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私のラ・フォル・ジュルネのまとめ ベストテンなど

 東京のラ・フォル・ジュルネを終え、私なりにざっと総括する。総括と言っても、もちろん、私は音楽のプロではなく、ラ・フォル・ジュルネの内部の人間でもない。ただ初めから日本のラ・フォル・ジュルネを応援してきた音楽好きの人間として、思ったことを書くだけのことだが・・・。

 繰り返し言ってきたことだが、私はロシア音楽についてはあまり得意ではない。持っているCDの数では、おそらくロシアものは全体の1割以下だろう。CDもコンサートもロシアものが目的だったことは最近ではほとんどなく、演奏家やほかの曲を目当てにしたら、ロシアものが含まれていたのでついでに聴いてきたにすぎない。

 だから実をいうと、今年のラ・フォル・ジュルネを楽しめるかどうか、少々心配だった。そして、事実、バッハやモーツァルトやベートーヴェンやブラームスほどには熱狂しなかった。だが、素晴らしい演奏にたくさん出会った。大いに感動した。

 今年は前夜祭コンサートを含めて、全部で25のコンサートを聴いた(ちょっとのぞいただけのものは数に入れない)。昨年までに聴いたラ・フォル・ジュルネのコンサートの数が339だったので、2005年以来、8年目にして合計364に達したことになる。たぶん日本人としては最高記録だと思う。

初めの2日間は腰痛に悩んでいたが、ホールを歩き回っているうちに運動不足が解消されたのか、かなり痛みが引いてきた。最後まで楽しく聴くことができた。

 ロシアものが得意ではないというのは、私だけのことではなかったようだ。初めの2日間、雨のせいもあっただろうが、いつもならどの会場も満席で入場できないというのに、今回は空席が目立った。しかも、プロコフィエフやショスタコーヴィチの素晴らしい演奏が行われたときも、客の熱狂があまり見られなかった。きっと私以上に曲そのものを知らずに、どう理解して良いかわからずにいる人が多かったのだろう。その意味では、プログラムが少しマニア向け過ぎたのかもしれない。

 そんななか、私はロシアの合唱の凄さを思い知らされた。カペラ・サンクトペテルブルクとモスクワ大司教座合唱団に圧倒された。そして、もうひとつは、オリヴィエ・シャルリエのヴァイオリニストとしてのレベルの高さにも驚嘆した。シャリリエは昨年のびわ湖のラ・フォル・ジュルネでベートーヴェンの協奏曲を聴いてとてもよかったので、今回、聴いてみようと思って少し追いかけたのだった。が、思っていた以上。プロコフィエフの協奏曲もソナタもショスタコーヴィチのトリオも最高に素晴らしかった。

 あえて無理やり順番をつけて、今年のベストテンを挙げると、以下のようになる。(もちろん言うまでもないが、これは私が感動した順であって、演奏家のレベルに順位をつけようとするものではない)

1 オリヴィエ・シャルリエ(ヴァイオリン)、エマニュエル・シュトロッセ(ピアノ)、アンリ・ドマルケット(チェロ)。プロコフィエフのヴァイオリン・ソナタ第1番、ショスタコーヴィチのピアノ三重奏曲第2番。

 

2 ヴラディスラフ・チェルヌチェンコの指揮によるカペラ・サンクトペテルブルクの合唱でラフマニノフ「晩祷」。

3 モスクワ大司教座合唱団、アナトリー・グリンデンコの指揮により16世紀から19世紀のロシア正教典礼音楽。

4 マリア・ケオハネのソプラノ、リチェルカール・コンソートによる「ボリス・ゴドゥノフ宮廷の音楽」。

5 モディリアーニ弦楽四重奏団によるショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲第1番、そして、プラジャーク弦楽四重奏団メンバーが加わってチャイコフスキーの弦楽六重奏曲「フィレンツェの思い出」。

6 フェイサル・カルイ(指揮)、ベアルン地方ポー管弦楽団。ショスタコーヴィチのバレエ組曲第1番、児玉桃(ピアノ)が加わってチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番。

7 オリヴィエ・シャルリエ(ヴァイオリン)、アンリ・ドマルケット(チェロ)、エマニュエル・シュトロッセ(ピアノ)。ショスタコーヴィチのチェロ・ソナタ、ラフマニノフのロマンス ニ短調 、「ヴォカリーズ」、ラフマニノフ「悲しみの三重奏曲」第1番。

 とりわけ最後の曲が素晴らしかった。

8 ドミトリ・マフチンのヴァイオリン、児玉桃のピアノでプロコフィエフのヴァイオリン・ソナタ第1 とチャイコフスキーの「憂うつなセレナード」(ヴァイオリン・ピアノ版)

9 ジョセフ・スヴェンセンの指揮、パリ室内管弦楽団の演奏でストラヴィンスキー「弦楽のための協奏曲」、タチアナ・ヴァシリエヴァのチェロが加わってショスタコーヴィチのチェロ協奏曲第1番。

 ストラヴィンスキーの曲がなければもっと上位だったのに。

10 松山冴花(ヴァイオリン)、アルフォンス・スマン(ピアノ)、ペルト作曲の2つの小曲「鏡の中の鏡」「フラトレス」とプロコフィエフのヴァイオリン・ソナタ第2番。

同率10位 ジョセフ・スヴェンセンの指揮、パリ室内管弦楽団でストラヴィンスキーの「ダンバートン・オークス協奏曲」。プロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第2番。シャルリエ。

 ストラヴィンスキーの曲がなければもっと上位だったのに。

 ところで、会場でちょっと思ったことを書きつける。とりようによっては差別的になるが、あえて書きたい。

 2日目、カペラ・サンクトペテルブルクの合唱でラフマニノフ「晩祷」を聴いて、あまりの崇高さ、あまりの宗教的な深みに感動していた。その数時間後のことだ。国際フォーラムのエレベーターでロシア人の男女とかちあって、満員になった。ホールでは私は遠くから見ていたので見分けがつかなかったが、どうやらカペラ・サンクトペテルブルクのメンバーようだった。2メートル近くの男が2、3人いた。

 彼らがエレベーターに乗り込んできた途端、私は「臭せー!」と思った。匂いにはあまり敏感でない私が感じたのだから、かなりの臭気だったのだと思う。日本人ではありえない臭い。こう言っては何だが、まさしく獣の臭い。おそらく動物性たんぱくをたくさんとっているせいだろう。

 私は一瞬、「こんな動物的な臭気を発しているやつらが、あんな崇高な音楽を演奏していたのか!」と意外な感じがした。が、すぐに考えを改めた。彼らの演奏した音楽は、米を食べ、草を食べてきた日本人には絶対に作れない音楽なのだ。

 芸術は生殖や排泄や飲食などの日々の生活の中にあるものなのだ。人々が生まれて苦しみ、死んでいく過程の中で芸術は出来上がる。この生臭さがあるからこそ、あの崇高な宗教性があるのだ。修道僧たちの生臭い中での宗教的な修行が聖歌を作り出し、世俗にまみれながらも祈り続けた思いが、近代の音楽になったのだろう。そのような生臭い現実を切り離して、美しいところだけを取り出そうとすると、芸術は弱々しいものになってしまう。

 当たり前のことだが、エレベーターの中でそう考えた。そして、そのようなことを忘れがちだった自分を戒めた。

 今日から頭を切り替えて、仕事に精を出すつもり。

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音楽」カテゴリの記事

コメント

いきなり失礼いたします。

 最近、樋口さんの「読ませるブログ」を読みました!
すごくためになったので、ここまで来てしまいました(笑)。
 私もラ・フォル・ジュルネには行ったことがあります。
ベートーヴェンの『悲愴 第二楽章』が(個人的に)印象に残りました。
私自身も弾いたことがある曲なので…(´▽`)

 長文失礼致しました。

投稿: たなからぼたもち | 2012年5月 6日 (日) 13時35分

エレベーターのエピソード、たいへんおもしろく読みました。私も4日のカペラ・サンクトペテルブルクの「晩祷」を聴いて心を深く揺り動かされたのですが、そうですか、あの人たちがそんなに臭いなんて……!

でも、西洋人の音楽には確かに「肉性」とでもいうようなものを感じることがあります。野蛮さスレスレのようなエネルギー、圧倒的な音、そして「肉性」が昇華されたときの崇高さ。お茶漬けをすすっているだけでは絶対に生み出せない音楽でしょうね。

投稿: にいく | 2012年5月 6日 (日) 16時18分

たなからぼたもち様
コメント、ありがとう。ブログ、のぞかせてもらいました。
福岡県に住む13歳の女子中学生なんですね!
楽しいブログだと思います。
「読ませるブログ」が中学生にも役に立ってくれるととても嬉しく思います。
ラ・フォル・ジュルネに行ったことがあるということですが、東京? それとも鳥栖? 昨年の鳥栖のラ・フォル・ジュルネには、私も行きました。ぜひまた、コンサートを聴いてみてください。

投稿: 樋口裕一 | 2012年5月 7日 (月) 08時34分

にいく様
コメント、ありがとうございます。
エレベーターの件、どのように受け取られるか心配していました。好意的に読んでいただいて、とてもうれしく思います。
全員ではないと思いますが、数人は確かにかなりの臭気を発しているように思いました。そのような人たちだからこそ、あのような崇高な演奏ができたのだと思います。もしかしたら、オイストラフもロストロポーヴィチもリヒテルもそんな人たちだったのではないか、だからこそ、あれほど凄まじかったのではないかと思うのです。おっしゃる通り、「肉性」というのは、クラシック音楽においては極めて大事な要素なのだと思います。

投稿: 樋口裕一 | 2012年5月 7日 (月) 08時45分

僕は今回のLFJは、15公演聴きました。その内樋口先生と同じ会場になったのは、初日のムジカ・ヴィーヴァで竹澤恭子がソロを弾いたプロコフィエフのコンチェルト2番、二日めのよみうりホールにおけるボリス宮廷の音楽、最終日のエル=バシャとカントロフのプロコフィエフ2番コンチェルト、カルイ指揮児玉桃のチャイコ1番コンチェルト、などいくつかありました。その内の最終日、カルイ&児玉は僕自身の疲労が重なって眠かった事もあり、あまり良いと思えませんでした(その前に演奏されたショスタコーヴィッチは全く初めて聴きましたが、確かに楽しい曲ですね)が、他は良かったと思います。エル=バシャの演奏は今回全く初めて聴きました。馴染みのない曲(なんだかドロドロしていますね)という事もあり、いい演奏だったぐらいしかわかりませんでした。来年はフランスやスペインがテーマだそうですが、エル=バシャはCDを作ったラヴェルの作品を取り上げて欲しいと思います。
先生とご一緒にならなかったコンサートでは、まず小曽根真のショスタコーヴィッチコンチェルト1番全曲が面白かったです。ジャズが本業のソリストだけあって、まるで即興演奏を聴いている様な楽しい音楽になりました。スウェンソン指揮パリ室内管も、最初に演奏したプロコフィエフの古典交響曲とも素晴らしいと思います。伴奏ぐらいしかCDがないのが惜しいです。
そして二日めの庄司紗矢香とドミトリ・リス指揮ウラル・フィルによる、ショスタコーヴィッチのヴァイオリンコンチェルト1番、これはソロと指揮者・オケ三者とも文句なしの超名演でした。庄司さんはまだ二十代ですが、若い演奏家の出す音楽とは思えない程芸術的に素晴らしいと思いましたし、リスとオケもロシアらしい情熱を爆発させていました。リスはもっと聴きたい指揮者です。
二日めの朝はそのリス指揮ウラル・フィルがアニメ(といっても日本のみたいな親しみやすさは感じられません)映像に合わせて『ピーターと狼』を演奏しました。演奏はアニメに合わせてでしたので、まあ良かった程度ですが、アニメが大変面白かった!プロコフィエフの書いたシナリオとは全く違う衝撃の結末に唖然としました。何らかの形でご覧になれれば、と思います。

投稿: 崎田幸一 | 2012年5月 8日 (火) 07時08分

崎田幸一様
コメント、ありがとうございます。
小曾根さんのショスタコの協奏曲、聴きたかったですね。その時間、ラフマノノフの「晩禱」が重なっていたために諦めたのでした。「ピーターと狼」のアニメのおもしろさは何人もに聞きました。これも機会があったら見たいのですが、難しいでしょうね。
庄司さんについては、これまで何度も演奏を聴いてきましたので、今回は敢えてほかのヴァイオリニストを聴こうとしたのでした。
リスのロシア物はいいでしょうね。ただ、リスについてもこれまでずいぶん聴いてきましたので、今回も敢えて避けたのでした。
スウェンソンという指揮者とパリ室内管弦楽団、おっしゃるとおり、とてもよかったですね。私はナントで聴いて、とても興味をひかれた記憶があります。
ともあれ、私にとってはとても満足のいく今年のラ・フォル・ジュルネでした。

投稿: 樋口裕一 | 2012年5月 9日 (水) 21時35分

来年のLFJは、フランスとスペインの特集と聞きました。樋口先生がアンバサダーに復帰されるなら、それも楽しみです。特にフランスの近代音楽は美術や文学との関連性も重要ですので、先生は必要とされるのでは?と期待しています。

投稿: 崎田幸一 | 2012年5月10日 (木) 08時57分

崎田幸一様
コメント、ありがとうございます。
そして、期待していただき、感謝に堪えません。
ただ、残念ながら、来年もアンバサダーを辞退せざるを得ないと思っています。アンバサダーであるからには、ナントのラ・フォル・ジュルネにいく必要があると思いますが、私の勤める大学の一般入試がちょうど、その時期なのです。今年度から入試委員長になってしまいましたので、その時期に日本を離れるわけにはいかなくなりました。ナントに行けないのは、とても残念ですが、これも大学の大事な仕事ですので、やむをえません。

投稿: 樋口裕一 | 2012年5月11日 (金) 23時13分

今年のラ・フォルジュは最終日の台北市立交響楽団のチャイコの4番しか聞けませんでしたがなかなかの熱演でした。それより、昨日、本日と国立歌劇場での二期会のラベルの二つのオペラを聴いてきたのですが、まずこの二本立てを今後暫く聞けることはないと思って
二日連続で聞いてきました。まあ歌手陣も東響もがんばってましたが
やはり家に帰ってアンセルメやコンロンのCDを聞くと全然違いますね。でもスペインの時の演出は秀逸でしたね。この二つのオペラは
小生にとって宝物です。前回聞いたのはスペインの時は星出豊・新星
響でラミーロが当時歌を習っていた大島幾雄氏。ドン・イニーゴは
確か高橋修一氏だった。後は覚えていません。最後の場面の
ハバネラのリズムの5重唱が最高でした。子供と魔法は
小澤・新日本フィルの演奏会形式、どちらも30年くらい前の
話。それほどこの演目はめったに聞けないので貴重でした。

投稿: ラベル大好きのおっさん | 2012年5月20日 (日) 23時06分

今年のラ・フォルジュは最終日の台北市立交響楽団のチャイコの4番しか聞けませんでしたがなかなかの熱演でした。それより、昨日、本日と国立歌劇場での二期会のラベルの二つのオペラを聴いてきたのですが、まずこの二本立てを今後暫く聞けることはないと思って
二日連続で聞いてきました。まあ歌手陣も東響もがんばってましたが
やはり家に帰ってアンセルメやコンロンのCDを聞くと全然違いますね。でもスペインの時の演出は秀逸でしたね。この二つのオペラは
小生にとって宝物です。前回聞いたのはスペインの時は星出豊・新星
響でラミーロが当時歌を習っていた大島幾雄氏。ドン・イニーゴは
確か高橋修一氏だった。後は覚えていません。最後の場面の
ハバネラのリズムの5重唱が最高でした。子供と魔法は
小澤・新日本フィルの演奏会形式、どちらも30年くらい前の
話。それほどこの演目はめったに聞けないので貴重でした。

投稿: ラベル大好きのおっさん | 2012年5月20日 (日) 23時07分

ラベル大好きのおっさん様

コメントありがとうございます。
私もラヴェルの二つのオペラ、大好きです。CDや映像で楽しんでいます。ただ、実演はほとんど見たことがありません。今年、あちこちで上演されるようですが、残念ながら、すべて私にとって都合の悪い日ばかりでした。
ただ、ドビュッシー以降のフランスオペラの場合、どうしても日本人の歌手ですと、(いえ、フランス系以外の歌手すべてにいえるかもしれません)、違和感を覚えることが多いですね。フランス語の発音の難しさによるのだと思います。フランスもののオペラを聴くとき、フランス語の発音を何よりも大事にしてほしいと願ってしまいます。

投稿: 樋口裕一 | 2012年5月22日 (火) 09時52分

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