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下野+読響の第九は圧倒的だった

 1221日、サントリーホールで下野竜也指揮による読売日本交響楽団の第は九を聴いた。ソプラノは木下美穂子、メゾソプラノは林美智子、テノールは高橋淳、バリトンは与那城敬。合唱は新国立劇場合唱団。圧倒的演奏だった。

 下野さんはきびきびとしたスケールの大きな音楽を作っていく。下野さんの第九は、3、4年前に聴いた記憶がある。オーソドックスで構築のしっかりした見事な演奏だった。が、今回はかなり印象が異なる。構成がしっかりしているのは以前のままだが、もっとスケールが大きく、もっときびきびとして、もっと煽る。第四楽章最後のアッチェレランドなど凄まじい。だが、そうなっても決して下品にならず、形が崩れないのが下野さん。

 私は2005年にナントのラ・フォル・ジュルネで下野さんの指揮に出会って、素晴らしいと思った。真正面からオーソドックスな音楽を作って、しかもこんなにおもしろく聴かせてくれる指揮はめったにないと思う。こんなことを言うのは僭越だが、下野さんも大きな成長を遂げていると思った。

 第一楽章と第四楽章がとりわけ素晴らしかった。第一楽章は、彫りの深い演奏で、がっしりとして、ドラマティック。第四楽章はまさにわくわく感の強い祝祭の音楽。ただ、欲を言えば、第三楽章が、期待ほど精妙で天国的ではなかった。読響はしっかりと下野さんの指揮を実現して見事な音を聴かせてくれたが、第三楽章だけ、ちょっと不満だった。音楽にざわついたところがあったように思う。他の楽章もそんな雰囲気はあったが、それはわくわく感を作りだしているのでいい。第三楽章はもう少し精妙なほうがいい。

 第三楽章に差し掛かったころ、周囲で飴玉の紙をむしる音が聞こえていた。かなり長い間聞こえていたので、一人ではないのかもしれない。この第三楽章でこのような雑音を立て続けるというのは、どういう神経なのだろう。一体いつのころから、日本にこの悪癖が広まったのだろう。もっと強く注意するわけにはいかないのだろうか。私は、咳よりもくしゃみよりも話し声よりも、紙のカサカサ音のほうがずっと気になる。そんなわけで、第三楽章は落ち着いて聴けなかった。

 四人の歌手は最高! 最強の四人だと思う。私は2006年の二期会ウィークで与那城さんと仕事をして知り合った。当時、与那城さんはまだ若手の有望株でしかなかったが、今や押しも押されもしない第九のソロの第一人者だと思う。高橋さんもテノールも本当に素晴らしい。これほど正確に、これほど強い声でこのソロを歌える人は世界にもそれほど多くないと思う。満足。日本人の演奏でこれほどのレベルの第九が聴けるようになったことに改めて驚く。

 素晴らしい演奏のわりに拍手はあまり盛大ではなかった。読響の東京と横浜の第九だけで6回演奏されるので、ふだんあまりコンサート通いしない人が多いためだろうか。

 そうそう、第九の前に「コラール」が演奏されたが、あれは正確には何だったんだろう。個人的には、私はあまりおもしろいと思わなかった。今年の震災で亡くなった人への追悼の気持ちだと思うが、第九だけで十分に追悼になったと思う。

 ともあれ大いに感動。満足して帰途に就いた。

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