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ボルトンのモーツァルトは期待ほどではなかった

 9月20日、武蔵野市民文化会館で、アイヴァー・ボルトン指揮、モーツァルテウム管弦楽団のモーツァルトのコンサートを聞いてきた。一言で言って、期待ほどではなかった。もしかしたら、ザルツブルク音楽祭の大感動の後遺症が残っているのかもしれないが。

 前半には、モナ=飛鳥・オットのピアノが加わって、ピアノ協奏曲第21番と交響曲第40番。後半に交響曲第41番ジュピター。

 ボルトンとモーツァルテウム管弦楽団の演奏は、ザルツブルク音楽祭で、「ナイチンゲール」と「イオランタ」を聞いた。特にものすごいということはなかったが、悪くなかった。ロシア的な濃厚さはなかったが、音楽が生き生きとしていて、とても楽しめた。今日も同じような感じで楽しめるものと思っていた。

 私のきわめて個人的な感覚では、この指揮者、部分部分を拡大させて、生き生きと演奏するように思う。古楽的な奏法もおもしろい。オケの力量も確か。だから、それぞれの部分はとてもよいのだが、そうすると形が壊れてしまう。構成感を感じない。全体を貫く推進力がない。少なくとも、私はそう感じた。

それが最も顕著なのは、ジュピターの終楽章。対位法の小気味よい楽章なのだが、その小気味よさを私は少しも感じなかった。むしろ、オペラのような感じになっている。すべての楽章が、交響曲の一部というよりも、オペラ的な雰囲気に思えた。

 少なくとも、これは私の好きな交響曲ではない。私はもっとがっちりと構成されたものが好きだ。モーツァルトはベートーヴェンではないとはいえ、もう少し、均整美を重視するべきではないかと思った。私に言わせれば、この人は本質的にオペラ指揮者だ。

 アンコール曲は、モーツァルトの「行進曲」と「カッサシオン」。ともに、若書きの曲で、私は初めて聴いたが、私には交響曲よりも、これらのほうがおもしろかった。もともと形式を気にしなくてよい曲なので、自由に演奏できるのだろう。

 協奏曲のピアノについても、私はあまりわくわくしなかった。指揮とうまく息があっていない気がしたが、気のせいだったか。

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