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新国立劇場「沈黙」みごと!!

 2月19日、新国立劇場中劇場で松村禎三作曲のオペラ「沈黙」を見た。もちろん、話には聞いていたが、実際に見るのは初めてだった。素晴らしい作品だと思った。日本を代表するオペラの一つだと思う。

 演奏もとてもよかった。指揮は下野竜也。鳴らすべきところは鳴らして、しっかりとコントロールした指揮。東京交響楽団も破綻なく、この難しい音楽を演奏してくれた。合唱も見事。少女たちもとてもよかった。

 ロドリゴは小餅谷哲雄。この人、私は初めて聴いたと思うが、とてもしっかりした歌で、音程も言いし、聞き取りやすくてとてもよかった。キチジローは星野敦。演技はちょっと大袈裟すぎる気がしたが、コミカルで人間の弱さを描き出してなかなかよかった。フェレイラの久保和範、ヴァリニャーノの成田博之も好演。オハルの高橋薫子も可憐で清楚で素晴らしい。

 演出もおもしろかった。とてもわかりやすく、おそらくは原作に忠実な演出だと思う。人物の関係、その心理が整理されている。ともあれ、日本のオペラとしては最高レベルの仕上がりだと思う。

 遠藤周作の原作を読んだのは40年ほど前だ。久しぶりに原作を思い出した。台本もとてもよくできていると思った。過不足なく、要点をしっかりと示し、音楽の力で十分に主人公の葛藤を観客にわからせられる。

 それにしても、「神の沈黙」という重いテーマをしっかりと2時間半のオペラの中に詰め込んで成功していることに驚嘆した。オペラになじみにくいテーマだと思うが、それをしっかりと語っている。音楽も実に雄弁。信仰、それに対する疑惑、神の沈黙、葛藤、それらを実に鋭く描き出してくれる。

 ただ、このオペラを見ながら、どうしても日本の貧しいキモノを着たキリシタンたちがオペラ調に歌うことに違和感を拭い去れなかった。「キリスト教は日本にはなじまないのではないか」というテーマは、そのまま「オペラは日本にはなじまないのではないか」というテーマと重なって感じられた。

 そのような違和感を吸収する装置として、松村禎三は、西洋的要素の強い遠藤周作のこの原作をオペラ化しようとしたのだろう。だが、まだ違和感が残る。この違和感は、もちろん、日本の近代化は実は西洋の物まねに過ぎなかったのではないか、単に西洋列強の武力に屈して、その文化を普遍的なものと錯覚しただけではないのかという、オペラに限らずすべての現在の日本人が親しんでいる文化に通底する根底的な疑問につながる。

 それにしても、日本の近代化にとってキリスト教の果たした役割は大きい。明治時代、ヨーロッパの近代文化を日本中に広めたのは、各地に建てられたカトリックとプロテスタントの教会だった。とりわけ、音楽の世界では、教会の礼拝やキリスト教系の幼稚園などを通して西洋音楽が日本社会に入り込み、それが根付いていった。その根本にあったのが江戸時代のキリシタンの存在であることを、今日のオペラを見ながら改めて感じた。

 また、キリスト教、とりわけカトリック教が「普遍性」を根底的な教義にすえるものであることも改めて感じた。たしか、「カトリック」の語源は「普遍」ということだったはずだ。しかし、普遍は実は地域性、個別性、特殊性を破壊する思想でもある。

 ともあれ、いろいろと考えさせられたオペラだった。

 終演後、すぐに京都に移動。今、京都にいる。明日から、京都産業大学で集中講義。講義後も原稿を書かなければならないので、せっかくの京都だが、観光は今回もまたできそうもない。

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