« ザルツブルク音楽祭総括 | トップページ | 我が家のイチジクの木 »

人間は何かを探して人生を過ごす

 人間はいつも何かを探している。人間は何かを探して人生を過ごすといっていいほどだ。

 人は生きがいを常に探している、アイデンティティを求めている、生きている証を求めている・・・といった高尚?なことではない。文字通り、ものをさがしているといいたいのだ。

 私は、ほとんど毎日、何かを探している。私の人生から、ものを探している時間をゼロにしたら、かなり時間的余裕が出るのではないだろうかと、本気に思う。

 出かけようとするのに、携帯電話が見つからない、財布が見つからないなどしょっちゅう。ときには、カバンが見つからないことがある。

 そして、それ以上に、本を探し、CDを探している。

 先日は、あるテレビ番組から出演依頼があって、音楽の話をしてくれと言われた。必要になりそうなCDを10枚ほど探しだすのに数時間かかった。それでも、最後まで見つからないものもあった。しかも、結局、テレビ出演の話は、スタッフの考えている方向にならないとわかって、お断りするしかなかった。

何かの仕事でCDが必要になるごとに、毎回、何時間もかけて探しまわっている。もともと整理能力のない人間である上に、うちには、5000~10000枚(かなり幅があるのは、数えるのが面倒だから)のCDやDVDがあるので、整理できずにいる。

 昨日は、数時間かけて本を探していた。少し前まで、その本を参照して文章を書いていた。その後、別のことをした。そして、同じ本を見ようと思ったら、ない!! 仕方がないので、ついでに部屋の整理をしたが、それでも出てこない。私がたまに部屋を整理するのは、お客が来るときと、ものを探すときくらいだ。

 本がないことに気づいて、15時間くらいたつが、まだ出てこない。いったい、どうなっているんだろう! 神隠しにあった? もしかして、私の書斎には、異次元スポットがあって、ものが吸い込まれている?とでも思いたくなる。

 そういえば、今まで、何度か同じようなことがあった。そんなとき、仕方なしに改めて購入した。しばらくして出てきたものもあったが、そのまま現れないものもある。まあ、一言でいえば、私の机の上や部屋の中が、本やCD、DVDや書類でごった返していること、そして、自宅のほか、大学の研究室など数か所、ものを置ける場所があって、置き場所がすぐにわからなくなってしまうのが最大の原因ではあるだろうが。

 しかし、考えてみると、多くの人が、私と同じようにいつも何かを探しているのではなかろうか。

 所有物すべてに番号を付けて、紛失したときにどこにあるかを教えてくれるようなシステムはできないものだろうか。番号を自分でつけるのは面倒なので、そのものを部屋に持ち込むときに自動的にコンピュータが検知し、置き場所を認識していてくれると嬉しい。

 とはいえ、そうなると、ますます人間は退化してしまうだろう。考えてみると、所有物のありかを認識しているというのは、人間のあり方の本質的な部分を占めるのかもしれない。だからこそ、いつも探し、それが見つからないと自分の一部が取り除かれたような不安を覚えるのかもしれない。

 ザルツブルクから戻って、たまっていた仕事をこなすのに精いっぱい。昨日、締め切りだった原稿をとりあえず送ったが、今日も必死に原稿を書かなければならない。ただ、あと数日で、今の忙しさから解放されそう。

|

« ザルツブルク音楽祭総括 | トップページ | 我が家のイチジクの木 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

自分もたしかによくこういうことでいろいろと探しています。そういうときにかぎって、それ以前に探していたものがでてきたり、購入したことすら忘れていたものがでてきたりと、いろいろなことがおきています。

で、ときどきそういうのをついでにいろいろと聴いていると、ときおり思うことに、なんでこんないい盤を忘れたり聴かなくなったりしたのだろうと、とても不思議な気持ちになることしきりです。忘れることって、けっこう長い時間をかけて根深く進行してしまうものなのかもしれません。

それにしてもでてこないときはほんとでてこないですね。この前もスッペのレクイエムを探していたのですが、本日に至るまでいまだにみつかりません。ここまでくるとほとんど神がかり的なものすら感じてしまいます。ほんと神隠しですね。

投稿: かきのたね | 2011年9月 2日 (金) 22時02分

かきのたね様
コメントありがとうございます。
探しているうちに別のものが出てくる・・よくありますね。同じCDが2枚見つかったりします。ふと見つけたCDを聴いてみたり、本を読んでみたりといったこと、確かにありました。
それにしても、昨日の本、まだ現れません! 前に見ていたというのは錯覚であって、実はあの本は我が家にはなかったのではないかとさえ、疑い始めました。とりあえず、もう探すのはやめて、偶然に現れるのを待とうと思っています。

投稿: 樋口裕一 | 2011年9月 3日 (土) 08時57分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/532807/52619437

この記事へのトラックバック一覧です: 人間は何かを探して人生を過ごす:

« ザルツブルク音楽祭総括 | トップページ | 我が家のイチジクの木 »