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ナントのラ・フォル・ジュルネに向けて出発の前に4本のオペラDVD、そして宮本文昭さんとの対談

明後日(29日)、ナントのラ・フォル・ジュルネに参加するためにヨーロッパに向かう。今年、私は公式ガイドブック『音楽で人は輝く』を書いたので、ラ・フォル・ジュルネの「視察メンバー」に加わることにした。ただし、私は時差ボケに弱く、ラ・フォル・ジュルネという音楽祭の場で眠るわけにはいかないので、ほかの方たちよりも少し早く出て、リスボンに立ち寄って時差ボケを解消してからナントに乗り込む予定。

 1週間ほど前に大きな仕事は片づけたので、久しぶりにゆっくりできると思っていたのだが、ナントに行くために、またまた忙しくなった。空いた時間をさがして、やっと買いためておいたオペラのDVDを4本見た。簡単な感想だけを書きつける。

862kacha 私が圧倒的に刺激を受けたのは、ヤナーチェクの『カーチャ・カバノヴァー』全曲。指揮はイエジ・ビエロフラーヴェク、マドリード王立歌劇場管弦楽団&合唱団によるリセウ劇場による2008年の上演。私はヤナーチェクのオペラは大好きだが、その中でも一番好きなのが、この『カーチャ・カバノヴァ』。大い に期待して見たが、期待通り。

カーチャを歌うカリタ・マッティラがやはりすごい。強靭な声なのだが、色気がある。もちろん音程もしっかりしていてぶれない。顔も、美人とは言えないが、味があってなかなかいい。私はこの人の顔を見ると、往年のフランス女優シモーヌ・シニョレを思い出す(私がこの女優を知った時にはすでにかなりのお歳だったが、存在感抜群だった!)。ただ、マッティラは声が強いので、カーチャの神経の細さはあまり表現できていない。

 役柄の上からも、カバニハを歌うダリア・シェヒターが個性的な歌を聴かせてくれて、とてもよかった。ほかの歌手たちもまったく遜色なし。全体的に実にそろっている。文句なし。

ロバート・カーセンの演出も見事。舞台全体に水が張られ、その上にカーチャと同じ扮装をした女性たちが黒子のようになって板を移動させる。そのうえで演じられる。今にも水の中に落ちそうな、まさしく瀬戸際で演じられるため、スリリングな効果を上げている。かろうじて理性を保っているカーチャの精神状態を実にうまく描いていながら、実に美しい。

が、最も圧倒されたのは、指揮のビエロフラーヴェク。ヤナーチェクの鋭くもローカルな音をしっかりと出している。ぐいぐいとドラマの世界に引きずり込み、鮮烈な音でカーチャの世界を描いていく。以前この人の指揮で『イェヌーファ』の来日公演に圧倒された記憶がある。それを思い出した。この人、あれよあれよと言う間に、大巨匠になってしまった。リセウ劇場のオケも見事。いまや、大劇場に成長したと思う。

858 リヒャルト・シュトラウスの『エレクトラ』も素晴らしかった。指揮はティーレマン。ミュンヘン・フィルによるバーデン・バーデン祝祭劇場での2010年の上演。

 リンダ・ワトソンの歌うエレクトラとジェーン・ヘンシェルの歌うクリテムネストラの掛け合いがすごい! 二人とも美人とはいえない容姿だが、これらの役なら、そんなに違和感はない。容姿のよいマヌエラ・ウールがクリソテミスを歌っているが、二人の主役に比べると、ちょっと弱い。とはいえ、これはそんな役なのでやむを得ないところだろう。

 オレストをアルベルト・ドーメン、エギストをなんとルネ・コロが歌っている。そして、これまた指揮のティーレマンがいい。シュトラウスの緊密で鮮烈な音の洪水をドラマティックに鳴らしていく。私としてはもう少し官能的であっていいと思うが、ティーレマンにそれを求めるのはないものねだりなのかもしれない。

 演出は亡きベルベルと・ヴェルニケ。赤と黒の色合いがきれいだが、特に目新しい点はないような気がする。女たちが役柄のふさわしく見える服装なのに対して、男たちが燕尾服を着ているのはどういうわけだろう。よくわからなかった。

129 パッパーノ指揮、ロイヤルオペラハウスの『ドン・カルロ』5幕イタリア語版)もなかなかよかった。ロランド・ヴィラゾンがドン・カルロ、マリーナ・ポプラフスカヤがエリザベッタ。なかなかの力演で、生で見れば強い感動を覚えるのだろうが、DVDで見て感動するには、もうひとつ突き抜けたものがほしい。ロドリーゴを歌っているのはサイモンン・キーンリサイドだが、ちょっと不調かもしれない。良いときのキーンリサイドの声の伸びを感じない。せっかくの名場面であまり感動できなかった。フィリッポ2世を歌うフルラネットはさすが。「彼女は私を愛していない」のアリアは最高。エボーリ公女のソニア・ガナッシもう少し迫力がほしい。悪くはないが、魂が震撼するには至らなかった。

 パッパーノの指揮はメリハリのしっかりしたもので、とても好感が持てる。

5099991782595 もう一本は、パッパーノ指揮、ロイヤルオペラハウスによる『シモン・ボッカネグラ』2010年6月の公演。プラシド・ドミンゴがシモンを歌って話題になったものだ。

 悪くはない。ドミンゴが初めてバリトンに挑んだのが、この公演だった。さすがというしかない。かなりの年だと思うが、ほかの歌手に遜色はないどころか、これまでこの役を歌ってきた名歌手たちに間違いなく匹敵するだろう。

 が、やはりドミンゴはテノールのほうがいいと思ってしまう。フィエスコとのやり取りに凄味がない。先日、テレビで放送された『リゴレット』もバリトン役のリゴレットをドミンゴが歌っていたが、「悪魔め、鬼め」と同じように、どす黒い怒りがにじみ出ない。輝かしくて明るい声になってしまう。ドミンゴの声は要するにバリトンにしては明るすぎる。

 アメリアを歌うマリーナ・ポプラフスカヤとフィエスコを歌うフェッルッチョ・フルラネットはさすが。ポプラフスカヤは『ドン・カルロ』よりも出来がいい。あるいは、役に合っているのか。清楚でしっかりとした歌が実にいい。パオロを歌うジョナサン・サマーズも芸達者。ただ、ガブリエレ役のジョセフ・カレヤが、大喝采を受けているわりには、私には音程がきわめて不安定に聞こえた。

 ところで、昨日(1月26日)、ある雑誌の対談でかつてのオーボエ奏者で、先ごろ東京シティフィルの音楽監督に就任した宮本文昭氏とお会いした。話を取り持ってくれたのは、旧知の音楽ジャーナリストのおやまだあつしさん。対談と言っても、私にとって音楽家は神様に等しい存在だから、もちろん私としては偉そうに話せる立場ではない。イメージ通り、気さくで愉快な宮本さんの話に耳を傾けるのが中心になった。

 それにしても、宮本さんと話しながら、これまで指揮者中心に音楽を聴き、オケの演奏家一人ひとりの個性や苦労にあまり関心を持たずにきた自分を反省。宮本さんに「そんな聞かれ方をすると、オケのメンバーとしては悲しい」と言われてしまった。確かに、私はオケの楽器を奏者の奏する楽器としてではなく、オケという一つの楽器の中の一要素として聴いている。もしかしたら、それはゆがんだ聴き方かもしれないと思った。宮本さんの話を思い出せば、オケを聴くときにもオーボエ奏者の苦労や楽しみを少しは理解できそう。

「オケの団員は、客のためという以上に、半ばいっしょに演奏する仲間たちのために演奏している」という言葉が印象に残った。オケの中のコミュニケーションというのが、オーケストラ音楽の本質をなすものなのだろう。少しオケの見方が変わった。

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