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ピアノ不感症人間も驚嘆した二人のピアニスト、長尾洋史とアレクサンダー・メルニコフ

 私はピアノ独奏曲をあまり聴かない。ヴァイオリン・ソナタを聴いても、私の耳はヴァイオリンばかりを追いかける。ピアノ協奏曲にはもちろん大好きなものが多いが、それでもヴァイオリン協奏曲に比べると、聴く回数はずっと少ない。私は、もっぱらオペラ、交響曲、弦楽器中心の室内楽、そして歌曲を好んで聴いている。以前、デュメイのヴァイオリンを聴きに行って、むしろピアノ伴奏をしたピリスのほうにいっそう感動したことはあった。さきごろ、ラ・フォル・ジュルネで野原みどりと児玉桃を聴いて、ピアノの素晴らしさに打たれた。だが、それでもピアノ独奏のCDを自ら聴くことはほとんどなかった。

 ところが、そのピアノ不感症の私が、最近になって心底しびれたピアニストが二人いる。

 一人は、長尾洋史。先ごろ、メゾソプラノの加納悦子さんのコンサートで長尾さんのピアノを聴き、その抑制されたロマンティシズムに圧倒され、そのことをこのブログに書いたところ、ご本人からコメントをいただいた。そのご縁で、CDを何枚か聞かせていただいた。どれもすばらしい。社交辞令でもなんでもなく、本当にすばらしい。そのうちのラヴェルとドビュッシーの曲集については、すでにブログで紹介した。

055 ところが、先ごろリリースされたリストとレーガーの一枚がそれ以上にすばらしい。まず私は最初の曲「バッハのカンタータ『泣き、嘆き、憂い、おののき』の主題による変奏曲に驚嘆した。ピアノ不感症の人間をも圧倒させる力を持っている。テクニックも見事。まったく乱れなく、リストの超絶技巧を弾きこなす。が、それどころではない。とりわけ、始まってから5分を過ぎたころからの高揚は圧倒的。研ぎ澄まされた音で、誇張がなく、ただ本質だけを的確に取り出している。そうすると、抑制された、そうであるだけにいっそう魂の奥底に響くロマンティシズムが解き放たれる。脳天にまで届くような感動に襲われた。

リストについての私のこれまでの理解がいかに浅かったか、思い知らされた。これがリストだったのかと思った。そうだとすると、私の最も好きなタイプの作曲家ではないか!

リストのほかの曲も、レーガーの曲もいい。このようなタイプのピアニストが日本にいるとはつい最近まで知らなかった。以前から活躍しておられたのを私が知らなかっただけだと思うが、「ものすごいピアニストが現れたものだ」と思った。

とはいえ、私はピアノ曲についてはまさに勉強不足。ピアノの演奏についても、評価したり論じたりする言葉を多く持たない。ともあれ、多くの方のこのCDを聞いていただきたい。

9月24日に上野の東京文化会館小ホールで、藤原亜美さんと長尾さんのデュオコンサートがある。とても楽しみだ。

745 もう一人のピアニストは、アレクサンダー・メルニコフ。王子ホールで聴いたイザベル・ファウストのバッハ無伴奏がすばらしかったので、ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全集のCDを買ってみた。ファウストは予想通りすばらしかった。現代最高のヴァイオリニストの一人だと確認した。同時に、ピアノ伴奏をしているメルニコフにもびっくり。こんなベートーヴェンのピアノ伴奏、聴いたことがない。ファウストのアプローチにぴったりのピアノだと思った。鮮烈にして、リアル。タッチが本当に美しい。どの曲もすばらしいが、私は8番のソナタの第一楽章の鮮烈さにとりわけ息を呑んだ。ファウストに少しも負けていない。二人でこの上なく鮮烈で美しくスリリングなベートーヴェンを作り上げている。

きっとメルニコフも多くの人に注目されているピアニストであって、今頃になって知った私が不明を恥じるべきなのだろう。が、長尾とメルニコフという二人のピアニストを知ったことで、これから私にとっての音楽の世界が広がることになるだろう。そのうち、私の不感症が癒えるような気がしないでもない。が、これ以上のピアノ曲まで聴くようになると、ますます時間とお金がなくなってしまうのが怖い!!

11日(日曜日)の夜から京都に来ている。京都産業大学での集中講義。昨日、締め切りの原稿を送信して少しだけ余裕ができたので、観光したいと思っていたが、暑くて、そのような気になれない。まるで真夏の暑さだ。

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コメント

僕はチェロを勉強しましたが、それでもソロを聴くのはピアノの方が多いですね。過去にカザルスやロストロポーヴィッチの様な、芸術家としても人間としても素晴らしいチェリストがいた反動でしょうか。聞かず嫌いかも知れませんが、最近のチェリスト達はどうも小粒ばかりの様な…。その点ピアニストなら素晴らしいアーティストが現在も沢山いると思います。逆にあまりピアノをお聴きにならない樋口先生が絶賛する程ですから、長尾さんは本当にいいピアニストと思われます。以前このブログに、御本人が感謝の言葉を送られた事からして、人柄にも好感が持てます。尚僕は、来月横浜で行われるウィーンフィル公演のチケットを、今日予約しました(サントリーホール分はとっくの昔に売り切れですし)。先生がザルツブルクでお聴きになった中の一曲も、横浜での目玉であるラン・ランのリスト:コンチェルト1番でしたね。ラン・ランは長尾さんとは全く違うタイプと思いますが、繊細な表現は若いながらなかなか良いのでは?と期待しています。指揮がヤンソンスではなくエッシェンバッハですが、ピアノの巨匠でもあるから、この曲は知り尽くしているでしょう。リスト弾きというタイプではありませんでしたが。後半は『ロマンティック』、ウィーンフィルなら悪い演奏にはならない筈ですが、ピアニストが指揮もするというイメージが強いから、ブルックナーみたいな手堅い曲がどれだけ振れるか?との懸念が頭をかすめます。エッシェンバッハのブルックナーは、他のオケを振ったCDがあったでしょうか?上野の資料室で探して、あれば予習も兼ねて聴いてみます。

投稿: 崎田幸一 | 2011年9月17日 (土) 21時58分

良いピアニストが見つかってよかったですね。ピアノは楽器ひとつあれば、いくらでも自分の世界を追求できるので、むしろ有名ではないピアニストのほうに、より多く素晴らしい素材が潜んでいると感じます。ゲインも少ないかもしれないし、孤独な楽器ですが、自分の音楽を守ることは、例えば「指揮」と比べれば、わりに容易いのではないでしょうか。

確かに、長尾さんも、メルニコフも良いピアニストだと思います。

長尾さんについてはご多分に漏れず、中川賢一さんや稲垣聡さんと同じ「現代音楽の人」だと思ってました。しかし、リストが良いと聞いて、ハッといたしました。中川さんもシューマンとか、ブラームスとかに造詣が深いですし、現代音楽を弾く人でも、当然、より古い時代の音楽へのこだわりも十二分にあるものと推察いたします。

ご存じかもしれませんが、メルニコフは予定どおりなら、来年2月に、ジャパン・アーツの招聘で来日します。ショスタコーヴィチを弾くようです。とても良い録音がありますし、聴いてみたいものです。

この秋から、アルド・チッコリーニ、ジョン・リルといった巨匠たちを筆頭に、かなり質の高いピアニストが相次いで来日します。しかし、ピアノのリサイタルは廉価で、世界的な音楽家の演奏に接することができるという特徴があります。

投稿: アリス | 2011年9月19日 (月) 21時44分

崎田幸一様
コメント、ありがとうございます。
エッシェンバッハは、指揮者としても素晴らしいと思っています。バイロイトで「パルジファル」をみましたが、とてもおもしろい演奏だったのを覚えています。繊細で微妙で、万華鏡で見た歪んだ世界といった感じで、ある意味で「パルジファル」にぴったりだと思いました。
ただ、ブルックナーは聴いたことがありません。どうでしょうねえ。パリ管との6番が話題になったのは記憶しておりますが。ただ、きっと私の肌には合わないと思って、CDは購入しませんでした。
私は、ウィーンフィルについては、今年はザルツブルクで十分だと思っています。お聴きになったら、ぜひ感想をお聞かせください。

投稿: 樋口裕一 | 2011年9月21日 (水) 23時28分

アリス様
コメント、ありがとうございます。
メルニコフは来日時、ファウストとベートーヴェンのヴァイオリンソナタの全曲を演奏するようですね。楽しみです。
他にも良いピアニストがおられるのでしょうが、とりあえず、私はこの二人をきちんと聴こうと思います。

投稿: 樋口裕一 | 2011年9月25日 (日) 08時25分

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