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黒澤明「静かなる決闘」「隠し砦の三悪人」

 やっと震災ショックから立ち直って、日常生活に戻りつつある。私たち、被災しなかった人間が今するべきなのは、日常生活を取り戻すことだと思う。パニックに陥らず、いたずらに自粛せず、本来の仕事をし、かつてと同じように物事を楽しむことだ。そうしてこそ、日本を復興できると思う。それが被災をした人を最終的には支えることになるはずだ。残念ながら、計画停電の影響で様々な制約があるが、できるだけ以前と同じような生活をしたい気になった。

 そんなわけで、行く予定だったコンサートはすべて中止になっているものの、CDで音楽を少し聴くようになった。が、やはり黒澤映画が気になる。しばらく、黒澤映画の感想を続けよう。

「静かなる決闘」

 昭和24年の映画。戦争中、手術をしている間に梅毒に感染してしまった軍医(三船敏郎)が、敗戦後、愛する女性(三條美紀)と結婚できず、悩みぬく。タイトルにある「静かなる決闘」というのは、医師の中で繰り広げられる男の欲望と医師の良心との決闘を指しているのだろう。医師に梅毒をうつした上に、自分の梅毒を隠して結婚し、妻と胎児を不幸に追いやり、ついには発狂する男。世をすねていたのに、医師の苦しみを知って人生にしっかりと挑み始め、看護婦としてしっかりと生き始める女(千石規子)。そんな人物たちが医師と対比的に描かれつつ、ドラマが展開する。

 千石規子の演じる女を前にして、これまで自分の苦しみをあらわにしたことのなかった医師が自分の心の中の決闘をぶちまけ、それを聞く女が声をあげて泣き出す場面は実に感動的。この場面によって、この映画全体が生きている。何はともあれ、千石規子が素晴らしい。後年、意地悪でエクセントリックな役ばかりを演じていた千石規子だが、実にチャーミングでういういしい。千石さんはかなり高齢のはずだが、健在だろうか。

 このような映画が強いリアリティを持って描かれるということは、当時、腐敗と良心という大きな問題が社会的に大きな意味を持っていたのだろう。闇市のにぎわう盛り場で、金と欲望に突き動かされながら腐敗の中で生きる人々が多かったのかもしれない。現在では、ちょっと時代がかかって見えるが、映画の作りのうまさのために、十分な説得力を持っている。

「隠し砦の三悪人」

 三船敏郎演じる戦国武将が、戦いに敗れたのち、軍資金と主君の姫君を隣の同盟国にまで脱出させる物語。そこに、欲張りで臆病できわめて人間的な百姓上がりの足軽二人(千秋実と藤原釜足)がからむ。

 初めのうち、雪姫にかなり違和感を抱いた。上原美佐という新人(その後、何本かの映画に出たらしいが、この女優さん、私はまったく記憶していない)で、はっきり言って、演技はかなり下手。しかも、豊かな胸と足の線を強調した和服。もちろん、実際の戦国時代にそのような着物はなかっただろう。

 そして、最後のほうに、祭りの場面があった。北野武監督の『座頭市』の最後のタップダンスを思わせるような踊りの場面。ディオニュソス的と言ってよいような派手な踊りだ。

そこで合点がいった。黒澤はこの場面を生かすため、これを不自然にしないように、姫の服をあのように西洋的にしていたわけだ。姫は異界の人間であって、あの着物、あのしゃべりに不自然さは必要なものだったのだ。ある種の伏線だったといえるだろう。

そこで、もう一つ合点が行った。北野武は、なぜ座頭市を金髪にしたのか、ずっと気になっていた。単に異界の存在であることを強調したかったのだろうと思っていた。が、やっとわかった。きっと、北野監督は、最後のタップダンスの場面を山場にもっていきたかったのだ。だが、それを不自然にしないためには、伏線がいる。その伏線の一つが座頭市の金髪だったというわけだ。北野監督は明らかに、『隠し砦の三悪人』も影響を受けて、『座頭市』を作っている。

私は黒澤映画を見ると、ともかく「うまい!」と思う。すべてが計算しつくされ、論理的に話が進む。ストーリー上の伏線もあれば、先ほど述べたような観客の無意識な部分に訴えかける伏線もある。一般的には、計算しつくされた映画というのは、静的になってしまうのだが、黒澤映画はそうはならない。そこでも、黒澤は、静的にならないために、三船をはじめとして豪放な役者を上手に使い、迫力ある映像にして、豪快でダイナミックにしている。

芸術的感動には至らなかったが、娯楽映画として、大傑作だと思った。

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コメント

樋口さん、お久しぶりです。

黒澤の「隠し砦」は最高のエンターテイメントですよね!

>やっと震災ショックから立ち直って、日常生活に戻りつつある。パニックに陥らず、いたずらに自粛せず、本来の仕事をし、かつてと同じように物事を楽しむことだ。

樋口さんの毅然たる姿勢は、市井の人々が見習うべきものですが、本当の震災ショックはこれからです。原発は確実に悪くなっていますし(恐らく世界最大の原子力事故になるでしょう)、夏に向って電力不足はますます深刻になるでしょう。放射能汚染に敏感な欧米人指揮者が来なくなり、演奏会は閑古鳥・・・いやいやマイナス思考はキリがないですね。やめます。

小林研一郎氏が、26日の東響定期で、実に感動的な「エロイカ」を振りました。間違いなく、氏の最高演奏の一つになりました。

ネルソンスもキャンセル、アルミンクの「ばら」はやるのかなぁ・・・。なんか世の中暗いですね。私が指揮者だったらバンバン演奏会やるのに。

投稿: ねこたろう | 2011年3月28日 (月) 22時24分

ねこたろう様
コメント、ありがとうございます。
そうですね、原発につきましては、ますます厳しくなり、来日コンサートのかなりが中止になるかもしれませんね。ラ・フォル・ジュルネについては、予定通りに実行することが今のところ明確にされていますが、もちろん楽観はできません。
アルミンク、ニールンドの「ばらの騎士」、楽しみにしているのですが、これも大いに心配しています。そんなときこそ、日本人演奏家に実力のほどを示してほしいものです。
今は春休み中で大学の授業がありませんので、1日にできれば1本のペースで黒澤映画を見ていきたいと思っています。「隠し砦」は黒澤の大傑作の一つだと思いました。

投稿: 樋口裕一 | 2011年3月29日 (火) 08時00分

>千石規子の演じる女を前にして、これまで自分の苦しみをあらわにしたことのなかった医師が自分の心の中の決闘をぶちまけ、それを聞く女が声をあげて泣き出す場面は実に感動的。この場面によって、この映画全体が生きている。

確かにあのシーンはすごいですね。
黒澤の本を読むと撮影現場でもあまりの迫真の演技にみんなもらい泣きしてたそうです。
ただ「静かなる決闘」の原作は菊田一夫の「堕胎医」だそうですが原作では主人公は梅毒のせいで発狂してしまうそうです。
ところがGHQの検閲にあって脚本を今のように変更させられたらしいです。
梅毒患者がこの映画を見て絶望して病気の治療をしなくなったら困るから・・・というのが検閲の理由らしいですが、他人に移された梅毒で無垢の主人公が発狂してしまう方が絶対黒澤らしいドラマティックなエンディングなのに残念です。

それと千石規子は「生き物の記録」の演技が圧倒的に素晴らしいですよ。
ほとんどセリフのない役ですが気弱な夫を操る日本版マクベス夫人みたいな役で名演です。
そういえば「生き物の記録」って映画としては傑作ですけど、主人公が放射能の恐怖に追い詰められて行くところがまったく理解不能でしたが、福島原発の事故以来の切迫した事態を思うと現在ではすごく切実な映画ですね。
僕は「生き物の記録」はタルコフスキーの「サクリファイス」にも影響を与えたと思ってるんですが(同じく主人公が原爆の恐怖から○○するところなど)先生の意見を聞いてみたいです。

関係ないですがNHKのBS-hiが4月からBSプレミアに変わりまして、4/4にハイビジョンで「東京物語」のデジタルリマスター版が放送されますよ!
予告を見るとあの薄暗くてノイズだらけで汚かった画面がキズがすっかりなくなって見違えるような画質です。(きれいになったせいで笠智衆の老けメイクがわざとらしく見えます)。
・・・あとは地震のテロップが入らない事を祈るのみです(笑)。

投稿: k | 2011年3月31日 (木) 19時02分

k様
コメント、ありがとうございます。
「発狂」のこと、知りませんでした! なるほど!
「生き物の記録」、40年ほど前に見て、私も説得力を感じませんでした。ベルイマンの映画にも、核に脅威におびえる牧師が出てきたような記憶がありますが、それにも納得できませんでした。千石規子には覚えがありません。数日後には見る予定でいます。
タフコフスキーは実は苦手な監督です。封切時に「アンドレイ・ルブリョフ」と「惑星ソラリス」を見て、映像美に圧倒されると同時に、ストーリー的に混乱してしまいました。とりわけ、「アンドレイ・ルブリョフ」は、同じような暗い顔をして同じ格好をした修道士が何人も出て人物の見分けがつかず、まったくもってチンプンカンプン。今まで見たすべての映画の中で最も理解不能な映画でした。それがトラウマになって、その2本以外見ていません。いちおう、BSで放送されるときには録画だけはしていますが。録画を探してみて、みつかったら、見てみましょう。
「東京物語」はいい映画ですね。録画することにします。

投稿: 樋口裕一 | 2011年3月31日 (木) 23時53分

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