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新国立劇場「イル・トロヴァトーレ」と、マドリッドの「イェヌーファ」のBD

 10月8日、新国立劇場で「イル・トロヴァトーレ」を見てきた。全体的に、とてもよい演奏と舞台だった。

 指揮はピエトロ・リッツォ。若い指揮者だが、とてもよかった。若々しくドラマティック。音に勢いがある。ただ、ピアニシモの迫力のようなものが不足している感じはしないでもなかった。

 演出はウルリッヒ・ペータース。比較的オーソドックスだと思う。「死の象徴」という無言の人物が初めからほとんどずっと舞台上にいた。このオペラを「死」のオペラとして描いていた。なるほどと思った。その分、暗い雰囲気になるが、一つの解釈ではあるだろう。それ以外には際立った解釈はなかったように思う。だが、私としては、突飛な演出よりも、このような音楽を邪魔しない演出のほうがありがたい。

 特筆するべきは、合唱の素晴らしさ。外国の一流歌劇場の合唱団に負けていないと思った。いくつもの場面で合唱を堪能した。

 歌手陣はほぼ全員、かなりのレベル。レオノーラはタマール・イヴェーリ。清楚できれいな声。細い声だが、十分に通る。とてもいい歌手だと思った。アズチェーナはアンドレア・ウルブリッヒ。太めの声で迫力がある。マンリーコのヴァルテル・フラッカーロ、ルーナ伯爵のヴィットリオ・ヴィテッリ、ともにしっかりとした美声。日本人では、フェルランドの妻屋秀和、イネスの小野和歌子もしっかりと歌っていた。

 要するに、世界の一流オペラ劇場に決して負けていないレベルの上演だった。

 ただ、私はやはりこのオペラ、何度聞いても、何度見ても、あまりの荒唐無稽さのゆえに、感動できない。「いくらなんでも、そんなことはありえないだろう!」「何と不自然な筋の運びだ!」という思いから逃れられない。イタリアオペラを見に来てそんなことを言うのは野暮だとはわかっているし、美しい音楽を楽しめばいいと思うのだが、ここまで荒唐無稽だと、音楽も十分に楽しめなくなる。

 それと、あまりにプリミティブな感想で申し訳ないが、ドイツオペラに慣れた身からすると、敵味方に分かれているのに声を合わせて美しい旋律を共に歌う場面にはかなり違和感を覚える。ドニゼッティや中期までのヴェルディのオペラにいえることだが、人物像やドラマと音楽がかみ合っていないのも感じる。

 そんなわけで、とてもよい舞台だと思いながら、心からは感動できないで終わった。

483  ところで、昨日、ヤナーチェクにオペラ「イェヌーファ」のBDを見た。コステルニチカを歌うのはデボラ・ポラスキ、イェヌーファはアマンダ・ルークロフト、ラツァがミロスラフ・ドヴォルスキー。指揮はアイヴォー・ボルトン。マドリッド王立劇場管弦楽団&合唱団、演出はステファン・ブロンシュウェイグ。

 理想的な演奏と演出だと思った。ボルトンの指揮は、ドラマティックで表現主義的で鮮烈。多くの巨匠たちのようにシュトラウスのような雰囲気でロマンティックに演奏するのではなく、あくまでも魂の奥をえぐるような音でドラマを進める。先日、モーツァルテウム管弦楽団のモーツァルトの協奏曲と交響曲を聞いてちょっとがっかりしたのだったが、このオペラは素晴らしいことこの上ない。

オーケストラもしっかりと音を出している。歌手たちも素晴らしい。なんといっても、コステルニチカを歌うポラスキが圧倒的。今でもワーグナーを完璧に歌えるだけの声の力を保っている。表現力も見事。しかも、美しい。実は、私はポラスキのファン! バイロイトやベルリンや東京で、この人の歌うブリュンヒルデやイゾルデやクンドリーを聞いてきたが、いずれも最高だった。今回の役も最高。

 イェヌーファを歌うルークロフトもラツァのドヴォルスキーも、それに端役の人々も実にいい。これまでいくつかこのオペラの映像を見てきたが、これが最も感銘を受けた。改めて、ヤナーチェクのオペラの素晴らしさを認識した。

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コメント

小論文で、他の人がどのくらい書けるのか気になります。

投稿: 受験生 | 2011年10月11日 (火) 21時02分

言われてみれば、敵同士が唱和するとは確かに変ですね。この作曲技法は古典時代からの伝統を踏まえた上の事でしょう。モーツァルトにもあった様な気が…。ヴェルディも後の方になると、各人がバラバラに歌うコンチェルターテはあっても、おかしな唱和はなくなると思いますが、正確にはどうだったか思い出せません。新国立の『トロヴァトーレ』は観ていませんが、無言の人物は刑死したアズチェーナの母親か、彼女が間違って焼き殺した自分の子供、すなわち赤ん坊が黄泉の国で成長した姿、かも知れませんね。それはそれで面白いですけど、あまり説明的な解釈を演出に加えると、観客の想像力を後退させる事になりかねないので止めた方がいいのではないでしょうか。
さて、昨晩ウィーンフィル横浜公演を聴きました。ラン・ランのリストは、実はリストがあまり好きではないぼくにも美しく聴こえ、感動しました。まだ三十歳前ですから、これからが楽しみです。大スターなのに気取りがなく、周りを立てようとするステージマナーにも好感が持てます。エッシェンバッハの指揮は、生では初めて(ピアノも生は聴いた事がありません)で、日本フィルを指揮したモーツァルト・プログラムのFM放送以来実に30年ぶりに聴きましたが(交響曲40番が、やたら早いだけで面白くありませんでした)、リストも次のブルックナー4番も、個性的で実に痛快でした。ブルックナーは、本人が尊敬していたワーグナーを思わせる派手な演奏なので、ブルックナー好きの中には演出過剰と抵抗感を持つ方も多いそうですね。曲にもよるとは思いますが僕は、少なくともエッシェンバッハ指揮の4番は、派手だけどスケールが大きく面白いと感じました。アンコールは日本を応援する意味合いがあったのか、『美しく青きドナウ』でした。エッシェンバッハがニューイヤーコンサートを指揮するかどうかはわかりませんが、ウィーンフィルの生演奏でこの曲を聴けたので、幸福な気持ちでみなとみらいホールを後にしました。

投稿: 崎田幸一 | 2011年10月13日 (木) 08時29分

ウィーン・フィル公演のライブ中継が、13日、NHK.FMで19時からあった。ライブだけに、音質もクリアーで、ラン・ランのビアノも力強く、弦楽器群も美しかった。
後半、皇帝円舞曲の、まさにコーダにさしかかった時、信じられないことが。
突然、アナウンサーが、「この放送は、9時10分までです。これで放送を終わります」?、な、なんだと驚きました。
たしかに、ラン・ランがアンコールを行なったので、時間が押したが、もとより、ライブ中継は終了時間に変更があるもの。番組枠にゆとりを組み込んだ仕組みは可能ではないか。

せっかくライブを実現して下さっただけに残念です。

投稿: 白ネコ | 2011年10月14日 (金) 18時27分

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