« わがゼミ主催のコンサート、大成功! | トップページ | ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンの大幅縮小と『エレクトラ』のDVD »

「ばらの騎士」に生まれて初めて退屈した!

 今日(4月10日)、新国立劇場で、「ばらの騎士」を見た。アルミンクの指揮とニールンドの歌うマルシャリンを楽しみにしていたのだが、放射能騒ぎで配役が大幅に変わった。前回の新国立劇場でのニールンドのマルシャリンは、ちょうど忙しい時期で見られなかったのだった!!

 とはいえ、歌手については、かなりのレベルだと思った。とりわけ、フランツ・ハヴラタが素晴らしい。この人は、08年のバイロイトでザックスを歌ったのを聴いて名前を記憶した。その後、DVDなどでも見てきたが、今日もさすが。文句なし。マルシャリン役のアンナ=カタリーナ・ベーンケも十分に聴きごたえがあった。もう少し声の強靭さと気品がほしいと思ったが、これだけ歌ってくれれば十分。よくぞ、この二人は放射能騒ぎの中、日本に来てくれた!

 ほかの歌手陣はほとんどが日本人。オクタヴィアンの井坂恵、ゾフィーの安井陽子も頑張っている。世界の超一流には負けるかもしれないが、十分、世界に通用すると思った。高橋淳のヴァルツァッキも実によかった。決してノーブルな声ではないが、この人が演じると、すべての役が生きてくる。日本人歌手の近年のレベルアップは注目に値する。

 最後の三重唱も見事。これぞ、シュトラウス・オペラの白眉!

 だが、それでも私は実は退屈でしかたがなかった。その理由は簡単。私は、マンフレッド・マイヤーホーファーの指揮が気に入らなかった。こんな状況下に日本に来てくれた指揮者を悪く言いたくないが、リズム感がよくなく、のっぺりしていて、まったく音楽を推進しない指揮だった。オーケストラの音楽がセリフのBGMのように思えた。音をきれいに合わせるので、これといった失敗はないのだが、これでは音楽が生きてこない。官能がにおい立つこともなく、精妙なアンサンブルに身が震えることもなかった。オーケストラそのものには特に不満はないが、指揮がよくないので、音の精妙さも出てこない。

 45年前から愛してやまない「ばらの騎士」で、生まれて初めて退屈した! アルミンクだったら、もっと精妙な演奏をしてくれただろう。だが、指揮者に大喝采している人もかなりいたので、誰もがこの指揮を平板と思ったわけではないのかもしれない。

 ジョナサン・ミラーの演出は、かなり穏健だった。「読み替え」演出よりはずっといいが、もう少し独自な踏み込みがあってもいいと思った。

|

« わがゼミ主催のコンサート、大成功! | トップページ | ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンの大幅縮小と『エレクトラ』のDVD »

音楽」カテゴリの記事

コメント

「来てくれた」というより、風評に動かされて「来なかった」連中には、「二度と来るな」と言いたいですね。日本のオケや演奏団体ならそれ位の選択肢はあるでしょうから。

投稿: isatt | 2011年4月11日 (月) 23時33分

isatt 様
ご無沙汰しています。
お気持ちはもちろんよくわかりますが、私は来日しなかった演奏家を責める気持にはなりません。海外の報道のされ方からすると、今、日本に来るのはかなり勇気のいることでしょうから。
ただ、日本のオーケストラの常任指揮者や音楽監督をしている方には、できれば責任を果たしてほしいですね。
そして、ラ・フォル・ジュルネには、ぜひ、予定されているすべての演奏家に勇気を持ってほしいものです。

投稿: 樋口裕一 | 2011年4月12日 (火) 08時52分

樋口さん、こんばんは。

私は千秋楽に行きましたが、素晴らしかったですよ。
マイヤーホーファーと新日、なかなかでした。初日は不慣れなところがあったのだろうと思います。ドタバタで、ほとんど沼尻さんが練習したそうですから。

初日を聴いておけば、樋口さんとバトル(もちろんいい意味で)できたのに!私は7日のをとって払い戻しになっちゃったんですよ・・・。

次の「ばら」はいつになるんでしょうね。楽しみだなぁ。

投稿: ねこまる | 2011年4月24日 (日) 17時33分

ねこまる様
コメント、ありがとうございます。
これまでの新国立での公演についての私の感想を思い返してみますと、ほとんど常に「主要歌手は素晴らしかったが、指揮がよくなかった」というものだということに気付きました。
どうやら、私はワーグナーやシュトラウスの指揮に関しては、頭の中で常にフルトヴェングラーやクラウスやカイルベルトやカラヤンやカルロスと比べてしまっているようです。今回の「ばら」がいかに素晴らしかったとしても、レコードで聴いたり、映像で見たりしていたカラヤンや、実際に生でも聴いたカルロスと比べると、あまりに凡庸なのです。数年前のファビオ・ルイージも素晴らしかったですからね。
歴史的名演と比べて不平を言うのはやめようと反省したところでした。

投稿: 樋口裕一 | 2011年4月25日 (月) 08時04分

樋口さん、こんばんは。

アルミンクさんと新日フィルはどうなるんでしょうね?ネットでは炎上してますね。(私はこの指揮者に何らシンパシーがないので、さほど興味はないのですが。)

・・・いやぁ、自分とは正反対の意見は勉強になります。今回はちょっと私の「ばら」体験について書かせてください。

70年代はカラヤン、ベーム、カルロス。カルロスはパパとカラヤンを見本にしたような演奏。カルロスの「ばら」はミュンヘンではドル箱でした。(GMDのサヴァリッシュは「ばら」をカルロスに譲っていたのです。)N響の茂木さんなんかも客席にいましたね。彼はまだ学生だったのかしら。カラヤンの60年・ベームの69年ザルツブルクも観たかった!カラヤンはやはりカラヤン。私にとっての「スタンダード」。

80年代はハイティンク、ドホナーニ、カラヤン。カラヤンはやや衰え気味。体が悪かったからなぁ・・・。ドホナーニはよく憶えてません。ハイティンクは温和そのもの。

90年代はカルロス&ウィーン国立歌劇場。70年代とは別人のような、なだらかな指揮。来日公演はバカ高いギャラとチケットだったとか。複数回公演を行うも玉石混交の感否めず。70年代のような覇気が皆無なのが残念でした。絶賛の嵐で、批判はウィーンでも東京でもかき消されていましたが(笑)最近日本語出版された伝記では、批判についても詳しく書かれています。

00年代はビシュコフ、メスト、ティーレマン、ルイージら「新時代」の旗手たち。メスト&チューリヒの圧勝。光彩陸離たるシュトラウス!ビシュコフとルイージはカルロスの亡霊が肩についているような、新鮮味に乏しい指揮。演出もバツ。ティーレマンは豊満。

10年代はマイヤーホーファー。間奏をここまで魅力的に演奏してくれた人を私は知りません。カラヤンのような豪奢な音響には乏しいけれど、鳴るべきところは鳴るという職人芸に感服。メト&ワールトが酷かっただけに、余計に感動?

もう、じいさんで、海外には行けないから、残念です。

「ばら」に金と労力をつぎ込んだ一生でした(笑)

投稿: ねこまる | 2011年4月25日 (月) 17時19分

ねこまる様
コメントありがとうございます。
私も、中学3年生のときに、カラヤン指揮、フィルハーモニア管のレコードに出会って以来、「ばらの騎士」に魂を奪われ続けてきたものです。残念ながら、海外では一度も見る機会はありませんでしたが。
そうですか、マイヤーホーファー、そんなによかったですか。私は、あまりに音楽をのろく感じ、まるで音楽を後追いしているようで、音楽を舞台を推進していかないところに不満を抱いたのでした。今後、聴く機会があったら、注意して聞きたいと思います。が、きっと初日よりも、日を追うにしたがってよくなったのでしょうね。
アルミンクは好きなタイプの指揮者の一人です。数年前のトリフォニーホールでの「ばらの騎士」は見事な演奏だと思いました。ただ、震災後の対応については、やはり残念に思っておりますが。

投稿: 樋口裕一 | 2011年4月26日 (火) 07時24分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/532807/51355493

この記事へのトラックバック一覧です: 「ばらの騎士」に生まれて初めて退屈した!:

« わがゼミ主催のコンサート、大成功! | トップページ | ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンの大幅縮小と『エレクトラ』のDVD »