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 映画のDVD「心中天網島」「ソドムの市」「インビクタス」

 急ぎの仕事が終え、次の仕事(実をいうと、これも締め切りが迫っている!)に手をつける気が起こらないので、しばし休息している。

 昨日は買いためておいた映画のDVDを3本見た。感想を書く。

 

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・篠田正浩「心中天網島」

 大分市の高校生だった私が大学に入学して東京に移り住んだのが、1970年。その年、ATG映画として評判の高かったこの映画を見た。大いに感動した。篠田監督の映画を見るのは初めてだったが、いっぺんに篠田監督が大好きな監督になった。もしかしたら、今見なおすと、古びて見えるのではないかと心配だったが、まったくそんなことはなかった。今見ても、十分に鮮烈だった。篠田監督の最高傑作だと私は思う。

 近松門左衛門の浄瑠璃をかなり忠実に映画化したものだが、小春とおさんの両方を岩下志摩が演じることや、背景にしばしば粟津潔の絵が使われること、そして何より登場人物の中に黒子たちが現れて、まるで浄瑠璃のように登場人物の横について、その動きを手助けするなど、驚くような仕掛けがなされている。

黒子たちは、登場人物たちが死を選ぶ様子を黙って見つめ、紙屋治兵衛が首をつるための紐を鳥居にかけるのを手伝う。主人公の二人は、がんじがらめにされた世界から自由の世界へと逃げようとして死を選ぶのだが、黒子たちは運命の導き手であるかのように、そのような主人公たちの決断までも、人の手の届かない運命にしてしまう。

それにしても、道行きの場面の映像の美しいこと。白黒だが、それが静謐でありながらも激情的な世界を作り出している。

音楽は武満徹。今聴いても、素晴らしい。脚本は冨岡多恵子。これも実にこなれていて、しかも、運命の導きで心中しか選べなくなっていく心情を見事に描き出している。当時の日本を代表する若き俊英たちが結集した映画作品だと思った。

 

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・ピエル・パオロ・パゾリーニ 「ソドムの市」

 パゾリーニは私の人生で最も大きな意味を持つ映画監督だった。高校生の頃、彼の「アポロンの地獄」を見て衝撃を受け、大学に入ってから見た「奇跡の丘」「王女メディア」にもそれ以上に感動した。それがきっかけで文学部の演劇科に行きたいと思うようになり、パゾリーニの作品を翻訳しておられたイタリア文学者の米川良夫先生のお宅に押し掛けて、先生に人生上の決定的な影響を受けたのだった。

 パゾリーニの映像のうち入手できるものはほとんどすべて入手していたが、「ソドムの市」だけは購入していなかった。料金が異常に高かったこともあったが、それ以上に、封切り時に見て、大いに失望したのが触手が動かない理由だった。「デカメロン」「カンタベリー物語」「アラビアンナイト」の生の三部作は、それ以前の作品ほどの衝撃は受けなかったが、それでもかなりおもしろいと思った。が、「ソドムの市」はついていけなかった。このたび、かなり安くなって、リマスタリングされたというほかの映画と3本セットで売り出されたので、購入に踏み切った。

 今回見直して、やはり同じ印象を持った。原題は「サロ」。サロというのは、第二次大戦の末期、ムッソリーニのファシズム政権がローマを追われた後、ナチスの協力を得て作った臨時政権のあった都市。ファシスト政権の権力者三人が、政権末期に美男美女を集め、放蕩と暴虐の限りを尽くそうとする。その内容はマルキ・ド・サドの「ソドムの120日」を基にしている。若い男女をいたぶり、性的に暴行し、拷問する。ただひたすらサディスティックな場面が続く。サドの原作はエロティックで刺激的であると同時にきわめて思想的で、私は以前とてもおもしろいと思って読んだが、この映画はやはりあまりの残虐さ、あまりの悪趣味に辟易した。

 封切時も思ったが、今回も、なぜパゾリーニはこんな映画を撮ったのだろうという疑問に駆られた。そして、今回もその謎を解くことはできなかった。日本で封切された時、この映画にも出演したという若者にパゾリーニは虐殺されたので、パゾリーニ自身による説明は聞けなかった。

 自らの滅亡を悟った権力者たちの暴虐ぶりを否定的に描いているのか、最後に登場するファシストの若者に何らかの未来への希望を託しているのか、人間というのはしょせんこのような暴力的な存在だと言いたいのか。良くわからない。どの登場人物にも感情移入できないので、見ていて途方に暮れてしまう。もしかしたら、新しいタイプの映画への挑戦だったのかもしれないが、今となっては謎のままだ。

私は卒論にもパゾリーニを取り上げ、様々な謎を解明したつもりでいた。「テオレマ」「豚小屋」に隠されたメッセージも理解しているつもりでいる。が、「ソドムの市」だけはお手上げだ。今見直したら、もしかしたらわかることがあるかもしれないと思ったが、成果はなかった。

いずれにせよ、私にとってこの映画は、大好きなパゾリーニのよくわからない作品、あまり触れたくない作品のまま残りそうだ。

 

 

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・クリント・イーストウッド 「インビクタス 負けざる者たち」

 私は実はハリウッド映画はあまり見ないのだが、イーストウッドは別。イーストウッドは好きな俳優であり、好きな映画監督でもある。ただ、ずっと気になりながら、「インビクタス」は見る機会がなかった。はじめて見て、やはりおもしろかった。

 南アフリカのマンデラが長い牢獄生活の後、初代の黒人大統領に就任し、国民の融和のために、それまで白人のスポーツだったラグビーを国民みんなのスポーツと位置付け、応援し、ワールドカップ優勝に導く物語。大統領(モーガン・フリーマン)とラグビーチームのキャプテン(マット・ディモン)の視点から描かれる。最後には、全国民がラグビーに夢中になり、黒人と白人の融和が進んでいく。

 フリーマンら、名優たちの演技の力も大きいと思うが、やはりイーストウッドの演出に驚いた。人物の造形が実に的確。そして、何よりも、白人と黒人の対立、文化の違いをしっかりと、しかしきわめて自然に手際よくわからせる腕にも感嘆した。汚い競技場では黒人たちがサッカーをし、道を隔てた向かい側の設備の整った競技場では白人がラグビーを行い、その間の道路をマンデラ大統領の車が通過するという最初のシーンがすべてを物語っている。白人を一方的に非難して黒人びいきになるのではなく、実に客観的な視点で人間たちを描いていく。ちょっと理想主義的すぎる気もするが、そこは娯楽映画なのだから当然だろう。

 何よりもラグビーのワールドカップ決勝戦の迫力は見事。ラグビーにまったく関心がなく、ルールさえも知らない私も、つい興奮してみて、優勝が決まったときには、登場人物たちと一緒になって涙を流していた。

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コメント

いつも楽しく拝読させていただいております.

映画「インビクタス」について取り上げていただいていたので,思わず,筆をとらせていただきました.

私も,イーストウッド監督の演出のすばらしさ,特に,ラグビー場面のこだわりには,脱帽しています.
実は,私は,樋口先生と同郷,かつ,出身高校も同じ,加えて,高校時代からラグビーを開始し,現在,ラグビー指導に携わっています.

ご指摘のありました,決勝戦でのニュージーランドとの戦いの場面では,キックオフの蹴り出す場所や攻撃のサインプレイ,南アフリカ主将のピナールのタックル場面など,ラグビー関係者も驚きの演出です.当時の時代背景を含め,南アフリカチームにおいて,唯一の黒人プレイヤー,チェスター・ウイリアムズの取り扱い方も,見事でした.

ただ,内容が完璧であったが故か,当時の主要な映画賞を獲得できなかったのは,個人的には残念であったと記憶しています.

樋口先生のますますのご活躍を祈念しています.
突然のコメント,失礼いたします.

投稿: 廣瀬勝弘 | 2012年7月17日 (火) 10時35分

樋口先生

お久しぶりです。

実はこの週末、地方出張から帰って、私も原稿をいくつか仕上げないといけないのですが、少しブレイク。樋口先生のサイト、大変興味深く拝読いたしました。

クラシック音楽と共に、映画も大変好きなので、映画愛好家の某サイトの会員でもあり、時々、拙コメントを発しております。

「インビクタス」以前、拝見いたしました。クリント・イーストウッドの監督作品は大部分、悲劇的な、それもどうしようもないほど切ない幕切れが多いのですが、この「インビクタス」は力強いメッセージに満ちていました。数日前だったか、マンデラ氏が90何歳かの誕生日を迎えたとニュースにありましたが、南アフリカのアパルトヘイトも今は昔となり、時代は変化することを実感させられています。

ともあれ、イーストウッドの映画、これからも楽しみです。
樋口先生、映画の感想などもぜひ今後ともお聞かせください。

投稿: 白ネコ | 2012年7月21日 (土) 12時36分

廣瀬勝弘 様
コメント、ありがとうございます。
ラグビーの演出、そんなに深いものがあったとはまったく気付きませんでした。そして、唯一の黒人選手の扱い。なるほど、おっしゃる通りなのでしょうね。
名作の多いイーストウッド作品の中でも、これは大傑作の一つだと思います。実は私は運動神経がかなり鈍く、野球以外のスポーツには疎いために、なかなかこの映画を見る気持ちになれなかったのですが、実際に見ると、ラグビーの素晴らしさに惹かれてしまいます。
そうですか、上野丘のご出身ですか! 軍国主義的進学校だった私のころとは、ずいぶん違っていたでしょうね。 私はやっと最近になって、大嫌いだった高校を懐かしく思えるようになりました。

投稿: 樋口裕一 | 2012年7月21日 (土) 13時39分

白ネコ様
コメントありがとうございます。
そうですか、映画にもお詳しいのですね。
私は大学時代、映画を専攻していましたので、音楽などよりもずっと映画について専門知識がありますし、おそらく才能皆無の音楽について語るよりは、映画について語るほうが本当は私に向いているのではないかとも思います。お言葉に甘えて映画についても語りたいと思っています。
ただ、CDを聴く時間も取れない状況ですので、映画を見る時間を見つけるのが難しいですね。あと少しで定年になって、時間に余裕ができるのを楽しみにしています。

投稿: 樋口裕一 | 2012年7月23日 (月) 08時04分

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