年が一番良かったです。
今年の第1チクルスもネットで聞きましたがボータが慣れていないせいか細かいミスや歌い崩しが多くて第3チクルスのほうが出来が良かった。
ドルストの演出は批評ではおおむね悪評ばかりだったので期待しなかったせいか、予想してたほど酷くは無かったですが、いかんせん「ワルキューレ」だけではやはり良く分からないので、指環四部作全て収録して欲しかったです。

それはともかく音楽は録音がよくなれなれば音楽も良く感じるのに、映像面ではハイビジョンで見えすぎてしまうと白けるのは皮肉な事ですね。
従来のSD放送では良く分からなかった部分もHD放送では画質が良すぎてアラまで見えてしまう。
ハイビジョンだからといって緻密に映すだけでなく歌手やセットを微妙にボカしたり綺麗に見せる撮り方を研究するべきかもしれません。

投稿: | 2010年8月25日 (水) 01時31分

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