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新国立劇場の「ラ・ボエーム」

1月22日、新国立劇場で「ラ・ボエーム」を見た。

このブログにも何度か書いたとおり、私はプッチーニが苦手。マーラーほど大嫌いというわけではないが、少しもおもしろいと思わない。が、シーズンセット券を買ったので、苦手なオペラのチケットもついてくる。まあ、こんなことでもなければいつまでもプッチーニを見ることはないと思って、これを機会に出かけた。

ミミを歌うのはヴェロニカ・カンジェミ。清澄な声で好感は持てるのだが、それほどの感銘は受けなかった。ムゼッタを歌ったアレクサンドラ・ルブチャンスキーも悪くはないのだが、期待ほどではなかった。

期待以上だったのがロドルフォを歌った韓国人歌手ジミン・パク。しっかりと通る美声は素晴らしかった。まだ歌のコントロールという点では未完成という感じがするが、若いのでこれからの人だろう。マルチェロを歌ったアリス・アルギリスもなかなかよかった。萩原潤、妻屋秀和らの日本人歌手も主役たちにまったく遜色なかった。

指揮のコンスタンティン・トリンクスは、私は丁寧さを感じなかった。前半、意味なくオケの音が大きくて、ある種のうるささを感じた。東京交響楽団は音がよく出ていると言えるが、もう少しセーブしないとバランスが取れないと思った。第三幕の四重奏の部分も、精妙に声が絡み合わなかった。とはいえ、まだ若いので、これからの人だろう。

粟國淳の演出はオーソドックスながら、群衆シーンなど、細かいところまでしっかりと気が配られていた。第一幕と第四幕、若者たちがふざけるところと恋愛に関わる神妙なところのバランスが難しいと思うが、きちんと処理していた。見事。数度目の公演でこなれてきたということなのかもしれない。

とはいえ、やはり私はこのオペラには感動しない。台本はイタリアオペラにしてはよくできているとは思うのだが、プッチーニの音楽に私の心は反応しない。第四幕のミミの死の場面も、一度もしんみりしたことがない。私は結構涙もろいほうなのだが、プッチーニの音楽がかかると、まったく共感できなくなってしまう。

そんなわけで、プッチーニ不感症の自分を確認して帰ってきた次第。

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ベーンケの四つの最後の歌に感動!

 1月17日、サントリーホールで上岡敏之指揮、読売日本交響楽団のリヒャルト・シュトラウスのプログラムを聴いてきた。

 上岡の指揮は二度目。最初は、2007年、ヴッパータール交響楽団によるブルックナーの7番だった。多くの人の高い評価にもかかわらず、私は受け入れられなかった。あまりに遅く、あまりにいじりまわしており、音楽が壊れていると思った。この人のブルックナーは二度と聴くものかと決心したほどだった。私の大嫌いなタイプのブルックナーだった。

 が、今回は、リヒャルト・シュトラウスなので、あれこれいじってくれかまわない。いや、いじってくれるほうがおもしろくなる。しかも、私の大好きな「四つの最後の歌」が曲目に含まれている。そんなわけで足を運んだのだった。

 曲目は、前半に「死と変容」と「四つの最後の歌」。後半に「ドン・ファン」と「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」。私は、大のシュトラウス好きだが、聴くのはもっぱらオペラと歌曲と室内楽が少々で、大人になってからはあまり交響詩は聴かない。久しぶりのシュトラウスの交響詩だった。

 結論から言うと、やはり上岡さんは私には受け入れられなかった。もちろん、はっとするところはたくさんある。鮮烈な音、カルロス・クライバーを思わせるような切れの良さ、スケールの大きな盛り上がり。しかし、なぜ、そこでそんなに繊細にする必要がある? なぜそこで一呼吸置く? なぜそこで意味なく盛り上げる???・・というように、あちこちで納得がいかない。「あざとい」と思ってしまう。そうこうしているうち、私の感覚では音楽が崩壊してしまう。

 読響は、上岡さんの指揮によくついていると思った。ホルンなど、素晴らしく美しい部分がたくさんあった。そして、ところどころ、びしっと決まる。まさにオケが炸裂する。

 今回最高に素晴らしかったのは、アンナ=カタリーナ・ベーンケのソプラノによる「四つの最後の歌」。

 声の威力で押すタイプではない。微妙で繊細。細かいニュアンスをつけて歌う。まさに歌曲のような歌い方。シュヴァルツコップの録音を思い出す。ただし、シュヴァルツコップほど人工的ではない。

 ベーンケは、先日新国立劇場でマルシャリンを聴いた。とてもよかった。もう少し若い人かと思っていたら、近くで見たら、かなりのお歳に思えた。このように微妙に歌うには、それなりの年齢を重ねる必要があるのだろう。

 私の好きなのは第3曲「眠りにつこうとして」なのだが、今回はそれ以上に、第4曲「夕映えの中で」がとてもしっとりとした情感が表出されて、とても素晴らしかった。それにしても、奇跡のように美しい音楽だ。

 私は前から5列目で聴いたが、後ろの席ではどうだっただろう。この微妙なニュアンスは後ろのほうには伝わっていないのではないかと心配になった。

 上岡さんも、さすがにあまり個性的には振らなかったので、私にはこの伴奏はとても素晴らしく聞こえた。色彩的で、様々な楽器が微妙に重なり合って、実に美しい。このくらいに抑えてくれると、私も上岡さんの音楽がとても好きなのに。

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METライブビューイングのグノー「ファウスト」は期待通り

 1月16日、東銀座の東劇でMETライブビューイング(つまりは、メトロポリタン劇場で上演されたオペラの映画版)のグノー「ファウスト」を見てきた。さすがというしかない。メトロポリタンのレベルの高さに改めて脱帽。

 ファウストのヨナス・カウフマンは、前半こそ声のコントロールが甘く、輝きが以前ほどではないので、「もしかしたら、歌いすぎで声が失われたのでは・・・」と気になったが、後半、最高の声を聞かせてくれた。役柄へのアプローチは実に知的で説得力がある。容姿の素晴らしさは言うまでもない。

メフィストフェレスのルネ・パーペは申し分なし。カウフマン以上の説得力。声といい、悪魔的な歌い回しといい、まさしく最高。マルグリットのマリーナ・ポプラフスカヤも二人に匹敵する歌いぶり。後半、実にすばらしかった。先日、日本で「ドン・カルロ」のエリザベッタを聴いたときにはちょっと弱い気がしたが、今回は大迫力。もしかしたら、映画であるせいか。ヴァランタンのラッセル・ブローンも、シーベルのミシェル・ロジエも実にいい。

 そして、何より気にいったのが、指揮のヤネック・ネゼ=セガン。このブログにも何度か書いたが、私は昨年、ザルツブルク音楽祭で「ドン・ジョヴァンニ」を聴いて以来、この指揮者にほれ込んできた。この人の音楽は芯があって丁寧で、しかもディオニュソス的。今回も、バカ騒ぎするのではなく、しっかりと、そして濃厚に悪魔的なものを表現している。後半の迫力のかなりの部分が指揮の功績だと思った。

 演出もおもしろかった。メトロポリタンにしては珍しく、舞台を現代に移しての演出。原爆を思わせるシーンが出てくる。「人類は魂を悪魔に売り渡して、戦争をし、原爆を落としたが、まだ救いはある」というメッセージが読み取れる。

 実はグノーは好きな作曲家ではない。「ファウスト」は、実演も見たことがあるし、DVDもCDももちろん持っているが、あまり惹かれたことはなかった。が、このレベルの公演に接すると、やはり深く感動する。第4・5幕はただただ圧倒されて見ていた。

 ディドナートによるインタビューもおもしろかった。観客を飽きさせない工夫がなされている。さすがハリウッド映画の国。

 実はとても忙しい。映画やらコンサートやらに行っている場合ではないほど。2冊の本の校正が重なり、別の原稿が最終段階に来ている。新たな企画も進めなければならない。といいつつ、今晩もコンサートに行く予定。

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エリシュカ指揮、N響の「シンフォニエッタ」は絶品

1月14日、NHKホールでラドミル・エリシュカ指揮、NHK交響楽団の定期公演を聴いた。曲目は、スメタナの交響詩「ワレンシュタインの陣営」、ヤナーチェクの「シンフォニエッタ」、ドヴォルザークの交響曲第6番。

 一言で言って、いぶし銀の演奏。音の質感が何とも言えない。私はエリシュカの演奏を聴くと、フェルメールの「牛乳を注ぐ女」の絵を思い出す。絵画と音楽の違いはあるが、そこに同じような「質感」を感じる。別の表現を用いると、使いこんでしなやかになったなめし皮のような質感とでもいおうか。NHK交響楽団もしっかりとエリシュカ特有の音をしっかりと出している。素晴らしい。

 特に個性的な解釈があるわけではない。激しい感情の表出があるわけでもない。オケを煽ることもない。すべての音を的確にコントロールし、程よい音量と音質で楽器を鳴らす。行きすぎを抑え、楽器ごとの最良のバランスを捉える。多分、エリシュカはそのことばかりを考えている。その結果、しっかりと地に足をつけ、虚飾がなく熟成した豊かな質感を持った音楽がたちあらわれる。

 今の時期、こんなしっかりした音楽を聞かせてくれる指揮者は少ない。これぞ本物の指揮者だという感じがする。

 スメタナの交響詩「ワレンシュタインの陣営」は、初めて聴く曲。わけのわからない曲だった。次から次に力いっぱいのメロディが現れ、それがたち消えると、次のメロディが現れるといった感じで、途方に暮れているうちに終わってしまった。

私は、スメタナという作曲家が好きではない。「モルダウ」もおもしろくないと思ってきた。が、「ワレンシュタインの陣営」を聴くと、それに比べると「モルダウ」は間違いなく傑作だと思う。この曲の時点では、私はエリシュカの美質をあまり見つけられなかった。

次に演奏された「シンフォニエッタ」は圧倒的名演だと思った。これまで、私はとりわけマッケラスの指揮するかなり切れのある鋭い演奏を好んできたが、エリシュカの手にかかると、もっとしなやかになり、ひなびた音楽になる。

私は、日本ヤナーチェク友の会の会員であり、ヤナーチェクのファンだ。2007年には、プラハ、ブルノを回り、ヤナーチェクの生誕の地フクバルディを訪れたことがある。エリシュカの「シンフォニエッタ」を聴くと、あの光景、あの匂いが現れてくる。

最終楽章は圧巻。冒頭のファンファーレがくんずほぐれつし、民族の賛歌、そしてそれを超えたもっと普遍的な生命の賛歌になっていく。魂が震えた。

後半はドヴォルザークの交響曲第6番。これぞまさにいぶし銀のような質感の演奏。エリシュカの美質が最高度に発揮された。ドヴォルザークらしく、懐かしく、親しみやすい。第3楽章がおもしろい。フィナーレは大いに盛り上がった。ちょっと曲そのものの弱さを感じたが、演奏としては大満足。

終演後、ヤナーチェク友の会のメンバー6人とベトナム料理の店で懇親会。以前、何度か来たことのある店だったが、以前ほどおいしくはなかった。ちょっと残念。

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長尾洋史のピアノリサイタル 圧倒的な長尾さんの世界!

 1月10日、JR東日本の研修の講師として講演をした後、今年最初のコンサートとして、ルーテル市ヶ谷ホールで長尾洋史のピアノリサイタルを聴いた。

曲目は前半にリストの「バッハのカンタータ〈泣き、嘆き、憂い、おののき〉の主題による変奏曲]」と「孤独のなかの神の祝福」。後半はバッハのゴルトベルク変奏曲(反復なしヴァージョン)。とてつもない長尾さんの世界を堪能できた。

 リストの2曲は、先ごろ発売され、「レコード芸術」で特選に選ばれ、レコードアカデミー賞にもノミネートされたCDに含まれる曲。CDがあまりにすばらしいので期待して聴いたが、ナマが聴けて実に幸せだった。

 この音を何と表現するべきだろう。透明で揺るぎなく怜悧に輝いている。が、そこにみずみずしくてロマンティックな精神が宿っている。いかにもリストらしく、技巧的にばりばりと弾きまくる。まったくリズムが揺れず、センチメンタルに感情を込めるわけでもない。だが、そうであるだけに、奥底にロマンティックな精神が垣間見える。私がピアノに疎いせいもあるかもしれないが、ほかにこのようなピアノを私は聴いたことがない。

 ゴルトベルク変奏曲も同じように長尾の独特の世界というべきか。抑制した音で、様々な変奏を弾きわけるが、そこにはずっと透明で豊かな世界が広がっている。虚飾は一切なく、余計なものはすべて取り去られている。が、そうであるからこそ、本質的なものが残っている。まさしくバッハの世界!

 ただ、私としては、できれば全部反復して、もっとじっくりと弾いてほしかった。せっかくの世界があっけなく通り過ぎていった感がある。

 

 アンコールはドビュッシーだとのこと。が、恥ずかしながら、ピアノに疎い私は、何という曲なのか知らない。が、これもまた技巧をこらした中に、透明に輝く世界がある。

本当にすごいピアニストだと思う。繰り返すが、私はピアノに疎いので、これ以上、うまく表現する力を持たない。もし私が20代のころに長尾さんのピアノを聴いていたら、今頃、大のピアノマニアになっていただろう。長尾さんのピアノに出会うのが遅すぎたために、私はオーケストラやオペラや弦楽四重奏や弦楽器の無伴奏曲ばかりを好んで聴く人間になってしまった。つい最近まで、この私がピアノにしびれるなどとは思ってもみなかった。

ともあれ、大満足!

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元日以降、録画しておいたオペラやドラマを見た

 元日から、あまり根をつめてはいないが、夕方までは仕事をしている。が、ほぼ毎日、夕方以降テレビ放送を録画したオペラ公演やドラマを見たり、CDで音楽を聞いたりしていた。4日に3月刊行予定の本と雑誌記事の原稿をほぼ仕上げてメールで送信して、一息ついているところ。とはいえ、1月末までに、薄めの本2冊分の原稿を仕上げなければならないので、送信してすぐから次の仕事にかかっている。

 その間に見たオペラとドラマの録画について、簡単に感想を示す。

・「ドン・ジョヴァンニ」(12月25日放送)

 2011年開幕公演。オールスター・キャストの本当に素晴らしい公演。歌手陣はみんなが最高! 私はとりわけ、アンナ・ネトレプコのドンナ・アンナ、バルバラ・フリットリのドンナ・エルヴィラ、ブリン・ターフェルのレポレッロに感動したが、もちろん、ペーター・マッテイのドン・ジョヴァンニもよかった。

演出は、ロバート・カーセン。かなり妥当なもので、特に自己主張の強いものではなかった。ドンナ・アンナは、ドン・ジョヴァンニと自ら逢引をしていたという解釈だが、これは最近では珍しくない。フリットリとネトレプコの二人の競演をまさしく堪能。オーケストラも見事。しなやかで色彩的。ずっと前、ドイツ的ではない音にかなり違和感を覚えた記憶があったが、今回はどれを聴いても、とてもきれいだった。

・モンテヴェルディ「オルフェオ」(12月26日放送)

なかなかおもしろかった。このオペラは、かつてアーノンクールの指揮した映像で何度か見たので、覚えのある旋律も多かった。初めの30分ほどは、心が洗われる思いがし、あまりのすばらしさに圧倒され、これからモンテヴェルディのCDやDVDを買いまくって聴きまくろうと思ったほどだった。

が、修行が足りないというべきか、モーツァルトやワーグナーやシュトラウスなどのオペラを聴き慣れた耳には、30分もすると、この古めかしい音楽はさすがに退屈に感じられてきた。とてもおもしろかったが、やはり現代人が感動して聴き続けるのは、ちょっと難しいように思えた。それとも、もう少し聞き慣れればもっと感動できるのだろうか。

ゲオルク・ニールのオルフェオ、ロベルタ・インヴェルニッツィのエウリディーチェ、リナルド・アレッサンドリーニの指揮については、まったく文句はない。ロバート・ウィルソンの演出もおもしろかった。

・「ラインの黄金」(12月27日放送)

ミラノ・スカラ座2010526日公演。ルネ・パーペ(ウォータン)をはじめ、すべての歌手陣が実にいい。ただファフナーを歌った歌手がちょっとだけ弱かったが、それでも十分に満足できた。シュテファン・リューガマーのローゲもヨハネス・マルティン・クレンツレのアルベリヒも、ユン・クワンチュルのファゾルトも、ドリス・ゾッフェルのフリッカも実に立派。ギー・カシアスの演出についても、とてもおもしろかった。登場人物の心理や状況が、ダンスと背景の色で表現される。最近のドイツの演出のように、自己主張の強い解釈があるわけではなく、色彩やダンスにそれほど「意味」は付与されていないようだ。むしろ、美しさを見せようとするもの。安心して楽しめた。ともかく、色彩感覚が実にいい。

「ワルキューレ」(12月28日放送)

ミラノ・スカラ座2010.12.7。歌手も最高レベル。指揮ももちろん、本当に素晴らしい。堪能した。

歌手はまさしくオールスター。ヴォータンを歌ったヴィタリ・コワリョフだけが、ルネ・パーペの代役だということで、最後のほうでかなり息切れするが、それでも十分に穴を埋めている。風格もあり、声も美しい。ただ、ちょっと歌い回しが明瞭でない気がしたが、ドイツ語のよくわからない私には正確なことは言えない。ジークリンデのワルトラウト・マイアーとフンディングのジョン・トムリンソンはかなりの年齢だと思う。10年以上前にベルリンやバイロイトで聴いたころと比べて、声の輝きは失われた気がするが、全体的にはそれほど衰えた感じはない。相変わらずの表現力。フリッカを歌ったエカチェリーナ・グバノーヴァとジークムントのサイモン・オニールも素晴らしい。

そして、何よりもブリュンヒルデを歌ったシュテンメが凄い。マルシャリンやイェヌーファを持ち役にしているので、ブリュンヒルデは荷が重いのではないかと思っていたが、そんなことはない。かつてのフラグスタートやニルソンに比べるとずっとしなやかで女性的なブリュンヒルデだが、十分に勇ましくて強靭。

指揮も実にいい。ダイナミックにうねり、大きな見せ場を作る。しかも、きわめて内面にまで響く音。ただ、第二幕の後半、ちょっと緊張感の不足を感じたが、演出や見る側の私の気分の問題だったかもしれない。

演出は「ラインの黄金」と同じギー・カシアス。色彩的で、見た目に美しく、しかもドラマティック。過度な「意味」を付与しないところがいい。CGもうまく使って、心象風景を描き出している。

・マスカーニ「カヴァレリア・ルスティカーナ」、レオンカヴァッロ「道化師」(12月29日放送)

ともに、とてもおもしろかった。「カヴァレリア・ルスティカーナ」はトゥリッドゥを歌ったサルヴァトーレ・リチートラがいい。事故死したのが実に残念。サントゥッツァを歌ったルチアーナ・ディンティーノもとてもいいが、歌い回しがリアルであるだけに、私がトゥリドゥでも、うっとうしくてローラに心移りしてしまうだろうな、などと不謹慎なことを思った。

とはいえ、何よりもハーディングが凄い。イタリアオペラが単なる娯楽でなく、まるでヤナーチェクやベルクのような雰囲気になって、切り込んでくる。田園ののどかな祭りの中で起こる悲劇の恐ろしさが伝わるような指揮だった。

「道化師」も同じように感じた。カニオのホセ・クーラがやはり圧倒的。ネッダのオクサナ・ディカも強い声で、容姿もなかなか妖艶。トニオのアンブロジオ・マエストリも声に張りがあり、演技も達者。そして、これもハーディングの指揮がリアルでドラマティックで、魂をえぐる。

・「魔笛」(12月30日放送)

指揮のローラント・ベーア、演出のウィリアム・ケントリッジ、ともに初めて名前を聴いた。それどころか、歌手陣も、知っている名前がなかった。若手による演奏なのだろう。

指揮のベーアは、勢いがあってとてもいいのだが、もう少ししなやかであってもいいのではないかと思った。歌手陣も悪くはないのだが、みんな硬さがあって、面白みや凄味がほんの少し欠ける。夜の女王のアリビナ・シャギムラトワもびしっとは決まっていなかった。とはいえ、そこはモーツァルト。改めて、素晴らしい曲だと思った。

そのほか、連続ドラマも録画したまま見ていなかったものを続けてみた。その感想も記す。

・「坂の上の雲」

 役者、演出ともにとても充実。戦闘場面も実に迫力ある。大変おもしろく見た。私は司馬遼太郎の歴史観について論じる資格はないので、とりあえず、これを日本の歴史として考えると、たかだか明治維新から30年ほどでこれほどまでに近代化し、国民の間にナショナリズムが定着し、意識として近代人になっていることに驚く。同時に、日露戦争がそのまま日中戦争、太平洋戦争へと直結していることも痛感。

・「トンイ」

 NHK・BSで放映中の韓国歴史ドラマ。しばらく前、ひょいとテレビをつけて、女優さんたちの美しさに惹かれてほんの10分ほど見ているうちにやめられなくなって、毎週予約までしてみている。数年前に、これまた同じような理由で見始めて夢中で最後まで見た「チャングムの誓い」同様、実におもしろい。ただ、同じパターンで執拗にドラマを展開させる作劇テクニックには少々うんざりする。梶原一騎や橋田壽賀子とよく似た作劇法。どこまでも卑怯な敵とけなげな主人公が対立し、これほど主人公たちが正しいことをし、悪を暴いても、なかなか運命に恵まれない。同じことを主人公たちが行うとひどい目に合うのに、なぜか不思議な理屈で悪漢たちが生き残ってしまう。が、そうは言いながら、手の内はわかりつつも、つい見てしまう。それにしても、ヒロインのトンイを演じるハン・ヒョジュ、悪役のヒビンを演じるイ・ソヨンが実に魅力的。衣装も素晴らしい。それに韓国の役者さんたちの演技のうまさ! クラシックの世界の演奏家といい、俳優といい、このままでは日本は大きく水をあけられそうで、日本男児としては少々焦る。

・「相棒」

 実は初回放送から楽しみに見ている。つい見るのを忘れた回も何度かあったが、それらは再放送で見たので、きっとすべての回を見ている。複数回見ているものも少なくない。今回のシーズンはちょっと低調で、物足りない思いをしていた。社会性を表に出しすぎたため、肝心の推理面が手薄になり、辻褄が合わなくなり、様々の点で必然性がなくなっている。が、元日スペシャル「ピエロ」についてはかなりおもしろかった。細かいことを言うとおかしなところがないでもないが、全体の辻褄はしっかりと合い、社会的なメッセージもあり、役者さんたちの演技、そして演出も申し分ない。レオンカヴァッロの「道化師」の公演のシーンで始まるので、もっとこのオペラが意味を持つかと思って期待していたが、そのあたりは期待外れだった。

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2011年の「ベートーヴェンは凄い」も、素晴らしかった

2011年12月31日、多摩大学経営情報学部の諸橋学部長をお誘いして、東京文化会館で「ベートーヴェンは凄い 交響曲全曲演奏」を聴いた。指揮は小林研一郎、オーケストラは例年通り、篠崎史紀をコンサートマスターとする岩城宏之メモリアル・オーケストラ。

昨年のあまりに圧倒的だったロリン・マゼールの指揮による演奏や一昨年の小林研一郎のとてつもなくテンションの高い演奏ほどの激しい興奮は覚えなかったが、心の底から感動し、ベートーヴェンの素晴らしさを堪能した。

コバケンさんの演奏は2年前の全交響曲演奏以来。2年前は第1番から凄まじいテンションに驚嘆したのだったが、今回は、ほかの指揮者に比べれば圧倒的にテンションが高いとは言えるが、驚嘆するほどではない。ただし、テンションの高い分、ザツなところがないでもなかった前回に比べると、今回はずっと細かいところまで配慮が行き届いている。オーケストラの質の高さを改めて感じた。素晴らしいオーケストラだ! 管楽器の充実を特に感じた。そのため、高いテンションを保ちながらも実にしっかりした音楽になっていた。ただ、コバケンさんであるからには、あの凄まじいテンションを聴きたかったという気持ちは抑えきれない。

第4番、5番、9番がとりわけ素晴らしかった。7番は、フィナーレは凄まじいものの、第1・2楽章に私はもっと透明感と立体感がほしいと思った。ないものねだりではあるとはいえ、少し平板な気がした。第8番も、「一気呵成」という感じの演奏だが、第7番から続けて聴くと、同じアプローチであることを感じてしまう。7番との曲の性格の違いや各楽章の異なった雰囲気をもう少し描き出してほしいと思った。

第九に関しては、文句なし。細かいところを言えば、オケのメンバーの疲れが散見されたが、それに勝る迫力があった。第1楽章は壮大。第2楽章はドラマティック。第3楽章はまさしく天国的に美しく、第4楽章は祝祭。それが最高度に達成されていた。コバケンさんならではの白熱の第九。とりわけ、フィナーレが凄まじい。こんな燃えさかるフィナーレを演奏してくれるのは、世界にコバケンさんしかいないのではないか。

独唱陣も素晴らしい。バリトンの青戸知さんがまるでオペラのような雰囲気で歌い始めたので、あっと驚いたが、テノールの錦織健、ソプラノの岩下晶子、アルトの竹本節子が、それに違和感なく受け継いで、新しい雰囲気の「歓喜の歌」を作り出していた。合唱も良かった。

万雷の拍手。感動の渦。震災のあった年の最後を締めくくるにふさわしい演奏会、そして、それにぴったりの白熱の第九だと思った。

このコンサートを主催し続けておられる三枝成彰さんに感謝する。コンサートの間に挟まれる三枝さん、ティンパニ奏者の植松透さん(この方の目覚ましいティンパニはN響のコンサートでいつも感動して聴いている!)、音楽評論家、池田卓夫さんと林田直樹の話も実におもしろかった。

 ベートーヴェンの交響曲の中で何が好きかということが、池田さんと林田さんの話の中で話題に上がっていたが、私が好きな順に書くと、9→5→4→8→7→3→2→6→1番ということになるだろうか。

4番は第一楽章の序奏からだんだん形を取っていくところに何とも言えない感動を覚えて、中学生のころから現在に至るまで大好きな曲だ。8番は実にチャーミング。7番はどの楽章も同じような雰囲気で目が回るので、大好きというわけではない。3番は若きベートーヴェンに肩の力が入りすぎて、あちこちで破綻している気がする。6番は統一感の欠如がどうしても気になる。そんな理由でこのような順序だが、何といってもベートーヴェンなので、「好きでない」といっても、ほかのベートーヴェンの曲に比べてであって、ほかの作曲家の曲に比べると、もちろん大好きな部類に属する。

 ところで、コンサート以外で印象に残ったこと。

 昼食に上野のアトレのなかのタイ料理の店に一人で入った。以前食べてとてもおいしかった記憶があったからだ(私は実はかなりエスニック料理好きだ!)。ランチの一つを選んだが、3つの皿にちょっとずつ口をつけただけで、あまりの酸っぱさのために食べられなくなり、そのまま外に出た。

店がよくないわけではない。私は酸っぱいものが大の苦手! ときどき、お寿司でも酸っぱすぎて困ることがあるほどだ。タイ料理は店によっては酸っぱいことがあるので、確認して注文するべきだった。30年ほど前、バンコク旅行中、あまりの辛さとあまりの酸っぱさとあまりの臭いに、ほとんど手をつけずに残したことがあったのを思い出した! 食いしん坊の私が、ほとんど食べずに残したのは、それ以来のことだ。

 仕方がないので、立ち食いのすし屋に入って昼食を食べ直した。これはかなりおいしかった。立ち食いとはいえ、バカにはできない。夜は、交響曲第6番と7番の間の大休憩の時間に、コンサートをご一緒した諸橋先生と同じアトレの中のフランス料理の店(L’ecrin)で夕食を取った。これもなかなかおいしかった。

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