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ロリン・マゼールは凄かった!

 大晦日、13時から夜中まで、東京文化会館で「ベートーヴェンは凄い! 全交響曲連続演奏会2010」を聴いた。驚異の名演奏だった!!

 昨年までの小林研一郎指揮によるシリーズも凄まじかった。第1番からものすごいテンションで振りまくり、疾風怒濤の白熱したベートーヴェンが最後まで展開された。その感動については、このブログにも書いた。そして、指揮者が交替して昨日。

 一人の指揮者がベートーヴェンの交響曲を一晩で全曲振るという試みを1980年代に始めたのが、ロリン・マゼールだという。それゆえ、今回、マゼールに指揮を依頼し、本人も80歳の高齢にもかかわらず、引き受けたとのこと。とてつもないギャラだったという噂が飛び交っている。

 実は、私はマゼールに関しては、これまであまり強い感銘を受けたことがない。1970年代にパリで見たドビュッシーの「ペレアスとメリザンド」は圧倒的だったが、それ以外の実演も録音も、「なかなか良かった」という印象しかなかった。昨年までの小林研一郎のほうがよいのではないかとさえ思って、会場に向かった。

 ところが、やはり世界の超一流は、私の期待をはるか上回る演奏を聴かせてくれた。

 小林研一郎の指揮は細かいところはともかく、ハイテンションと白熱で押し切るところがある。ところが、マゼールは細部に至るまで極めて緻密。驚くほど音程の良い透明な音で、美しいところは美しく、そして激しいところは激しく、しかもその変化がほんの少しの腕の動きで、絶妙のタイミングで演奏されていく。

 構築性についても言葉を失うほど見事。理にかなった自然な音楽の流れで、まったく無理がない。そうか、ベートーヴェンはそのような意図でこの部分を書いていたのか!と納得させられるところが、たくさんあった。ところどころ、テンポをずらしたり、アクセントをつけたりといった驚くような仕掛けがあるが、そこに不自然さはまったく感じられない。

 これぞ世界最高レベルの演奏だと思った。篠崎史紀さんを中心に、NHK交響楽団などの主要オケのえりすぐりのメンバーを集めた「岩城宏之メモリアルオーケストラ」もまた、その指揮をぴったりついて、最高の演奏を聴かせてくれた。ウィーンフィルの演奏だと言って聞かせたら、誰もがまったく疑わないだろう。世界最高の音だった。第一番と第二番でホルンが何度か音を外したが、それをのぞけば、言うことなし。

 3番・5番・7番が圧倒的だった。休憩時間や終了後に知り合いの何人かと話したが、口をそろえてそう語ってくれた。私もまったく同感。とりわけ、5番の第1楽章と7番の第4楽章は言葉をなくして、ただ茫然と音響の織りなす豊穣でドラマティックな世界に圧倒されるばかりだった。1番2番も素晴らしいと思ったが、その後にもっとすごい世界が開けていったので、終わったあとでは印象は薄い。4番6番8番も素晴らしかった。とりわけ、6番「田園」は私自身はどうも好きになれない曲なのだが、実に充実した音の世界だった。が、やはり3・5・7の奇数番号の曲に比べると感銘度は薄い。曲自体の力によるのかもしれないが。

 休憩時間に、企画者の一人である三枝成彰さんの司会で演奏家たちの話があったが、そこでも話題の中心はマゼールの凄さだった。とてつもないオーラ、カリスマをだれもが口にしていた。そして、今回、演奏者たちはマゼールから楽譜を渡され、そこには、弦楽器の楽譜については、通常とはまったく異なるボーイング(要するに、弓の上げ下げ)が指示されていたという。金管楽器や打楽器については、ベートーヴェンのオリジナルにはない部分も補足され、ブレスの位置さえも書かれていたとのことだった。ところが、それがいずれも理にかなっていたため、誰もが納得して演奏したという。

 もっとも期待した第九についても、オーケストラと合唱(晋友会合唱団)は素晴らしかったが、独唱者がそろって不調だった。福島明也、佐野成宏、坂本朱、中丸三千繪という錚々たるメンバーなのだが、なぜか声が届かなかった。101人という大編成のオケであって、なおかつ合唱団とともにオケの後ろに席があったために辛かったのはわかるが、それにしても第3楽章までの世界最高レベルには大いに取り残されている感があった。

 とはいえ、もちろんものすごい演奏。最後には観客のほとんどがスタンディングオーベションで、涙を流しながらマゼールを、そして、オケの全員をたたえた。オケのメンバーも、マゼール個人に何度となく喝采を送っていた。

 夜中、興奮状態のまま、車を運転して、夜中の1時半ころ、自宅に帰った。

 2010年には合計99(ラ・フォル・ジュルネの26を含む)のコンサートを聴いた。数えてみたら、99だった! あと一つ行っていれば、3年連続で100を超えたのに、おしかった! 2010年に私の聴いたコンサートやオペラのベストテンを選んでみようかと何度か考えたのだが、あまりに充実していて絞りきれずにいた。そして、最後の最後にとてつもないコンサートにまたも出会えた。実に充実した一年だった。ますますベストテンを絞れなくなった。

 私生活的にも、2010年は、高齢の両親をふくめて家族みんなが健康で、息子は第一志望の大学院に進学でき、私自身もそれなりに仕事をこなすことができ、とてもよい年だった。今年2011年も、昨年の延長であってくれると嬉しい。

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音楽」カテゴリの記事

コメント

マゼールに感銘を受けた事がないのに、圧倒的に感動したという樋口さんの御言葉には、信頼出来るものを感じます。そんな演奏なら私も、コバケンのカウントダウンと掛け持ちしたかった(笑)。

樋口さんのコメントを、更に信頼すべきものにしているのは、ソリストに対するコメントです。あの四人は今、曲によっては仕事を自粛すべきコンディションにあります。四人のうち二人は私の知り合いですが、事実は事実ですから仕方ありません。

ためになるレポートをありがとうございました。

投稿: 大神田俊郎 | 2011年1月 1日 (土) 15時22分

大神田俊郎様
コメント、ありがとうございます。
大晦日のベートーヴェンの交響曲連続演奏、それはそれはとてつもない名演でした。そして、とても残念ながら、独唱陣は不調でした。これについては、あの場におられた全員が感じていたことだと思います。
私は素人の感想しか書くことができませんが、できるだけ素直に音楽を聴き、できるだけ素直に自分の思ったことをこのブログに記していこうと思っています。よろしかったら、ときどき参考になさってください。

投稿: 樋口裕一 | 2011年1月 2日 (日) 14時26分

遅ればせながら、新年あけましておめでとうございます。
今年も演奏会評、楽しみにしています。

前回はパスしましたが、今回聴きに行って本当に良かったと思っています。
マゼール氏の演奏、きびきびしたテンポ感が何とも言えず素晴らしかったと思います。
特に超高速の7番の終楽章や、火花が炸裂するような第九の終結は見事でした。私も拙い感想をブログにしたためましたので、よろしければご笑読下さい。

プログラムに掲載されていた交響曲の名盤、まだ聴いたことがないものも多いので、今後の参考ししたいと思っています。

投稿: ムーミンパパ | 2011年1月10日 (月) 18時21分

ムーミンパパ様
あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。
ブログ拝見しました(だいぶ前にものぞいてみたのですが、マゼールのことは載っていませんでした!)。
まだ、あの時のマゼールの音が頭から離れません。本当にすごい演奏でした。実は、あれから、ベートーヴェンのCDを聴けずにいます。第九だけでも3枚、未聴のCDが手元にあるのですが。
プログラムに書いた名盤紹介、聴いていただけると、うれしく思います。

投稿: 樋口裕一 | 2011年1月10日 (月) 22時43分

マゼールはやはり凄かったです。とても80歳とは思えない指揮振りでした。私は彼の大ファンでオーケストラとの来日時、特に'93年以降職場の連続休暇を利用して追っかけ、50回ぐらいは聴いています。その度に思う事は、世界一の指揮テクニックで自由自在にオーケストラを操っていると言う事です。指揮姿を見るのも楽しいです。今回も会場がサントリーホール、P席で聴けたとしたら、もう死んでも良いくらい感動したに違いありません。まあこれは今度音楽監督になるミュンヘン・フィルと来日した時の楽しみに取っておきましょう。
いつまでも元気で指揮を続けてほしいですね。

投稿: 斉川 | 2011年1月11日 (火) 23時26分

斉川様
コメントありがとうございます。
マゼールの実力を知らなかった自分を恥じているところです。これまで、4、5回は聴いたと思うのですが、「名声ほどではない」と思っていました。それどころか、バチあたりなことに、それを口にした記憶があります! どこにも書かなくてよかったと、冷や汗をかいています。なんと情けない耳を持っていたことか!
真価を理解なさっていた斉川さんに敬服いたします。
本当にものすごい指揮者ですね。ミュンヘン・フィルとの来日を首を長くして待つことにします。

投稿: 樋口裕一 | 2011年1月12日 (水) 09時48分

マゼールとハイティンクとアッバードとCディヴィスとセルとオーマンディとザヴァリッシュの違いがよくわかりません。いえ、小さな違いは聞こえますが、名前を隠されるともうお手上げ。大同小異、本質的な意味の差はないっていうんでしょうか。

クラシックは曲は同じですから、その曲の「新しい面を見せてくれる」演奏を求めています。標準的なのは一つあればそれでいい。マゼールは不要です。ベートーベンはイッセルシュテットがあればそれでいいんです。

ブロムシュテットのはリズムの作り方が全然違いますね。これはいいです。死人ですけどマルケヴィッチやクレンペラーやフリッチャイやカラヤンは全然違います。

生で聞いたのでは、高関さん、ブロムシュテットと同様にマルケヴィッチの弟子でリズムに「グルーブ感」があると言ったらいいんでしょうかね。それからアラン岳ギルバートです。彼の音楽はひとつひとつのフレーズにくっきりと意味が含まれていて、すばらしいです。

投稿: gkrsnama | 2013年8月13日 (火) 23時10分

gkrsnama様
コメント、ありがとうございます。
おっしゃることはよくわかるのですが、実演に関しましては、その場その場、そして観客一人ひとりの状況によって音楽が異なってきますので、私は何はともあれ、とても興奮し、感動します。ただ、おっしゃる通り、録音でしたら、新たに購入して、あまり変わりのない演奏でしたら、私も、それを録音する意義に疑問を感じます。

投稿: 樋口裕一 | 2013年8月16日 (金) 10時11分

とぴぬしさま

本来は音楽は一期一会なんです。聞いているたびに生成し消える。盤だろうと同じこと。とすれば、ただひたすら立派な演奏を実現しようとする典型的にはハイティンクのような指揮者は大変立派なんです。
音楽は本来それで充分なわけです。


ところが、レコード会社の戦略のせいか、レパートリーをごく限られたものにして、どんどん盤を作るというやり方が主流になっています。演奏会も同じです。そうするとやがて何を聞いても、ほとんど既知のものになってしまうんですね。それぞれの演奏は、カテゴリに分類されてしまわれるわけです。(もちろんこのやり方にも長所があります。僕みたいな駄耳の持ち主でも音楽が理解できるというやつですね。)

やはり、既知のことを「できるだけ美しく完璧に」だけでは、どうしても飽きてしまいます。何か決定的なもの、その曲に本来あって隠れていたものをきちんと示せること。そうじゃないととっかえひっかえ同じ曲を聴く意味が見出せませせん。ジンマンのハイドンみたいなベートーベンはそうでした。

最近、マルケヴィッチの音楽のささげものを聞いたんですが=あの曲調性が破綻しかかってるんですね=、伝統的な演奏ではそういう面はおくびにも出さないようにする(聞こえないようにかすかに鳴らすわけ)。ところがマルケヴィッチだけは思い切り強調してましてね。音楽のささげものが、まさに現代音楽の相貌で出現しました。そしてそれはバッハが書いた音なのです。たとえばこういうことです。

投稿: gkrsnama | 2013年8月17日 (土) 16時13分

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