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ヴィルピ・ライサネンのテレージエンシュタットの歌

 昨日(4月23日)、武蔵野市民文化会館でメゾ・ソプラノのヴィルピ・ライサネンとアコーディオンのヤンネ・ラットゥアのリサイタルを聴いた。テレージエンシュタットの歌が主として演奏された。外来演奏家の公演中止が続いたので、久しぶりの武蔵野だった。

テレージエンシュタット(チェコ語での名称はテレジーン)はナチスの強制収容所のあった場所。ここは音楽隊があったことで知られており、ガス室で殺される運命にあるユダヤ人たちがオーケストラを作るなどして活動したという。その行為は、ナチスが自分たちの残虐行為を隠蔽するためにも使われたが、一方で死を前にしたユダヤ人たちに生きがいや喜びを与えることにもなった。

私はこのことをプログラム・ノートで初めて知った。そういえば、30年以上前、バネッサ・レッドグレーヴ主演のテレビ番組が日本でも放送されたことがあった。なんという題名だったか覚えがない。レッドグレーヴがユダヤ人のオペラ歌手を演じた。強制収容所に送られながらも、名歌手であるためにナチスの将校に愛され、音楽隊の歌手として活動する物語だった。それ以上のことは覚えていない。

ただ、バネッサ・レッドグレーヴが将校の前で初めて歌を披露する場面(「蝶々夫人」の「ある晴れた日に」だったような気がする)があり、あまりにひどい歌なのできっと「こんなひどい歌を歌うなんて音楽への冒涜だ。すぐにガス室に行け」といわれると思ってひやひやしていたら、「素晴らしい」という反応だったので驚いた記憶がある。バネッサ・レッドグレイヴが吹き替えをしないで自分で歌ったので、そんなことになったのだった。申し訳ないが、その場面だけが強く印象に残っている。

もしかしたら、あのテレビドラマは、テレージエンシュタット、あるいはそれに似た別の収容所を題材にしたものかもしれない。

昨日は、そのテレージエンシュタットで活動した女性イルゼ・ウェーバーの作曲した曲(そのうちの一曲は自らがガス室に送られているときにも子どもたちとともに歌っていたといわれる子守唄)のほかマルティン・ロマン、ヴィクトル・ウルマンらの曲が、バッハのカンタータなどとともに演奏された。

以前からこのプログラムが予定されていたのかどうかは知らないが、実に今の日本にぴったりだった。死者を悼み、再出発を誓うのにふさわしいプログラム。演奏もすばらしかった。

メゾ・ソプラノのヴィルピ・ライサネンは清々しく美しい声で音楽的にも最高。近代のオペラよりもバロックや宗教曲を歌うタイプの歌手だ。エマ・カークビーなどの歌手の系列に属するだろう。容姿も素晴らしく、細身で清楚で美しい。大袈裟に歌うのでなく、さりげなく美しい声で歌うからこそ、悲しみや信仰が心に響く。声は小さめだが、音程もよく、音楽が生き生きとしている。アコーディオンのヤンネ・ラットゥアもしっかりと表情の難しい音楽を伴奏していた。息もぴったり合っている。

ただ、日本語字幕もなく、説明もなく、ユダヤ人たちの作った曲とバッハの曲が交互に淡々と演奏されるので、どこからどこまでが何の曲なのかもよくわからず、聴いているものとしては拍手のタイミングにも困った。しかも、前半と後半を合わせて正味50分も演奏されなかったのではなかろうか。もう少しパフォーマンスを工夫すれば、もっと感動も深かっただろう。せっかくの素晴らしい演奏が十分に生かされていないと思った。それにしても、もっとあちこちで演奏してほしいプログラムだ。

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