« 鳥栖のラ・フォル・ジュルネ初日 5月6日 | トップページ | ラ・フォル・ジュルネについての私自身の総括 »

鳥栖のラフォルジュルネは大成功! 5月7日

鳥栖のラフォルジュルネは大成功。チケットはほぼ売り切れ。来場者は5万5000人を超えたという。しかも、演奏の質もほとんどが最高レベル。
  無謀とも思えたプランが橋本市長の熱意、スタッフのとてつもない努力、そして音楽そのものの持つ力、そしてまたマルタン氏の作り上げたラフォルジュルネの理念の素晴らしさによって実現できたということだろう。応援して来た私もとても嬉しい。
  今日は疲れたので、詳しいことは後日書く。とりあえず、忘れないうちに、今日聴いたコンサートの感想を簡単に書いておく。

・シャニ・ディリュカによる子どものための演奏付きレクチャー。「月光」と「熱情」を題材にしてベートーヴェンについて解説。見事な演奏。「月光」の第一楽章のモティーフが「私は誰?」という問いだという説に納得。
 
・テディ・パパヴラミ(ヴァイオリン)、クレール・デゼール(ピアノ)でベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第7番と第5番 。
  パパヴラミらしい内面の情熱を密かに叩きつけるような演奏。ただ,客のほとんどがクラシック音楽初心者のため楽章ごとに盛大な拍手が入り、それで集中力が途切れた感じで、ナントで聴いたような激しい情熱の表現にはならなかった。もちろん悪い演奏ではない。パパヴラミが拍手に怒ったわけでもない。ただ、精神の盛り上がりが弱まってしまた感がある。ラフォルジュルネにおける室内楽の拍手のあり方は少し考えるべきかもしれない。
 
・ファイト・ヘルテンシュタイン(ヴィオラ)、トリオ・ショーソンでシューベルトの三重奏曲 変ホ長調 D897「ノットゥルノ」とベートーヴェンの五重奏曲 変ホ長調 op. 16(ピアノ四重奏版)

  素晴らしかった。トリオ・ショーソンらしい精緻で歌にもあふれた演奏。ただ、これももう少し盛り上がってほしかったが、その点では、ちょっと不満。客が盛り上がらなかったせいだろう。初心者には馴染みにくい曲なのかもしれない。
 
・シャニ・ディリュカ(ピアノ)、九州交響楽団、矢崎彦太郎(指揮)でベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番と交響曲第5番「運命」

  ディリュカの音はふくよかでニュアンスにあふれている。素晴らしいピアニストだと思う。九響も悪くない。矢崎さんの指揮も見事にサポートしている。「運命」も力強くドラマティックな演奏で、なかなかよかった。ただ,ちょっと普通すぎる気がした。もっと強い個性を打ち出してもいいのではないか。
 
 この後、記者会見に出席。鳥栖のラフォルジュルネの大成功について話を聞いた。突然、梶本社長に発言を求められてうろたえた。その後、タチアナ・ヴァシリエヴァ(チェロ)、クレール・デゼール(ピアノ)でベートーヴェンのチェロ・ソナタ第三番と第四番を聞くつもりだったが、記者会見が延びて第4番のみを聴いた。第三番を聞けなかったのが残念。第四番はとてもよかったが、特に好きな曲ではない。

 
・テディ・パパヴラミ(ヴァイオリン)、九州交響楽団、矢崎彦太郎(指揮)でベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲。
  パパヴラミは最高!! 実力を発揮してくれた。やる気を出した時のパパヴラミは凄い。見事なテクニックで情熱的に弾きまくる。が、美しい音色は変わらない。第三楽章の盛り上がりは言葉をなくすほど。
 
・児玉桃のピアノで「テンペスト」と31番のソナタ。素人がこんなことをいうのは僭越だが、児玉さんはついに世界一流の仲間入りをしたと思った。美しい音。力強い響き。リズム感も最高。びしびし決まった! 感動して聴き入った。
 
・ミシェル・ダルベルト(ピアノ)、シンフォニア・ヴァルソヴィア、ゲオルグ・チチナゼ(指揮)でベートーヴェン:交響曲第3番 「英雄」とピアノ協奏曲第5番「皇帝」。最後に、ダルベルトのアンコールとして東日本大震災で亡くなった人に送るベートーヴェンの「葬送」。
  最後を飾るにふさわしい豊かでダイナミックな英雄と、豪華でわくわくする皇帝だった。ダルベルトは多彩な音色。正確なリズム。まさしく華麗。言うことなし。

  

|

« 鳥栖のラ・フォル・ジュルネ初日 5月6日 | トップページ | ラ・フォル・ジュルネについての私自身の総括 »

2011年ラ・フォル・ジュルネ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/532807/51609263

この記事へのトラックバック一覧です: 鳥栖のラフォルジュルネは大成功! 5月7日:

« 鳥栖のラ・フォル・ジュルネ初日 5月6日 | トップページ | ラ・フォル・ジュルネについての私自身の総括 »