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ザルツブルク音楽祭「影のない女」、ティーレマンの凄まじさ!!

 8月21日、ザルツブルク音楽祭祝祭大劇場で、「影のない女」を見た。指揮はクリスチャン・ティーレマン、演出は.クリストフ・ロイ、ウィーンフィル。

 一言で言って、ティーレマンの指揮とウィーンフィルにぶったまげた!! このものすごさには言葉をなくす。ヤンソンスも凄いと思ったが、まったく違う音の作り方で、もっと凄まじい効果をあげている。シュトラウスの複雑極まりない、しかもこの上なく美しいオーケストラをものの見事に鳴らす。厚い音なのだが、一つ一つの音の絡み合いがしっかりと聞える。うねり、躍動し、時には甘く、時には劇的に。が、それがきわめて自然なので、まったく下品にならない。シュトラウスの音の渦の中でひたすら感動。

 場面の転換の間奏部分がことのほか凄まじい。このままずっと間奏が続いてほしいとさえ思ってしまう。いやあ、ティーレマンはものすごい指揮者になっていた!!

 歌手もそろっていた。皇后はアンネ・シュヴァーネヴィルムス。美しい声。立ち居振る舞いも声も、清楚で高貴。ただちょっと声量的にはバラクの妻のエヴリン・ヘルリツィウスに負けていたかもしれない。ヘルリツィウスはえりすぐりの歌手陣の中でも最も目立っていた。ドラマティックでありながら、弱音もきれいに出し、しかも演技的にも見事。乳母のミカエラ・シュスターも、こんな役をやらせると本当にうまい。男では、皇帝役のステファン・グールドもよかったが、バラクのヴォルフガング・コッホのほうがうまく聞かせてくれた。

 問題は演出。一言で言って、細かいところはよくわからなかったが、特に気に障ることもなく、音楽の邪魔にまったくならなかった。その意味では、とても良かった。

 が、考え出すと、やはりよくわからない。

 実は、私はNHKで放映された今回の「影のない女」の放送を見ていない。ザルツブルク出発前の猛烈に忙しい時期だったので、録画だけして見ないまま出てきた。しかも、シュトラウスは大好きな作曲家で、「影のない女」も何度も見聞きしているとはいえ、字幕なしにわかるほどではない。だから、今日、実演で英語の字幕で見て、ただでもわかりにくいオペラを英語字幕なので、細かいところはよくわからなかった。だから、不正確なところはあるかもしれない。が、今日の演出は、プログラムに書かれていた簡単なインタビューを参考にしてまとめると、こういうことだろう。

 レコード録音をするために歌手たちが集まって、「影のない女」の収録をしている。皇后役の歌手は新人で小さくなって、先輩たちの中に入れずにいる。そして、収録を進めるうち、だんだんとオペラの世界が現実の中に入り込んでくる。第二幕は、まさしくオペラの世界になってくる。新人歌手=皇后は仲間に入れないために、自分の居場所をなくし、現実感覚を失い、激しい違和感を覚える。突然、放送局のスタッフたちが子どもになるのはそのようなことを意味しているのだと思う。影を持たず、子どものできないことで苦しむ皇后、すなわち、世間との絆を築けずに苦しむ皇后が、仲間に入れずに一人きりである歌手と重なり合う。第三幕では、皇后が影を授かることによって、絆は回復し、皇后はとりあえず居場所を確保する。原作はそこまでなので、めでたしめでたしで終わるかと思ったら、今回の演出では、最後、バラック夫妻と皇帝がさっさと立ち去ってしまって、皇后は一人取り残されてしまう。実は、絆は本当には回復していなかった、ということが暗示されて終わる。

 ところで、おもしろかったのは、新人歌手が孤独の世界に入り込んでしまう(つまり、スタッフが子どもたちになる)場面の契機に「エレクトラ」への暗示があること。バラクの妻が斧を持って踊るが、まさに「エレクトラ」の幕切れの仕草。わざわざ「斧」を出してくるからには、意図的だろう。いわれてみれば、この部分の音楽は「エレクトラ」によく似ている。要するに、まるで「エレクトラ」のような音楽が出てくるのを契機にして、新人歌手の現実との違和感が最高潮に達するわけだ。このあたり、日本に戻ったら、NHKの放送で確かめてみたい。

 シュトラウスとホフマンスタールの時代には、人は絆を信じることができた。だが、戦後、人々は絆を信じることはできず、人々は自分の居場所を失い、一人でいなくてはいけなくなっているというメッセージなのだろうか。そのあたりがよくわからなかった。結論としては、演出に対して保守的な私としては、それなりにはおもしろかったが、もっとわかる演出であってほしいということだ。読み解かなければならない演出は、私は演出として失格だと確信している。

が、何はともあれ、ティーレマンはものすごかった。それで私としては最高の満足。興奮して眠れないほど。

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コメント

樋口さん、おはようございます。

ティーレマンの指揮、最終日も見事でしたか!
彼はもはや怪物ですね!バイロイトにおける「指環」は歴史的名演でしたし、今回のシュトラウスも過去のベーム、ショルティを凌駕する大名演でした。日本での弛んだブルックナーは、一体なんだったのか…。

私も大いに感動したことは、以前書きましたが、BSの録画を日本で観ると、どうも喧しいんですよね(笑)特にバラックの妻=エヴリン・ヘルリツィウス!会場では名唱だったのに…。

あの祝祭大劇場は、鋭く響きますから、オペラの録音は意外と難しいのかも知れません。とはいえ、昔の技師はもっと巧く録ったものでしたが。映像主流の時代ですから、文句は言えませんね。カメラは見事でした。

インタビューを含めたDVDが、早く発売されることを期待しています。

私は未だに興奮してます(笑)

参考までに…
3幕終結 2011.7.29 ザルツブルク祝祭劇場
http://www.youtube.com/watch?v=OhgvpQot-bA

よい旅を!

投稿: ねこまる | 2011年8月22日 (月) 13時28分

ねこまる様
コメントありがとうございます。
おっしゃるとおり、今回の「影のない女」は、伝説的名演としてザルツブルク音楽祭の歴史に残るでしょうね。あのオケの音はテレビには入りようがないように思います。DVDでも、無理でしょうね。それだけに、その場に居合わせ、あの音を聴いた幸せをかみしめます。
そうですか、ヘルリツィウス、テレビではよくないのですか。実演は本当にすばらしかったですね。
先ほど、ムーティの「マクベス」を聴いてきましたが、昨日と同じオケかと、驚くほどの違いでした。

投稿: 樋口裕一 | 2011年8月23日 (火) 07時41分

樋口様、NHK.BSの放送を聴きましたが、その圧倒的な音はやはり祝祭劇場で体験されたのとは比較にはならないでしょう。樋口様の筆致には、その音が感じられ、秀逸です。あのべームが、かつて「影」をザルツで他の指揮者には振らせなかったと言われているだけに、ティーレマンは、満をじして取り上げ、大変、力が入っていました。
ロイの演出は、ウィーンのゾフィエンザールのスタジオが舞台にしつらえられたのも、戯曲作家のホーフマンスタールを強調した劇中劇を表したかったのではないかと思います。
なお、今年暮に、DVDが、a

投稿: 白ネコ | 2011年10月 6日 (木) 01時46分

失礼しました。記入中にネコが、乱入して、送信されてしまいました。
DVDは、ARTHAUよりリリースの予定です。実音には、かないませんが、確認の為には、役立つでしょう。

投稿: 白ネコ | 2011年10月 6日 (木) 01時59分

白ネコ様、樋口様

誤解がないように言っておきますが、ベームが振らせなかったのではなく、ベームしか振れなかったのです。

「影のない女」に関する限り、さすがのカラヤンもベームには「勝てない」と思っていたので、同じ土俵には立ちませんでした。カラヤンは70年代ザルツブルクにおけるベームの「影のない女」を、「音楽祭最高の贈り物」と激賞しました。2人はよきライバルだったんですね。

ベームの死後、影のない女を振れるのはカラヤンしかいませんでした。(サヴァリッシュ=実力はともかく、スター性がなく地味すぎる。これでは話題にならない。)カラヤンは92年に、ついにザルツブルクで「影のない女」のタクトを取る予定でしたが、自分がそれまで生きていられないことを悟ったのでしょう。87年の音楽祭の際、楽屋にハンガリーの名匠ゲオルク・ショルティを呼び、「ぜひ影のない女を振ってくれ」といわば「遺言」を残したのです。ショルティ自身、このオペラを一番愛しており(だからレコーディングにも慎重でした)、92年の演奏は大変な名演でした。(DVD化、日本字幕はLDのみ。)

ティーレマンがザルツブルクのオペラデビューに、この曲を選んだのは、上演の伝統に沿ったものです。インタビューで「シュトラウスの最高傑作」と断言しています。

ザルツブルクでこのオペラを振ったのは、クラウス(2回)、ベーム(2回)、ショルティ、ティーレマンの4人。

なお、DVDの情報、有難うございます。会場にいた一人として、発売を楽しみにしています。

投稿: ねこまる | 2011年10月 6日 (木) 22時49分

白ネコ様
コメント、ありがとうございます。
ロイの演出が、ホフマンスタールの劇中劇を表したというご意見、とてもおもしろく思いました。一昨日、バイエルンの「ナクソス島のアリアドネ」を見たばかりであるだけに、説得力があります。
CDについての情報もありがとうございます。うれしいニュースです。

投稿: 樋口裕一 | 2011年10月 7日 (金) 06時47分

ねこまる様
ベーム、そしてザルツの「影のない女」についての情報、ありがとうございます。まったく知らないことでした。ショルティのLD、もちろん所有しておりました。あれで、ベームのレコードを聴いたり、ホフマンスタール全集の戯曲を読んだりしただけではよくわからなかったストーリーと音楽の関係をそこそこ理解したのでした。裏にそのような事情があったのですね。
それは出典のある話なのでしょうか。出典がありましたらお知らせいただけますでしょうか。日本語で読めるものなら読んでみたいと思います。

投稿: 樋口裕一 | 2011年10月 7日 (金) 06時56分

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