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法事で九州にいったこと

 法事で大分県日田市を訪れ、昨日、もどってきた。

 出発したのは7月31日。大学での会議の後、午後、車で羽田に向かった。羽田まで車で行くのは初めて。家族四人での移動なので、それが一番ラクだと判断した。民営駐車場に車を停めて5000円ほどなので、経済的にもかなりトク。ただし、空港まで小型バスでの送迎があるので、時間的には無駄もある。

 日田市は福岡空港から高速バスで一時間半ほどのところにあるが、到着が遅くなるので、その夜は博多駅近くのホテルに泊まり、翌朝、ゆふいんの森号で移動した。

 

 法事というのは、祖母の50回忌と祖母の25回忌をかねたもの。実はまだ祖父の死後50年たっていないが、長男である父が5人の兄弟の全員が元気なうちにしておこうと思って、この時期に設定したらしい。父の兄弟は一番下は80歳で、一番上はたしか92歳。全員が元気。長寿の家系といえそう。祖父も90過ぎまで生きた。法事とはいえ、50回忌は祝いだということで、黒服でなく平服、しかもネクタイなしでの出席だった。私たちを含めて20人ほどが出席した。

 90歳をすぎても元気な5人の兄弟がそろうのはちょっと壮観だった。久しぶりに従兄弟たちやその配偶者や子どもにも再会。法事は30分ほどで終わった。

 今の私よりもはるか若いころの叔父や叔母をよく知っている人間としては、みんなが歳をとったことに改めて驚く。そうでありながら、若いころと同じような個性を示しているところもおもしろい。元報道カメラマンの叔父は、80歳をすぎてもあいかわらず、法事やその前後のみんなの写真を撮りまくっていた。

 そして、一緒に遊んだ従兄弟たちが孫の写真を見せ合っているのも、おもしろかった。戦後、60数年、平和な時代が続いたからこその光景だったのかもしれない。

 その後、6時から若の屋という歴史ある旅館に場所を移して、食事会。ここでも、何人かと久しぶりに話をした。ただし、私は寡黙なほうなので、それほどおしゃべりするほうではない。むしろ聞き役にまわることが多い。それに人が多いので、ほとんど話のできない人もいた。

 両親の家に一泊して、翌朝、友人の家を訪ねた。

 日田市が郷里だとはいえ、私は5歳のころに中津市に移り、10歳からは大分市で暮らしたので、日田市には友人はいないに等しい。たったひとり、医者の息子で私と同じ大分大学付属小学校と大分上野丘高校で過ごした秋吉だけが、友人だ。中学生の時、同じバレー部で仲良くしていたが、高校時代は彼は理系で、クラスも離れたので、その後、ちょっと疎遠になっていた。両親が再び日田で暮らすようになってから、日田を訪れるたびに秋吉のことが気になっていたが、いつも忙しいので、これまで連絡を取らなかった。

 昨年、久しぶりに連絡を取り合って、彼が近年、クラシック音楽に関心を持ってオーディをルームを作ったことを知り、時間を見て遊びに行くことにした。相手の迷惑も顧みず朝の8時半に訪れ、9時半ごろにおいとました。

 30台ほどの車を収容できる駐車場のある大病院だったのでびっくり。秋吉の力で大きくしたらしい。昔から誠実で人間的にも信頼できるやつだった。きっと優秀で人望のある医者として定評があるのだろう。隣に自宅があったが、これがまたテレビでしか見たことのないような大豪邸だった。久しぶりの秋吉は体型もほとんど変わらず若々しいのにも、奥様があまりの美人なのにも驚いた。

 そして、巨大なスピーカーのある30畳以上ありそうな半地下のオーディオルーム! もちろん装置は最高級。しかも、CDでなくLP派だという。ヴァントの指揮したブルックナーの8番を聴きながら話した。共通の友人のことなども話したが、なにしろ1時間ほどの再会だったので、十分に話ができなかった。次の機会に、もっとゆっくり話したいものだ。

 その後、あわてて家にもどり、すぐに準備してバスで福岡空港に向って、東京にもどった。かなり疲れた。

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