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ゲルギエフ、マリインスキー・オペラの『影のない女』のことなど

 昨日(2月11日)、タワーレコード渋谷店でネマニャ・ラドゥロヴィチのミニコンサートを聴いた。例によって凄まじい演奏。私も最後に少し、ファンクラブ立ち上げについての報告をした。その後、入会希望者数人と近くの居酒屋で打ち合わせをした。

 ミニコンサートについては、ネマニャ・ファンクラブのブログに詳しい説明があるので、それを見ていただきたい。

 http://nemanja.cocolog-nifty.com/blog/2011/02/post-bcca.html

 今日(2月12日)、東京文化会館で、マリインスキー・オペラ公演、ワレリー・ゲルギエフ指揮のリヒャルト・シュトラウス『影のない女』を見てきた。

 第一幕が始まった時点ではどうなることかと思った。オケはぎくしゃくして、精妙さがなく、歌とも合わない。しかもほとんどの歌手の声が伸びず、音程も不安定。マリインスキー・オペラ特有の大迫力の音もない。おっかなびっくりで演奏している感じ。

 たまたま隣に座っておられたのが、音楽評論家の東条碩夫さんだったので、挨拶をして少し話をうかがったら、どうやらオケのメンバーは今朝の4時に日本に到着したという噂らしい。それが本当だとすると、きっとのっぴきならない事情があったのだと思うが、それなのにこれだけやれるというのは、さすがというか驚異というか。

 以前、昼間に上野で『イーゴリ公』、夜にNHKホールで『戦争と平和』(もしかしたら、演目に間違いがあるかもしれない)という1日に2公演を演奏するという荒業をゲルギエフ指揮の同じマリインスキー・オペラで経験したが、彼らのタフさにはあきれるしかない。

 しかも、第二幕以降、尻上がりに良くなってきた。オケの調子も上がり、歌も声が出るようになった。第三幕は大迫力の音が出て、ドラマティックに終わった。野太い音で童話的な話にリアリティを加えるかのよう。最後にはしっかりと感動した。やはり、シュトラウスは凄い。そして、ゲルギエフの不思議なシュトラウスの世界を垣間見る思いがした。

 ただし、シュトラウス特有の様々の楽器と人の声の微妙で精妙なからみあいを聴くことは最後までできなかった。もっと立ち上るような音の色彩がほしい。ロシアのオケのせいか、それともゲルギエフの解釈なのか、立ち上るというよりは、ぐっと上から押し付けたような音になっている。深く沈潜するものを描き出しているかのよう。ゲルギエフはこのオペラをもっと哲学的で深く沈潜したものととらえているのか。先日、同じメンバーの『パルジファル』のCDを聴いたが、それも深く沈潜した雰囲気で、少し意外だった。

私としては、このようにすると、豊穣でありながらも決して重くならないシュトラウスのオーケストレーションがうまく生きないように思うのだが。できれば、もう一度見たいと思ったが、忙しくてそうもいかない。

 バラクを歌うエデム・ウメーロフ、バラクの妻を歌うオリガ・セルゲーエフ、皇后のムラーダ・フドレイはなかなかの力演。ただ、セルゲーエフはヴィブラートがちょっと気になった。

 私の斜め前の席に今回の演出のジョナサン・ケントらしい人物が座っていたが、どうやら、歌手たちの動きに対してかなりお怒りのように見えた。大きく首を横に振ったり、やけっぱちなように腕を投げ出したり。ジェスチャーを日本語に直すと、「おいおい、お前、何をしているんだ。そんなことをするように指示してないじゃないか!」「おいおい、なんで、そんな動きをするんだよ。そんなことしちゃ、意味が違ってしまうじゃないか!」「どいつもこいつも、なんてことをしてやがる。みんなして、おれの演出を台無しにするつもりか!」ということになる。

 ただ、私としては演出の上で特に目新しさは感じなかった。バラクの家が現代になっており、車が登場し、しかもそれが本当に動くのには驚いたが。やはり、私としては、ゲルギエフのちょっと不思議なシュトラウスの音が何よりも印象深かった。とはいえ、演出家はもっともっと深いものを表現したかったのかもしれない。明日の仕事があるので、早くホールを出たが、終演後、演出家のレクチャーがあったようだ。残っていれば、おもしろいことが聞けたかもしれない。

 もう一つ気になったのは、字幕。妙に生硬な文語がときどき混じり、わかりにくくて、不自然。文語なら文語でずっと通せばそれでいいのだが、時々妙な文語が混じるのは、いかにも不自然。笑ってしまいそうなところもあった。女性が自分のことを何度か「それがし」と呼んでいたが、この一人称、ふつうは男が使うのではないか。もともとかなりわかりにくいオペラであるだけに、字幕にももう少し配慮がほしいと思った。

 とはいえ、ゲルギエフのシュトラウスを聴くことができて、なにはともあれ満足。きっと時間がたつにつれてもっとこなれてくるのだろう。ゲルギエフは深い音楽を描きつつあるのだろうか。それとも、私の深読み? もう少し聴いてみる必要がありそう。

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