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新国立劇場『フィガロの結婚』を見た

 1016日、新国立劇場で『フィガロの結婚』を見た。『フィガロ』の映像はしばしばみているが、実演は久しぶり。もしかすると、アバド、ウィーン・シュターツオパー以来かもしれない。インターネットで調べてみたら、94年だったらしいので、16年ぶりということになる。もちろん、嫌いなオペラではない。それどころか大好きなオペラだ。が、今更見るまでもあるまいという気になって、あまり行かなかった。

 が、久しぶりに見て、やっぱりいいなあ!!とつくづく思った。

 第一幕は、ミヒャエル・ギュットラーの指揮が硬く、オーケストラもぎくしゃく。歌手も声が出ていなかった。が、第二幕以降、かなりよくなった。最終的には、歌手に関しては、かなりのレベルだと思う。近年の新国立の水準を超しているかもしれない。ということは、世界的にもかなりのレベルだということだ。

 フィガロのアレクサンダー・ヴィノグラードフは安定している。ちょっと一本気すぎる気がするが、そんな演出なのかもしれない。スザンナのエレナ・ゴルシュノヴァもかなり魅力的。伯爵夫人のミルト・パパタナシュは第二幕冒頭のアリアでは声が出なかったが、徐々に良くなった。が、私が特に気に入ったのは、ケルビーノのミヒャエラ・ゼーリンガーと伯爵のロレンツォ・レガッツォ。単に声がよくて音程がしっかりしているだけでなく、訴える力がある。かなり感動して聞いた。マルチェリーナの森山京子ら日本人歌手も負けていなかった。

ただ、問題があるとすると、東京フィルハーモニー交響楽団。前半に特に音の粗さをときどき感じた。歌手と合わないところがたくさんあったが、指揮のせいなのか、オケのメンバーのせいなのか、それとも歌手がよくないのかよくわからない。

アンドレアス・ホモキの演出は、ボール箱を多用し、途中から舞台に亀裂ができるもの。ありきたりとは言えばその通りだが、なかなかおもしろかった。

ただちょっとびっくりしたのは、第三幕の最後、伯爵がバルバリーナの身体をもてあそんで金を投げ与えて去っていく場面。そして、その後、幕が閉まらずに第四幕になって、バルバリーナの「なくしてしまった。見つからない」というカヴァティーナになる。まるで、お金で体を権力者の自由にして、誇りをなくしてしまった・・というように聞こえる。

すぐに、探しているのがピンだということはわかるが、こんな改変をしていいのかと疑問に思った。

 が、ともあれ、なにはともあれ、『フィガロの結婚』は楽しい。音楽も最高。今更こんなことを言うのはあまりに野暮だが、モーツァルトはすごい!!

それにしても、私がこのオペラを見始めた当時(というのは、1960年代後半)、伯爵はそれほど悪い人間として描かれなかったように思う。ちょっと浮気心を起こして夫人にたしなめられるどこにでもいる男として描かれていた。『こうもり』のアイゼンシュタインと同じような扱いだったと思う。ボーマルシェの原作とは違って、モーツァルト+ダ・ポンテのオペラはそのような傾向が強いとずっと思っていた。最初に伯爵を民衆の敵として描かれているのをみたのは、77年にパリで見たポネルの演出だったように記憶する。その時、かなり驚いたのを覚えている。

それ以来、伯爵は悪辣さを増してきて、今日見たものはついにバルバリーナまでもいたぶる人間になり下がっていたというわけだ! モーツァルトをロココ風の平和な作曲家としてではなく、革命期に生きた作曲家としてとらえ返されるようになったということだろう。が、私としては、音楽を聞く限り、むしろロココ風に描いてもよいような気がしないでもないのだが…。伯爵を悪者として描こうとするあまり、ほかの部分をそぎ落としてしまっているようにも思える。

今日はオペラに行ったが、実は猛烈に忙しい。10日ほど前に原稿をほぼ終えて少し休めると思ったのだが、大きな間違いだった。忘れていた原稿がいくつかあり、加筆部分の締め切りも迫り、しかも、先週からオープンキャンパスの模擬授業や講演が重なって、ずっとパニック状態が続いている。明日の午前中までに原稿を終わらせて、せめて午後はゆっくりと買いためたCDやDVDを楽しみたいのだが・・・

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コメント

樋口さん、お久しぶりです。

>ただちょっとびっくりしたのは、第三幕の最後、伯爵がバルバリーナの身体をもてあそんで金を投げ与えて去っていく場面。そして、その後、幕が閉まらずに第四幕になって、バルバリーナの「なくしてしまった。見つからない」というカヴァティーナになる。まるで、お金で体を権力者の自由にして、誇りをなくしてしまった・・というように聞こえる。

私もそう思いました。あの演出はちょっとどぎついというか、明らかに、流れに合っていなかったように思います。モーツァルトはどんな哀しいときでも笑っているのですから・・・これはお仕着せの「ロココ風」ではなくモーツァルトの本質です。

私は19日に行きましたが、そのときは東京フィルは絶好調でした。歌手は伯爵夫人が愁いがあって良かったです。やっぱり「フィガロ」はすごいですね。天才の業に脱帽。あとはやはり「ばらの騎士」でしょうか?樋口さんも「ばら」を愛してますよね!?

投稿: ねこたろう | 2010年10月21日 (木) 18時11分

ねこたろう様
コメント、ありがとうございます。
19日、東フィル、よかったですか。新国立の場合、3回目か4回目あたりのほうがよさそうですね。これまでの公演でも、自分が聴いた時の印象と、知り合いが聴いた印象を重ね合わせますと、どうもあとのほうが良いようです。
「ばらの騎士」、大好きです。「フィガロ」に匹敵する数少ないオペラですよね。

投稿: 樋口裕一 | 2010年10月23日 (土) 10時40分

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