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2日目 リスボン到着

 前にも書いたが、ラ・フォル・ジュルネのためにナントに乗り込む前に、時差ぼけ解消をかねて、リスボンの観光をする。パリは一泊だけにして、午後の便でリスボンに移動した。

 リスボン行きの便に乗るためにシャルル・ドゴール空港で待つついでに昼の軽食を食べていたら、ビュッフェ内にすずめが何羽も入ってきた。誰もあわてる様子がないので、日常的なのだろう。通路にも時々入ってくる。

 なかなかいい風景。これもまた、自然と人間との調和と言えるかもしれない。ただし、中には鳥が大嫌いな人もいるだろうと思う。そんな人はたまらないだろう。

 飛行機の変更のせいで1時間ほど遅れたが、暗くなってからリスボン到着。リスボンはパリと1時間の時差があるという。確かスペインはパリと同じ時間だったと思う。ちょっと意外だった。

 リスボンに来たのは、単にこれまで一度も訪れたことがなかったからにすぎない。ヨーロッパは17カ国を訪れたが、いつもパリから出発するので、時間とお金の関係で、ポルトガルとルーマニアと北欧にはたどり着かなかった。そこで、今回、未踏の国に一つに来てみようと思った。

 リスボン到着以前、飛行機で気になったのは、韓国人らしい人が異様に多いこと。150人くらいの乗客のうち、20人程度が韓国人のようだった。北朝鮮っぽい人もいたが、よもや北朝鮮ということはあるまい。日本人には見えなかったし、聞えてくるのは韓国語らしい言語だった。同じグループには見えない。一体どういうことだろう。韓国でポルトガルがブームになっている? それとも歴史的に何かつながりがある? それとも、もしかして北朝鮮の人だったのか? 帰ったら誰かに聞いてみようと思う。

 到着が夜になったので、リスボンはまだ何も見ていない。空港からホテルまでのタクシーから見た光景から推測するに、これまで人から聞いたとおり、落ち着いた感じのいい都市に思える。白っぽい建物が多いように思うが、気のせいか。

 ホテルは4星のムンディアル・ホテル。代理店にパリと同じ条件で探してもらったのだが、フランスとポルトガルの物価の差を反映して、こちらでは高級ホテルになったようだ。

 広い部屋に広い浴室、バスローブまでついている。私はバスローブの有無で高級ホテルかそうでないかを区別する傾向があるが、今回は間違いなく高級ホテルだ。

 夕食は、ホテルのそばのレストランでした。ネオンが目立ったので、かなりよいレストランかと思ったら、そうでもなかったようだ。メニューを見てもさっぱりわからずにいると、店主に呼ばれて店の表に並べている魚のところに連れて行かれた。どれがいいかと聞かれたので、大型のアジのような魚を指差したら、しばらくして、それに塩を振りかけて焼いただけの料理が出てきた。

ただ、横に、巨大なブロッコリーが3っつと、ニンジンが1本分、そして、ゆでたポテトが3個ついている。食べきれなかった。魚は、見た目にはまずそうだったが、塩加減が良くて、かなりうまかった。とはいえ、これにビールの小グラス1杯をつけて約13ユーロはポルトガルにしてはちょっと高すぎないかと思った。

 今日はゆっくり休んで、明日、リスボン観光をする。ただし、これはあくまでも時差ぼけ解消のための行為なので、絶対に疲れないように、気をつけるつもり。

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パリ到着

 129日、エール・フランスの昼間の便でパリに向かった。

 もちろんエコノミークラスなのだが、出発時間の30時間前からインターネットで搭乗手続きができ、席の予約もできると聞いて、やってみた。その際、すこしよけいにお金をはらえば、非常口横の席の、前の座席がないためにゆったりしている席を予約できるというので、頼んでみた。

 機内のサービスや乗り心地そのものは大変良かったが、非常口横にする必要はまったくなかったと痛感。むしろ、目の前に座席がないので、ポケットにものは置けないし、乗務員が出入りするので落ち着かないし、いろいろな音がしてうるさい。後ろのほうの席はがらがらだったので、途中で後ろに移った。ちょっともったいなかった。

 12時間の飛行の後、夕方、パリ到着。寒い。昼間の温度が0度だとのこと。

 ホテルについて一息してから、オペラ座付近とサンミシェル付近を歩いてみた。2年前とそれほどの変わりは感じられない。

 サンミシェル駅を降り立つ。若者がどっと歩いている。私が最初にフランスに来た時、この界隈が大好きで、よく歩いていた。当時は私もそのような若者の一人だった。が、考えてみると、あれから35年近くたっている。できたばかりだったサンミシェルの駅が、すでに古びている。

 2年前に来たときにもブログに書いた記憶があるが、気になるのは、歩き煙草が異様に多いこと。若い女性もかなりいる。日本であまり見かけなくなっただけに、目に付く。

もうひとつおもしいと思ったのは、メトロのアナウンス。かつては、駅名も言わず、何の注意も言わなかったが、今はほとんどで駅名を言う。今回、どこかの駅で「電車とホームの間が離れているので注意」というアナウンスを聞いて驚いた。それにどの駅にも、次の電車とその次の電車が何分後に来るかが表示される。昔からは考えられない。

あらゆるところでアメリカ化が進んでいる。シャンゼリゼにスターバックスができて、人を集めているのにもびっくり。

 ホテルは3星。学生の頃は星なしや星ひとつを泊まり歩いていたので、安ホテルは気にならない。むしろ、4星以上のホテルに泊まると落ち着かない。

 パリには1泊だけで、しかも時間を大事にしたいので、空港からタクシーで時間も料金もそんなにかからないところで、できれば風呂付という条件で取ったのだが、風呂はない。

なかなかいいホテルで、気に入っているのだが、トイレには困っている。狭いところにシャワールームと洗面台とトイレがあるので、手で支えていないと、トイレのふたが落ちてくる。手で支えながら「小」をしなければならない。これがかなり難儀する。しかも、「大」のとき、しゃがむと、まっすぐに座れない。洗面台が張り出しているので、それを避けて身体をゆがめて、窮屈な思いで用を足している。トイレに関して、その後にももっと困ったことがあるのだが、汚い話になるので、ここには書かない。

 なぜかパソコンをネットに接続できない。ipadももってきたが、これも通じない。海外での接続の仕方を前もって調べて、印刷してきたのだが、そのとおりやっているつもりなのだが、できない。ホテルの人に聴いてみようかと思ったが、一晩だけのことなので、我慢することにした。

 

 一夜明けて、今、食事から戻った。食事はバイキング方式。なかなかおいしかった。

 今、朝の8時をすぎているが、外は真っ暗。まだ外に出る気にはならない。9時すぎたら、パリの街をぶらぶらして、昼過ぎにシャルル・ドゴール空港に行って、リスボンに向かう。

(リスボンのホテルで、フロントの人に設定してもらって、やっとネットに接続できた。前に書いていたものを、さかのぼってここに移した)

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成田にて

  これからパリに向けて出発。
   昨日は、仕事にくぎりをつけるのに必死だった。また、しばらく前から少しずつ見ていた「カラマーゾフの兄弟」のロシア制作のドラマのDVDを最後まで見た。
   ドストエフスキーの原作は高校生の頃、大学生の頃、そしてつい最近、合計3回読んだが、長時間かけて読むので、読んでいるうちに細かいところを忘れてしまう。一挙に全体を把握したいと思って、この合計9時間ほどかかるDVDを買ったのだった。それなのに、海外旅行のために中断されては意味がない。最後の2枚を見た。

  かつて、1960年代にロシア映画「カラマーゾフの兄弟」をみたとき、小説から抜け出したような登場人物に驚くと同時に、小説を読んだ時には思い浮かべもしなかったロシアの途方もない風景にも驚いたのだったが、今回も、日本人の想像も及ばない風景がたくさん出てくる。
  かなり原作に忠実。記憶にないところもたくさんあったが、きっとそれらも原作に基づいているのだろう。
  登場人物も、かつての映画ほどではないが、原作からぬけだしたかのよう。ただ、カテリーナとグルーシェンカの女優さんは逆だったほうがよかったのではないかと思った。
   とても良いドラマだったし、全体を概観するにはありがたい。ドストエフスキー特有の常軌を逸した人物たちを実にうまく描いて、違和感はない。が、やはり、小説を読んだときの衝撃は伝わらなかった。あくまでも、小説を読んで感動した人が、全体を整理するためのドラマだと思った。

  今、成田空港で出発を待っている。ひまでしかたがないので、愛用のipadでこの文章を書いた。  
 

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ナントのラ・フォル・ジュルネに向けて出発の前に4本のオペラDVD、そして宮本文昭さんとの対談

明後日(29日)、ナントのラ・フォル・ジュルネに参加するためにヨーロッパに向かう。今年、私は公式ガイドブック『音楽で人は輝く』を書いたので、ラ・フォル・ジュルネの「視察メンバー」に加わることにした。ただし、私は時差ボケに弱く、ラ・フォル・ジュルネという音楽祭の場で眠るわけにはいかないので、ほかの方たちよりも少し早く出て、リスボンに立ち寄って時差ボケを解消してからナントに乗り込む予定。

 1週間ほど前に大きな仕事は片づけたので、久しぶりにゆっくりできると思っていたのだが、ナントに行くために、またまた忙しくなった。空いた時間をさがして、やっと買いためておいたオペラのDVDを4本見た。簡単な感想だけを書きつける。

862kacha 私が圧倒的に刺激を受けたのは、ヤナーチェクの『カーチャ・カバノヴァー』全曲。指揮はイエジ・ビエロフラーヴェク、マドリード王立歌劇場管弦楽団&合唱団によるリセウ劇場による2008年の上演。私はヤナーチェクのオペラは大好きだが、その中でも一番好きなのが、この『カーチャ・カバノヴァ』。大い に期待して見たが、期待通り。

カーチャを歌うカリタ・マッティラがやはりすごい。強靭な声なのだが、色気がある。もちろん音程もしっかりしていてぶれない。顔も、美人とは言えないが、味があってなかなかいい。私はこの人の顔を見ると、往年のフランス女優シモーヌ・シニョレを思い出す(私がこの女優を知った時にはすでにかなりのお歳だったが、存在感抜群だった!)。ただ、マッティラは声が強いので、カーチャの神経の細さはあまり表現できていない。

 役柄の上からも、カバニハを歌うダリア・シェヒターが個性的な歌を聴かせてくれて、とてもよかった。ほかの歌手たちもまったく遜色なし。全体的に実にそろっている。文句なし。

ロバート・カーセンの演出も見事。舞台全体に水が張られ、その上にカーチャと同じ扮装をした女性たちが黒子のようになって板を移動させる。そのうえで演じられる。今にも水の中に落ちそうな、まさしく瀬戸際で演じられるため、スリリングな効果を上げている。かろうじて理性を保っているカーチャの精神状態を実にうまく描いていながら、実に美しい。

が、最も圧倒されたのは、指揮のビエロフラーヴェク。ヤナーチェクの鋭くもローカルな音をしっかりと出している。ぐいぐいとドラマの世界に引きずり込み、鮮烈な音でカーチャの世界を描いていく。以前この人の指揮で『イェヌーファ』の来日公演に圧倒された記憶がある。それを思い出した。この人、あれよあれよと言う間に、大巨匠になってしまった。リセウ劇場のオケも見事。いまや、大劇場に成長したと思う。

858 リヒャルト・シュトラウスの『エレクトラ』も素晴らしかった。指揮はティーレマン。ミュンヘン・フィルによるバーデン・バーデン祝祭劇場での2010年の上演。

 リンダ・ワトソンの歌うエレクトラとジェーン・ヘンシェルの歌うクリテムネストラの掛け合いがすごい! 二人とも美人とはいえない容姿だが、これらの役なら、そんなに違和感はない。容姿のよいマヌエラ・ウールがクリソテミスを歌っているが、二人の主役に比べると、ちょっと弱い。とはいえ、これはそんな役なのでやむを得ないところだろう。

 オレストをアルベルト・ドーメン、エギストをなんとルネ・コロが歌っている。そして、これまた指揮のティーレマンがいい。シュトラウスの緊密で鮮烈な音の洪水をドラマティックに鳴らしていく。私としてはもう少し官能的であっていいと思うが、ティーレマンにそれを求めるのはないものねだりなのかもしれない。

 演出は亡きベルベルと・ヴェルニケ。赤と黒の色合いがきれいだが、特に目新しい点はないような気がする。女たちが役柄のふさわしく見える服装なのに対して、男たちが燕尾服を着ているのはどういうわけだろう。よくわからなかった。

129 パッパーノ指揮、ロイヤルオペラハウスの『ドン・カルロ』5幕イタリア語版)もなかなかよかった。ロランド・ヴィラゾンがドン・カルロ、マリーナ・ポプラフスカヤがエリザベッタ。なかなかの力演で、生で見れば強い感動を覚えるのだろうが、DVDで見て感動するには、もうひとつ突き抜けたものがほしい。ロドリーゴを歌っているのはサイモンン・キーンリサイドだが、ちょっと不調かもしれない。良いときのキーンリサイドの声の伸びを感じない。せっかくの名場面であまり感動できなかった。フィリッポ2世を歌うフルラネットはさすが。「彼女は私を愛していない」のアリアは最高。エボーリ公女のソニア・ガナッシもう少し迫力がほしい。悪くはないが、魂が震撼するには至らなかった。

 パッパーノの指揮はメリハリのしっかりしたもので、とても好感が持てる。

5099991782595 もう一本は、パッパーノ指揮、ロイヤルオペラハウスによる『シモン・ボッカネグラ』2010年6月の公演。プラシド・ドミンゴがシモンを歌って話題になったものだ。

 悪くはない。ドミンゴが初めてバリトンに挑んだのが、この公演だった。さすがというしかない。かなりの年だと思うが、ほかの歌手に遜色はないどころか、これまでこの役を歌ってきた名歌手たちに間違いなく匹敵するだろう。

 が、やはりドミンゴはテノールのほうがいいと思ってしまう。フィエスコとのやり取りに凄味がない。先日、テレビで放送された『リゴレット』もバリトン役のリゴレットをドミンゴが歌っていたが、「悪魔め、鬼め」と同じように、どす黒い怒りがにじみ出ない。輝かしくて明るい声になってしまう。ドミンゴの声は要するにバリトンにしては明るすぎる。

 アメリアを歌うマリーナ・ポプラフスカヤとフィエスコを歌うフェッルッチョ・フルラネットはさすが。ポプラフスカヤは『ドン・カルロ』よりも出来がいい。あるいは、役に合っているのか。清楚でしっかりとした歌が実にいい。パオロを歌うジョナサン・サマーズも芸達者。ただ、ガブリエレ役のジョセフ・カレヤが、大喝采を受けているわりには、私には音程がきわめて不安定に聞こえた。

 ところで、昨日(1月26日)、ある雑誌の対談でかつてのオーボエ奏者で、先ごろ東京シティフィルの音楽監督に就任した宮本文昭氏とお会いした。話を取り持ってくれたのは、旧知の音楽ジャーナリストのおやまだあつしさん。対談と言っても、私にとって音楽家は神様に等しい存在だから、もちろん私としては偉そうに話せる立場ではない。イメージ通り、気さくで愉快な宮本さんの話に耳を傾けるのが中心になった。

 それにしても、宮本さんと話しながら、これまで指揮者中心に音楽を聴き、オケの演奏家一人ひとりの個性や苦労にあまり関心を持たずにきた自分を反省。宮本さんに「そんな聞かれ方をすると、オケのメンバーとしては悲しい」と言われてしまった。確かに、私はオケの楽器を奏者の奏する楽器としてではなく、オケという一つの楽器の中の一要素として聴いている。もしかしたら、それはゆがんだ聴き方かもしれないと思った。宮本さんの話を思い出せば、オケを聴くときにもオーボエ奏者の苦労や楽しみを少しは理解できそう。

「オケの団員は、客のためという以上に、半ばいっしょに演奏する仲間たちのために演奏している」という言葉が印象に残った。オケの中のコミュニケーションというのが、オーケストラ音楽の本質をなすものなのだろう。少しオケの見方が変わった。

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ネマニャ・ラドゥロヴィッチのファンクラブの第1回総会開催が決定、そして近況。

 先日、このブログでも紹介したとおり、驚異のヴァイオリニスト・ネマニャ・ラドゥロヴィッチ(コンサートなどでは、ラドゥロヴィチとなっているものもある)のファンクラブを結成した。

 その総会を2月13日13時から東京都内で開くことが決定した(ただし、人数が読めないので、場所は未定。返事をくださる方の人数に応じて、手配しようと考えている)。

出席を希望なさる方は、以下のブログをご覧になって、出席希望を送信していただきたい。

http://nemanja.cocolog-nifty.com/blog/2011/01/post-2cf6.html

 私が中心になって作ったクラブだが、まだ何も決めていない。一部の人がすべて決めて、それ以外の人がそれに従うようなクラブにはしたくない。クラブの正式名称、役員を含め、すべてを総会で決めてから、スタートしたいと思う。そのためにも、ぜひとも参加していただきたい。

 まだまだ、ネマニャの知名度は低い。あれほど凄まじいヴァイオリニストなのに、コンサートのチケットは完売にはなかなかならないらしい。もっとファンが盛り立てていき、もっと日本にも来てもらい、もっともっとあのヴァイオリンの超絶技巧と圧倒的な音楽性で、私たちを魅了してほしい。そのためにも、ぜひとも総会への参加をお願いしたい。

 近況を少し。

 やっと大学の今年度の授業が終わった。あとは、試験監督を残すのみ。

 12月中旬から、授業最終日だった昨日まで、正月を含めて、それはそれはハードな毎日だった。家では寝る間を惜しんで原稿を書き、校正をし、大量の文章を添削し、授業をしていた。一つの仕事が終わったかと思うと、次の仕事が待ち構えていた。昨日、やっとこの状態から脱出できた。

 そして、その間、大学入試センター試験の監督もこなした。私は1月16日だけ担当したが、毎時間、階段状になった大教室の後ろの部分を行ったり来たりして、問題用紙や解答用紙の配布・回収、写真照合、見回りなどをしていたら、翌日、筋肉痛で動けなくなった! 中学・高校のころ、激しい体育の時間の後、あちこちが痛くて、しゃがみこめなくなって苦しんでいたが、まったく同じ症状。あまりに辛くて、寝込むほどだった。自分の運動不足を痛感!! たったあのくらいのことで筋肉痛になるなど、自分でも思わなかった。情けない!

 多摩大に勤めるようになって、車で移動している。コンサートにも車で出かけることが多くなった。私は基本的に、家にいるか、大学にいるか、コンサートに行っているかの生活なので、体を動かす機会がない。ちょっと抜本的に考え直さなければならないと思った。

 いずれにせよ、これからしばらく、仕事は入れずに、ゆっくりしたい。

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拙著『音楽で人は輝く』発売!

 拙著『音楽で人は輝く』(集英社新書)が本日、発売になる。副題は「愛と対立のクラシック」。今年のラ・フォル・ジュルネの公式ブックとして書いたもので、ベートーヴェン以降の作曲家たちをブラームス派とワーグナー派の対立を軸にして整理し、その音楽と生き方をまとめたものだ。

08720577  この本は、主としてクラシック音楽の初心者に向けたものだ。作曲家の名前だけは聞いたことがあるが、どんな曲を作曲して、どんな傾向の曲を作ったのか漠然としか知らない人が理解を深めるために、50年前からクラシック音楽に親しんできた人間が案内する本という位置づけだ。が、できれば、もっと音楽に対して関心のある人にも読んでいただきたいとも思って書いた。この中には、かなり聴きこんだ人も知らない情報、知らない考え方も含まれているはずだ。そんな点についても読んでいただけると嬉しい。

 私としては、今年の日本各地のラ・フォル・ジュルネで特集される作曲家たち(東京は後期ロマン派中心、びわ湖と新潟ではベートーヴェン、金沢ではシューベルト)全員をうまく織り込んで、しかも、わかりやすく、私自身の音楽観を交えて書けたのではないかと思っている。そして、ラ・フォル・ジュルネと無関係であっても、クラシック音楽案内として役立つものになったのではないかと思っている。

ところで、略歴について一言。「アフリカ・フランス文学翻訳家」となっているが、これは10年以上前のこと。以前からそれほど語学、とりわけ会話は得意だったわけではないが、今や当時にも増して外国語はできなくなっている。今の私が外国語ができるなどと誤解しないでいただきたい。編集担当者の作ってくれた略歴にOKを出してしまったが、これを削除すればよかったと、あとで思った。

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ところで、あと一冊、最近出した本を紹介させていただく。

『頭のいい人は「短く」伝える』(だいわ文庫)を出した。文字通り、短く書いて、短く話をし、短くまとめて文章を読むことを提唱した本だ。とりわけ、4行でものごとを考える極意について語っている。これについても、よろしかったらご覧いただけると、うれしい。

ところで、私のブログに関しての訂正がある。

1月8日のこのブログの中で、「『クロイツェル・ソナタ』の作曲当時、ヤナーチェクは年下の人妻カミラとの不倫の真っ最中だった」と書いた。その後、以前からお付き合いいただいているチェコ文学研究家であり、ヤナーチェク協会の顧問でもある関根日出男先生に、「原曲はピアノ三重奏曲で、当時はまだカミラとは出会っていない」という指摘を受けた。『クロイツェル・ソナタ』が因習にがんじがらめにされた女性の愛を肯定しているものという意見には大きな変化はないが、指摘いただいた点については、まったくの私の思い違いだった。赤面の至りだ。ご指摘いただいた関根先生にお礼を申し上げつつ、訂正させていただく。

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新国立『トリスタンとイゾルデ』補足

 1月10日の新国立劇場における『トリスタンとイゾルデ』の感想について、書き忘れたことがあったので、付け加えておく。

 演出はなかなか良かった。象徴的で、太陽や月をうまく使っている。第二幕の木の象徴もエロティックでおもしろい。

 ただ、いくつか気になるところもあった。

 第一幕は、ワーグナーでは昼の設定のはずなのに、演出では夜になっていた。「昼と夜」というのはこの楽劇の重大なテーマなので、安易に変えられないと思うのだが。

 が、それ以上に気になったのは、上半身裸の水夫や兵士。いろいろと動き回るが、ほとんど意味がないと思った。煩わしいし、品性を落とす。せっかくの格調高い悲劇の中に下品な笑劇が混じった感がある。それに、この楽劇の舞台になっているのはかなり寒いところなので、半裸というのはあまりにリアリティがない。彼らが登場しなかったら、もっとレベルの高い演出になったと思う。演じた人々には申し訳ないが。

 それから、大野さんに対してブーイングを飛ばしている人がいたが、あの素晴らしい指揮のどこがブーイングに値するのか、ちょっと聞いてみたい気がした。

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大野和士は巨匠なり!

1月10日、新国立劇場の『トリスタンとイゾルデ』の最終日の公演を見てきた。驚嘆し感動した!! 

『トリスタンとイゾルデ』は、私の最も好きな歌劇・楽劇なので、これまで機会あるごとに見てきた。バイロイトでもベルリンでも、何度か見ている。今日の公演は、これまで接した中でも一二を争う最高レベルだった。

 劇場内で出会った知人の多くが、今回の公演に二度、三度、四度と足を運んでいた。こんなにすごい演奏だったら、私も何度か見ればよかったと思った。最終日に一度だけ見たのでは、ものたりない。

 まずトリスタンのステファン・グールド、イゾルデのイレーネ・テオリンの二人が圧倒的に素晴らしい。感動するべきところでは、すべてにおいて最高度に感動した。第二幕の二重唱も、第三幕のトリスタンの語りも、そして幕切れの「愛の死」も最高!! グールドもルネ・コロに引けを取らず、テオリンはデボラ・ポラスキやワルトラウト・マイヤーにまったく引けを取らない。

ブランゲーネのエレナ・ツィトコーワもクルヴェナールのユッカ・ラジライネンもマルケ王のギド・イェンティンスも文句なし。日本人歌手たちもしっかりと脇を固めていた。

 が、最も感動したのは、大野和士の指揮する東京フィル。

 音が透明でリズムが安定していて、びしっと決まっていく。鮮やかでありながら、ワーグナー特有のうねりもあって豊穣。第一幕の前奏曲から、私の魂はオケにいちいち反応して感動が走った。

 実を言うと、私としては、全体的にもう少し「揺らぎ」がほしい。私はこの『トリスタンとイゾルデ』の最大の特質は「揺れ」だと思っている。船の上で揺れ、安定せず、調性も揺らぐ。大野の指揮にはそうした揺らぎがなかった。が、それを除けば、すべてにおいて、最高だった。

 2008年にバイロイトで見たペーター・シュナイダー指揮による公演よりも、圧倒的に今回のほうがレベルが高かった。その時、私はイゾルデを歌うイレーネ・テオリンを初めて知って、その美貌と声にひかれたのだったが、彼女自身、今日のほうが良かった。今や、最高のイゾルデに成長している。

 大野さん、本当にすごい。いや、テレビ放送で見たり、先日は『ウェルテル』の演奏会形式で聴いたりして、その実力は知っていたが、それにしても『トリスタン』を聞いて、思った以上に、すでに「巨匠」であることを痛感。今すぐにも、バイロイト音楽祭で指揮するべき大物だと思う。

 それにしても、新国立劇場のレベルたるや、今や世界の超一流に達している。このレベルを続けてほしいものだ。そして、それにしても、大野さんは凄い。これまで以上に注目したい。

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「クァルテット・エクセルシオ 慶応キャンパスコンサート」

 1月8日、今年初めてのコンサートとして、慶應大学日吉キャンパス協生館藤原洋記念ホールでの「クァルテット・エクセルシオ 慶応キャンパスコンサート」に行ってきた。

多摩大学で大事な研究会があったのだが、このブログで慶應大学の新谷先生にお誘いを受けて、行く気になった。私は多摩大学で学生が企画して行うクラシックコンサートのゼミを受け持っている。その参考にもなると思った。それに曲目にヤナーチェクの「クロイツェル・ソナタ」が含まれている。私は日本ヤナーチェク友の会の会員でもあることだし、行かないわけにはいかない。

 ほぼ40年ぶりの慶應日吉。昔、受験し(ついでに言っておくと、受験した2学部両方に合格したが、慶應にはいかなかった)、その後も友人が通っていたので、何度か遊びに行ったことがある。駅前のスロープには覚えがあったが、駅とその周辺の道路の変化には驚いた。昔のたたずまいの面影がまったくない!! 母校ではないのでどうでもいいのだが、ちょっとさびしさを覚えた。

 真新しいホールの見事さにもびっくり。音響的にも不満なし。学生さんたちの運営も破たんなく、きちんとしている。男女の学生によるプレトークに関しても、話の内容については、もうちょっと演奏者に向かって突っ込んでほしいところはあったが、堂々たる態度といい、話の語彙といい、私の指導する多摩大生には真似のできない見事さ。慶應ってすごい!と、素直に思った。

 学生たちがトルストイの「クロイツェル・ソナタ」を読んで、その解釈を話し合い、ヤナーチェクがこの曲をどのように音楽にしたかを考え、演奏家を呼んで演奏してもらい、外部の識者の話を聞いて演奏会を開く・・このようなことも、多摩大での指導の参考にしたいと思ったが、慶應だからこそできるという気がする。が、多摩大でも見習いたいもの。

 クァルテット・エクセルシオについては、評判は聞いていたが、なるほど、見事な四重奏団だ。少し前まで日本の室内楽のレベルはかなり低かったが、今や、世界に誇るレベルになっているのではないか。

 曲目は、前半にモーツァルトの若書きの弦楽四重奏曲第7番K160とヤナーチェクの弦楽四重奏曲第一番「クロイツェル・ソナタ」、後半にシューベルトの「死と乙女」。

 とりわけ、シューベルトの「死と乙女」はとてもよかった。ロマンティックすぎず、節度をもって、バランスの良い音を聞かせてくれる。

 ただ、ちょっと遠慮がちすぎる気がした。実力もあり、音も美しく、アンサンブルも絶妙なのだから、もっと自分の解釈を押し出していいのではないだろうか。強力なリーダーがいないせいかもしれないが、みんなが遠慮して、個性の弱い表情になっていると思えるところがあった。

 とはいえ、シューベルトに関しては大いに感動した。とりわけ第四楽章は素晴らしかった。音が絶妙に絡み合って、音楽を自分のものにしていた。

 が、実を言うと、ヤナーチェクはちょっと不満だった。私の大好きなヤナーチェクではなかった。

 この曲は、夫にしばりつけられ、恋を禁じられ、因習にがんじがらめにされた女の叫びをヤナーチェク特有の語法で描いたものだと思う。ヤナーチェクは作曲当時、年下の人妻カミラとの不倫の真っ最中で、トルストイの「クロイツェル・ソナタ」を読んで、まるで自分の恋が否定されているように感じた。そこで、小説の女性を正当化しようとして、この曲を書いた。第三楽章までは、因習にがんじがらめにされて、感情を押し殺されて喘ぎ疼く女の激しい叫びだ。そして、第四楽章、恋の賛歌になる。私はそう解釈している。オペラ「イェヌーファ」や「カーチャ・カバノヴァ」などのストーリーや音楽との関連で、そう捉えるのが最も妥当だと思う。

 が、今日の演奏家らはそれが感じられなかった。もっと疼きを激しく描き、それが恋の喜びに転化する感動を示してほしかった。

では、彼らはどのような解釈を示してくれたのか。それもよくわからなかった。もしかしたら、演奏家たちは、まだそのイメージがはっきりしていないのではないかと思った。シューベルトほど、音楽を自分の表現にできていないように思えた。それとも、私の理解できない何らかのイメージがあったのだろうか。

 私は、クァルテット・エクセルシオが「クロイツェル・ソナタ」についてどのような解釈をしてくれるかを楽しみにしていたのだが、それが十分に伝わらなかった。

 アンコールはボロディンの弦楽四重奏曲第二番の第三楽章。これは、素晴らしい演奏。しっとりとしたメロディ、楽器の織りなす、まさしく妙なる調べ。

 ともあれ、全体的にはきわめて満足な一日だった。

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正月断想  マゼールのこと・イオランタのことなど

今日から、大学で授業が始まる。

年末年始は、大晦日のマゼールによるベートーヴェン全交響曲演奏を除いて、ずっと原稿を書いていた。さすがにほとんど仕事のメールも電話も入らないので、言ってみれば「かんづめ」状態。締め切りの迫った(というか、締め切りを過ぎてしまった)原稿を必死に書いていた。この10日間に400字詰め原稿用紙にして300枚くらい書いたのではないか。実にハードな正月だった!!

そんなわけで、実は今年は年賀状は一人も書いていない。返事は多少出したが、それだけ。多くの人に不義理をしている。もし、このブログを読まれたからがおられたら、そのような事情なので、どうかご容赦いただきたい。

まだ、マゼールの圧倒的名演の余韻が消えない。しばらく、ベートーヴェンを聞きたくないという現象が起こっている。

大晦日の演奏の合間の「話」の際、三枝さんが、「またやってくれとマゼールに言ったら、今度やるときには、ベートーヴェンの全曲演奏をして、翌朝、荘厳ミサ、その夜にブラームスの交響曲全曲、そしてその翌日にドイツ・レクイエムをやりたいという答えだった」と言っておられた。

みんな冗談だと思っていたが、実は本気らしい。

 その少し後、休憩時間に三枝さんと話をする機会があったが、三枝さんは、これを実現するべく算段したいことを話しておられた。三枝さんの実行力、マゼールの実行力を知っているだけに、もしかしたら、実現するかもしないと思う。これが実現できたら、どんなに凄いことが起こるか!! 

 正月だからといって、特に感慨はないが、そろそろ自分の書きたいものを書いていきたいとは、心に誓った。

 この10年ほど、ずっと頼まれ仕事に追われている。頼まれた仕事は、できるものであれば断らずにやってきた。自分から企画した本も、営業的意図によるものだった。年に10冊くらいのペースで本を出してきたと思うが、内面から湧き出る思いで書いた本はほとんどない。昨年、「ヴァーグナー ヨーロッパ近代の黄昏」(春秋社)が久しぶりに、売れることを度外視して書きたいと思った本だった。

 そろそろ、書きたい本を書く時間を作りたいと思う。もういい加減、歳をとってしまった。このまま死んだら、粗製乱造の本ばかりを書いてきたと思われそう。(いやいや、自分では、与えられた時間内に、必死に書いているのです。決して、自分では粗製乱造のつもりはありません! 念のため)。温めている本の企画はいくつかある。どこからも依頼されているわけではないので、本になるかどうかわからないが、ともかくそろそろ書きたいと思う。

 先日、武蔵野市民文化会館で見た『王女イオランタ』がとてもおもしろかったので、CDとDVDをネット販売で注文した(最近、半分以上をネットで購入している)。DVD一枚のみ、届いた。ボリス・ハイキン指揮、ボリショイ劇場による映画版。1963年制作のソ連時代の一連のオペラ映画の一つ。歌手と役者は別。いかにもソ連のオペラ映画という作り。正直言って、ちょっと期待外れだった。なにしろ、音質が良くない。初め、スピーカーにつないで聞こうとしたが、あまりの音の悪さのゆえに、すぐにテレビだけの音にし、しかも音量をドラマの時よりもむしろ低めにして見た。演奏的にも、超一流というわけではなさそう。

 ただ、先日はピアノ伴奏だったので、オケでどのようになっているかを知ることはできた。また、きれいなメロディの数々は確認できた。もう一枚、CDと別のDVDも頼んでいるので、その到着が待ち遠しい。

 今年もかなりの数のコンサートに行くことになりそう。が、あくまでも素人の音楽好きというスタンスは崩さずにいたいと思う。音楽評論家になる気はない。音楽評論家になる資質が自分にあるとも思っていない。仕事をする時間を奪っているのは、コンサートだとつくづく思う。コンサートは自粛して、仕事をする、あるいは書きたいものを書く時間を増やしたい。ここ数年、ちょっとコンサートに行きすぎていると感じる。

といいつつも、ネマニャの来日、いくつかの来日オペラなど、楽しみなものがたくさんある。やはり、かなりコンサートに通ってしまうのだろうか・・・

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ネマニャ・ラドゥロヴィッチのファンブログ開設

 以前から、立ち上げを予定していた驚異の若きヴァイオリニスト、ネマニャ・ラドゥロヴィッチのファンブログが開設された。これを発展させて、ファンクラブを組織していきたい。言いだしっぺは私なのだが、何人かの関係者に呼びかけて、やっと第一歩を踏み出した。

 http://nemanja.cocolog-nifty.com/blog/2011/01/post-3ef5.html

 2月のネマニャ来日前後にファンクラブの立ち上げの会を開き、会員全員で、会の正式名称やあり方などを決めたい。そして、3月のネマニャの来日の際には、ネマニャ自身に参加してもらって、催しを行おうと、今、打診しているところ。ただし、まだ実現できるかどうか、どんな形になるかも決まっていないので、発表できずにいる。

 が、なにはともあれ、多くの方のブログを見ていただき、コメントをお寄せいただきたい。そして、このブログを盛り上げていきたいと思う。そうやって、ファンの存在をアピールすることが、ファンクラブの繁栄に、そしてネマニャの大いなる将来のためになると、私は信じている。

 この会は、とりあえずは私が言いだしっぺになって動き出したが、できる限り、開かれた会にしたいと思っている。

 ネマニャの音楽は、閉じた音楽ではない。従来のクラシック好きだけでなく、多くの人に語りかけ、人々の魂を動かす音楽だ。私はネマニャの音楽の特質は「対話」の音楽だという点にあると信じている。

そのファンクラブであるからには、一部の人間だけが動かすものであってはならないと思う。もちろん、会員全員が勝手に動いてネマニャに迷惑をかけてはいけないが、できるだけ多くの人の意見を聞き、そのなかで運営していくべきだと思う。様々なことについて、意見を伺いたい。その手段として、まずはこのブログを使っていただきたい。それゆえ、あえて、まだ何も決めず、準備委員会のようなものが動いているにすぎない。

 私のブログに対してファンクラブ入会の意思を示してくれた方には、近日中に、このブログについての告知を行う予定だが、その前に、もし私のこのブログを見て気付いてくださったら、ファンクラブのブログをご覧になっていただきたい。

 今年がネマニャにとっても、飛躍の年になってくれると、私たちとしては、こんなうれしいことはない。

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ロリン・マゼールは凄かった!

 大晦日、13時から夜中まで、東京文化会館で「ベートーヴェンは凄い! 全交響曲連続演奏会2010」を聴いた。驚異の名演奏だった!!

 昨年までの小林研一郎指揮によるシリーズも凄まじかった。第1番からものすごいテンションで振りまくり、疾風怒濤の白熱したベートーヴェンが最後まで展開された。その感動については、このブログにも書いた。そして、指揮者が交替して昨日。

 一人の指揮者がベートーヴェンの交響曲を一晩で全曲振るという試みを1980年代に始めたのが、ロリン・マゼールだという。それゆえ、今回、マゼールに指揮を依頼し、本人も80歳の高齢にもかかわらず、引き受けたとのこと。とてつもないギャラだったという噂が飛び交っている。

 実は、私はマゼールに関しては、これまであまり強い感銘を受けたことがない。1970年代にパリで見たドビュッシーの「ペレアスとメリザンド」は圧倒的だったが、それ以外の実演も録音も、「なかなか良かった」という印象しかなかった。昨年までの小林研一郎のほうがよいのではないかとさえ思って、会場に向かった。

 ところが、やはり世界の超一流は、私の期待をはるか上回る演奏を聴かせてくれた。

 小林研一郎の指揮は細かいところはともかく、ハイテンションと白熱で押し切るところがある。ところが、マゼールは細部に至るまで極めて緻密。驚くほど音程の良い透明な音で、美しいところは美しく、そして激しいところは激しく、しかもその変化がほんの少しの腕の動きで、絶妙のタイミングで演奏されていく。

 構築性についても言葉を失うほど見事。理にかなった自然な音楽の流れで、まったく無理がない。そうか、ベートーヴェンはそのような意図でこの部分を書いていたのか!と納得させられるところが、たくさんあった。ところどころ、テンポをずらしたり、アクセントをつけたりといった驚くような仕掛けがあるが、そこに不自然さはまったく感じられない。

 これぞ世界最高レベルの演奏だと思った。篠崎史紀さんを中心に、NHK交響楽団などの主要オケのえりすぐりのメンバーを集めた「岩城宏之メモリアルオーケストラ」もまた、その指揮をぴったりついて、最高の演奏を聴かせてくれた。ウィーンフィルの演奏だと言って聞かせたら、誰もがまったく疑わないだろう。世界最高の音だった。第一番と第二番でホルンが何度か音を外したが、それをのぞけば、言うことなし。

 3番・5番・7番が圧倒的だった。休憩時間や終了後に知り合いの何人かと話したが、口をそろえてそう語ってくれた。私もまったく同感。とりわけ、5番の第1楽章と7番の第4楽章は言葉をなくして、ただ茫然と音響の織りなす豊穣でドラマティックな世界に圧倒されるばかりだった。1番2番も素晴らしいと思ったが、その後にもっとすごい世界が開けていったので、終わったあとでは印象は薄い。4番6番8番も素晴らしかった。とりわけ、6番「田園」は私自身はどうも好きになれない曲なのだが、実に充実した音の世界だった。が、やはり3・5・7の奇数番号の曲に比べると感銘度は薄い。曲自体の力によるのかもしれないが。

 休憩時間に、企画者の一人である三枝成彰さんの司会で演奏家たちの話があったが、そこでも話題の中心はマゼールの凄さだった。とてつもないオーラ、カリスマをだれもが口にしていた。そして、今回、演奏者たちはマゼールから楽譜を渡され、そこには、弦楽器の楽譜については、通常とはまったく異なるボーイング(要するに、弓の上げ下げ)が指示されていたという。金管楽器や打楽器については、ベートーヴェンのオリジナルにはない部分も補足され、ブレスの位置さえも書かれていたとのことだった。ところが、それがいずれも理にかなっていたため、誰もが納得して演奏したという。

 もっとも期待した第九についても、オーケストラと合唱(晋友会合唱団)は素晴らしかったが、独唱者がそろって不調だった。福島明也、佐野成宏、坂本朱、中丸三千繪という錚々たるメンバーなのだが、なぜか声が届かなかった。101人という大編成のオケであって、なおかつ合唱団とともにオケの後ろに席があったために辛かったのはわかるが、それにしても第3楽章までの世界最高レベルには大いに取り残されている感があった。

 とはいえ、もちろんものすごい演奏。最後には観客のほとんどがスタンディングオーベションで、涙を流しながらマゼールを、そして、オケの全員をたたえた。オケのメンバーも、マゼール個人に何度となく喝采を送っていた。

 夜中、興奮状態のまま、車を運転して、夜中の1時半ころ、自宅に帰った。

 2010年には合計99(ラ・フォル・ジュルネの26を含む)のコンサートを聴いた。数えてみたら、99だった! あと一つ行っていれば、3年連続で100を超えたのに、おしかった! 2010年に私の聴いたコンサートやオペラのベストテンを選んでみようかと何度か考えたのだが、あまりに充実していて絞りきれずにいた。そして、最後の最後にとてつもないコンサートにまたも出会えた。実に充実した一年だった。ますますベストテンを絞れなくなった。

 私生活的にも、2010年は、高齢の両親をふくめて家族みんなが健康で、息子は第一志望の大学院に進学でき、私自身もそれなりに仕事をこなすことができ、とてもよい年だった。今年2011年も、昨年の延長であってくれると嬉しい。

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