« 2011年2月 | トップページ | 2011年4月 »

黒澤監督「醜聞」「一番美しく」「わが青春に悔いなし」

 行く予定だったコンサートやオペラが震災とその後の原発事故のためにすべて中止になっている。今日、念のために新国立劇場のHPを見たら、『ばらの騎士』の指揮も主役も変更になっていた。かなりがっかり。

 そんなわけで、原稿を書くかたわら、黒澤映画を見ている。3本見たので、感想を書く。

「醜聞(スキャンダル)」

 昭和25年の作品。美しい声楽家(山口淑子)と若き画家(三船敏郎)がたまたま出会ってともにいるところを写真に撮られ、俗悪なゴシップ雑誌に熱愛として報じられる。画家は自ら志願してきた弁護士(志村喬)をたてて裁判に訴えるが、弁護士は相手側の編集長に買収されてろくに働かない。画家もその様子に不審を抱くが、結核で寝込んだままの純真な弁護士の娘への信頼から、弁護士を変えない。裁判は画家に不利に進むが、結核の娘の死によって考えを変えた弁護士が、最後に買収の事実を告白する。声楽家と画家の間には愛が芽生えてくる。

 きわめて今日的なテーマの映画。が、私が特に心ひかれたのは、ドストエフスキー的な要素だった。

 黒澤がドストエフスキーを愛していたことはよく知られているが、これはとりわけその影響の強さを感じる。志村喬演じる弁護士は、まさしくドストエフスキー的な二重性を持つ人物。愛する娘ソーニャを娼婦にしてしまうマルメラードフを思いださせる。弱くて卑屈だが、純な気持ちも持っており、しばしばそれまでの自分を激しく後悔して純真な気持ちになるが、すぐにまた卑劣なことをする。三船敏郎が演じる画家はムイシュキンやアリョーシャの系列のドストエフスキーの登場人物に近い。裏切られても、他者を心から信じ、疑うことを知らない。

 酒場で飲んだくれた人々が自らの人生を省みつつ「蛍の光」を歌う場面、画家と弁護士が酔っ払ってドブにも空の星が映っているのを見る場面、激しく揺れ動く木の影をバックに、弁護士が涙ながらに娘の死を告げる場面などなかなか感動的。

 だが、日本人がドストエフスキー的人物を描くのにかなり無理があるため、弁護士にも画家にも、あとひとつのリアリティが不足する。ドストエフスキー的人物にリアリティを持たせるには、ドストエフスキーのような熱病に冒されたような文体が必要だが、それが不足する。それゆえ、手放しでこれを傑作と呼ぶ気にはなれない。

 もう一つ気になったのは、声楽家がトマ作曲の『ミニョン』の中の「君よ知るや南の国」を歌っていること。当時、このアリアこそがソプラノの歌の代表として知られるものだったようだ。私はずっと昔から、なぜトマというあまり有名とはいえない作曲家のあまり有名とはいえないオペラの中のアリアが一時期もてはやされていたのか、不思議に思ってきた。一体、どういう理由でこのアリアが有名だったのだろう。それほどの名曲だとは思えないのだが。

ここでも、志村隆はもちろん、やはり千石規子が素晴らしい。良い女優だと思っていたが、このようにまとめてみると、正真正銘、大女優だとつくづく思う。

「一番美しく」

 黒澤映画を出発点から見ようと思って、戦前から順を追ってみることにした。

 戦争中の昭和19年の映画。光学機械工場で働き、女子寮で暮らす女性たちの物語。増産運動が始まり、男性労働者よりも低い目標が与えられると、それに反発して、もっと高い目標を掲げる。渡辺ツルという女性リーダー(ネットで調べてみたら、演じている矢口陽子は後に黒澤明夫人になる女優だった)のもと、様々な困難を乗り越えて努力していく。

 要するに、敗戦-が濃厚になっていた時代の国策映画。国民が一致団結して国のために努力することを訴えている。若い女性工員たちは、国のために働くことに疑問を持たず、怠ける自分を責めて必死に努力する。ひたすら元気で、素直で前向きの女性たち。ときどき仲たがいがあるにせよ、基本的にはほとんどの場面で女工たち全員が一致団結して行動する。みんなが集団で行動し、声を合わせて笑ったり、歌ったりする場面があまりに多くて、ちょっとうんざり。

 ただ見ているものとしては、自分を犠牲にして必死に働き、みんなをまとめ、母親が死んで、周囲に親元に帰ることを勧められても、それを拒んで仕事をつづけるヒロインの姿を見ると、「そんなにまでする必要はなかろうに」と思ってしまう。もしかしたら、黒澤は「褒め殺し」をしているのではないか、極端な人間を描いて、むしろそこまでも若い女性に期待する社会に異議を申し出ているのではないか、そうとまで疑いたくなる。

 寮母役は入江たか子。私が映画を見始めたときには、とっくに引退して、すでに伝説の女優になっていたので、顔の見分けがつかなかった。鼓笛隊の指導者役が、味のある名脇役として、私の大好きだった河野秋武だったが、それはネットで名前を見て初めて気付いた。

 かつて、学生のころに、黒澤の処女作「姿三四郎」と「続・姿三四郎」を見て、そこにも国策的な意図を感じた記憶がある。だが、それ以上に、柔道の場面のカメラワークの工夫に驚いたのだった。かすかにしか覚えていないが、私としては「姿三四郎」のほうがこの「一番美しく」よりもおもしろかった。

「わが青春に悔いなし」

 黒澤が戦後になって作った反戦映画。戦前の京都大学の滝川事件をヒントにして、その後の日本社会のあり方を描いた映画。滝川教授にあたる役を大河内傅次郎、その娘を原節子が演じている。教授には二人の優秀な教え子がおり、一人(藤田進)は左翼運動に傾倒し、もう一人(河野秋武)は体制側に進む。教授の娘(原節子)はこの二人に魅かれているが、左翼の男のほうと結婚。ところが、夫がスパイ容疑で逮捕され、獄中で死んでしまう。娘は夫の実家に身を寄せ、周囲からの迫害にあいながらも必死に慣れない百姓仕事をする。そして、敗戦。状況はまったく変わって、教授は復帰、スパイ容疑で逮捕された男も復権して、娘は農家の女性の地位向上のために努力する。

まるでゾルゲ事件のような展開だったので、「え、滝川事件の滝川教授の娘の夫はゾルゲ事件の尾崎なにがし?」と思って調べてみたら、このあたりはフィクションだったらしい。

 正直言ってあまりおもしろくなかった。当時としては画期的だったのかもしれないが、今となっては、表現があまりにありきたり。二人の教え子を対比的に描くのも、あまりに図式的。

いやそれよりなにより、教授の娘の気持ちが私にはよく理解できなかった。なぜそのような気持ちになるのか、わからない。もともと私は「あんたは女ごころを理解しない」と言われる人間なので、私の理解力が不足しているのかもしれないが、もしかしたら、私以上に黒澤監督も女心を理解していないのではないかと思った。

 明らかな国策映画である「一番美しく」の翌日に、左翼運動の側から戦時体制を批判するこの映画を見ると、かなり違和感がある。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

黒澤明「静かなる決闘」「隠し砦の三悪人」

 やっと震災ショックから立ち直って、日常生活に戻りつつある。私たち、被災しなかった人間が今するべきなのは、日常生活を取り戻すことだと思う。パニックに陥らず、いたずらに自粛せず、本来の仕事をし、かつてと同じように物事を楽しむことだ。そうしてこそ、日本を復興できると思う。それが被災をした人を最終的には支えることになるはずだ。残念ながら、計画停電の影響で様々な制約があるが、できるだけ以前と同じような生活をしたい気になった。

 そんなわけで、行く予定だったコンサートはすべて中止になっているものの、CDで音楽を少し聴くようになった。が、やはり黒澤映画が気になる。しばらく、黒澤映画の感想を続けよう。

「静かなる決闘」

 昭和24年の映画。戦争中、手術をしている間に梅毒に感染してしまった軍医(三船敏郎)が、敗戦後、愛する女性(三條美紀)と結婚できず、悩みぬく。タイトルにある「静かなる決闘」というのは、医師の中で繰り広げられる男の欲望と医師の良心との決闘を指しているのだろう。医師に梅毒をうつした上に、自分の梅毒を隠して結婚し、妻と胎児を不幸に追いやり、ついには発狂する男。世をすねていたのに、医師の苦しみを知って人生にしっかりと挑み始め、看護婦としてしっかりと生き始める女(千石規子)。そんな人物たちが医師と対比的に描かれつつ、ドラマが展開する。

 千石規子の演じる女を前にして、これまで自分の苦しみをあらわにしたことのなかった医師が自分の心の中の決闘をぶちまけ、それを聞く女が声をあげて泣き出す場面は実に感動的。この場面によって、この映画全体が生きている。何はともあれ、千石規子が素晴らしい。後年、意地悪でエクセントリックな役ばかりを演じていた千石規子だが、実にチャーミングでういういしい。千石さんはかなり高齢のはずだが、健在だろうか。

 このような映画が強いリアリティを持って描かれるということは、当時、腐敗と良心という大きな問題が社会的に大きな意味を持っていたのだろう。闇市のにぎわう盛り場で、金と欲望に突き動かされながら腐敗の中で生きる人々が多かったのかもしれない。現在では、ちょっと時代がかかって見えるが、映画の作りのうまさのために、十分な説得力を持っている。

「隠し砦の三悪人」

 三船敏郎演じる戦国武将が、戦いに敗れたのち、軍資金と主君の姫君を隣の同盟国にまで脱出させる物語。そこに、欲張りで臆病できわめて人間的な百姓上がりの足軽二人(千秋実と藤原釜足)がからむ。

 初めのうち、雪姫にかなり違和感を抱いた。上原美佐という新人(その後、何本かの映画に出たらしいが、この女優さん、私はまったく記憶していない)で、はっきり言って、演技はかなり下手。しかも、豊かな胸と足の線を強調した和服。もちろん、実際の戦国時代にそのような着物はなかっただろう。

 そして、最後のほうに、祭りの場面があった。北野武監督の『座頭市』の最後のタップダンスを思わせるような踊りの場面。ディオニュソス的と言ってよいような派手な踊りだ。

そこで合点がいった。黒澤はこの場面を生かすため、これを不自然にしないように、姫の服をあのように西洋的にしていたわけだ。姫は異界の人間であって、あの着物、あのしゃべりに不自然さは必要なものだったのだ。ある種の伏線だったといえるだろう。

そこで、もう一つ合点が行った。北野武は、なぜ座頭市を金髪にしたのか、ずっと気になっていた。単に異界の存在であることを強調したかったのだろうと思っていた。が、やっとわかった。きっと、北野監督は、最後のタップダンスの場面を山場にもっていきたかったのだ。だが、それを不自然にしないためには、伏線がいる。その伏線の一つが座頭市の金髪だったというわけだ。北野監督は明らかに、『隠し砦の三悪人』も影響を受けて、『座頭市』を作っている。

私は黒澤映画を見ると、ともかく「うまい!」と思う。すべてが計算しつくされ、論理的に話が進む。ストーリー上の伏線もあれば、先ほど述べたような観客の無意識な部分に訴えかける伏線もある。一般的には、計算しつくされた映画というのは、静的になってしまうのだが、黒澤映画はそうはならない。そこでも、黒澤は、静的にならないために、三船をはじめとして豪放な役者を上手に使い、迫力ある映像にして、豪快でダイナミックにしている。

芸術的感動には至らなかったが、娯楽映画として、大傑作だと思った。

| | コメント (4) | トラックバック (1)

ラ・フォル・ジュルネ成功のために、そして黒澤映画のこと

25日、都内のある場所に行って、ラ・フォル・ジュルネを盛り立てる一環として、葉加瀬太郎さんがナビゲーターを務めるJ-WAVEの番組「WORLD AIR CURRENT」の収録。ゲストとして参加し、ナントのこと、ラ・フォル・ジュルネのことについてお話した。

私はこれまで、三枝成彰さんの組織したオケなどで葉加瀬さんのヴァイオリンを聴いたことはあったし、同じ場にいあわせたことは何度かあったが、お話したのは初めて。葉加瀬さんは大のブラームス好きとのことで、クラシック音楽談義で盛り上がった。音楽の才能は格段の違いがあり、生まれた土地も年代もかなり違っているが、子どものころにクラシック音楽に熱中し、周囲から孤立しながらもクラシック・オタクを通した点では共通している。多感な少年だった私がブラームスの音楽を聴くことによって自分の孤独をかみしめ、ぐっと感傷をこらえていたように、きっと葉加瀬さんもブラームスを愛することで同じような少年時代を過ごしていたのだろう。

ブラームスについての考えをうかがって、葉加瀬さんの音楽観、そして人柄がとてもよくわかる気がした。実は私は葉加瀬さんのソロを聴いたことはなかった。が、とても聴きたくなった。そして、葉加瀬さんのファンになった!

 ところで、すでに過ぎてしまったが、音楽専門衛星デジタルラジオ、ミュージックバードで3月20日に「ラ・フォル・ジュルネ2011予習篇!~後期ロマン派のタイタンたち」というタイトルの番組にも、私はゲストとして出演して、今年のラ・フォル・ジュルネについて語り、今年扱われる作曲家の曲を聴いてもらった。

 ところで、同じミュージックバードで43日と10日に放送される「今年はこうなる!ラ・フォル・ジュルネ2011 タイタンたち」というタイトルで、ラ・フォル・ジュルネについて紹介する。よろしかったら、お聴きいただきたい。もちろん、私のしゃべりはうまくないが、ナビゲーターの田中美登里さんが上手にリードしてくれているので、それなりには楽しめるようになっていると思う。

 本日、26日は、午前11時から、先週に続いてラ・フォル・ジュルネの「ソムリエサロン」にゲストとして参加。今日はよみうりカルチャー荻窪での開催。高級オーディオ機を用いて、CDを聴いていただきながら、東京で取り上げられる曲目について、クラシックぴあ編集の田中泰さんとお話しした。余震、原発騒ぎで落ち着かない中で参加してくださった方々に感謝。

 田中さんのリードでとても楽しく話ができた。

 数日前から、時間を見つけて黒澤明の映画を見ている。

 実は、私は黒澤明の映画には、それほどの思い入れはない。私が映画を見始めた時期には、すでに黒澤は過去の大監督だった。しかも、私が好きなのは、黒澤流のスケールの大きな娯楽超大作ではなかった。だから、リアルタイムで見て感動したのは『デルス・ウザーラ』くらい。

名画座で『羅生門』『七人の侍』『用心棒』『椿三十郎』『天国と地獄』『赤ひげ』などを見て圧倒されたが、特に好きな監督というわけではなかった。ただ、NHK・BSなどで放送されると、時間ができたら見たいと思って、とりあえず録画しておいた。

そして、今、大震災が起こり、テレビで悲惨な状況をみたり、原発の放射能漏れの報道を見ると、音楽を聴く気分にもなれない。かといって、じっくりと本を読む気分にもなれない。

津波の被害を見るうち、戦後の荒廃、そしてそこから立ち上がる日本の戦後期を連想した。もちろん、私は戦後の生まれなので、実際にはそのような光景は知らないが、まさしく黒澤などの映画で見てきた。ふと録画しておいた黒澤映画を見たくなった。

そんなわけで、これからときどき黒澤映画の感想を書こうと思う。今日はこれまで見た2本について短く感想をまとめる。

「酔いどれ天使」

 昭和24年の映画。酒好きで口は悪いが、患者のことを必死に思う医師(志村喬)と、闇市を仕切りながらも、強がりを言いながらも心やさしいヤクザ(三船敏郎)の交流を中心に、敗戦直後の闇と希望を描いている。

 ヤクザの病んだ肺、そして戦前・戦後の社会の病巣をゴミ捨て場にされた沼地にたとえ、結核に冒されながらも病と闘って克服した少女(久我美子)に将来への希望を託して、戦後への希望を語っているといえるだろう。

 かつて見た黒澤の戦後の状況を描いた「素晴らしき日曜日」もとてもよかったが、これも実によくできた映画。三船の演じるやくざの人物像がみごと。ルネ・クレールやジュリアン・デュヴィヴィエの映画を思わせる。ある意味で、先が読める展開ではあるが、それでもリアリティがあるのは、志村喬の演技力と、三船敏郎にピッタリの役柄にあるだろう。三船は決してうまくはないが、存在感はさすが。千石規子、木暮美千代、殿山泰司、中北千枝子もいい味を出している。

 が、そうしたこと以上に、戦後、様々の矛盾にあふれながらも希望を持って生きていた時代の心を強く感じた。震災で日本社会が揺らいでいるときに見たがために、そのように特に強く感じたのかもしれない。

「蜘蛛巣城」

『マクベス』を日本の戦国時代にうつしての人間ドラマ。なるほど、黒澤が『マクベス』を描くとこうなるのかと納得できる作品だった。

 三船敏郎がマクベスにあたる役。野望に駆られ、妻にそそのかされて大罪を犯すが、その後、亡霊に怯えた武将をドラマティック、悪く言えばかなり大袈裟に演じている。まるで大根役者のようだが、きっとこれも黒澤の計算に基づいているのだろう。野望や怯えを「動」で表す三船と、それを「静」で表現する山田五十鈴(マクベス夫人にあたる役を演じている)の対比を明確にしている。が、それにしても、山田五十鈴のひしひしと迫る迫力には驚く。ものすごい演技力。とりわけ、見えない血を洗おうとする場面は圧倒的。

 言うまでもなく、合戦の場面や武将たちの行進の場面のリアリティもみごと。ただ困ったのは、どうもセリフが聞き取りにくい。私の耳のせいではないと思う。人名など、ほとんど聞き取れなかったといえるほど。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

こんな時にこそ音楽を! 4月8日 多摩フィルメンバーによるコンサートのお知らせ!

 4月8日、パルテノン多摩小ホールで多摩フィルのメンバーによる小コンサートが開かれる。

 実は、このコンサート、多摩大学の樋口ゼミが主催し、多摩フィルのメンバーの協力を仰いで行う予定だった。が、できるだけ大きく宣伝し、チケット売りに専念しようと思った矢先に地震が起こり、計画停電が始まり、多摩大学では、万一の事態に備えて学校内外でのすべてのゼミ活動が禁止された。一時は、コンサート自体の中止も検討したが、多摩フィルの方々の熱意で、コンサートそのものは行うことになった。ただ、残念ながら、私たちのゼミ生は春休みの間、活動できない。

 地震に被災なさった方、避難して苦労なさっている方に思いを馳せつつ、今だからこそ日本に元気を出させ、私たちの中にエネルギーを回復させるための演奏が行われることになるだろう。

 前回の私のブログ記事に対して、酒田市に住むbalaineさんから、「こんな時にこそコンサートを」という考えで鈴木秀美さんのバッハの無伴奏チェロ組曲のリサイタルを行うというお知らせがあった。まったく賛成。こんな苦難の時、直接的に何もできない私たちであるからこそ、音楽によって自分を元気づけ、みんなを元気づけたいものだ。そんなわけで、私もここに、4月8日のコンサートについて告知させていただくことにする。

 出演は指揮の今村能さんと多摩フィルの弦楽器メンバー、そしてソプラノ歌手の森美代子さん。森さんは、将来を期待される大型新人のコロラトゥーラ・ソプラノだ。

 曲目は、森さんの歌うJ.シュトラウスの「春の声」、モーツァルトの「夜の女王のアリア」のほか、J.シュトラウスの「ウィーンの森の物語」、ロッシーニ「弦楽のためのソナタ第1番」、モーツァルトの「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」など、親しみやすい曲がたくさん演奏される。そして、最後には本格的な曲として、R.シュトラウスの「カプリッチョ」導入曲(六重奏)も演奏される予定だ。

 間違いなく、音楽の素晴らしさを再認識し、日本の回復に向けての新しいエネルギーを得ることができると確信する。そして、お年寄りも子どももともに楽しみ、手を携えて、地域を元気づけることにつながると思う。

 私たち、多摩フィルと多摩大学樋口ゼミは、このようなコンサートを続けることによって、多摩音楽祭を開き、多摩地区全体の音楽を活発にし、多摩地区を元気にしていきたいと思っている。(ただし、会場の計画停電を含め、不測の事態が起こった場合には、中止の可能性もあるので、そのような場合には、確認してからお出かけいただきたい)。

 詳しくは以下をクリックいただきたい。

 http://homepage3.nifty.com/tama-fil/

フィルハルモニア多摩第1回室内楽定期演奏会
2011
48日(金)19時開演  入場料 一般2000円、学生・児童 1000円
パルテノン多摩 小ホール(小田急多摩センター、京王多摩センター、多摩都市モノレール・多摩センター駅下車)協賛:小田急電鉄株式会社
音楽監督・指揮:今村 能 ソプラノ独唱:森 美代子
室内楽:フィルハルモニア多摩(Vn. 高原久実、関口梨紗 Vla. 武井麻里子、飯田 香 Vc. 永瀬 惟、村上咲依子 Cb.廣永 瞬)

入場券:パルテノン多摩チケットセンター Tel.042-376-8181
インターネットでの入場券申込: e+イープラス = 受取:お近くのセブンイレブン
入場券・申込+受取=お近くのファミリーマート=FAMIマート

 

 ところで、近況を少し。

 22日から昨日まで仕事で大分に行っていた。

22日夕方、羽田から大分市(私は、大分県日田市に生まれ、小学校低学年は中津市、その後、高校時代まで大分市で過ごした)に向かい、その夜は市内のホテルで一泊。

 当然のことだが、大分はいつもと変わりがなかった。余震もなく、放射能の心配もなく、計画停電もなく、店も節電していないので明るい。高校以来の友人と一緒に、関アジなどの刺身や琉球(大分の郷土料理)などを食べ、ビールを飲んだ。じつにうまかった。家族を東京に残していることが心配だが、久しぶりにゆっくり眠れた。

ただし、大分もテレビで放送されているのは東京とほとんど同じ番組。しばしば緊急地震速報が流され、CMはACばかり。地震や放射能に対して強いリアリティのある東京にいてさえ、このCMにはさすがにうんざりしているので、リアリティを感じない地域の人はいっそう苛立っていることだろうと思った。

 翌23日には、大分市内の岩田学園で私が塾長を務める白藍塾による小論文の研修を行ったが、ここには仕事のことは書かない。その後、久大線で両親のいる日田に向かった。1両編成の由布院行きの普通列車に乗って、湯布院で30分ほど待って「ゆふいんの森」号に乗り換えて、夕方到着。両親とおば、従姉と食事。おばは90歳、両親は85前後。みんな元気なので安心した。

 24日は、朝のうちに高速バスで福岡空港に向かって、昼過ぎの便で東京に戻った。まだ、腰痛が完治していないので、少々の疲れと痛みを感じている。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

ソムリエサロンのこと、震災後の都内のこと

 昨日(3月20日)、北千住ルミネのよみうりカルチャーでラ・フォル・ジュルネの「ソムリエサロン」が開かれた。私は、ラ・フォル・ジュルネのアンバサダーなので、ゲストとして話をしに行った。司会はクラシックぴあを編集している田中泰さん。

「ソムリエサロン」というのは、ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンを多くの人に楽しんでもらうために、東京国際フォーラムが主催して、都内各地でその魅力を紹介するレクチャーのようなものだ。これからも何度か開かれるが、私は全部で3回、ゲストとして話をすることになっている。

その初回として、昨日はナントのラ・フォル・ジュルネの報告を中心にし、ナントで演奏されたのと同じメンバーのCDをラックスマンの高級オーディオを用いて聴いていただいた。

 受講してくださった方の人数は少なかった。余震と原発事故で落ち着かない中のことでもあり、話している間も何人もの携帯電話から「緊急地震速報」が発信されるという状況でもあったので、やむを得ないだろう。こんな時に来てくださったことに感謝。

 相変わらず私は話がうまくないのだが、田中さんの司会によって気持ちよく話をすることができた。ナントの雰囲気、ナントで名演奏が、その一部を実際にオーディオで聴いて、わかっていただけたと思う。

 都心に出たのは、昨日が震災後、初めだった。幸い、私は都心で仕事をしていないので、打ち合わせやコンサートくらいでしか都心には出ない。震災後、そうしたものはすべてストップしているので、機会がなかった。

 日曜日だったので、特別ダイヤではあるが、電車もスムーズ。ただ、駅も電車内も街も店も、以前に比べてずっと暗い。電気使用を最小限に抑えているのだろう。

 が、ふと思った。これはヨーロッパの落ち着いた雰囲気だ。フランスやドイツに行くと、「この店、ほんとうに開業中なのかな?」と不安に思うことがある。要するに、日本の感覚では異様に暗いからだ。が、それでも開いている。ヨーロッパでは日本のように無駄に電気を使うことがない。もともとヨーロッパの人々はケチであって、無駄な金を使おうとしないからでもあり、節電の考え方が強いからでもあるだろう。それに、そもそも、明りについて言えば、欧米人の目は東洋人よりも光に敏感で、日本ほどの明かりを必要としない(だから、サングラスが必要になるし、欧米のホテルなど、日本人の感覚からすると異様に暗いわけだ)という事情もあるかもしれない。

 電気使用に関して、ヨーロッパにならったらどうだろう。そうなれば、ずっと節電できるだろう。コンビニも店も駅もあれほど明るい必要はまったくない。

それに、節電をすれば、お店のあちこちで大音量で音楽を流すこともなくなるだろう。昨日は渋谷にはいかなかったが、交差点や駅周辺の商店街のけたたましい音が静まっていたのなら、私はむしろ今回の措置に感謝したくなる。これを機会に、これまでの無駄な明かりや騒音を見直して、落ち着いた街作りを考えたらどうだろう。

 もちろん、私の家でも以前に比べて半分以下の電気使用量だ。が、それでも支障なく暮らせるものだ。今回の地震は、そのようなことも教えてくれた。

 

| | コメント (4) | トラックバック (1)

計画停電、うちはどのグループ?

 どの家庭もそうだと思うが、昨晩、テレビで計画停電を知ってからというもの、我が家も大慌て。最大の問題は、うちがどのグループに属すのかわからないということだ。ネットで見つけた表にも、二つのグループの両方に私の住む市が出ている。ネットで探しまくって、やっと詳しい地域レベルでのグループ分けの表をさがしあてたが、そこでも、私の住む町は二つのグループの両方に載っている。

 実際に停電になればわかるだろうと思っていたら、いつまでも延期されて、いつまでもわからない。今朝から繰り返し東電に電話するが、ずっと話し中。何度か呼び出し音が聞こえたが、いつまで待っても出てくれなかった。結局、一日中ずっと、次の停電を覚悟し続けた。

ついさっきになって市役所のHPに停電のグループを色分けした地図を見つけたが、それまた曖昧な地図でよくわからない。電話で問い合わせたら、ここでも、「よくわからない。東電に聞いてみてくれ」という返事だった。困ったものだ。事情はわからないでもないが、東電の対応の曖昧さにはいら立ってしまう。

 そんなこんなで、非常用品の買い出しに出遅れてしまった。今朝になって、妻と手分けして、近くの店に行って行列を作り、電池や懐中電灯、携帯ガスボンベ、非常食などを買おうとしたが、その種のものは昨晩のうちに売り切れたとのこと。食糧は買い込んだが、それ以外は入手できなかった。

 今日は午後から大事な用があったのだが、先方にお願いして延期していただいた。私の住む地域は電車も動かず、道路も大渋滞。まったく動きが取れない。都心に通う人たちはかなり休んだのではないか。これが続くと、都心に出るのはしばらく難しそうだ。私の場合、職場である大学には、車で行くことができるが、コンサートなどには行きにくくなる。そもそも中止されるコンサートも多そう。

 節電の呼びかけがあるので、大きな音で音楽を聴くのも気が引ける。そもそも、エアコンもほとんど付けていない。これでは落ち着いて本を読む気分にもなれない。そんなわけで、とりあえずブログに文章を書いたのだった。

「計画停電」どころか、「行き当たりばったり停電」に思えるやり方について、そして原子力発電所のトラブルについて東電に対して大いに文句を言いたいところだが、震災にあって亡くなられた方、残された肉親、避難している人の苦しみを思うと、何も言えない。

 なにはともあれ、自分の暮らす地域がどのグループなのかはっきりさせて、覚悟を決めて停電に備えたいものだ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

このごろ気になっていること ぎっくり腰とカンニングとネマニャ・カクテル

・ぎっくり腰

 ぎっくり腰に悩みだしてから、2週間ほどになる。

 実は、私が最初にぎっくり腰に襲われたのは、24歳のとき。アパートにこもりきりで修士論文を書いていたころ、立ち上がった途端に腰に激しい痛みを覚えた。歩けないほどの激痛だった。その時、医院で治療を受けて、ウィリアムズ体操という腰痛体操を教えてもらったら、これが劇的な効果があった。体操そのものは簡単で、痛みも感じない。それなのに、体操を始めるとぐんぐんと痛みが引いて行った。

 それから35年ほどたつ。その後もずっと腰痛に悩まされ、何度も、ぎっくり腰の一歩手前の状態になった。が、そのたびに、マッサージをしてもらったり、ウィリアムズ体操をしたりして、なんとかしのいできた。

 ところが、相変わらずの運動不足、とりわけ多摩大学に勤めるようになってから、大学にもコンサートにも車を使うことが多くなった。ナントのラ・フォル・ジュルネから帰ってからというもの、休みをまったく取れない状態が続いた。しかも、風邪をひき、咳がいつまでも続いた。そこで、今回のぎっくり腰がやってきたのだった。

 今回も信頼できる医院の治療を受けて、かなりよくなった。立つことにも歩くことにも支障はない。が、腰をひねるとまだ痛みが走る。日常生活で、結構腰をひねる行為をしているものだ。寝返りがうてない。車に乗ってバックさせるとき、気を付けないと、腰をひねって後ろを見てしまう。そのほか、ここに書けないような行為も、腰をひねることによって成り立っている。

 薬と新たに教えてもらった体操のおかげで、ずいぶん改善された。もしかしたら、あと数日でほぼ完治するのではないかと期待している。

・知恵袋カンニング事件

 京都大学などの知恵袋によるカンニング事件が大学関係者の間でも話題になっている。

 私も報道のあり方には大いに疑問を持っている。これは、新聞の事件面の片隅に少し出る程度の事件だと思う。「知恵袋助けはいらぬ我が母校」という大阪府の平尾一吉という人の川柳は傑作だと思った。そのような茶化しの許されるレベルの事件だ。この犯人が、まるで殺人犯であるかのように扱われるのには、強い抵抗を感じる。

が、大学が警察権力の力を借りたことも、警察が予備校生を逮捕したこともやむを得ないと思う。

現在の報道が正しいとすれば、あのような不正行為を試験監督者が見つけることは難しい。私も入試監督をしているが、監督業務のなかに、カンニングの摘発を促すようなことは含まれていない。もちろん、不正をしないこと、携帯電話をカバンの中にしまうこと、そうしないと不正行為とみなされることは初めに口頭で伝える。監督者がカンニングを見つけたら本部に届けて協議することは定められている。だが、監督者の最大の目的は、受験生が実力を出し切る環境を作ること、それを妨げられる状況が起こったら、それを改善することだ。それをかいくぐって不正をされたら、それを摘発することはできない。私が試験監督をしたときにこのようなカンニングが行われて、責任を問われたとしたら、かなり困ってしまう。

今回の不正は、これまでの「自力でのカンニング」と異なって、ITを使って他者の力を得ての不正であって、現在の入試制度の根幹を揺るがすものだと思う。韓国でも、携帯を用いたカンニング事件があって大騒ぎになったというが、それが大きな事件として扱われたのも、「個人の力を見る」という入試の根幹が危機にさらされたためだと思う。これをこれまでのカンニングと同一視することはできない。

起訴するべきではないと思うが、正式に逮捕し、その手口を明確にして、再発防止に役立てるべきだと思う。そのためには、警察が乗り出すのはやむを得ないだろう。

この件に関して「大学の自治」という言葉が使われていることをネットで見た。もちろん、私は大学紛争世代の人間であり、かつて「大学の自治」という言葉をずいぶん使ってきた。「産学共同体制粉砕」を叫んできた。が、「産学共同体制」が推進され、大学が大衆化し、良くも悪くもかなり徹底して国民によって選ばれる政府が定着した現在、昔ながらの「大学の自治」を根拠に警察に力を借りることを否定するのには私は違和感を覚える。

もう少し、現在の大学のあり方、その中での「大学の自治」のあり方を考え直すべきだと思う。ただし、残念ながら、それについてこうあるべきだという強い信念を私が持っているわけではない。

そして、もう一つ考えるのは、これからはいっそのこと、外部と交信してもよいような試験問題を考えてもよいのではないかということだ。私が何かについて意見を書くとき、ネットや本などで調べて書く。調べるためにどのようなツールを使うか、見つけ出した情報を用いてどのように考えるかということこそが、大事な点だ。入試であっても、どれほど暗記したかよりも、どのように情報を取り入れ、それをどう利用したかという力を見てもよいのではないか。それこそが、実社会で役に立つ能力なのだから。

もちろん、そのような試験をすれば不正がなくなるということでもなく、別の形の不正が出てくるとは思うが、ある意味で、「個人の知識量を見るための試験」そのものを見直す時期になっていると言えるかもしれない。

・ネマニャのこと

 ネットでネマニャを検索していたら、3月11日のTBSテレビ「Nスタ」で、ネマニャ・ラドゥロヴィチをイメージしたカクテルが紹介されることを知った。

http://catman-flair.blog.ocn.ne.jp/blog/2011/03/nemanja_radulov.html

ネマニャをイメージしたカクテルとはどんなものだろう。テレビでは味がわからないのが残念。だが、いずれにしても、ネマニャが多くの人に知られ、その音楽性に関心を持つ人が増えてくれれば、こんなうれしいことはない。私はもちろん、録画予約をして、楽しみに待っている。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

現代のオペラ演出について

 改めて、現代のオペラ演出について少し考えをまとめてみた。まだはっきりとした解決を見たわけではないが、とりあえず、私がこれまで漠然と考えていたことを、少し意識的にまとめてみた。なお、いうまでもないことだが、これは「オペラ演出論」というほどのものではない。だから、特に鋭い内容が出てくるわけではない。それに、もちろん、こののち、ほかの方の意見によって考えを変えることも大いにありうる。

 私は早稲田大学第一文学部演劇科を卒業したにもかかわらず、実は演劇にはほとんど関心がない。専攻したのは映画だったし、オペラに関してはずっとレコードで聴いて、頭の中で舞台を想像するだけで十分に満足していたので、「芝居」はなければなくてもかまわないものだった。お気づきの方もおられるかもしれないが、このブログにオペラの公演やDVDについて書いても、演出についてはほんの少し触れる程度のことがほとんどだ。まったく触れないこともあっただろうと思う。だが、このごろ、激しく存在を主張する演出があるので、やむを得ず触れざるを得なくなっている。

 今回は、コンヴィチュニーの『サロメ』についてではなく、一般論として、最近の「読み替え」演出について考えてみることにする。次の機会に、『サロメ』について書くことにする。

これまで、私は何度か、演出について激しい怒りを覚えたことがあった。だが、私も最近の傾向の演出のすべてが嫌いだというわけではない。カタリーナ・ワーグナーの『マイスタージンガー』など、感動した演出もいくつかある。では、私はどのような基準で演出を考えているのか。まずはそれを探ってみることにした。

① 演出は、そのオペラ作品そのものの解釈でなければならない

考えてみるに、私の最大の原則はこのようにごく単純だ。そのオペラ作品そのものの解釈でなければならない、オペラそのものと無関係な演出家の考える物語や世界観を描くものであってはならないということだ。

 2008年にバイロイト音楽祭で見たステファン・ヘルハイム演出の『パルジファル』に、私は激しい怒りを覚えた。第一幕で子どもがドイツのある館で子どもが誕生するところから始まり、その子どもが成長し、ナチスドイツの世界に巻き込まれ、第二次世界大戦に敗北し、荒廃する中で希望が現れる・・・といったストーリーだった。音楽はまぎれもなくワーグナーの『パルジファル』。しかし、描かれるのは別の物語。

これは、演出家の越権行為以外の何ものでもない。なぜなら、演出家はオペラ作品の場を借りて、自分の考えを表明しているにほかならないからだ。まさに、オペラを「道具」として自分を語っているにすぎない。

もし、ワーグナーがナチスの時代を生きたのなら、もちろんこのような演出もありうる。もし、『パルジファル』のなかに隠喩的にであれ、そのような要素があるのなら、それを描くことも許される。だが、私の知る限り、そのような要素はない。その演出を見ても、『パルジファル』というオペラの本質について新しい発見はなかった。

② 演出は、言葉の助けなしに成り立つものでなければならない。

 言うまでもなく、演出というのは、舞台を見ている人に舞台上の出来事やその背景にある思想を理解させるための行為だ。言いかえれば、演出意図を読んだ人にしか理解できないような演出は、できそこないだと私は考える。もちろん、そこに演出家の主観的な解釈が混じるのは構わない。だが、舞台装置や登場人物の仕草や表情から、それをわからせなければ、演出とはいえないだろう。

 本来、演出家は自分の演出意図を言葉にして語るべきではない。メディアにせっつかれて仕方なしに語ったり、無理解な人から攻撃されて、それに対する反論として自分の演出について語るというようなことは、もちろんあると思うが、公演の際に前もって意図を説明して理解してもらおうと考えるべきではない。

 ときどき、登場人物が舞台上で文字を書くことがある。文字の垂れ幕が下りてくることもある。もちろん、それがポスターであったり、何かの社会的モットー(「ナチス万歳」「欲しがりません勝つまでは」など)はやむを得ないだろう。だが、登場人物が自分の心情を舞台に落書きしたりするべきではない。私は、演出意図を目に見えるようにできなかったという点で、言葉に頼ることは才能の欠如だと思う。

③ ストーリーを改変してはならない

 台本上のト書きについてはそのまま実現するのは難しい。むしろ、ト書きについては、ひとつの隠喩として捉えるべきだと考える。

たとえば、登場人物が涙を流して泣くという行為がト書きに書かれているとする。「泣く」というその行為を隠喩として示して、むしろ笑ったり、歩き回ったり、何かの道具を振り回したりするのでもいいだろう。だが、それはあくまでも、台本の背後にあるものを示すものであるべきだ。

が、ともあれ、ト書については、隠喩であれば、文字通りにト書きを守らなくてもよいと思う。だが、中心的なストーリーを変えてはならない。ここで「中心的」というのは、いってみれば、ストーリーを100字ほどに要約した場合にも語られるような骨子としてのストーリーだ。

「実はローエングリンは英雄ではなく卑怯者だった」「トリスタンとイゾルデは実は愛し合っていなかった」「台本では主人公が死ぬことになっているが、実は死んでいなかった」などの演出をこれまで見たことがあるが、これらはまさしくストーリーの改変にほかならない。

もちろん、それが隠喩として成り立つレベルの改変であれば、許される。だが、それを超すものであれば(もちろん、その基準は明確ではないが)、許されない。こんなことが許されるのなら、指揮者が自分でモーツァルトやワーグナーの音楽を書きかえることができることになってしまう。

 ストーリーを改変してはならない理由の一つに音楽との矛盾が広がるという点がある。舞台上ではトリスタンとイゾルデが愛し合いもせずそっぽを向いているのに音楽は陶酔的な愛を描き、激しい愛をうたっているとすると、それは「異化効果」などで済まされる問題ではない。

④ オペラは、演出の読み取りを目的とするものではない

 演出家が様々な意味を舞台上に示し、観客は、まるで演出家の仕掛けた謎に挑むかのように意味を解き明かす。今の演出はそのようになっているように見える。

 もちろん、舞台を見るということは何らかの形で意味の解読という面を持つ。映画を見るのも絵画を見るのも、何らかの形で意味を読み解く行為だ。だが、それが目的になって、演出が謎の提出、オペラを見るのが謎解きという行為になってしまったのでは、本末転倒でしかない。

 オペラは音楽が主役だ。音楽の中に十分な意味がある。とりわけワーグナーやシュトラウスは音楽に複雑な意味を持たせている。それと合致した意味を演出によって表現しているのなら、もちろん全く問題がない。だが、音楽と異なる意味を演出によって舞台上に充満させては、それは音楽を邪魔していることにしかならない。

 音楽的な最高の聞かせ場で、登場人物があまりに突飛な行動をとるために、それに驚き、その行動の意味を考え、演出の意味を読み解くことに気を取られて、音楽に注意が向かなかったという経験がよくある。

 もし、演出家がその音楽性を否定し、まさに異化効果としてそれを行い、それによってその作品の本質、その行為の本質をえぐりだすのであれば、それも最終的手段としてありうると思う。だが、そうでもないのに、それをするべきではない。

⑤ オペラ演出は一部の知的エリートだけのものであってはならない

 演出によって意味を充満させるべきではないというのは、オペラ演出の意味を読みとることを得意とする知的エリートのみを対象とした演出にするべきではないということでもある。どうしても、演出を読みとるには、作曲家について、時代背景についての知識が必要であり、なおかつ、ときには演出家のそれまでの演出理念などについての知識も必要だろう。だが、そうした観客はごく一部だろう。

 おそらく私は、実際の上演とテレビ放送やDVD(あるいはそれ以前のビデオやLD)を含めて、1000本以上のオペラを見ているだろう。だから、かなり演出意図を読みとることはできる部類に属すると思う。シュトラウスやワーグナーも大好きなので、かなりの知識がある。フランス文学を勉強していたので、世界史についてもそこそこ知っている。演劇に関心がないとはいえ、演劇科にいたので、かつて演劇理論などはそれなりには勉強させられた。その私が理解できず、読みとれない演出も少なくない。傲慢で言うのではない。オペラをこれだけ見てきた私が読みとれないのであれば、そのオペラを初めて見る人やこれまで数回しか見たことのない人(日本人の客の過半数がそのような人だと思う)は、それを読みとることのできない人が多くても当然だろう。意味の読み取りを重視すると、どうしてもそうなる。

 それゆえ、オペラ演出は意味で充満させるのでなく、それを見た人のほとんどがストーリーと演出意図を理解できるような演出であるべきだ。少なくとも、それをめざさなければならない。一部のエリートだけを相手にし、読みとれなかった人間をレベルの低い人として軽視するような演出であれば、遅かれ早かれ自ら客を減らすことになってしまうだろう。

 

 以上が、現代のオペラ演出についてのとりあえずの私の考えだ。

現代演出について疑問を持っている人のほとんどが、大体においてこのような考えを持っているのではなかろうか。少し先回りして言うなら、サロメのコンヴィチュニー演出は、まさしく、ここで挙げた原則の多くに違反していると、私は考えている。が、それについては、だいぶ後になると思うが、考えるところを示そうと思う。

 ふだん、一つのブログの記事を書くのに30分以内という制限を設けて、大慌てで書いている(だから、文体も練っていないし、変換ミスなども多い! 面目ありません!)。猛烈に忙しいので、そうしないと、仕事の時間や音楽を聴く時間が取れない。が、今回、ちょっとだけ気合を入れて書いたので、数時間を要してしまった。

このようにたびたび書くのはかなり負担が大きい。よって、今後も、気合を入れて書くのはごくまれということになると思う。ご容赦願いたい。

| | コメント (18) | トラックバック (0)

グリマルと矢野玲子のヴァイオリン・デュオ

 36日、多摩大学で父母懇談会に出席した後、武蔵野市民文化会館小ホールで、ダヴィッド・グリマルと矢野玲子のヴァイオリン・デュオを聴いた。

 グリマルは、2005年にナントで聴いてとてもよかった。それ以来、何度か聴いてきたが、毎回、高いレベルだった。今回は、それに矢野玲子が加わる。曲目は、前半に、バルトークの「2つのヴァイオリンのための44の二重奏曲」から数曲、プロコフィエフの2つのヴァイオリンのためのソナタ ハ長調、そして矢野玲子によるイザイの無伴奏ヴァイオリンソナタ ホ長調。後半に、グリマルによるイザイの無伴奏ヴァイオリンソナタ ニ短調と、同じくイザイの2つのヴァイオリンのためのソナタ イ短調。

 矢野玲子は、20代の宝塚の男役のような風貌の女性。とても美人だが、顔の表情が大きくて男っぽい。演奏する音楽も、思い切りがよく、音に迷いがない。技巧は確かでバリバリと弾きまくる。なかなかの演奏。次々にすばらしい日本人ヴァイオリニストが出現することに驚く。ただ、ちょっと一本調子を感じた。もう少し多様な表現を身につけると、ものすごいことになると思った。

 グリマルはもっとずっと表情豊か。イザイのソナタなど、論理的に音楽を作って最後にどんどんと盛り上げる。とてもよかった。ただ、2005年にベートーヴェンのコンチェルトを聴いたとき、もっと感動した覚えがある。グリマルにしては、ちょっと物足りないと思った。

 最後の曲、イザイの2つのヴァイオリンのためのソナタは、なんだかわからない曲だった。私には、2台のヴァイオリンの曲は、どうも座りの悪さを感じる。やはり、ピアノか何かの楽器がほしいと思ってしまう。退屈だった。一体、なんでこんな組み合わせの曲を作ったのだろうかと疑問に思った。

 アンコールとして、バルトークの二重奏曲から2曲、再び演奏された。

 かなり高レベルの演奏だったが、グリマルにもっと大きな期待をしていたため、そしてイザイの最後の曲がどうも納得のできない曲だったため、不完全燃焼のまま家に帰った。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

ヴィルデ・フラングの見事な無伴奏ヴァイオリン

実は今の時期、難関大学ではない私の勤める多摩大学などでは、実に忙しい。まだ入試を行っている(現在、ほとんどの大学で、一つの学部の入試は一度や二度でなく、AO入試、推薦入試を含めて、10回以上あるはずだ)し、入学してくる学生へのサービスもしっかり行っている。それに、私がファンクラブの会長を務めているネマニャが来日したり、ラ・フォル・ジュルネ関連の仕事が重なって、あまりの忙しさで動きが取れない。しばらく肝心の原稿に手を付けられずにいる状況。しかも、腰痛に悩んでいる!!

そんななか、33日、多摩大学で教授会、その後、4月に入学する学生を集めての入学前教育体験のゼミを行ってから、武蔵野市民文化会館に向かい、最近話題の美人ヴァイオリニスト、ヴィルデ・フラングの無伴奏ヴァイオリン・リサイタルを聴いた。

20代の若い美人ヴァイオリニストだとは知っていたが、それにしても、あまりにチャーミングなのにびっくり。スタイルも抜群。が、響いてくる音は、そんなかわいらしい容姿をぶっ飛ばすようなものだった。

まずはバッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番。次に、予定が変わってブルスタードという現代作曲家の「おとぎ話」組曲から3曲。後半は、バルトークの無伴奏ソナタ。

研ぎ澄まされ、はつらつとした美音。テクニックは完璧でいともたやすく難曲を弾きこなす。リズムも音程も崩れない。構成もしっかりしており、若いのに、一人でしっかりと世界を作っている。若い人が無伴奏曲を弾くと、どうしても崩壊しがちになるのだが、そんなところは微塵もない。

が、バッハに関しては、やはりまだ十分に訴える力がないと思った。ちょっと平板で、深い人生観や信仰などを感じない。ネマニャのような魂をゆすぶる躍動も不足していると感じた。それはそれで、余計なものがなくて良いともいえるが、私の好きなバッハはもう少し別の要素の強いものだ。

ブルスタードの音楽もおもしろかった。軽妙でありながら、しっかりと古典的な様式を保ち、しかも現代のにおいがする。

が、圧巻はバルトーク。先に言ってしまうと、実は、私は戸田弥生さんの演奏で初めてこの曲の実演を聴いて圧倒されたのだったが、戸田さんのひたむきで張り詰めたものとはかなり雰囲気が違うので、初めは少し戸惑った。むしろもっとあっさりと弾き、戸田さんの演奏のようにはバルトークの苦悩などはあまり伝わらない。もっと開かれた世界。むしろ、音とリズムの世界で論理的に世界を作っていく。それが小気味いい。しかもダイナミックで音が生きている。第二楽章はとりわけ心が躍るようだった。

弦が切れたということで、アンコールはなし。なくて良かった。このバルトークの後に何かを聴く気にはならない。

一昨日、昨日と二日連続してネマニャ・ラドゥロヴィチのヴァイオリンにしびれたばかり。それに比べれば、すこし味の薄いヴァイオリンだったが、十分に満足した。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ネマニャ・ラフォゥロヴィチの圧倒的コンサート「悪魔のトリル」のことなど

 昨日(32日)は朝から、忙しく、実り多い一日だった。

 まず、立川のたましん(多摩信用金庫)winセンターに行き、多摩フィルの音楽監督今村さんとともに、たましんの方(仕事上の関係なので、あえて、お名前は出さないことにする)とお話しした。今、多摩フィルと多摩大学樋口ゼミの間で計画している多摩音楽祭という壮大な計画について、様々なアイデアをいただいた。当面の協力もお願いした。忙しい時間を使っていただいたが、とても実りある時間だった。

 今村さんと昼食をすませて、神保町の集英社に行き、今度、アメリカのオーケストラ

に関する本を出す評論家の山田真一さんと対談。山田さんの本を読ませていただいたが、とてもわかりやすくおもしろい本だった。

 実は私は「ドイツ音楽至上主義者」というほどではないが、それにかなり近い人間。だから、アメリカのオーケストラには長い間、偏見を抱いていた。「機能性ばかり追求してヨーロッパ的な音楽性に欠ける」と思っていた。近年になって、やっとアメリカのオケの音楽性を認識するようになったところだった。だから、山田さんは私よりも10歳以上年下で、しかも対談という形だったが、こちらからはいろいろとアメリカのオケの歴史、日本のオケの現状など、教えてもらうことばかりだった。

 アメリカで育ち、今はヨーロッパで活動している本格的な研究者であり評論家。私は単なるもの書きの音楽愛好者でしかないので、話がかみ合わないのではないかと思っていたが、山田さんはとてもよい方で、楽しく話ができた。

 話の内容については、近いうちに活字になると思うので、関心のある方はそれをご覧いただきたい。

 その後、週刊アスキーの対談で、コラムニストの神足裕司さんとお会いして、拙著『音楽で人は輝く』やふラ・フォル・ジュルネについての話した。いろいろと予想外の展開になったが、ここではあまり書けない。これも近いうちに活字になると思う。

 こうして、夕方、東京オペラシティコンサートホールに到着。もちろん、私がファンクラブの会長を務めるネマニャ・ラドゥロヴィチを中心としてコンサート「悪魔のトリル」のため。

 前日、ファンイベントで演奏されたのと同じ曲もあり、またイベントの前のリハーサルで聴いた曲を再び聴けた。昨日のブログで紹介した5人の弦楽器奏者をバックにしてネマニャがヴァイオリンを演奏。

 言うまでもなく、透明で細身の素晴らしい音。そこから繊細で美しく、甘美で、しかも、情熱的な音楽が醸し出される。いやはや最高の音楽体験。昨日書いたことなので、繰り返さない。ただ、圧倒的であって、稀代のヴァイオリニストであることを改めて書いておく。このファンクラブの初代会長を務められて、名誉に思う。

 ただ、やはりホールが大きすぎるのを感じた。昨日、200人も入らない狭いホールで、ネマニャが弦に弓を載せる音、かすかな音まで聞こえる状況でないと、ネマニャの本当の凄さが伝わらない。あの絶妙のスタッカート、正確で無駄のない指づかいなど、近くで聴くと手に取るように分かり、魂が揺さぶられる。が。1000人以上入るホールでは、それが伝わらない。

 そして、もう一つ、やはりもっと本格的な曲を聴きたいと心から思った。バッハ、ベートーヴェン、ブラームス、ラヴェル、バルトーク、イザイといったヴァイオリン独奏曲を聴きたい。まだまだネマニャの知名度が日本では低い。だから、このような曲を演奏してもらえる機会が少ない。もちろん、今回のような曲を集めたコンサートもあっていい。これも彼の魅力だ。だが、彼はそれだけの人ではない。ファンクラブの力で、そのような本格的なコンサートもできたら、どんなにいいだろう。

 終演後、サイン会が開かれ、おそらくは200人ほどの人が行列を作っていた。ファンクラブ会長としては、最後までたちあおうかと思ったが、腰の痛みがあるので、帰らせてもらうことにした。

| | コメント (11) | トラックバック (1)

ネマニャ ファンクラブイベント大成功!!

 昨晩(31日)、私が会長を務めるネマニャ・ラドゥロヴィチのファンクラブ「プレピスカ」主催のイベントが行われた。その準備のため、午後から、池袋駅から10分ほどのところにある自由学園明日館に出かけ、ファンクラブのスタッフとともにイベントの準備をし、打ち合わせをし、イベントを行った。言うまでもなく、スタッフというのは、熱狂的なネマニャファンたち。

 翌日(つまり、今日)オペラシティコンサートホールでネマニャと弦楽五重奏のメンバーによる「悪魔のトリル」と題されたコンサートが開かれる。そのリハーサルを午後3時半からしてもらい、その後の時間をもらってイベントを行うことになったのだった。

 午後2時半、スタッフ集合。ほとんどが女性。様々の技術と才能、そして人脈のあるスタッフがそろっているので、素人集団なのに、みんなが手分けしてきわめて的確に準備が整った。

午後3時を少し過ぎたころ、ネマニャと弦楽五重奏のメンバー(ギヨーム・フォンタナローザ、フレデリック・ドゥシュ、ベルトラン・コス、アンヌ・ビラニェ、スタニスラス・クシンスキ)が到着。少し挨拶して、すぐにリハーサルがはじまった。リハーサルを聴けただけでも幸せ。スタッフの多くも準備をさっさと済ませて、リハーサルに耳を傾けた。

リハーサルが終わった後、ファンクラブを代表して、私がネマニャにインタビューした。その内容は近くファンクラブのHP(今のブログを受け継ぐ形で近日中に立ちあげ予定)に掲載することになるだろう。

私が気になっていたのは、私たちの会の名称「プレピスカ」をネマニャが気に入ってくれるかどうかだった。この名称は、セルビア語で「交流」「対話」「交感」などを意味する。ネマニャの音楽が作曲家と演奏家と観客の間の交流であり対話であり交換であり、それこそが彼の音楽の本質だと思うので、第一回総会でそのように決めたのだった。

ネマニャはこの名称をとても気に入ってくれて、「私も音楽をそのよう名だと思って演奏している」と言ってくれた。

そして、19時から本番。雨なのに100人以上が集まった。申し込み者の中で来場しなかったのは確か3人だけだったと聞いた。みんなの熱心さがこのことだけからもわかる。

副会長の金谷俊一郎氏(日本史ライターであり、日本史のカリスマ予備校講師であり、テレビでもおなじみの日本史の達人にして駅弁王子)の司会で私も少し会の趣旨などを話して、すぐにコンサートが始まった。

ネマニャと5人とメンバーで、まずは翌日の演奏曲の一つクライスラーの「プニャーニの様式による前奏曲とアレグロ」、シューベルトの「ロンド」、チャイコフスキーの「懐かしい土地の思い出」より「メロディ」そして、アンコールとしてヴィヴァルディの「四季」の中の「夏」から第四楽章。そして、もう一曲。最後のこの曲は実は知らなかったが、スタッフによれば、映画『シンドラーのリスト』の音楽ではないかとのこと。

例によって凄まじい演奏。研ぎ澄まされた音、激しいところは火を吹くようで、甘美なところは実にしっとり。それが少しも不自然ではなく、内面から浮き上がっていく。強く鋭く、しかも優しく美しい。心の底から感動し、魂をゆすぶられる。私は現代最高のヴァイオリニストの一人であり、ハイフェッツ、オイストラフ、クレメルを継ぐべき人間だと確信している。

いらしてくれた方々も魂を揺さぶられたようで、大喝采。実は様々の制約から30分しか演奏できないとの事前の打ち合わせだったが、ネマニャがかなりのってくれて、次々と曲を増やしてくれた。

その後、来てくださった希望者全員、ネマニャとのツーショット写真を撮り、短いが交流の時間が設けられ、ネマニャが持ってきてくれたチョコレートや香水やサイン入りポスターを、ネマニャ自身が抽選して合計18人にプレゼント。会は最高に盛り上がった。その間も、ネマニャは笑顔を絶やさず、客の話にも耳を傾け、親切に対応してくれた。音楽だけでなく、人柄にも多くの人が圧倒される。子どものころにセルビアで戦争を体験したというが、そのせいなのか、若いのに実に人生体験の豊かさ、親切さ、人々への愛情を感じる。これでまた、ネマニャに対する熱意が多くのファンの中に強まったはず。

見知らぬ方を含め、多くの方に、「素晴らしいイベントを企画してくれてありがとうございます」と声をかけられた。何よりもネマニャと5人のメンバーの音楽の力であり、力を結集してくれたファンクラブスタッフの力。カメラマン、通訳、受付などの役割を引き受けてくださった多くの方々の力による。

その後、スタッフが集まって、打ち上げ。深夜に家に帰った。

大満足の一日だった。素晴らしい演奏。素晴らしい仲間たち。私自身は、最も無能なスタッフだったと思うが、この会を立ち上げ、こんなイベントができて、とてもよかったと思った。私も音楽の世界に間違いなく良いことをしたと思った。

 実は、ぎっくり腰で痛み止めの薬を飲んでいる。不通に立って歩くのには支障がないが、腰をひねると強烈な痛みが走る。お医者さんによれば、薬と体操ですぐに治るとのこと。とりあえず、よかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年2月 | トップページ | 2011年4月 »