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このごろ気になっていること ぎっくり腰とカンニングとネマニャ・カクテル

・ぎっくり腰

 ぎっくり腰に悩みだしてから、2週間ほどになる。

 実は、私が最初にぎっくり腰に襲われたのは、24歳のとき。アパートにこもりきりで修士論文を書いていたころ、立ち上がった途端に腰に激しい痛みを覚えた。歩けないほどの激痛だった。その時、医院で治療を受けて、ウィリアムズ体操という腰痛体操を教えてもらったら、これが劇的な効果があった。体操そのものは簡単で、痛みも感じない。それなのに、体操を始めるとぐんぐんと痛みが引いて行った。

 それから35年ほどたつ。その後もずっと腰痛に悩まされ、何度も、ぎっくり腰の一歩手前の状態になった。が、そのたびに、マッサージをしてもらったり、ウィリアムズ体操をしたりして、なんとかしのいできた。

 ところが、相変わらずの運動不足、とりわけ多摩大学に勤めるようになってから、大学にもコンサートにも車を使うことが多くなった。ナントのラ・フォル・ジュルネから帰ってからというもの、休みをまったく取れない状態が続いた。しかも、風邪をひき、咳がいつまでも続いた。そこで、今回のぎっくり腰がやってきたのだった。

 今回も信頼できる医院の治療を受けて、かなりよくなった。立つことにも歩くことにも支障はない。が、腰をひねるとまだ痛みが走る。日常生活で、結構腰をひねる行為をしているものだ。寝返りがうてない。車に乗ってバックさせるとき、気を付けないと、腰をひねって後ろを見てしまう。そのほか、ここに書けないような行為も、腰をひねることによって成り立っている。

 薬と新たに教えてもらった体操のおかげで、ずいぶん改善された。もしかしたら、あと数日でほぼ完治するのではないかと期待している。

・知恵袋カンニング事件

 京都大学などの知恵袋によるカンニング事件が大学関係者の間でも話題になっている。

 私も報道のあり方には大いに疑問を持っている。これは、新聞の事件面の片隅に少し出る程度の事件だと思う。「知恵袋助けはいらぬ我が母校」という大阪府の平尾一吉という人の川柳は傑作だと思った。そのような茶化しの許されるレベルの事件だ。この犯人が、まるで殺人犯であるかのように扱われるのには、強い抵抗を感じる。

が、大学が警察権力の力を借りたことも、警察が予備校生を逮捕したこともやむを得ないと思う。

現在の報道が正しいとすれば、あのような不正行為を試験監督者が見つけることは難しい。私も入試監督をしているが、監督業務のなかに、カンニングの摘発を促すようなことは含まれていない。もちろん、不正をしないこと、携帯電話をカバンの中にしまうこと、そうしないと不正行為とみなされることは初めに口頭で伝える。監督者がカンニングを見つけたら本部に届けて協議することは定められている。だが、監督者の最大の目的は、受験生が実力を出し切る環境を作ること、それを妨げられる状況が起こったら、それを改善することだ。それをかいくぐって不正をされたら、それを摘発することはできない。私が試験監督をしたときにこのようなカンニングが行われて、責任を問われたとしたら、かなり困ってしまう。

今回の不正は、これまでの「自力でのカンニング」と異なって、ITを使って他者の力を得ての不正であって、現在の入試制度の根幹を揺るがすものだと思う。韓国でも、携帯を用いたカンニング事件があって大騒ぎになったというが、それが大きな事件として扱われたのも、「個人の力を見る」という入試の根幹が危機にさらされたためだと思う。これをこれまでのカンニングと同一視することはできない。

起訴するべきではないと思うが、正式に逮捕し、その手口を明確にして、再発防止に役立てるべきだと思う。そのためには、警察が乗り出すのはやむを得ないだろう。

この件に関して「大学の自治」という言葉が使われていることをネットで見た。もちろん、私は大学紛争世代の人間であり、かつて「大学の自治」という言葉をずいぶん使ってきた。「産学共同体制粉砕」を叫んできた。が、「産学共同体制」が推進され、大学が大衆化し、良くも悪くもかなり徹底して国民によって選ばれる政府が定着した現在、昔ながらの「大学の自治」を根拠に警察に力を借りることを否定するのには私は違和感を覚える。

もう少し、現在の大学のあり方、その中での「大学の自治」のあり方を考え直すべきだと思う。ただし、残念ながら、それについてこうあるべきだという強い信念を私が持っているわけではない。

そして、もう一つ考えるのは、これからはいっそのこと、外部と交信してもよいような試験問題を考えてもよいのではないかということだ。私が何かについて意見を書くとき、ネットや本などで調べて書く。調べるためにどのようなツールを使うか、見つけ出した情報を用いてどのように考えるかということこそが、大事な点だ。入試であっても、どれほど暗記したかよりも、どのように情報を取り入れ、それをどう利用したかという力を見てもよいのではないか。それこそが、実社会で役に立つ能力なのだから。

もちろん、そのような試験をすれば不正がなくなるということでもなく、別の形の不正が出てくるとは思うが、ある意味で、「個人の知識量を見るための試験」そのものを見直す時期になっていると言えるかもしれない。

・ネマニャのこと

 ネットでネマニャを検索していたら、3月11日のTBSテレビ「Nスタ」で、ネマニャ・ラドゥロヴィチをイメージしたカクテルが紹介されることを知った。

http://catman-flair.blog.ocn.ne.jp/blog/2011/03/nemanja_radulov.html

ネマニャをイメージしたカクテルとはどんなものだろう。テレビでは味がわからないのが残念。だが、いずれにしても、ネマニャが多くの人に知られ、その音楽性に関心を持つ人が増えてくれれば、こんなうれしいことはない。私はもちろん、録画予約をして、楽しみに待っている。

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コメント

腰痛は厳しいですね。漢方薬もいいのですが、革靴を履かれている時に、中にスニーカーの中敷を使用すると、歩くときに腰や膝への振動や負担を軽減してくれる場合もあります。自分もこのやり方でけっこうよくなりました。もしよろしければお試しください。もし靴がきつくなったら少しだけ甲高の靴にするといいかもしれません。お大事にしてください。

京都の一件は正直あそこまででかく報道することなの?という気がします。もっと大事なことが他にもあるのにと、正直もうけっこうというかんじでした。たしかに覚えたものがちの試験から、どういうものを使って調べるかということまでみるという、実用的な試験も導入し比率を高くするということが、そろそろ必要な時期にきているのかもしれません。

投稿: かきのたね | 2011年3月10日 (木) 21時16分

かきのたね様
コメントありがとうございます。「かきのたね」さんから、音楽以外のことでコメントが入ったのはおそらく初めてですね。ちょっと驚きました。
スニーカーの中敷きですか。ちょっと考えてみます。ただ、おそらく私の場合、それ以前にたとえ靴を履いてもほとんど歩かない、ずっと座っている・・・というところに問題がありそうです。
カンニング報道、リビアや国会問題よりも先に報道していましたね。いくらなんでも行きすぎですよね。

投稿: 樋口裕一 | 2011年3月11日 (金) 09時01分

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