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プレトニョフ+ロシア・ナショナルのチャイ4など、圧倒的! そしてサン=サーンスのこと

 6月26日、武蔵野市民文化会館でミハイル・プレトニョフ指揮、ロシア・ナショナル管弦楽団のコンサートを聴いた。最初の曲を除いて、素晴らしかった。

 最初の曲は「アルルの女」第2組曲。これが本当にビゼーの曲かと驚くような、重ったるくて鈍い音楽。最後の「ファランドール」だけはロシアのオーケストラらしい強い音で終わって爽快だったが、それ以前はあまりの重さに辟易した。フランスらしさは皆無。知らずに聴いていたら、間違いなくロシア音楽だと思っただろう。まあ、私はビゼー好きではないので、このような演奏をされても少しもかまわないが、ビゼー好きが聞いたら怒り出すだろうと思った。

メヌエットのフルートのソロは、このブログにも書いた亡き友が中学生のころからよく吹いていた曲。つい思い出してしんみりしてしまった。

2曲目は松田華音が加わって、サン=サーンスのピアノ協奏曲第2番。松田華音という名前は初めて知ったが、15歳の天才少女として名前が知られ始めているらしい。

相変わらず、オーケストラはロシア風剛腕。サン=サーンスの曲はこのような演奏でも十分におもしろく響く。厚くドラマティックな要素が強調される。ピアノは、しかし、華麗でありながら、実に繊細。もう少しドラマティックだともっとオーケストラにマッチしていると思ったが、15歳の日本人少女には、ロシアの剛腕とがっぷり四つに組むのは難しいだろう。だが、オケよりもずっと雰囲気があって、実にいい。私自身は、この協奏曲に関しては、オケよりもピアノ独奏のほうにずっと共感を覚えた。ピアノのアンコールがあったが、知らない曲だった。が、見事な演奏だと思った。この人、只者ではない。

休憩後、チャイコフスキーの交響曲第4番。始まった途端、チャイコフスキーの音に圧倒された。

実は、これは私の苦手とする曲。これとピアノ協奏曲第1番はどうも好きになれずにいた。が、ロシアのオーケストラで本物を聴くと、これは凄い説得力。これが本物のチャイコフスキーだったのか!と思った。音の重なりが、実に情緒にあふれ、熱い思いがあふれだしている。ややヒステリックなところも感動的。

オケもいいが、プレトニョフの指揮が何よりもいい。1小節にも満たない短いメロディやたった1台の楽器の音で、がらりと曲想が変わり、チャイコフスキー独特の世界が展開される。音の重ね方に隙がない。ビゼーの曲ではことごとく的を外しているように思えたが、チャイコフスキーではすべてが実にピッタリ。大いに感動した。この曲にこれほど感動したのは初めてだった。

アンコールは「くるみ割り人形」の「トレパック」。後半ぐんぐん盛り上げて、ちょっとやりすぎでは?と思った。

 

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  ところで、実はこのところ、サン=サーンスに夢中になっている。。先日、たまたまウルフ・ヘルシャーがヴァイオリンを弾き、ピエール・デルヴォーがニュー・フィルハーモニア管弦楽団を指揮したCDを入手して聴いてみたら、素晴らしかった。20年以上前の一時期、交響曲第3番やヴァイオリン協奏曲第3番、いくつかのヴァイオリン曲が大好きで、交響曲全集、ピアノ協奏曲全集なども夢中になって聴いていたが、今回、これをきっかけに、サン=サーンス熱が再燃。今度改めて、「クリスマス・オラトリオ」や「レクイエム」を聴いてみたが、これも素晴らしい。今、室内楽を数枚、注文して到着を待っている。

 サン=サーンスは思いのほか評価が低いが、私はベルリオーズ、フランク、ラヴェル、ドビュッシーにも勝る大作曲家だと思っている。ブラームスと同じように駄作が少なく、どの曲も構成がしっかりしている。しかも、華麗で技巧的で、なおかつ不思議なユーモアがある。

23日土曜日はこのブログにも書いたとおり富士見丘高校で講演、24日日曜日はオープンキャンパスで多摩大学に詰めていた。25日月曜日は、静岡の大学の仕事の一環として城南静岡高校に行った。いずれも実に充実していたが、疲れた。

コンサートの帰り、音楽には大満足だったが、かなり疲れている自分を発見した。

 

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読響マチネーで現代曲を楽しんだ

6月23日土曜日、午前中は、渋谷区にある富士見丘高校の「大学ゼミ体験」に呼ばれて講義。私は「小論文の神様」だということで、文章術について講義するように依頼された。生徒さんたちはとても熱心に話を聴いてくれたので、私も気持ち良く話をした。

 その後、オペラシティのコンサートホールで読売日本交響楽団のコンサートを聴いた。今週は3回コンサートに行ったことになるが、3回とも、講演をした後にホールに駆け付けたのだった。ある意味で効率よくコンサートにいったともいえる。

曲目は前半にアメリカの現代作曲家コリリアーノの「音楽に寄せて」とヴァイオリン協奏曲「レッド・ヴァイオリン」。後半はウィーン生まれの現代作曲家HKグルーバーの「フランケンシュタイン!!」。指揮は下野竜也、ヴァイオリンは先日、武蔵野市民文化会館で聴いたばかりのララ・セント・ジョン。後半はバリトンの宮本益光。コンサートが始まる前、下野さんが登場し、コリリアーノを紹介、コリリアーノが自作について語った。

 コリリアーノの曲は実に面白い。私の音楽の好みはほとんど20世紀全体で止まっているので、まったくもって素人としての感想しか言えないが、スリリングでドラマティック。調性があると思うが、決して古臭くない。これなら現代曲といっても十分に楽しめる。ララ・セント・ジョンのヴァイオリンも実にすばらしい。ダイナミックでドラマティックでスケールが大きい。

 後半の「フランケンシュタイン!!」もおもしろかった。映画のあれこれが題材になっている。ジェームス・ボンド、ジョン・ウェイン、スーパーマン、バットマン、フランケンシュタインについて語られ、いろいろな音の出るおもちゃも登場。口笛が出てきたり、紙袋に空気を入れて割ったり。宮本さんの歌(あるいは、語りというべきか。シュプレッヒ・ゲサングというべきか)が実におもしろかった。英語の発音もとてもよく、様々な音色を見事に使い分けていて、ただただ聴き惚れた。オーケストラも下野さんも実に豊穣な音を出して、素晴らしい。キレもよく。下野さんも楽しく聴かせてくれた。

 現代曲でこれほど楽しめるとは・・・。

 

 相変わらず忙しい。大学の仕事がかなりハード。しかも、家に帰ったら帰ったで、締切間近の原稿を書かなければならない。そんなわけで、ブログについてはこのくらいにして、仕事に戻る。

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二期会WEEK ワーグナーからの挑戦」のことなど

6月19日、午後はJR東日本の研修会に講師として参加。文章術について講義。
   その後、サントリーホール ブルーローズで二期会weekワーグナーからの挑戦状」 ~ワグネリアン養成講座を聴いた。
  前半は公開リハーサル。池田香織さんとナビゲーターの城谷正博。城谷さんがピアノを弾いて池田さんにアドバイスしつつ、ワーグナーについて語る。趣向はわからないでもないし、それなりにおもしろかったのだが、それより通常の演奏を聞かせてくれるほうが私としてはずっと嬉しい。
  リハーサルの後は『さまよえるオランダ人』第3幕2場より “いったいどういう事なんだ?これは現実なのか?”。休憩の後は、『ワルキューレ』第2幕1場より “いつもの嵐、いつもの煩わしさだ”、『ジークフリート』第1幕3場より “ノートゥング!魅力的な剣よ!”、『ニュルンベルクのマイスタージンガー』第3幕1場より “迷いだ!いたるところに迷いだ!”、最後は『パルジファル』第2幕2場より “アムフォルタス!…あの傷だ!”
 テノールは片寄純也、メゾソプラノ池田香織、バスバリトンは大塚博章。ピアノは木下志寿子、指揮は城谷正博。二期会の歌手たちの実力のほどを痛感。
   数年前、私も二期会weekの企画に加わり、本番でも出演して、池田さんに歌ってもらった。だから池田さんの力量は知っている。が、ほかのふたりも池田さんに勝るとも劣らない。
   ただ、巨匠たちと比べると、城谷さんの指揮はかなり一本調子。メリハリが曖昧だった。
   台風がきていたので、慌ててホールを出たが、案の定、自宅に帰る電車が止まって、急遽、都内の仕事場に泊まることにした。今も外は暴風雨。
   使い慣れていない機器でこの文章を書いているので、このくらいでやめる。明日の朝、早目に自宅に帰る必要がある。

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ララ・セント・ジョンの凄まじいバッハの無伴奏

 618日、中央大学駿河台記念館で行われた原田税務会計事務所主催の「経営者セミナー」で講演。コミュニケーション能力の鍛え方について話をした。80人を超す参加者が熱心に耳を傾けてくれた。質問を多く出され、私としては非常に満足。

 その後、武蔵野市民文化会館に移動して、カナダ生まれの女性ヴァイオリニスト、ララ・セント・ジョンの演奏するバッハの無伴奏パルティータを聴いた。私は大いに感動し、圧倒された。

 いわゆる「草書体」の演奏。緩急自在で、自由にテンポを動かして弾いていく。大きなうねりのリズムに乗って流動していく。まるで、もののけの乗り移った巫女が夢うつつの中で語るかのように、個人を超えた向こうから音楽が湧き出してくる。だが、徐々に音楽は大きな命を吹き込まれ、スケールの大きな大宇宙の中で命の高なりを描き出す。セント・ジョンは夢うつつで弾いている雰囲気でありながら、曲が終わったときには、まるで激しい運動の後のように息を切らして強い息遣いをしている。凄まじい集中力。凄まじい迫力の演奏。

 とりわけ、パルティータ2番のジーグとシャコンヌが素晴らしかった。流動し、高まり、うねっていく。実にスケールが大きく、しかもスリリング。ときどき、弦がこすれて汚い音が混じるのが欠点だが、あまりのスケールの大きさのために、そのようなことは気にならなくなる。休憩後のパルティータの1番のクーラントも素晴らしかった。そして。3番のプレリュードも圧倒的。

 私は、実を言うとヘンリク・シェリングのような正調バッハとでもいうべき演奏が大好きなのだが、ときに今日のような激しくて流動的な演奏を聴くと、魂を揺り動かされ、心の底から感動する。これはこれで本当に素晴らしい。

最後に、現代作曲家コリリアーノの「ストンプ」。コリリアーノは映画「レッド・ヴァイオリン」の作曲者で、客席に来ていた。足音をふみならしての演奏だったが、もちろん、それも楽譜に含まれているのだろう。とてもおもしろい曲。アンコールはバッハの無伴奏ソナタの中の曲(ラルゴだっけ?後で確認したい)。

ともあれ、素晴らしかった。武蔵野市民文化会館が呼んでくれる演奏家たちは若い人も含めて粒ぞろいだ。7月に来日するレイチェル・コリー・ダルバにも期待している。昨年だったか、たまたま買ったCDを聴いて、ダルバの凄まじさに酔った。次々と登場する若手ヴァイオリニストを聴くのが何よりも楽しみだ。

 

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アルブレヒト+読響のブラームス、絶品

 614日、ゲルト・アルブレヒト指揮、読売日本交響楽団によるブラームスの交響曲を聴いてきた。前半に3番、後半に1番。本当に素晴らしい。ブラームスの音に深く感動した。こんな素晴らしいブラームスは久しぶり。

 小細工は一切ない。意味なく盛り上げるわけでもない。だから、地味と言えば地味。ただ、細かいところまで神経が行き届いている。それだけなのに、第3番は第3楽章から徐々に大きな盛り上がりを見せ、第4楽章はダイナミック。完璧にコントロールされて、しっかりと構築された音楽が流れていく。

 後半の第1番はいっそう素晴らしかった。第2楽章は、緊張感がまったく途切れず、微妙な音が見事に重なっていく。木管楽器の美しさに酔った。そして、第4楽章。後半の盛り上がりも、実に自然。まったく作為がない。

アルブレヒトの指揮はまさしく巨匠の味わい。読響も素晴らしい。美しい音、見事なアンサンブル。まったく不満を感じなかった。先日、ヘンゲルブロック指揮、NDRのブラームスの1番を聴いて、見事な演奏だと思ったが、それよりももっと完成度が高かった。

感動して聞き終わった。

 

ところで、読響のコンサートで配布される冊子「月刊オーケストラ」に私のインタビューが載っている。

先日、ブログにスクロヴァチェフスキ+読響の演奏の際、隣の席の人に身動きをしないようにと注意を受けた話を書いた。それを読んだ読響関係者から連絡をいただき、インタビューを受けたのだった。

マナーが良くないという注意を受けた私がマナーについて語るのも気がひけたが、要するに私がいいたかったのは、「周囲に迷惑をかけている人も、まさか自分が周囲に迷惑をかけていると思っていないものだ。私自身もそうだった。だから、誰もがもしかしたら周囲に迷惑をかけているかもしれない。少し自分を振り返ってみてはどうか。同時に、迷惑をかけている人がいても、あまり神経質にならずに、温かく注意してはどうか。ともに音楽を楽しみに来た仲間なのだから、ぎすぎすしないで、ともに楽しむことを考えようよ・・・」ということだ。

マナーについてのインタビューが載っているので、つい意識して、あまりマナーに反することのないように気を付けた。3番も1番も、終楽章では、やはり体が動きそうになった。

猛烈に忙しいので、実を言うとコンサートに行っている場合ではないのだが、ともあれ今日は素晴らしいブラームスが聴けて実に良かった。

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新国立劇場「ローエングリン」の素晴らしい上演、そして拙著「バカ部下を使いこなす技術」の売れ行き好調

 610日、新国立劇場「ローエングリン」を見てきた。素晴らしい。新国立劇場のこれまでの上演の中でも最高レベルの一つだと思う。

 やはりローエングリンを歌ったクラウス・フロリアン・フォークトが圧倒的に素晴らしい。よく通る美声で丁寧な歌い回し。ヘルデンテノールにしては甘くて優しい歌だが、ローエングリンの役はこれで違和感はない。心やさしく、人柄のよい騎士といったところ。私は数年前、バイロイトで「マイスタージンガー」のヴァルターを聴いて、とてもよい歌手だと認識したが、それ以上に魅力的になっていた。第三幕の最後の部分は身体が震えた。

 ほかはハインリヒ王のギュンター・グロイスベックがよかった。どっしりとした演技だが、重すぎなくて実にいい。エルザを歌ったリカルダ・メルベートとフリードリヒを歌ったゲルト・グロホフスキーもなかなか良かった。オルトルートを歌ったスサネ・レースマークは後半、かなり息切れした感じだが、もちろん通常レベルよりはかなり上だと思う。

 が、それ以上に良かったのが、指揮のペーター・シュナイダー。さすがバイロイト音楽祭の常連指揮者だけのことはある。バイロイトで聴くと、バレンボイムやティーレマンなどの巨匠たちに比べて個性のなさを感じるが、新国立劇場で聴くと、これまでの指揮者とは格が違う。どっしりと構えて、丁寧に音楽を作っていく。停滞することなく、しっかりとうねり、官能性も英雄性も見事に配分されている。東京フィルからまさしくワーグナーの音が聞こえてくる。

 演出はマティアス・フォン・シュテークマン。オーソドックスな解釈だが、色遣いが美しく、まったく飽きない。萩原潤、大槻孝志、羽山晃生、小山由樹、長谷川顕らの日本人歌手たちも健闘していたが、外国人歌手がこれほど高レベルだと、やはり日本人歌手は分が悪くなる。

全体的に、このままバイロイト音楽祭で上演してもよいレベルだと思う。ネズミの大群が出てきたり、ローエングリンが二人出てきたり、実はローエングリンは弱虫だった・・・などという奇をてらった演出がない分、こちらのほうがずっと感動できる。

それにしても、新国立劇場のレベルの高さに改めて驚いた。大満足。

 

 

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 ところで、先日、拙著「バカな部下を使いこなす技術」(中経文庫)が発売になった。これは、「バカを使いこなす聞き方・話し方」(幻冬舎)を文庫にしたものだ。一昨日、日経新聞に広告が出たので、ご存じの方も多いだろう。売れ行きが良いということで、うれしく思っている。

「はじめに」にも書いたとおり、数年前、「リーダーの話し方」について講演したことがある。講演の後、出席者の一人に、「リーダーがどんなに知的な話し方をしても、バカな部下に伝わらなければ意味がない。私たちはバカな部下に囲まれて苦労している。バカな部下にどう対応すればよいかを話してほしかった」と言われた。それが本書を書くきっかけになった。

 文庫化にあたって、旧著をざっと読み返してみた。6年ほど前に書いたものなので、かなり忘れていた。が、自分で言うのもナンだが、なかなかおもしろいと思った。そして、良くも悪くも、私らしいと思った。250万部のベストセラーになった「頭がいい人、悪い人の話し方」と同路線の本だ。

人によっては、この本もおもしろがって読んでくれるだろう。含み笑いをしながら読んで、実用に使えるところもかなりある・・・そんな本を目指している。とはいえ、これまで私の著書を批判してきた人は、今回も行間を読み取ってくれずに、この本も批判するだろうなとも思った。いや、それ以上に、この本を読まないまま、題名から勝手に想像して、まったく的外れな非難中傷をする人もいるだろうな、とも思った。きっと多くの人が、私の意図を考えようともしないで、「部下をバカ扱いするなんてひどい」という拒否反応を起こしてしまうのだろう。ま、こちらとしては、題名でそのようなちょっとした挑発もしているわけだけど・・

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ミドリ・ザイラーのバッハの無伴奏パルティータとヤンソンス指揮の「エフゲニ・オネーギン」BD

 66日、王子ホールで、昨日に続いてミドリ・ザイラーのバッハ演奏を聴いた。今晩は無伴奏パルティータの1・2・3番。

 全体的に昨日と同じ印象。もっと強く表現してほしいのだが、表現が遠慮がち。ときどき、おかしな音も混じる。リズムも時々、停滞する。健闘はしているのだが、まだ発展途上の感じ。

 

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 久しぶりにオペラのBDを見た。マリス・ヤンソンス指揮、シュテファン・ヘアハイム演出、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の「エフゲニ・オネーギン」。

 指揮に関しては、クリアでメリハリがあって、それはそれで素晴らしい。チャイコフスキーらしい抒情もたっぷり。音の重なりが実に美しい。

ただし、歌手たちは指揮のレベルに比べると、やや劣ると思う。オネーギン役のボー・スコウフスもタチアナのクラッシミラ・ストヤノヴァも、悪くないのだが、歌だけで唸らせるまでには至らない。レンスキーを歌うアンドレイ・ドゥナエフはかなり苦しい。グラーミン公爵役のミハイル・ペトレンコが歌手の中では出色。

 演出はなかなかおもしろい。全体がオネーギンの回想という形をとっている。なるほどと思う。オネーギンはあれこれと小芝居をするが、それはそれで音楽にもあっている。ただ、回想という形をとっているので、冒頭、第三幕の音楽で始まる。私としては、やはりこのオペラは、あの片田舎の屋敷での陰鬱で甘いメロディで始まってほしい。冒頭が全体の雰囲気を作り出しているので、それを変えてしまうと、オペラ全体が変わってしまいそうな気がする。

 そうしたことを含めて、陰鬱で曖昧な魅力にあふれたこのオペラを、クリアで明晰なオペラにしているのが、今回の上演の特徴と言えるだろう。私自身は、陰鬱であいまいなほうが好みだが、ヤンソンスを聴くと納得させられる。

 

 自宅でオペラBDを見ていても、仕事がたまっているので、ゆっくりできない。どうしても、仕事が気になってしまう。困ったものだ。

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札幌のこと、ミドリ・ザイラーのバッハについて

 64日は、北海道にわたって、立命館慶祥中学・高校で白藍塾に関わる仕事をした。高校生を相手に小さな講演をし、小論文の研修を行った。季節もよく、生徒たちの態度も素晴らしく、先生方との協力体制も確認できて、とても充実した仕事だった。

北海道は食事がおいしいので、毎年行くのが楽しみだ。

昼は、新札幌駅付近にあるシェラトンホテルの30階にある仙雲という中華料理の店で「楊貴妃ランチ」を食べた。実に洗練された味でおいしかった。ここにはこれまでにも何度か来ているが、そのたびに満足している。今回はとりわけ見事。

仕事の後、毎年恒例になった、新札幌駅付近にある魚鮮というお店で小さな懇親会。魚が新鮮で実にうまい。ウニと「さめがれい」がとりわけ絶品。実に満足

 札幌のホテルで一晩過ごして、翌日は、新千歳空港に回転ずしの名店・花まるが出店したというので、入ってみた。まだ十分に認知されていないと見えて、ひるどきなのに、札幌駅の店ほどの大行列はなく、すんなりと席につけた。味は札幌駅の店と変わらない。東京に住む人間からすると、驚異的な安さ。毎回、計算違いではないかと思うほど、安い。そして、その値段からすると驚異的に美味しい。おなかいっぱい食べた。

 

 午後、東京に到着。いくつかの仕事をこなしてから、夕方、王子ホールでミドリ・ザイラーのヴァイオリン、クリスティアン・リーガーのチェンバロでバッハの6つのソナタを聴いた。

 ミドリ・ザイラーはベルリン古楽アカデミーなどのコンサート・ミストレスとして活躍し、ソロでも演奏している日系の古楽ヴァイオリニスト。私は、ベルリン古楽アカデミーの演奏に惹かれて、何度か聴いてきた。

 とてもよい演奏だった。高潔で実に音楽に対して誠実。

私は、かつてグリュミョーの録音をかなり聴いていたとはいえ、実はこれらの曲にそれほど馴染んでいるわけではない。だから、評価するようなことは言えない。ただ、もう少し踏み込んでもよいのではないかと思った。バッハに対して遠慮がちになって、自分の表現を押し付けてこない。もう少し自己主張があってよいのではないか。

しかも、グリュミョーに慣れていたため、私は、どうしてもヴィブラートがほしくなってしまった。ヴィブラートをしない分、もっと表現の強さがほしい。クイケンを聴くと、ヴィブラートがほしくなることはないので、まだミドリ・ザイラーはクイケンのレベルには達してなさそうだと思った。

そして、鍵盤楽器はほとんど聴かず、チェンバロに至ってはこれまで数回しか意識的に聴いたことのない私には何も言う資格はないのだが、リーガーのチェンバロのリズムに少し引っ掛かるようなところを感じた。気のせいだろうか。

だが、もちろん全体的にはとてもよい演奏。大いに堪能した。

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ヒラリー・ハーンの圧倒的なヴァイオリン。パーヴォ・ヤルヴィ+フランクフルト放送響のこと

 6月2日、横浜のみなとみらいホールで、パーヴォ・ヤルヴィ指揮、フランクフルト放送交響楽団の演奏を聴いてきた。

前半はヒラリー・ハーンのヴァイオリンでメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲。これは凄まじい演奏だった。彼女らしい研ぎ澄まされ、精緻で凛とした演奏。技術は完璧。情緒に堕することなく、形を歪めることなく、びしっと決めるが、その結果、この上なく美しくロマンティックな世界が広がる。第二楽章の途中から、私はヒラリー・ハーン独特の世界に酔った。第三楽章はただただヒラリーの音に心をかき乱されていた。

バッハの無伴奏ソナタ第2番から2曲をアンコール。アンダンテとアレグロ。アレグロは圧倒的だった。一筋の透明な光が空高く生きて動いている。そんなイメージを持った。本当に素晴らしいヴァイオリニストだ。

あまりの素晴らしさゆえに、私の表現力では言葉にすることができない。

私は男性ヴァイオリニストでは、ネマニャ・ラドゥロヴィチ、女性ヴァイオリニストではヒラリー・ハーンの音楽が大好きだ。それぞれ方向性も音楽性も異なると、どちらにも心の奥底からゆすぶられる。

後半はブルックナーの交響曲第8番。

なかなか良い演奏だった。要所要所では魂が震えた。とりわけ、盛り上がる部分は素晴らしい。とりわけ個性を際立たせようとするわけではなく、じっくりと音楽を組み立ていようとしているのがよくわかる。以前聴いたハーディングのブルックナーなどとは異なって、古典的なブルックナーの様式は守ろうとしているように見える。その点、私はとても気に入った。

ただ、全体的にはところどころ何をしようとしているのかわからないところがあった。聴いている私は少しダレた。が、「ちょっとダレたなあ・・」と思っていると、その少し後で素晴らしい個所がある。

要するに、部分的には素晴らしいが、構成感が不足し、全体としてはまだ十分に完成されていない・・・というのが、私の正直な感想だ。もう少し手慣れたころにもう一度、この人のブルックナーを聴いてみたいと思った。きっと凄まじいブルックナーになっていることだろう。

オケは、ホルンがしばしば変な音を出していた。木管楽器の美しさは感じたが、ちょっと期待外れ。

アンコールに「悲しきワルツ」。これは実にうまい。父親のネーメの指揮ぶりを思い出した。実はパーヴォも父親譲りで小曲の名人なのではないかと思った。

 仕事で猛烈に忙しい中でのひと時だったが、ヒラリー・ハーンに酔うことができて、実に満足。

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