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ヘンゲルブロック指揮+NDRの個性的な演奏

 5月29日、サントリーホールでヘンゲルブロック指揮、北ドイツ放送交響楽団をコンサートを聴いた。曲目は、前半に「フィガロの結婚」序曲とメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲(ヴァイオリンはテツラフ)、後半にブラームスの交響曲第1番。

 一言で言って実に新鮮で生き生きとした演奏。素晴らしかった。が、実は興奮するまでには至らなかった。この指揮者、CDを何枚か聴いて、素晴らしかったので、もっと興奮するかと思っていた。

 斬新な音。ピリオド楽器的な響き。音の重なりが重層的で、盛り上げ方にかなり特徴がある。情緒的にならず、論理で押すというか。構築的というか。音の重なりを積み上げ、観客に感動を与えていく。NDRの管楽器が実に美しい。以前、ヴァントと来日した時、弦の美しさに驚いた記憶があるが、今回は木管楽器の美しさを特に感じた。

 メンデルスゾーンの協奏曲については、どうも私はテツラフとは相性がよくないのを感じた。確かに、テクニックは素晴らしい。透明で知的で音も美しい。が、なんだかこじんまりと弾いている感じがしてしまう。以前聴いた時も同じように思ったが、サントリーホールの私の席(いちおうS席なんだが・・・)まで響いてこない。その結果、素晴らしいなあと思いつつ、揺り動かされない。もう少し狭いホール向きのヴァイオリニストではないかと私は思う。

 ブラームスは聴き慣れたブラームスとはかなり異なる音色。後期ロマン派的なふくよかさがない。ピリオド楽器的な奏法のせいだろう。コントラバスが右と左に分かれて配置されている。おもしろい効果だった。私の好きなタイプのブラームスではないが、これはこれで素晴らしいと思った。第一楽章と第四楽章の後半のドラマティックな盛り上がりの切れの良さは素晴らしかった。

ただ、これも音が直接に響いてこない。もう少し狭いホールで聞いたらもっと感動的だっただろう。

アンコールはドヴォルザークの「チェコ組曲」だそうだが、初めて聴く曲だった。ブラームスの「ハンガリー舞曲」にも似ているし、ドヴォルザークの「スラブ舞曲」にも似ているし、なんだろうと思って聴いていた。とても演奏効果の上がる楽しい曲。

 

このところ訃報が続いている。フィッシャー=ディスカウに続いて、吉田秀和先生が亡くなった。昨年だったか一昨年だったか、週刊文春に「之を楽しむものに如かず」の書評を書かせていただいた。その時、何冊か読みかえしたが、改めて音楽に対する理解の深さに圧倒された。遠くからお見かけしたことは何度もあるが、話を交わしたことがなかったのが残念。

実は、フィッシャー=ディスカウも吉田先生も、若いころは好きではなかった。生意気な若者だった私は、このような大物に反発を感じていた。が、大人になってこれらの人々に触れると、やはりぬきんでているのを感じる。若かりしころの自分については、反省することばかりだ。

 

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樋口ゼミ主催唐木田菖蒲館コンサート大成功

 5月26日、多摩市の唐木田コミュニティセンター菖蒲館で多摩大学樋口ゼミ主催のコンサートを開いた。70席ほどのこじんまりした会場だったが、ほぼ満席になり、とてもよいコンサートになった。

 私のゼミでは多摩地区の文化の活性化、そして子ども、若者、高齢者のコミュニケーションの活発化のためにクラシック音楽のコンサートを開いている。今回は、学生の企画によって、映画で使われたクラシック音楽を中心に曲目を選んだ。

今回、演奏をお願いしたのは、久保山菜摘さん(ピアノ)、犬嶋仁美さん(ヴァイオリン)、松本亜優さん(チェロ)の若い女性三人。桐朋学園大学で学ぶ大学生だが、三人ともいくつものコンクールに上位入賞している実力者たち。

 演奏は実に見事だった。海外まで出掛けてまでコンサートを聞いている私からすると、もちろん世界最高レベルの演奏との違いは感じたが、これほどの演奏を若い人々が、しかも狭い会場で目の前で演奏してくれるのは、実にすばらしい。私は心から音楽を楽しみ、何度も深く感動した。いずれも若さにあふれる演奏。これは高齢の世界的演奏家にもまねができない。

 とりわけ、三人によるショパンとメンデルスゾーンのトリオ、久保山さんと松本さんによるドヴォルザークのチェロ協奏曲(ピアノ伴奏版)、久保山さんと犬島さんによるツィゴイネルワイゼンに感動した。将来楽しみな三人だと思った。

このままで日本有数のピアノ三重奏団として活動できるレベルだと思ったのは、ひいき目ではなかろう。実をいうと、私自身としては、今回のような有名曲の細切れではなく、本格的なトリオをこの三人で聴いてみたいと思った。

学生の運営についても、ふだんの学生を知っている私からすると、信じられないほどしっかりとやってくれた。少しもたついたところはあったが、会場の条件などからして、やむを得なかったと思う。学生たちをほめてやりたい。

コミュニティセンターの職員の方々にも様々な配慮をいただき、感謝することばかり。このような活動をしてきてよかった、もっとこのような活動を続けていきたいと改めて思った。

 

忙しくて、ブログの更新がなかなかできない。学務、小論文系の仕事、執筆の仕事、私用が重なって動きが取れずにいる。我が家のステレオから、しばらく音が出ていない。音楽は移動中にipodやカーステレオで聴いている程度。今日と明日、少しだけ時間が取れることを期待している。

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森美代子ソプラノリサイタル

 5月20日、東京文化会館小ホールで森美代子ソプラノリサイタルを聴いた。ピアノは湯浅加奈子さん。

 森さんは、多摩大の樋口ゼミ主催のコンサートに何度か出演していただいたことのある実力派の歌手。パルテノン多摩では、夜の女王のアリアやヨハン・シュトラウスの「春の声」などコロラトゥーラのアリアを歌ってもらって、その場にいた観客をその迫力と美しさで驚かせてくれた。

 観客超満員で、わくわく感にあふれていた。

今回も、デラックアの「ヴィネラル」やドリーブの「カディスの娘たち」、アリャビエフの「夜鳴き鶯」など、コロラトゥーラの得意曲を聴かせてもらった。コロラトゥーラの歌が会場中にビンビンと響き渡った。

第二部は、中村健さんが登場。東京音大での森さんの恩師だという。中村さんは、私がクラシック音楽に目覚めた時代、テレビなどでよく拝見していた往年の大スターだ。中村さんの声を聴くのは、一昨年だったか、中山悌一一周忌特別演奏会以来。なつかしかった。

 また、CHILDHOOD(ハンドフルートの森光弘とピアノの臼田圭介さんの作っているグループ)も出演。森光弘さんは美代子さんの弟さんだとのこと。ハンドフルートというのは指をからませて鳴らすいわば手笛のこと。素朴な味わいの音でなかなか良かった。ピアノの臼田さんもしっかりと音楽を作って、実に見事。モンティの「チャルダッシュ」は超絶技巧を駆使しており、実に爽快。

 最後は再び森さんの独唱で「キャンディード」から「着飾って、きらびやかに」。とてもチャーミングでのびやかで、しかも強い歌。見事。かわいらしい外見には似合わない強くて迫力ある歌が森さんの魅力だ。実に楽しかった。多摩大学経営情報学部の久恒学部長ご夫妻も誘ったが、とても喜んでくれた。

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「バカに見える日本語」のこと、フラング+リフィッツのプロコフィエフのこと

 相変わらず、かなりハードな生活を送っている。

 一昨日は奈良県の立命館宇治中学高校で、私が塾長を務める白藍塾がらみの仕事、昨日は京都で私用。

今日は1時限のみ大学で講義。多摩大学の専任教員全員が1回ずつ問題解決学について語ろうという試み。私は、問題を解決するための発信力・文章力の必要性を説き、「上手な反論の仕方」について話した。問題解決学と言えるかどうかかなり怪しいが、まあそれなりには役に立ったと思う。

講義が終わると、すぐに帰って、自宅の電話で、テレビ愛知の昼の番組「トコトン!1スタ」に電話出演。名古屋に出向いて生出演するように依頼を受けたのだったが、大学の授業があるので、電話だけで話をすることにした。若者言葉についての特集で、先ごろ刊行された拙著「バカに見える日本語」にからめて話をした。

ただ、もう少し話をしたかったが、時間が短かったので、思っていること、言いたいことの五分の一もいえなかったのが残念。が、電話出演であるからには、やむをえないだろう。

ついでに言うと、この「バカに見える日本語」、売れ行きが伸びているようで、朝日新聞の書評サイト、ブック・アサヒ・コムでは、この本がブックマランキングの1位になっていることを編集者が知らせてくれた。以前出した「頭がいい人、悪い人の話し方」と同じ路線なので、売れてくれるとうれしい。

 

テレビ番組の時間が終わると、すぐに自宅を出て、都内某所にて仕事を片付け、夕方からHAKUJUHALLでヴィルデ・フラングのヴァイオリン、ミハエル・リフィッツのピアノによるデュオを聴いた。フラングは、昨年だったか、武蔵野市民文化ホールで無伴奏の演奏を聴いて素晴らしいと思ったので、今回、ぜひまた聴きたいと思ったのだった。

 曲目は、モーツァルトのヴァイオリン・ソナタ第25番K377とブラームスのハンガリー舞曲から3曲。そして、プロコフィエフのヴァイオリン・ソナタ第2番。

 フラングもさることながら、リフィッツのピアノが素晴らしい。芯が強く、音が清潔。透明でありながら深みを感じさせる。音の粒立ちも実にきれい。

 フラングはモーツァルトとブラームスも良かったが、特にプロコフィエフが素晴らしいと思った。音がきれいなだけでなく、実に率直で直截的。メリハリの付け方も実にプロコフィエフにピッタリ。攻めるべきところはぐんぐんと大胆に攻めてくる。派手なメリハリをつけるが、決して下品にならないのは、音楽家というレベルを超えた美少女だからというわけではない。音に対して率直で素直なために、媚びを感じないためだろう。そして、その盛り上げが、いかにもプロコフィエフらしいためでもある。ともあれ、とても気に入った。

 明日もまた忙しい。ゆっくりとブログを書いている時間はない。このくらいにする。

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METライブビューイングの「椿姫」、風邪でも貫録のデセイ

 5月13日、東銀座の東劇でMETライブビューイング(ニューヨークのメトロポリタン歌劇場の上演をそのまま映像化したもの)の「椿姫」を見てきた。

ナタリー・デセイ(デセー、デッセー、ときにはドゥセ、ドゥセーとも呼ばれるが、とりあえずデセイと呼ぶことにする)がヴィオレッタ、マシュー・ポレンザーニがアルフレード、ディミトリ・ホヴォロストフスキーがジェルモン。指揮はファビオ・ルイージ、演出はデッカー。要するに、ネトレプコ+ヴィラゾンで話題になったザルツブルクと同じ演出。

 デセイがかなり不調だった。風邪が治りきれていないということで、声がかすれ、音も外す。痛々しいほど。しかし、そこは大歌手。そんなコンディションでありながら、高音はしっかり歌う。こんなにひどいコンディションなのに、並みの歌手よりもずっと美しい声。しかも演技力がある。コンディションが良ければもっとすごいのだろうが、十分に素晴らしい。しかも、第三幕の瀕死の場面では、声のかすれと辛そうな顔が実にリアル。不幸中の幸いというか、災い転じて福となすというか・・・。これほどの大歌手ともなると、転んでもただでは起きないということか。第三幕はかなり感動的だった。

 ポレンザーニは若々しくてよかった。ホヴォロストフスキーも貫録。ただ、二人ともあまり演技が上手ではないように見える。少なくとも、デセイに比べると見劣りする。

 ライブビューイングということで、コンディションが悪くてもそのまま映像にされるところが、ある意味でおもしろい。何度かオーケストラと歌が大きく外れたところもそのままになっていた。

 ともあれ、不調の大歌手の様子も見ることができ、まさしくメトロポリタン歌劇場のなまの醍醐味を味わえた。数万円のチケットを払って不調の歌手を見るのは腹立たしいが、映画で、このくらいの値段ならだれも文句は言わないだろう。可能な限り、METライブビューイングを見たいと思った。

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5月26日唐木田にて樋口ゼミのコンサート開催予定!

 相変わらず忙しい。今日は、14時からコンサートに行く予定だったが、大学での仕事のためにチケットを無駄にしてしまった。残念。このようなことは、今年度になって3度目。これからも、こんなことが何度も起こりそう・・・

 

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 そんな中、私たち多摩大学樋口ゼミは、またコンサートを開くべく奮闘している。私たちのゼミは、コンサートを開いて、多摩地区の活性化、若者からお年寄りまでのつながりを作り出すことを目指している。

今回は、5月26日土曜日の19時から、小田急線唐木田駅から徒歩5分のところにあるコミュニティセンター「菖蒲館」のホールで「映画に用いられた音楽」を中心としたコンサートを開く。

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 演奏してくれるのは、久保山菜摘さん(ピアノ)、犬嶋仁美さん(ヴァイオリン)、松本亜優さん(チェロ)の若い女性三人。いずれも20歳前後の若い才能にあふれる演奏家たち。いくつものコンクールに入賞している実力者たち。

 

 演奏曲目は、以下の通り。

ショパン ピアノ三重奏曲

エルガー 「愛の挨拶」

ベートーヴェン 「月光」・「悲愴」

サラサーテ 「ツィゴイネルワイゼン」

バッハ 無伴奏チェロ組曲第1番

モンティ 「チャルダーシュ」 など

 

入場料は一般 1000円。 学生800円。 中学生以下 500円。

(問合せ先 080-6523-7867 堀内)

 

いずれも親しみやすい有名曲ばかり。子どもからお年寄りまで楽しめる。

少しでもクラシック音楽人口を増やしたい、少しでも多くの人にクラシック音楽の素晴らしさを知ってほしい、そして少しでも若い人に演奏機会を与えたい。そう思って、このような活動をしている。

 だが、実をいうと、クラシック音楽で人を集めるのはなかなか難しく、毎回、客集めに苦労している。ぜひ多くの人においでいただきたい。

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私のラ・フォル・ジュルネのまとめ ベストテンなど

 東京のラ・フォル・ジュルネを終え、私なりにざっと総括する。総括と言っても、もちろん、私は音楽のプロではなく、ラ・フォル・ジュルネの内部の人間でもない。ただ初めから日本のラ・フォル・ジュルネを応援してきた音楽好きの人間として、思ったことを書くだけのことだが・・・。

 繰り返し言ってきたことだが、私はロシア音楽についてはあまり得意ではない。持っているCDの数では、おそらくロシアものは全体の1割以下だろう。CDもコンサートもロシアものが目的だったことは最近ではほとんどなく、演奏家やほかの曲を目当てにしたら、ロシアものが含まれていたのでついでに聴いてきたにすぎない。

 だから実をいうと、今年のラ・フォル・ジュルネを楽しめるかどうか、少々心配だった。そして、事実、バッハやモーツァルトやベートーヴェンやブラームスほどには熱狂しなかった。だが、素晴らしい演奏にたくさん出会った。大いに感動した。

 今年は前夜祭コンサートを含めて、全部で25のコンサートを聴いた(ちょっとのぞいただけのものは数に入れない)。昨年までに聴いたラ・フォル・ジュルネのコンサートの数が339だったので、2005年以来、8年目にして合計364に達したことになる。たぶん日本人としては最高記録だと思う。

初めの2日間は腰痛に悩んでいたが、ホールを歩き回っているうちに運動不足が解消されたのか、かなり痛みが引いてきた。最後まで楽しく聴くことができた。

 ロシアものが得意ではないというのは、私だけのことではなかったようだ。初めの2日間、雨のせいもあっただろうが、いつもならどの会場も満席で入場できないというのに、今回は空席が目立った。しかも、プロコフィエフやショスタコーヴィチの素晴らしい演奏が行われたときも、客の熱狂があまり見られなかった。きっと私以上に曲そのものを知らずに、どう理解して良いかわからずにいる人が多かったのだろう。その意味では、プログラムが少しマニア向け過ぎたのかもしれない。

 そんななか、私はロシアの合唱の凄さを思い知らされた。カペラ・サンクトペテルブルクとモスクワ大司教座合唱団に圧倒された。そして、もうひとつは、オリヴィエ・シャルリエのヴァイオリニストとしてのレベルの高さにも驚嘆した。シャリリエは昨年のびわ湖のラ・フォル・ジュルネでベートーヴェンの協奏曲を聴いてとてもよかったので、今回、聴いてみようと思って少し追いかけたのだった。が、思っていた以上。プロコフィエフの協奏曲もソナタもショスタコーヴィチのトリオも最高に素晴らしかった。

 あえて無理やり順番をつけて、今年のベストテンを挙げると、以下のようになる。(もちろん言うまでもないが、これは私が感動した順であって、演奏家のレベルに順位をつけようとするものではない)

1 オリヴィエ・シャルリエ(ヴァイオリン)、エマニュエル・シュトロッセ(ピアノ)、アンリ・ドマルケット(チェロ)。プロコフィエフのヴァイオリン・ソナタ第1番、ショスタコーヴィチのピアノ三重奏曲第2番。

 

2 ヴラディスラフ・チェルヌチェンコの指揮によるカペラ・サンクトペテルブルクの合唱でラフマニノフ「晩祷」。

3 モスクワ大司教座合唱団、アナトリー・グリンデンコの指揮により16世紀から19世紀のロシア正教典礼音楽。

4 マリア・ケオハネのソプラノ、リチェルカール・コンソートによる「ボリス・ゴドゥノフ宮廷の音楽」。

5 モディリアーニ弦楽四重奏団によるショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲第1番、そして、プラジャーク弦楽四重奏団メンバーが加わってチャイコフスキーの弦楽六重奏曲「フィレンツェの思い出」。

6 フェイサル・カルイ(指揮)、ベアルン地方ポー管弦楽団。ショスタコーヴィチのバレエ組曲第1番、児玉桃(ピアノ)が加わってチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番。

7 オリヴィエ・シャルリエ(ヴァイオリン)、アンリ・ドマルケット(チェロ)、エマニュエル・シュトロッセ(ピアノ)。ショスタコーヴィチのチェロ・ソナタ、ラフマニノフのロマンス ニ短調 、「ヴォカリーズ」、ラフマニノフ「悲しみの三重奏曲」第1番。

 とりわけ最後の曲が素晴らしかった。

8 ドミトリ・マフチンのヴァイオリン、児玉桃のピアノでプロコフィエフのヴァイオリン・ソナタ第1 とチャイコフスキーの「憂うつなセレナード」(ヴァイオリン・ピアノ版)

9 ジョセフ・スヴェンセンの指揮、パリ室内管弦楽団の演奏でストラヴィンスキー「弦楽のための協奏曲」、タチアナ・ヴァシリエヴァのチェロが加わってショスタコーヴィチのチェロ協奏曲第1番。

 ストラヴィンスキーの曲がなければもっと上位だったのに。

10 松山冴花(ヴァイオリン)、アルフォンス・スマン(ピアノ)、ペルト作曲の2つの小曲「鏡の中の鏡」「フラトレス」とプロコフィエフのヴァイオリン・ソナタ第2番。

同率10位 ジョセフ・スヴェンセンの指揮、パリ室内管弦楽団でストラヴィンスキーの「ダンバートン・オークス協奏曲」。プロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第2番。シャルリエ。

 ストラヴィンスキーの曲がなければもっと上位だったのに。

 ところで、会場でちょっと思ったことを書きつける。とりようによっては差別的になるが、あえて書きたい。

 2日目、カペラ・サンクトペテルブルクの合唱でラフマニノフ「晩祷」を聴いて、あまりの崇高さ、あまりの宗教的な深みに感動していた。その数時間後のことだ。国際フォーラムのエレベーターでロシア人の男女とかちあって、満員になった。ホールでは私は遠くから見ていたので見分けがつかなかったが、どうやらカペラ・サンクトペテルブルクのメンバーようだった。2メートル近くの男が2、3人いた。

 彼らがエレベーターに乗り込んできた途端、私は「臭せー!」と思った。匂いにはあまり敏感でない私が感じたのだから、かなりの臭気だったのだと思う。日本人ではありえない臭い。こう言っては何だが、まさしく獣の臭い。おそらく動物性たんぱくをたくさんとっているせいだろう。

 私は一瞬、「こんな動物的な臭気を発しているやつらが、あんな崇高な音楽を演奏していたのか!」と意外な感じがした。が、すぐに考えを改めた。彼らの演奏した音楽は、米を食べ、草を食べてきた日本人には絶対に作れない音楽なのだ。

 芸術は生殖や排泄や飲食などの日々の生活の中にあるものなのだ。人々が生まれて苦しみ、死んでいく過程の中で芸術は出来上がる。この生臭さがあるからこそ、あの崇高な宗教性があるのだ。修道僧たちの生臭い中での宗教的な修行が聖歌を作り出し、世俗にまみれながらも祈り続けた思いが、近代の音楽になったのだろう。そのような生臭い現実を切り離して、美しいところだけを取り出そうとすると、芸術は弱々しいものになってしまう。

 当たり前のことだが、エレベーターの中でそう考えた。そして、そのようなことを忘れがちだった自分を戒めた。

 今日から頭を切り替えて、仕事に精を出すつもり。

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ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2012 最終日(5月5日)

  最終日にしてやっと快晴。ラ・フォル・ジュルネらしくなってきた。広場に人だかりができ、屋台の前に行列ができ、人々でごった返す。こうでなくっちゃ。

今日は7つのコンサートを聴いた。大満足の一日だった。ごく簡単に感想を記す。

・ドミトリ・マフチンのヴァイオリン、児玉桃のピアノでプロコフィエフのヴァイオリン・ソナタ第1 とチャイコフスキーの「憂うつなセレナード」(ヴァイオリン・ピアノ版)

素晴らしかった。知的なアプローチでありながら、プロコフィエフではかなりスケール大きく演奏。構成感もしっかりしているため、「なるほど、こんな構成になっていたのか」とあちこちで発見があった。児玉桃さんのピアノも素晴らしい。しっかりと寄り添っている。

・ジョセフ・スヴェンセンの指揮、パリ室内管弦楽団の演奏でストラヴィンスキー「弦楽のための協奏曲」、タチアナ・ヴァシリエヴァのチェロが加わってショスタコーヴィチのチェロ協奏曲第1番。

 ストラヴィンスキーはあまりおもしろくなかった。今回、ストラヴィンスキーの曲をいくつか聴いたが、どうも私はなじめない。一時期、「春の祭典」をかなり聴いたが、考えてみると、一度もストラヴィンスキーを好きになったことがない。今回聴いても、やはり退屈だった。

 ショスタコーヴィチの協奏曲は凄まじい演奏だった。今回聴いたほかのどのチェリストよりも、いやどの演奏家よりもショスタコーヴィチらしい演奏。若い女性にはショスタコーヴィチの世界を作り出すのは無理なのではないかと思っていたのだが、とんでもない。ショスタコーヴィチの怨念の世界を激しく描出してくれた。ひとりの世界に入り込み、激しい思い込みを抱き、世界に対する怒りを鬱積させていく・・・そんな迫力があった。圧倒された。もしかしたら、フランス人チェリストよりも、日本人チェリストよりも、ヴァシリエヴァのほうがずっと辛酸をなめ、怨念を持っているのかもしれない。こんな演奏は、豊かな社会で育った人間にはできないと思った。

・ジャン=ジャック・カントロフの指揮、シンフォニア・ヴァルソヴィアでチャイコフスキーのバレエ組曲「白鳥の湖」、アブデル・ラーマン・エル=バシャのピアノが加わって、プロコフィエフのピアノ協奏曲第2番。

 カントロフは指揮者としても素晴らしい。「白鳥の湖」はこの通俗名曲を実におもしろく演奏してくれた。協奏曲は、明快で知的なアプローチ。エル=バシャのスタイルかもしれないが。もう少し派手にやってもよいのではないかと思った。が、くっきりとした輪郭も見事な演奏。

・ジョセフ・スヴェンセンの指揮、パリ室内管弦楽団の演奏で、ストラヴィンスキーの「プルチネルラ組曲」、イェウン・チェのヴァイオリンが加わって、プロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第1番。

 「プルチネルラ組曲」はほかのストラヴィンスキーの曲よりはおもしろかったが、やはり退屈した。イェウン・チェは、韓国人の若い女性のヴァイオリニスト。ひたむきで我が強く、かなり思い切りのよいアプローチ。むしろショスタコーヴィチにふさわしい個性に思えた。が、なかなかおもしろい。私はこんなヴァイオリニストは大好きだ。

・フェイサル・カルイの指揮、ベアルン地方ポー管弦楽団で、ショスタコーヴィチのバレエ組曲第1番、児玉桃のピアノが加わってチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番。

 カルイの指揮がおもしろい。踊るような指揮ぶり。オケのメンバーも乗りに乗って、まるで「のだめカンタービレ」の映画のように、途中で立ち上がったり、身体を揺らしたりして、面白おかしく演奏。メリハリの付いた楽しい音楽になった。ショスタコーヴィチも楽しい音楽を書けるんだ!とびっくり。

 チャイコフスキーもかなり鮮烈な演奏。児玉さんはきわめて知的なアプローチ。情緒に流されないが、鳴らすところは鳴らし、実にダイナミック。知的なロマティズムが鳴り渡った。素晴らしい。

・ジャン=ジャック・カントロフの指揮、シンフォニア・ヴァルソヴィアの演奏で、グリンカの「ルスランとリュドミラ」序曲、川久保賜紀のヴァイオリンが加わって、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲。

 カントロフの指揮はしっかりとつぼをわきまえている。シンフォニア・ヴァルソヴィアも見事。川久保賜紀さんのヴァイオリンは音の処理がほれぼれするほど美しい。そのため、高貴で清潔な音楽になっている。チャイコフスキーの情緒的なところがかき消され、高貴な音楽になっている。すがすがしい感動を覚えた。

・オリヴィエ・シャルリエのヴァイオリンとエマニュエル・シュトロッセのピアノでプロコフィエフ:ヴァイオリン・ソナタ第1番、アンリ・ドマルケットのチェロが加わってショスタコーヴィチのピアノ三重奏曲第2番。

 最後の最後で最高の演奏にぶつかった。シャルリエは本当に素晴らしい。プロコフィエフのソナタは、朝、マフチン+児玉桃で聴いたのと同じ曲。マフチンも素晴らしかったが、シャルリエはもっとずっと繊細に、そして高貴に演奏。マフチンがロシア流だとすると、シャルリエはフランス流。どちらも素晴らしい。シャルリエは、フランス的に盛り上がり、激しく燃える。このようなアプローチもあるのだと納得。

 もっとすごかったのがピアノ三重奏曲。凄まじいの一語に尽きる。ショスタコーヴィチ流の怨念とは少し違うような気がする。もっと普遍的。まるでベートーヴェンの大フーガのロシア版だと思った。激しい音をたたきつける。それがショスタコーヴィチの個人の怨念を離れて、人類の人生に対する思いに重なる。第四楽章はあまりの凄さに涙が出てきた。圧倒された。

(次のコンサートまでの間、「ボリス・ゴドゥノフ宮廷の音楽」のコンサートをのぞいてみた。前日、よみうりホールで聴いたコンサートだが、あまりにすばらしかったので、もる一度聴いてみたいと思った。それに、前日、空席が目立ったので、もし今日も空席が多かったら、日本人の一人として大変申し訳ないと思い、ひとりでも客が多いほうがよかろうとも思ったのだった。ほぼ満員だったので安心。やはり素晴らしい演奏だった!)

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ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2日目(5月4日)

 5月4日、ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2日目。またも雨模様。だが、音楽は昨日以上に充実していた。今日は9つのコンサートを聴いた。簡単に感想を記す。

 

・フェイサル・カルイの指揮、ベアルン地方ポー管弦楽団でショスタコーヴィチの交響曲第5番。

 カルイは昨年のナントで知った指揮者だが、とてもメリハリの利いた明快な指揮をする。ちょっと動きがアクロバティック過ぎて、つい指揮の動きに目が行ってしまうが、音楽もしっかりしている。あちこちで細かくいじっていたが、いずれも私にはかなり説得力があった。感動して聴いた。中学生、高校生の頃よく聴いた曲だが、改めて名曲だと思った。ただし、ショスタコーヴィチがこの曲にどのような思いを込めたのかは、やはりよくわからなかった。

 

・モディリアーニ弦楽四重奏団によるショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲第1番、そして、プラジャーク弦楽四重奏団メンバーが加わってチャイコフスキーの弦楽六重奏曲「フィレンツェの思い出」。

 モディリアニ四重奏団はとても刺激的。チャイコフスキーまでが現代音楽のようになる。研ぎ澄まされ、鮮明。音程がしっかりして、直線的に突き刺さってくる。が、そこに独特のロマンティズムがある。私の心にはびんびんと響く。「フィレンツェの思い出」は実に名曲だと思った。チャイコフスキーは情緒にあふれているが、その背後にしっかりとした音楽性があることを改めて実感。

 

・ヴラディスラフ・チェルヌチェンコの指揮によるカペラ・サンクトペテルブルクの合唱でラフマニノフ「晩祷」。

 ア・カペラの曲。昨日の朝に聴いた団体だが、昨日は声がそろっていなかった。が、今日は実にぴったり。同じ団体と思えないほどの完成度。本当に素晴らしい。ロシアの合唱の驚異を改めて思い知る。しかも、ラフマニノフが実にいい。私は、ラフマニノフの交響曲や協奏曲はあまりに俗っぽい気がして好きになれないが、これらの合唱曲は大好きだ。と言いつつ、生で聴くのは今回が初めて。心の底から感動した。1時間ほど、ずっと無伴奏の合唱だが、まったく飽きなかった。

 

・ジャン=ジャック・カントロフの指揮、シンフォニア・ヴァルソヴィアの演奏でチャイコフスキーの組曲第4 「モーツァルティアーナ」、アダム・ラルームのピアノが加わってラフマニノフのピアノ協奏曲第1番。

 チャイコフスキーのこの曲は初めて聴いた。録音でも聴いたことがなかった。とてもおもしろかった。とくに第四曲の変奏曲は傑作。モーツァルトのメロディが魔法のようにチャイコフスキー風になる。ラフマニノフもとてもよかった。ラルームのピアノは鮮烈。輪郭がはっきりして美しい。モディリアニ弦楽四重奏団と同じような傾向。フランスの若い演奏家の傾向なのだろう。カントロフの指揮もよかったが、金管が何度かとちったのが残念。

 

・エドガー・モローのチェロ、ピエール=イヴ・オディクのピアノでアレンスキー「東方のメロディ」「哀しみの歌」、そしてラフマニノフのチェロ・ソナタ。

 1994年生まれのごく若いチェリスト。私は大いに気に入った。若いのにきわめてロマンティック。ふくよかな大きな音で朗々と歌おうとする。ちょっと一本調子なところが残っているが、歌心にあふれていて、とてもよかった。

 

・モディリアニ弦楽四重奏団によるボロディンの弦楽四重奏曲第2番とショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲第1番、そしてショスタコーヴィチのポルカ「黄金時代」より

 ボロディンは実に美しかった。第三楽章の美しさは比類がない。透明で研ぎ澄まされた音で流麗に演奏される。余計な思い入れがないだけに直接的に美しさが際立つ。あまりに鮮明。

 

・マリア・ケオハネのソプラノ、リチェルカール・コンソートによる「ボリス・ゴドゥノフ宮廷の音楽」。要するに、ボリス・ゴドゥノフの時代、デンマークから音楽家たちがロシアの宮廷を訪れて演奏をしたらしい。それを再現するコンサートということのようだ。

 ダウランドやバードの名前は知っているが、ほかは知らない作曲家たち。が、ケオハネの歌が素晴らしく、フィリップ・ピエルロ他のメンバーの音楽性が素晴らしい。古楽に酔った。私は数年前のナントでこの団体の演奏を聴いて以来、発売されているCDのほとんどを購入。愛聴している。もっと知られていい団体だ。

 

・オリヴィエ・シャルリエのヴァイオリン、アンリ・ドマルケットのチェロ、エマニュエル・シュトロッセのピアノで、ショスタコーヴィチのチェロ・ソナタ、ラフマニノフのロマンス ニ短調 、「ヴォカリーズ」(ヴァイオリン・ピアノ版)、最後にラフマニノフ「悲しみの三重奏曲第1番。

 ドマルケットのチェロはショスタコーヴィチの怨念を十分に表現しているようには思えなかった。もっと激しく怨念を表現してほしいと思った。が、メリハリをつけ、ドラマティックに演奏。現代の知的なフランス人には、これ以上に激しい怨念を表現するのは難しいのかもしれない。その意味では、十分に感動的だった。シャルリエのヴァイオリンは昨日に続いて素晴らしいと思った。流麗にしてノーブル。香りが漂う。最後の三重奏は絶品。悲しみの心の声が大きく広がっていく。これこそがラフマニノフの世界なのだろう。三人の息もぴったり合って、程よい心の吐露になっていた。

 

・古典四重奏団によるショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲第6番と第8番。

 私は満足できなかった。まるで初めて音合わせをしているかのような音楽に聞こえた。もう少し踏み込んで独自の音楽を作ってほしい。第8番の第2楽章(だったかな? チェロ協奏曲やトリオの断片が聞こえる部分)はかなり激しくショスタコーヴィチに肉薄しているように思えたが、そのほかの部分もそれと同じほど踏み込んでほしいと思った。この団体はすべての曲を暗譜で演奏することで有名だが、暗譜にこだわるあまり、踏み込めずにいるのではないかと思わざるをえない。

 

 

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ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2012 初日(5月3日)

大雨の中のラ・フォル・ジュルネ。当日券が売れ残っているらしく、空席が目立つ。せっかく次々と素晴らしい演奏が続いているのに、残念。私は8つのコンサートを聴いた。

簡単に感想を書く。

 

・カペラ・サンクトペテルブルクの合唱。指揮はヴラディスラフ・チェルヌチェンコ。

プログラムを最初に見たとき、今年は、初めにロシアの作曲家の基盤をなすギリシャ正教の音楽を聴こうと思った。一昨年、ロシアに行った時、モスクワの赤の広場のカザン聖母教会でミサを見て、ロシアの作曲家の中にギリシャ正教の音楽があることをはっきりと感じたためだった。帰国後、ギリシャ正教のミサなどのCDを買い集めていたが、生で聞ける機会ができて、実にうれしい。

ボルトニャンスキーの合唱協奏曲第3番「主よ、御力により帝は楽しまん」、アルハンゲルスキーの「幸いなるかな」、チェスノコフの「我が祈りが叶わんことを」、チェスノコフの「神は我らと共に」など。「カリンカ」などの民謡も演奏された。とてもよかったが、朝11時前からのコンサートとあって、コンディションはあまり良くない様子だった。声があまり出ないで、ぴたっと決まらなかった。が、だんだんと調子が上がり、アンコール曲は素晴らしかった、深い声。男性のバスも素晴らしいが、女性のアルトもソプラノもいい。

 

・松山冴花(ヴァイオリン)、アルフォンス・スマン(ピアノ)、ペルト作曲の2つの小曲「鏡の中の鏡」「フラトレス」とプロコフィエフのヴァイオリン・ソナタ第2番。

ダイナミックで屈託のない演奏。プロコフィエフにぴったり。素晴らしいと思った。若い女性でこんなスケールの大きな演奏をするなんて、日本人離れしている。歌わせるところはきっちりと歌わせ、メリハリが素晴らしい。去年のリヒャルト・シュトラウスのソナタも素晴らしかったが、今年も酔わせてくれた。本当に日本の将来を担う素晴らしいヴァイオリニストだと思う。これからが楽しみ。

 

・堤剛(チェロ)、クレール・デゼール(ピアノ)によるショスタコーヴィチとプロコフィエフのチェロ・ソナタ。

堤さんは私の大好きなチェリストだが、今回はちょっと渋すぎると思った。堤さんのチェロは上品すぎてショスタコーヴィチの怨念のようなものが出ない。プロコフィエフのチェロ・ソナタはチャーミングでユーモアあふれた作品だと思うのだが、堤さんの手にかかると、かなりまじめで内面的な音楽になってしまう。

 

・トリオ・ヴァンダラーの演奏でチャイコフスキーのピアノ三重奏曲「偉大な芸術家の思い出に」。

実は私はこのトリオとは相性が良くない。チャイコフスキーの哀愁をあまり感じなかった。そもそも哀愁を歌いたいと思っていないのかもしれない。が、かといって、別の魅力があるかというと、私は残念ながらあまり感じなかった。いつも私はこのトリオを一本調子だと感じてしまうが、今回もそうだった。

 

・アブデル・ラーマン・エル=バシャのピアノでラフマニノフの前奏曲 嬰ハ短調と作品3-210の前奏曲作品23

私はピアノ曲をあまり聴かないし、この曲を聴いたのも初めて。だから、わかったようなことは言えない。ただ、とても鮮明で繊細な音。しっかりした構成。はじめて聴く曲だったので何のことやらわからずに困った。

 

・モスクワ大司教座合唱団、アナトリー・グリンデンコの指揮により16世紀から19世紀のロシア正教典礼音楽。

 修道僧のような黒服の男たちによる合唱。「幸いなるかな」「ヘルヴィムの歌」「聖母讃歌」。最高に素晴らしかった。深いロシアのバスの歌声が本当に心を打つ。男声合唱の柔らかく強い声の重なりが見事。その後、ラフマニノフの「平和の恵み」が演奏されたが、あまりの素晴らしさに涙が出そうになった。ロシア民謡「黒いからす」や「雪はもうたくさんだ」、そしてアンコールの2曲も本当に素晴らしい。いかにもロシア的な男声の歌。ロシア以外の人はこんな合唱はできないのではないか。

 

・竹澤恭子のヴァイオリン、アレクサンドル・ルーディンの指揮、ムジカ・ヴィーヴァの演奏でプロコフィエフの「古典交響曲」とヴァイオリン協奏曲第2番。

「古典交響曲」は実は中学生の頃から私の大好きな曲。とてもよかった。ヴィブラートの少ない明快な音で音楽を推進していく。切れがよく、音の重なりが美しい。実に爽快。あまりロシアのオーケストラらしくない。協奏曲も竹澤さんのテクニックが見事。とくに最終楽章は音楽にしっかりと乗って素晴らしかった。

 

・ジョセフ・スヴェンセンの指揮、パリ室内管弦楽団でストラヴィンスキーの「ダンバートン・オークス協奏曲」。プロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第2番。

「ダンバートン・オークス協奏曲」はなんだかよくわからない曲だった。少なくとも、私の好きな曲ではない。途方に暮れているうちに終わった。その後。オリヴィエ・シャルリエのヴァイオリンが加わって、プロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第2番。竹澤さんの演奏を聴いたばかりだったので、聴き比べをすることになった。結論からいえば、私はシャルリエの方が好きだった。内面的な美音を用いて細かいニュアンスをつけながら高度なテクニックを聴かせてくれる。B7の狭いホールだったので、細かいところまで聴きとれた。もし、竹澤さんと同じホールCだったら、竹澤さんのほうがよく聞こえたかもしれない。だが、シャルリエの第二楽章はあまりの美しさにうっとりした。第三楽章もテクニックをひけらかしているかのような弾き方をしているのに、親密な雰囲気の美音であるために外面的という感じがしない。実に魅力的。シャルリエが無伴奏の短いアンコール曲を弾いた。これも素晴らしかった。シャルリエは現代を代表するヴァイオリニストの一人だと思った。

 

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ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2012、いよいよ始まる

 5月2日、ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンが始まった。19時から東京国際フォーラムAホールで前夜祭。小林和夫氏の司会、アーティスティック・ディレクターのルネ・マルタン氏の話が入ってのコンサートだった。

 まず、東京都交響楽団、小泉和裕の指揮でチャイコフスキーの「白鳥の湖」と「くるみ割り人形」から抜粋。これらの曲は小学生のころによく聞いていたので、とても懐かしい気持ちになる。

 次にビジャーク姉妹のピアノ連弾によるストラヴィンスキーの「ペトルーシュカ」と「春の祭典」からの抜粋。ストラヴィンスキー自身によるピアノ連弾版だという。このホールでは、ピアノ連弾はちょっとつらいと思った。あまりにホールが大きく、演奏者まで遠すぎて、親密さが生まれない。しかも、やはりこの曲はオーケストラ版のほうがおもしろいと思った。ただし、ピアノの演奏テクニックそのものは実に見事。

 そのあと、パリ室内管弦楽団、ジョゼフ・スヴェンセンの指揮でチャイコフスキーの弦楽セレナーデの第三楽章。弦の響きが柔らかく、指揮のコントロールも効いている。マルタン氏も語っていたが、とてもよいオーケストラだ。

 その後、小曽根真さんのピアノが加わって、ショスタコーヴィチのピアノ協奏曲第1番の最終楽章。目の覚めるような演奏。小曽根さんらしく、かなりジャズっぽくて、軽快。ただ、最終楽章だけでは、何とも言えない。ここだけ聞くとあまりショスタコーヴィチらしくない。小曾根さんの演奏で全曲を聴いてみたいと思った。

 ところで、腰の痛みが続いている。ずっと激しく痛むわけではないが、腰が重く、時々痛みが走る。3日間のラ・フォル・ジュルネの間、なんとか激しい痛みにならなければいいが・・・。今日は明日に備えて早く寝る。

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