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ザルツブルク到着

 ザルツブルクのホテルにいる。 

昨日(8月15日)、到着後、ホテルで無線ランを申し込もうとしたが、高い! 3日間で25ユーロ! フランスなどでは原則として無料なんだが・・・。 しかも、腹をきめて接続しようとしたが、できない。何度やってもエラーがでる。いったん諦めて、寝た。

そして今日。昨日の日記代わりに書いたものとあわせて、ここに載せる。

8月15日

 早朝に家を出て成田に向かい、11時10分発のオーストリア航空ウィーン行きに乗り、ウィーンで乗り継いで、無事、ザルツブルクに到着した。定刻の到着。

 自分で手配するのが面倒だし、自信もないので、とある予行代理店の「フリープラン ザルツブルク音楽祭の旅」に申し込んだのだったが、今日の出発は私だけ。要するに、単独行動。

 オーストリア航空には初めて乗ったが、感じがいい。機内で、離陸前と着陸後にウィンナワルツがかかるところがおもしろい。ユニフォームやシートや毛布などの色のセンスもとてもいい。乗務員のサービスも、とても行き届いている。うるさすぎもしない。ただ、日本人としてはもう少し日本語対応の映画が見られたら、うれしかったのだが・・・

 ザルツブルクは3度目。が、最後に来たのは1985年なので、25年以上たったことになる。ウィーンは素通りしただけだったが、考えてみれば、かつて5回以上訪れていたウィーンも、25年以上訪れていないようだ。久しぶりに見てみたくなった。

 ザルツブルクに到着してから、ホテルの周りを歩いてみた。覚えのあるところには出くわさなかった。街自体が変わってしまったのかもしれない。旧市街に行けば、昔のままだと思うが、今日は疲れていたので、そこまでは行かなかった。

 時差ぼけを早く直すべく、遅くまで寝ていたい!!

8月16日

 ぐっすり寝て、午前中、リンツに向かった。音楽祭でオペラを見る前に2日間、時差ぼけのための時間をとっている。その間、まずはリンツに行くことを考えた。リンツは、これまで訪れたことがない。列車で通過しただけだった。もちろん、モーツァルトの交響曲で小学生のころからなじみだったし、何しろ、ブルックナーゆかりの地。一度は行ってみたいと思っていた。

 ザルツブルク駅に着いてチケットを買うと、すぐにリンツ行きがあった。どうやら各駅停車らしい。それもおもしろいだろうと思って、乗り込んだ。田舎の光景が間近に見えて、とても楽しい。おとぎばなしに出てくるようなきちんと整えられたきれいな家、整然とした集落。年寄りが孫の手を引いて駅のホームにやってきて、客を迎えている。子どもたちがホームで遊んでいる。若者たちがリュックをしょってあちこちたむろしている。田舎の日常風景がそのまま見られる。車内も、買い物に行ったり、デートしたりの客たちだろう。

 と言いつつ、あまりにのろいのでウンザリ。列車が遅いのはいいとして、駅での待ち時間が長すぎる。この調子だと、特急なら1時間ほどのところを3時間はかかりそうだった。途中のアトナング・プフハイム(と発音するのかな?)駅で待っていると、そこにウィーン行きの快速のような列車が来たので、あわてて乗り換えた。そして、出発から2時間弱でリンツ到着。

 駅のマクドナルドで昼食を済ませて、駅前で待っているタクシーに乗って、すぐに最大の目的地、ザンクト・フローリアン修道院に行った。いわずとしれた若きブルックナーがオルガンを弾いていた修道院だ。

121  20分ほどで着いた。ロシアで見た修道院のような広大で暗い雰囲気の修道院を想像していたら、思ったよりは狭くて、とても清潔で美しい修道院だった。昔、修道院の町ブリュージュに行って、その美しさに驚いたことがあったが、雰囲気は似ている。

131  修道院付属のチャペルに入った。そこにブルックナーの弾いていたオルガンがあった。巨大なオルガン。確かに、ブルックナーの交響曲が聞えてきそう。

どこか、このあたりに、「ここにブルックナー眠る」という碑銘があると聞いていたが、と思って探したが見当たらない。あちこち歩いて、ひょいと下を見たら、そこに碑銘があった。そのときの写真を載せてみる。下のほうの黒い影は、私の靴! 罰当たりなことに、ブルックナーの墓碑を踏んでいた!!

137 その後、タクシーを待たせておいて、同じタクシーでリンツ市内に戻った。ブルックナーゆかりの旧大聖堂に連れて行ってもらったつもりだったが、その後、歩いたところ、どうやらつれてこられたのは、新聖堂だったようだ。私が、「旧大聖堂(アルター・ドム)!」というと、タクシーの運転手さんは自信たっぷりに頷いたのだが、私の発音が悪かったのか・・・。タクシー料金は往復で40ユーロ。かなり安かったので、ほっとした。

ともあれ、タクシーを降りて、ドナウ川まで歩き、ニーベルンゲン橋に足を踏み入れ、その後、中心街を抜けて駅まで歩いた。結局、旧大聖堂は分からなかった。

駅からまっすぐにザルツブルクに戻った。疲れきったので、今日はこれでおしまい。近くのスーパーで買い物をしただけで、今晩は外には出ないで、ホテル内で食事をすますことにする。

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コメント

早速レポートを我々に届けて下さいまして、ありがとうございます。僕の外国行きは、13年前当時入団していたアマチュア・オーケストラの演奏旅行でウィーンに行った(ムジークフェラインの大ホールで演奏しました。音響効果以上に、ホール全体を包む美しく、豪華でありながら高貴な雰囲気に圧倒されました)きりです。オーストリア同士である事もありますが、それよりも写真なしでも情景が思い浮かぶ樋口先生の文が、同行している気持ちにさせてくれます。
ザンクト・フローリアンはブルックナーが生前からゆかりのある聖堂ですが、それ抜きでも、ドームの内部はさぞ美しいであろうと思います。ただ、何でも奥之院に相当する所があり、無数の人骨が並べられているそうですね。その骸骨堂は興味本位で入る場所ではないと思いますが。ツヴァイクは『ジョセフ・フーシェ』で、フーシェが失脚後にリンツで過ごした事があると触れ、「今でもリンツは、都会人が地名を聞いただけで笑う程の田舎」とかひどい事を書いていますね。この著書は1920代の作品だったと思いますが、逆に言えばそれだけのどかで素朴だと言う事、ツヴァイクが自殺して70年近いですが、リンツの風景はいい意味で変わっていない事でしょう。
もうすぐ先生は、ザルツブルクでのオペラを堪能出来ますね。『マクベス』では、英語字幕にはシェイクスピアの原詞そのものが使用されている部分があるかも知れませんね。
今回はウィーンには立ち寄られますか?今の時期はちゃんとしたコンサートもオペラもないとは思いますが。ご存知かも知れませんがシェーンブルン宮に、帝政末期造園された日本庭園があるのが前世紀末に発見され、整備し直され公開中とか。僕が訪れた時は復原作業中で、ハッピを着た庭師が作業しているのが見えました。またウィーンには数年前、寅さん公園なるものが出来たそうですね。

投稿: 崎田幸一 | 2011年8月17日 (水) 06時31分

樋口さん、おはようございます。

私が先日、サンクト・フロリアン(現地の発音)に行ったときには、丁度オルガンコンサートをやっていて、その響きにビビリました。あの墓碑って、気をつけないと踏んじゃいますよね。日本では考えられん…。

ザルツブルクでは、ティーレマンの「影のない女」をお聴き逃しなく!モーツァルト・オペラや、巨匠ムーティが振る「マクベス」も聴きましたが、今年の主役は間違いなくティーレマンです!

投稿: ねこまる | 2011年8月17日 (水) 13時26分

崎田幸一様
ムジークフェラインで演奏ですか!! それは得がたい体験ですね。うらやましい限りです。
いえ、リンツはかなり都会的に見えました。駅の近くに大きな市民公園があり、そこで市民が語らい、その横に商店街があって、経済と文化がうまく両立しているように見えました。まあ、一度、チラッと見ただけなんですが。
ツヴァイクの語ったこと、人骨のこと、まったく知りませんでした。
ウィーンへは、今回は行きも帰りも素通りです。あれから25年以上たつなんて思っていませんでした。シェーンブルンにも行きたくなりました。

投稿: 樋口裕一 | 2011年8月18日 (木) 04時44分

ねこまる様
今年行かれたのですか?
あの墓碑、前もって教えてくれないと、絶対に踏みますよね! 私も気づく前、何度も踏んだような気がします。そうでなければいいんですが・・・
ティーレマンの「影のない女」は、私がザルツブルク行きを決めた要因のひとつです。ただ、出かける前、テレビでこの放送をしているのを少しだけ見たのですが、まるで演奏会形式のような感じでしたね。出発前で猛烈に忙しかったので、よく見ていないのですが、あのような演出にちゃんと意味があったのでしょうか。本番では、その点も気をつけてみたいと思っています。

投稿: 樋口裕一 | 2011年8月18日 (木) 04時54分

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