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新日フィルの「トリスタンとイゾルデ」に不満を覚えた

718日、朝起きて、なでしこジャパンの世界一を知った。私は特にサッカー好きというわけではないが、なにはともあれ、久しぶりのめでたい話だ。イチローが不振で、大好きな落合監督率いる中日も負け続け、長年のファンである横浜ベイスターズも最下位を低迷しているなか、まさしく快挙! いちおう試合をビデオに録画していたので、出かける前にざっと見た。すごい試合だった!

午後、すみだトリフォニーホールに出かけて、クリスティアン・アルミンクの指揮、田尾下哲の演出、新日本フィルによる「トリスタンとイゾルデ」、コンサート形式の公演をみた。

   一言でいえば、主役格についてかなり不満。それ以外ではかなり良かったと思うのだが、やはり主役がよくないと、オペラは成り立たない。

  まず、イゾルデ役のエヴァ・ヨハンソンがよくない。一昨日、イゾルデを歌ったばかりだからきっと疲れているのだろう。絶叫風の歌い回しで、声の処理がかなりザツ。音程も不安定。しかも、声が濁っている。声が大きいのはよいことだが、このような不安定な声では意味がない。「愛の死」の部分は特に辛かった。

 トリスタン役のリチャード・デッカーは、声はきれいで、歌い回しは丁寧なのだが、声が通らない。しばしばオーケストラにかき消される。だから、第二幕の二重唱はまったく二人の声が溶け合わない。二人が一つになることがテーマとなっているこの幕がこれではまったく感動できない。

 もう一人、かなり不満を抱いたのが、指揮のアルミンク。かなり速めのテンポで、陶酔もドラマも感じられない。少なくとも、私のようなオールドファンとしては、「こんなものはワーグナーではない」といいたくなる。もう少し余裕があれば、不調の主役二人を上手にフォローできたと思うが、そのような様子もなかった。とはいえ、初めてのワーグナー全曲体験ということなので、やむを得ないだろう。今後を期待したい。

   そんななか、ブランゲーネを歌う藤村実穂子は圧倒的。強靭な声で、ビシッと決まっている。一人でワーグナーの世界を作り出している。世界最高のブランゲーネ歌いだと思う。ブランゲーネが主役二人を完全に食ってしまっていた! トリスタンとイゾルデが侍女に食われてはいけない! ただ、不定形で不安定なこのオペラが、このようにがっしりと安定しているのも、ちょっと違和感を覚えた。

そのほか、マルケ王のビャーニ・トール・クリスティンはとてもよかった。ちょっと不思議な声の持ち主だが、いかにも王様の貫録がある。クルヴェナルの石野繁生、メロートの桝貴志も主役以上の活躍だった。

  オーケストラも微妙な音をしっかり出して不満はない。新日フィルの実力を見せてもらった。弦も実に美しく、管楽器も気になるところはまったくなかった。

 CGを用いた動画を背後に映し出す演出も面白かった。第一幕は船であることを強調し、揺れを感じさせた。私の考える「トリスタンとイゾルデ」にピッタリ。第三幕は、月から見た地球が現れる。世界の一体性を暗示していると思う。演出意図については全面的に賛成する(拙著「ヴァーグナー 西洋近代の黄昏」を読んでいただければ、私の「トリスタン」解釈をご理解いただけると思う)。

「トリスタンとイゾルデ」は私の最も好きなオペラだ。だから、前日から体調を整えて、大いに期待して出かけたのだった。それだけに残念な気持ちで帰宅した。

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音楽」カテゴリの記事

コメント

度々失礼致します。昨日は僕も『トリスタン』を聴きました。僕はワグネリアンではないのですが、やはりワーグナーはオペラのみならず音楽史上でも重要ですし、『トリスタン』は最たるものですね。この作品が音楽史的にも無視出来ない存在になったのは、作曲当時としては前衛的な技法を用いたからですし、その結果深遠で神秘的な美が魅力の楽劇になりました。
今回僕が聴いたのは、世界中のメゾソプラノの中で最も好きな藤村さんが、主役ではないとはいえ当たり役のブランゲーネを歌ったからです。今回僕が抱いた藤村さんへの意見は樋口先生と完全に同じですので、これ以上は申しません。フォンテックからソロCDを出しましたし、記念リサイタルを日本で開いてもらいたいものです。尚アルミンクの指揮も、確かに『トリスタン』には健康的過ぎた感はあります(昨年同じ趣向で上演された『ペレアスとメリザンド』におけるアルミンクの指揮は、全体的にしっとりした雰囲気の、なかなかの名演でしたが)が、藤村さんが出演を快諾して下さったのは、アルミンクが振るからとの事だったそうです。あちらが立てば…と色々難しいですね。
尚イゾルデがブランゲーネに食われたとすれば、トリスタンはクルヴェナールに食われた、と言えますね。藤村さんを別にすれば、日本人ではやはり西野さんが一番素晴らしかったですね。声も表現力も演技も完璧でした。この役は主役級を歌い、リートもこなせる程の力量を持った歌手でないと歌えませんが、今回は完璧でした。
さて、主役二人の内デッカーについては、実は僕はそれ程不満はありませんでした。これからもっと良くなるかも知れません。しかし、表現力がいまひとつ、まだまだヴィントガッセンやコロのレベルには程遠いですね。それに、この歌手への不満は樋口先生だけでなく、あちこちから出ているのは確かなので、僕の聴き方に問題があるのかも知れません。
ヨハンソンについても、実はほとんど最後まで疑問は感じませんでした。ですが最後の、肝心の「愛の死」では、魂が身体からほとんど抜けている様な超人間的恍惚感・法悦は全然なく、まるでスカーレット・オハラみたいにこれから逞しく生きて行こうという決心を元気良く述べている様な違和感を感じました。ここまで聴いて、そういえば全体的にヒステリックでノーテンキなイゾルデだったと残念に思えました。
僕が『トリスタンとイゾルデ』を生で聴いたのは、4年前の秋にベルリン国立歌劇場東京公演で以来です。バレンボイムの指揮は流石にこの曲に必要な陶酔感・精神性には事欠かず、ソリストもほとんど若い歌手ばかりですが、皆ちゃんとしていました。今回のマルケも確かに素晴らしかったですが、リンデン・オパーでは、この高潔な王を当たり役とするパーペでした。流石にこの役を知り尽くしており、先月のフィリッポⅡの時より良かったと言えましょう。

投稿: 崎田幸一 | 2011年7月19日 (火) 23時16分

昨日書いた人名表記に誤りがありました。クルヴェナールを歌ったのは石野繁生さんでした。資料の確認をする事なく、記憶のみで書いてしまいました。恥ずかしい限りです。

投稿: 崎田幸一 | 2011年7月20日 (水) 07時56分

崎田幸一様
コメント、ありがとうございます。
特にエヴァ・ヨハンソンの印象については、どの席で聴いたかで、かなり異なったようです。後ろのほうで聴いた知人は、かなり高く評価していました。が、前から5列目で聴いた私は、アラが耳について仕方がありませんでした。クルヴェナールの石野さんについては、おっしゃる通りだと思います。トリスタンを食っていましたね。
ベルリン・シュターツオパーの日本公演は私も見ました。ただし、私は神奈川県民ホールだったと思いますが。素晴らしい公演でした。「トリスタン」の最大の思い出は、98年だったと思いますが、バイロイト音楽祭でバレンボイム指揮の公演を前から2列目中央付近で見たことです。マイヤーが私のほんの数メートル先で「愛の死」を歌ったのでした。感動で声をあげて泣いたのを覚えています。あのような体験をしてしまうと、エヴァ・ヨハンソンの歌はかなり物足りない思いがします。

投稿: 樋口裕一 | 2011年7月20日 (水) 13時48分

ワーグナーの作品では、樋口先生と同じく、私も《トリスタン》が第一です。
18日の公演は、満足のいくものではなかったでしょうか。コンサート形式であるがゆえのメリットがあったと思います。

アルミンクの指揮ぶりは精緻なものだったと思います。
また、CGの活用は、樋口先生とは反対に、よけいなものであったと感じました。


投稿: kana | 2011年7月20日 (水) 21時01分

kana様
コメント、ありがとうございます。
アルミンクの指揮ですが、とても精緻で、それなりのものだったと思います。そのようなワーグナーもありうるかもしれません。ですから私も、アルミンクの指揮が客観的に悪いものだとは思っていません。
が、私のように、45年ほど前から、フルトヴェングラー、クナッパーツブッシュ、カイルベルト、クレメンス・クラウスのワーグナーの名演奏のレコードを夢中になって聴き続け、近年も、バイロイトにも行ってティーレマンやバレンボイムの演奏を聴いている人間からすると、もっとワーグナーには、エロスの陶酔やら形而上学的な昇華やら激しいうねりがほしいのです。
アルミンクの演奏はとても健康的で育ちがよいのですが、ワーグナーは育ちの良さの対極にいるような作曲家だと思います。アルミンクの演奏は、よく言われる「ワーグナーの毒」のないものでした。これには、私としてはまったく感動できないのです。
何人かのコアのワグネリアンに意見を聞きましたが、どなたも私と同じような意見でした。コアなワグネリアンであればあるだけ、今回の演奏には不満を抱いたようです。
CGにつきましては、現在の演出の状況からすると、極めておとなしくて、解釈的にも妥当なものだと思います。とりわけワーグナー演出において、現在、音楽を台無しにする演出や音楽を否定する演出、音楽そのものを変えてしまう演出が幅を利かせている中、今回のものを「余計」といっていたら、ヨーロッパのワーグナー上演はすべて目をつむって聴くほかないと思います。私は、現在流行している演出のように「余計」なことはしていないので、助かったと思ったのでした。

投稿: 樋口裕一 | 2011年7月21日 (木) 08時58分

昨年の5月、新日本フィルは定期演奏会でドビュッシーの『ペレアスとメリザンド』全曲を取り上げました。今回の『トリスタン』と同じくセミ・ステージ形式でバックにはCGが使用されました。ですから次回以降もこのオーケストラが定期演奏会で舞台作品を取り上げる場合、セミ・ステージでCG付きは既定路線ではないかと思います。尚僕も、今年・去年と併せてCGの使用は良かったと思います。『トリスタン』1幕は船上が舞台なのに大海原を感じさせる演出は皆無と言えますが、今回イゾルデを歌ったヨハンソンは「海が見えた演出は初めて」と喜んでいたとか。ヨハンソンの出来はともかく、なかなかいい発言です。また去年の『ペレアス』におけるCG画面のラストシーンは、クレーターまでがリアルに再現された大きな月で、ペレアスとメリザンドの魂が昇天するのを暗示している様でした。今年は逆に月から見た地球でしたね。トリスタンとイゾルデの魂が月に降り立ち、地球を眺めているという意図なのでしょうか。ともかく、違う作曲家による違う作品を関連づけたのは面白いと思います。尤もドビュッシーは最初ワーグナーを尊敬していたものの後に嫌いになったそうですので、実際は全くの別物です。しかし何だかんだ言いながら『ペレアス』には『トリスタン』の影響が感じられますので、そこが田尾下哲さんの目の付け所でしょうか。音楽の内容を本当に理解する演出家でなければ、この関連付けは不可能でしょう。とはいえ、バイロイト祝祭劇場でワーグナーの作品を聴いていた作曲者の友人が、突然ワーグナーから目隠しされて「ほら、私の音楽はこうやって聴くのが正しいんだよ」と囁かれたというエピソードもありますから、kana様がCGは不要とおっしゃるのも一理ありますね。『トリスタン』の場合ストーリーにも劇的な変化がありますが、物語りを追う事は重要ではない様に思われます。音楽そのものを従来のオペラより重視するという意味合いで、ワーグナーは「オパー」ではなく楽劇と名付けたのでしょう。今回のトリスタンは本番をもう一日増やして、どれかの一日だけはCGも演技もなしの、完全演奏会形式上演でやっても良かったかも知れません。
アルミンクの指揮に芸術性と言いますか、もっと深みが欲しいのは確かにそうと思います。僕は普段からワーグナーを聴く訳ではありませんので、それだけに久しぶりに聴く『トリスタン』は予習の為もあって、色々なレコードやビデオを鑑賞しておきたいと思っていましたが、今回はそれが出来ませんでした。しかしアルミンクの指揮は、確かに物足りないものの、この長い作品を、よくは知らないに関わらず退屈する事なく聴かせてくれたのは確かではあります。腹八分で一応満足した、というところですね。アルミンクが素晴らしい天分に恵まれているのは間違いないと思いますので、これからの精進次第では過去の名ワーグナー指揮者に負けない様になるに違いありません。ちなみに、今回僕が最低限聴いておきたかった『トリスタン』全曲は、フルトヴェングラーのEMI盤、デジタル録音期以降では名盤と誉れ高いバーンスタインのフィリップス盤です。結局両方とも聴けずじまいでしたが、この内一つだけでも聴いたら、アルミンクの指揮は物足りないだけに感じられたかも?だから過去の名盤は、聴かずに却って正解でした。

投稿: 崎田幸一 | 2011年7月23日 (土) 10時17分

崎田幸一様
コメント、ありがとうございます。
昨年の「ペレアス」、私も見ました。「トリスタン」の第二幕の、まるで長谷川等伯の松林のような森のCG、既視感があったのですが、「ペレアス」でも同じようなものが使われていたようです。私は、このブログにペレアスの感想を書いていますが、そこでは、CGについては満足し、演奏に関してペレアス特有の神秘性、謎の世界が現出しなかったことへの不満を書いています。
読み返してみますと、もちろん、ワーグナーとドビュッシーの違いはありますが、今回の「トリスタン」と同じような不満です。それがアルミンクの個性であり、私の好みということでもあるのでしょう。
私は「トリスタン」だけで、CDやDVDを40種類以上持っていると思いますが、私の「トリスタン」観を作ってくれたのはフルトヴェングラーのEMI盤です。ほかはクライバーも好きです。バーンスタインは最初に聞いた時には衝撃を受けたのですが、しばらくたって聴いてみて、あまりの思い入れの強さに辟易しました。

投稿: 樋口裕一 | 2011年7月25日 (月) 08時58分

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