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やっと夏休み、そして最近聴いたCD

 昨日、やっと私の勤める多摩大学は、春学期が終わって、晴れて今日から夏休み。震災で始まりが遅れたわけでもないのに、規定通りに授業が組まれて、この時期になった。

昔、私が大学生だった頃、大学の授業は7月の10日にならないうちに夏休みに入った記憶がある。しかも、当時、授業があるといっても、休講はしょっちゅう。授業のある日も、教授は30分近く遅れて教室にやって来て、30分ほど前に研究室に戻っていった。今は、どの先生もベルが鳴ってすぐに教室に入り、ベルが終わるまでみっちり教える。私の大学では原則として休講が禁止されている。

 時代が変わったものだ! いや、私はぼやいているのでも、不平を言っているのでもなく、ただ単に事実を言っているだけ・・・。

 この間、CDは折に触れて聴いている。いくつか、あっと驚いたCDを挙げてみる。

053 長尾洋史のピアノによるラヴェルとドビュッシーの曲集。先日、加納悦子さんのメゾソプラノと長尾さんのピアノのコンサートを聴いた。素晴らしい演奏だった。感想をこのブログに書いたら、長尾さんご本人からコメントをいただいた。CDを数枚買ってみた。これはその中の一枚だが、本当にすごい。ピアノに心を動かされることのめったにない私が、ピアノの素晴らしさに揺り動かされた。このCDの最初に聞こえてくるラヴェルの「プレリュード」の音から、その美しさに圧倒される。そして、「高雅で感傷的なワルツ」の高雅さ、音楽の形式にぴったりと合致した音と曲想。静かで、しっかりと安定し、男性的で抑制的な音楽だが、そこに抒情が炸裂する。ドビュッシーの「12のエチュード」は、私の知らない曲だが、ピアノの美しさに耳を傾けるだけで、色とりどりの音が微妙に目の前に展開して飽きない。

若いヴァイオリニスト枝並千花とデュオによるフランクとフォーレのソナタも素晴らしい。こんな素晴らしいピアノストをこれまで知らなかったことを恥じた。

397 クラウディオ・アバド指揮、ルツェルン祝祭管弦楽団によるベートーヴェンの『フィデリオ』全曲。

私はこれまでアバドのベートーヴェンには満足できなかった。ベルリンフィルとの交響曲全集も、ほとんどの曲が中途半端で退屈だと思っていた。が、この「フィデリオ」を聴いて、アバドのベートーヴェンもついにこのような高みに達したかと思った。このようなベートーヴェンを模索していたのか!と、初めて納得できた。

 いたずらに劇的に盛り上げようとはしていない。だが、緊迫感が持続し、実にリアルな音がする。一時期、古楽コンプレックスを感じさせる音のつくりだったが、古楽的なアプローチをしっかりと自分のものにして、リアルな音を作り出していると思った。中庸を守っていながら、そこに中身の詰まったしっかりとした音を作り出している。序曲からして、実に安定し、わくわく感もある。

 歌手も粒ぞろい。ニーナ・シュテンメのレオノーレは実に美しい。ただ、あまりに女性的なので、ちょっと肩すかしを食う。そして、なんといってもフロレスタンを歌うヨナス・カウフマンが凄い! 登場して最初の、ピアニシモから徐々に盛り上げていく声には、あっと息をのむ。何という美声、なんという強靭でしっかりした声。ピツァロはファルク・シュトルックマン。例によって、癖のある、やや気取った歌い方。偉そうな悪漢という感じはよく出ている。アーノルト・シェーンベルク合唱団の合唱もすばらしい。

ピツァロがフロレスタンを殺そうとして、レオノーレが助けに入る場面の緊迫感は比類がない。私はこのCDをアバドの代表的な名盤の一つだと思った。

378 大友直人の指揮、東京交響楽団による佐村河内守(さむらごうち・まもる)の交響曲第1番『HIROSHIMA』。

 ブログにコメントが寄せられて、このCDの存在を知った。被爆二世で、聴覚障害によってほとんど全聾になった作曲家が絶望的な精神状態の中で作った80分を超す大曲。好奇心を刺激されたので、聴いてみた。まさしくブルックナーやマーラーを連想させる曲想。第二楽章は、シュトラウスの「メタモルフォーゼン」を彷彿とさせる。これを名曲というのかどうかはわからない。第二楽章は少々退屈だった。だが、間違いなく聞き取れるのは、これが「ものまね」ではなく、作曲者の心の底から出来上がった音楽だということだ。そうであるだけに、異様な迫力がある。最後、「救い」の曲想になるが、それまで重苦しい曲をずっと聴いてきたものは、心の底から感動を覚える。これまで、ブルックナーやマーラーの亜流のような曲はずいぶん聴いてきた気がするが、それとはまったく異質。

 どっこい交響曲は生きていた、しかも日本で! と思った。こんな曲が今、必然を持って、今の日本で作れるんだという驚きが大きかった。が、同時に、ふつうの人とはかけ離れた生き方をして人にしか、このような必然性のある交響曲が作れなくなっているというのも事実なのだろう。

 

321 ズビン・メータのミュンヘンの代表的なオーケストラのメンバーによる日本復興支援演奏会でのバッハの「アリア」とベートーヴェンの第9。

 4月10日の日本でのメータ+N響の第九(新国立の「ばらの騎士」と重なったので、行けなかった!)もテレビで見て凄い演奏だと思ったが、それにも勝ると思った。N響のときほどの異様な雰囲気はないが、もっとのびやかで、もっと安定している。しかも十分に緊迫感にあふれている。10年ほど前だったか、メータの第九を聴いて、第三楽章までかなりザツなのに、第四楽章になって大迫力の祝祭になったのだったが、今回は、最初からじっくりと丁寧に演奏。「日本復興」ということについての思い入れをなくしても、素晴らしい演奏!

41pqpzqsl__sl500_aa300_ ディアナ・ダムラウのコロラトゥーラ・アリア集。伴奏は、ダン・エッティンガー指揮によるミュンヘン放送管弦楽団。驚いたといえば、このCDを挙げる必要があるだろう。言葉をなくすほどの超絶技巧の声。私はこの種のアリア集はあまり聴かないのだが、これは驚きの連続だった。「アリアドネ」のなかのツェルビネッタのアリアはとりわけ圧倒される。きっと、ダムラウは、今グルベローヴァやデセイを超える声の力の持ち主なのだと思う。

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コメント

久しぶりにお話させていただきます。ただ紹介していただいたCDはまだ聴いてはおりませんが、どれも聴いてみたいと思わせて下さる文章です。樋口先生は、小論文の書き方についての本の著者として有名な方とうかがいましたが、お書きになる文は、文法や構成等の基礎を踏まえるだけではなく、そのお人柄や音楽への愛情を感じさせて下さるから、このブログを読ませていただくのは楽しみです。
それにしても夏休みが8月からとは。多摩大はレベルが高いとうかがっていますので、教育にも熱心なんですね。確かヴァイオリンのマルグリット・フランス先生と、その日本人の御主人が教えておられなかったかと記憶しておりますが?マルグリット先生とは長い間没交渉ですが、アンセルメから直接誘われてスイス・ロマンド管に在籍した等輝かしいキャリアにおもねる事はなく、陽気なパリジェンヌといった気さくな人柄、演奏技術よりも音楽そのものを大切にする姿勢には、今でも尊敬と親しみを持っています。
長尾さんの演奏は聴いてみたくなりました。以前このブログに直接メッセージを寄せて、先生への感謝を述べておられた方ですね?人間的にも素晴らしい方と見受けます。
カウフマンは、メトで来日しなかったのは改めて残念に思います。今年はまだ来日の予定はありますが、キャンセルの動機となった原発問題を、今後本人がどう捉えるかが気になります。『フィデリオ』は好きなオペラの一つなので、傘寿近いアバドの指揮も含めて、いずれ聴くのが楽しみです。レオノーレは普段は男に成り切っており、フロレスタンを救い出してから初めて女性らしさを出すのが理想的なので、シュテンメには懸念がありますね。
ダムラウは『ルチア』のために来日してくれましたが、ヴィラゾンがエドガルドを歌った日に聴けなかったので、今回は見送りました。しかし今回のCD紹介を読ませていただくと、今度来日したら聴きに行きたいと思いました。
さて僕は、昨日小石川図書館(先生がお持ちでないアナログ盤やCDは、ここならあるかも知れません。ご自宅から離れているとお見受けしますが)で、クナッパーツブッシュとウィーン・フィルのワーグナー集LPを聴きました。収録曲はA面が『ジークフリート』ラインへの旅と葬送行進曲、B面は『トリスタン』前奏曲と愛の死です。先月の新日本フィル『トリスタン』全曲は、全体的にはやはり物足りない印象もありましたので、せめて前奏曲と愛の死だけでも、本物のワーグナー指揮者のが聴きたいと思ったので、このレコードを聴きました。愛の死におけるニルソンは流石に素晴らしいですね。ヨハンソンではあまりに…。そしてクナとVPOはやはり超名演ですね。現代の若手指揮者もお手本にしてもらいたいものです。

投稿: 崎田幸一 | 2011年8月 7日 (日) 08時20分


樋口さんこんにちは。天気も不安定で毎日厳しいです。
なので涼しい曲が聴きたくなり、そのようなものを探しているこの頃です。


さて、ふと思いましたが、ヨーロッパやアメリカ、ロシアなどのクラシックファンの方はどのように聴いているのでしょうね??好きな作曲家や演奏家の傾向など?
座談会とか対談とかがあったら大変嬉しいです!

投稿: あんだんて | 2011年8月 7日 (日) 14時48分

崎田幸一様
コメント、ありがとうございます。
小石川図書館!! 学生のころ、よく利用しました! 40年ほど前のことです。レコードが大量にあるのは、小石川図書館と上野の文化会館の上にある資料室くらいでした。懐かしいですね。あそこを利用なさっているんですか? 今、どうなっているんでしょう。きっと、かなり変ったでしょう。
多摩大学は残念ながら、このところ偏差値が低迷しています。もしかして、玉川大学とお間違えではありませんか。私が勤めているのは多摩大学経営情報学部です。
確かに、シュテンメは初めから女性的な点で、人によってはかなり否定的に考えるかもしれません。まあ、レオノーレの女性的なやさしい心の声と思って聴けば、気にならないのですが。
長尾さんのCD、是非お聞きになることをお勧めします。本当に素晴らしいピアニストだと思います。ほとんど惚れこんでしまいました。ごく最近発売になったリストとレーガーのCDも圧倒的です。

投稿: 樋口裕一 | 2011年8月 8日 (月) 11時29分

あんだんて様
コメント、ありがとうございます。
1970年代にはじめてフランスに行きましたが、行く前には、「きっとフランス人はフランス音楽を主に聴いているんだろう」と思っていたのですが、ほとんど日本の聴衆と同じなので驚いたことがあります。フランス音楽が日本の2倍から3倍かかる程度で、やはり主流はドイツ系の音楽でしたし、オペラはイタリア系がほとんどでした。
もう一つ思い出したのは、朝比奈隆のブルックナーが日本で大人気だったころ、ベルリンのCDショップのブルックナー・コーナーに一枚も見つからなかったことです。
雑誌か何かで少し特集をすると面白いかもしれませんね。

投稿: 樋口裕一 | 2011年8月 8日 (月) 11時39分

小石川図書館で新規購入する音楽ソフトは、もちろん現在はCDばかりとは思いますが、LPのコーナーも健在です。恐らく樋口先生が手に取りお聴きになったレコードも全部残っている筈です。1回辺り60分という制限時間が不便ですが、貸し出しもしています。
昔は近くに大正か昭和初期に出来たプールがあったそうですね。今はテニスコートに変わりましたが、歩道から出入りするための石段はプールの名残ではないかと思います。僕は戦前までに出来た建物の前に来ると、造形美の見事さもあってつい立ち止まって見入る者なので、プールがなくなったのは残念ですが、図書館に向かうとボールの飛び交う音が聞こえ、木漏れ日が射し木葉がさざめく、そんな雰囲気は好きです。
図書館のすぐ近くに啄木終焉の地があるのはご存知と思いますが、大分ご出身の先生にとっても、大分県で高校時代を過ごした僕にとっても、歴史的に縁を感じさせる切支丹屋敷跡が、丸ノ内線を挟んだ場所にありますね。遠藤周作『沈黙』の舞台にもなっている場所ですか。そこに連行された宣教師シドッティから井上筑後守が押収した『親指の聖母』が国立博物館か西洋美術館に保存されているそうですが、一度観たいですね。大分に西洋音楽発祥の地である事を示す群像が建っていましたが、確か伴天連が、歌う日本人の子供数人を指揮していました。ザビエルが伝えたキリスト教の大きな流れは大分にも伝わり、切支丹屋敷で途絶えたという事に、何か感ずるものがあります。
上野の文化会館資料室は、CDやDVD、レーザーディスクの在庫が多いのはもちろん、LPも豊富なのは相変わらずです。室内の雰囲気は、鑑賞コーナーにあるハードの大部分がコンパチブルプレイヤーに替えられたという以外は、恐らくあまり変わってはいないと思います。残念なのは、原発事故による節電のため、開室時間が短縮(13:00-18:00)されているので、オペラのソフトを全曲一日で鑑賞するはまず不可能、という事です。いつまで続くやら。早く20時閉室に戻してもらいたいですね。上野公園も古い美しい建物が点在していますね。しかもほとんどが現役の施設として利用されています。今の時期なら不忍池の蓮が見事に咲いています。
蛇足が多くなりました。最後になりましたが、お勤めの大学を混同していました。すみません。

投稿: 崎田幸一 | 2011年8月 9日 (火) 07時06分

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