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オリーマンスの「冬の旅」のこと、ニコロ・アマティのこと

 今日(7月12日)、武蔵野市民文化会館小ホールで、トーマス・オリーマンスのバリトン、斎藤雅広のピアノで「冬の旅」全曲を聴いた。1977年生まれというから、まだ30代の若い歌手だ。きれいな声、声量も音程も申し分なし。表現力もありそう。ピアノの斎藤さんもいつも通り見事な伴奏。とてもよい演奏だったが、圧倒的な感銘を受けるほどではなかった。

 前半、ピアノと微妙に合わない感じだった。「菩提樹」が特にしっくりこなかった。そのため、ちょっと雑な感じがした。斎藤さんは合わせようとしているのだが、オリーマンスが勝手に突き進んでいくように見えた。

 後半、かなり良くなったが、歌に一本調子なところを感じた。フォルテになるとき、声を張り上げる。大きな声も実に美しいので、声の威力を発揮させようとするのだろう。だが、そうなると、せっかくの微妙な心が壊れてしまう。それに、シューベルト特有の悲しみ、孤独感、寂寥感が現れない。むしろ、明るめの曲のほうに魅力を覚える。まだまだシューベルトの世界を醸し出すには若すぎる気がした。確かにシューベルトは30歳前後でこの曲を作曲したのだが、これを歌うにはかなりの人生経験がなくてはならないようだ。

 オリーマンスという人、稀に見る逸材であることは間違いないと思う。あとほんの少しのテクニックで、多くの聴衆を酔わせるのだと思う。ただし、きっとその「ほんの少し」がかなり難しいことなのだろう。

 ところで、昨日(7月11日)は、実り多い日だった。いくつかの出版社関係者との打ち合わせや食事会をしていくつかの本の企画を進めた。その間に、帝国ホテル内のエッフェという工房にお邪魔した。仲介してくださる人がいて、ニコロ・アマティ作のヴァイオリンの名器を見せてもらった。ストラディバリやグァルネリ以上の評価を得ている名工のヴァイオリンだ。小ぶりで気品にあふれ、見ただけでも最高の芸術品。

ヴァイオリニストが弾くと素晴らしい音を奏でるのだろう。このような名器を触るなんて罰が当たると思いながら、私もちょっとだけ開放弦で鳴らしてみた。やはり、私では百万分の一もその価値を出すことができない。やはり、弾くべき人に弾いてほしい。といいつつ、やはり名器を触った感覚は忘れがたい。

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