バイエルン国立歌劇場公演、高貴なる「ナクソス島のアリアドネ」に興奮
10月5日、東京文化会館でバイエルン国立歌劇場公演「ナクソス島のアリアドネ」を見た。指揮はケント・ナガノ、演出はロバート・カーセン。私は大いに興奮した。私の大好きなオペラなので、大いに期待していたが、期待通りの素晴らしさだった。
歌手陣もよかった。プロローグの作曲家を歌ったアリス・クートは丁寧でしっかりした歌。ちょっと華には欠けるが、真面目で神聖なるものを夢見る作曲家をしっかりと歌っている。今後、どんどんと大きな役を歌う歌手だと思う。
アリアドネを歌ったアドリエンヌ・ピエチョンカ(会場で販売されていたCDを見て、以前、まさしくそのCDを聞いて大いに感心した歌手だということを思い出した!)は実にすばらしい。実に繊細で美しい歌い回し。「すべてが清らかな国がある」のアリアはとりわけ絶品。ただ、後半もっと声量があるともっと良かった。とはいえ、私は何度となく感動に震えた。実は、このアリア、イゾルデの「愛の死」とともに私の大好きな曲。これほどに歌える歌手は少ない。
ツェルビネッタを歌ったダニエラ・ファリーは、実にチャーミングで声も美しい。が、この人も声量不足。かつて聴いたグルベローヴァに比べると、粒の小ささを感じざるを得ない。が、グルベローヴァと比べるほうが酷だろう。
バッカスのロバート・ディーン・スミスも実に的確にこの難しい歌を歌っていた。これをこんなにうまく歌うのは難しい。素晴らしい歌手だと思った。ほかは、音楽教師のマーティン・ガントナー、ハルレキンのニコライ・ボルチェフがよかった。もちろん、そのほかの端役に至るまで水準をはるかに超している。
ただ、歌手陣に関しては、小粒であることは否めない。すべての歌手が素晴らしいが、大スター不在。それだけに全体が実によくまとまっている。
演出もおもしろかった。幕が上がる前から、バレエ練習場という設定で、人々がバレエの練習をしている。その後も、しばしば笑いが起こる。実にセンスの良いユーモア。服を着替えることで「変容」を表している。変容を拒否していたアリアドネが、変容の化身であるツェルビネッタに感化されて変容を遂げる。それを実にうまく表現している。
私が何よりも感動したのは、ケント・ナガノの指揮とオーケストラ。軽やかで繊細で精妙。楽器の絡み合いが最高に美しい。「ローエングリン」の初日には、精妙さに欠けているのを感じたが、「アリアドネ」では、この上なく精妙。クラリネットとフルートとヴァイオリンの音にとりわけ酔った。
しかも、音に精神の高貴さを感じる。道化芝居がからむので下手をするとこのオペラは下卑てしまう傾向があるが、ナガノの手にかかると、道化の部分もユーモアと軽みにあふれながらも、実に清潔で、精神の高貴さが感じられる。初めて、ナガノの実力を知った気がした。本当に素晴らしい指揮者だと思う。
ともあれ、満足。バイエルンの3演目の公演を見終えたが、もともと大好きなオペラということもあって、私はこの「アリアドネ」に最も感銘を受けた。まだ興奮が冷めない。
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コメント
樋口さん、こんばんは。
ナガノ、すごかったですか。
あの人の音楽は、当代では珍しく気品があるんですよ(笑)(笑っちゃダメか…)
7月に「トリスタン」を聴き、ミュンヘンの聴衆の、温かい拍手から、「小澤&ヴィーン国立とはエラい違いだなぁ」と思いました。演奏も、バイロイトやベルリン(バレンボイム)とは比較にならないほどでした。オケひとつとっても、ヴィーンの国立歌劇場管弦楽団より数段うまい。…でも、前回のペーター・シュナイダー指揮のときはブーイングが飛んだとか。
ザルツブルクの「影のない女」ですが、出典はショルティの「自伝」とインタビュー、あとクリスタ・ルートヴィヒのインタビューです。インタビュー(TV)のほうは、日本で放映されたかわかりません。ティーレマンの発言は、あちらの新聞からです。
DECCAの「影のない女」全曲録音(55年)は、ベームの偉業ですね。「マイナーで、売れない」と録音を渋るDECCAを説得し、歌手ノーギャラ、一発録り(本当かしら?)という条件で、極寒のSofiensaalで実施されました。きっと、ロイ演出のように、みんなコート着てたんでしょうね。どっかに録音風景の写真があったはずです。
ロイ演出のポイントは、場所が「Sofiensaal」に設定されているところでしょう。様々な歴史を背負っていた建物です。…とエラそうに書きましたが、私自身、いまだにあの演出を消化していません。(できない演出なんでしょうけど。)
投稿: ねこまる | 2011年10月 7日 (金) 22時10分
ねこまる様
コメント、ありがとうございます。
私がケント・ナガノの演奏をCDで初めて聴いたのも、「アリアドネ」の原典版だったように思います。それもとてもよい演奏で、すっきりとして育ちのよさそうな音楽なのに、芯が強いと思ったのでした。が、今でははるかそのレベルを超えて、押しも押されもしない大巨匠ですね。小編成の曲ですので、いっそう精妙さと高貴さが伝わりました。今度は、大編成の曲をもっとよいコンディションで聴いてみたものです。
「影のない女」の出典についてもありがとうございました。が、やはり、あの演出は私は評価できませんね・・・
投稿: 樋口裕一 | 2011年10月10日 (月) 18時15分
樋口さん、こんばんは。
アリアドネ、行ってきました。見事ですね。ミュンヘン地元紙でトップになった公演だけあります。もはや巨匠の域でしょう。
来年の「ミュンヘン・オペラフェスティバル」は、ナガノの「神々の黄昏」で開幕します。そののち、2回にわたる「リング」チクルスがあります。
ミュンヘン・オペラは、下手すると(ヘンな言い方ですが)、ザルツブルクよりも水準が高いかもしれません。今年も、セーゲルスタムの「ばら」やナガノの「トリスタン」、ブラウンの「愛の妙薬」など、どれも出色でした。
樋口さんは、教職という社会的にも責任のあるお仕事をされていますから、なかなか7月に行くのは難しいと思いますが、機会があればぜひ行ってみてください。そのあとザルツブルク(もしくはバイロイト)っていうのが、日本の(御用)評論家定番のコースなんですよ(笑)会場や空港で何人も見かけました。夫人同伴でご立派なものです。(僻み?)
ナガノの「町人貴族―ナクソス島のアリアドネ(1912)」を聴いているなんて、樋口さんやはり相当なツウですね。
投稿: ねこまる | 2011年10月10日 (月) 20時48分
ねこまる様
コメント、ありがとうございます。
ナガノ、まさしく巨匠ですね。これから、ますます見逃せません。7月ですか…。行きたいのは山々ですが、今の職業を続けている限り、難しいでしょうね。今、大学は7月末まで授業がありますので。
私は、高校生のころ(つまり45年ほど前です)にカラヤン指揮、シュヴァルツコップの歌う「ナクソス島のアリアドネ」のレコードを聴いて以来、このオペラの大ファンなのです。ナガノの原典版が発売になったとき、小躍りして購入しました。「町人貴族」の一部であることがよくわかるだけでなく、演奏も立派なもので、とても満足したのを覚えています。
投稿: 樋口裕一 | 2011年10月12日 (水) 23時46分