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バイロイト音楽祭「タンホイザー」にちょっと失望、またしても演出に怒り!

8月27日、バイロイト音楽祭「タンホイザー」を見た。一言でいって、ちょっと期待外れ。

ドレスデン版に基づくと思うが、あちこち耳慣れない音楽が聞こえてきた。第一幕冒頭や、牧童の登場の場面、第二幕の終わりの部分の合唱の場面など、ふだん演奏されない個所がいくつもあるように思った。会場で知り合った若い音楽学者O氏に尋ねてみたところ、ふだんカットされる個所が演奏されているとのことだった。もっと詳しく知りたいものだ。

歌手は素晴らしい。最も素晴らしいと思ったのは、へルマンを歌ったギュンター・グロイスベック。若い歌手だが、声量豊かで、しかも声が美しい。エリーザベトを歌ったカミッラ・ニールンドも清純で芯のしっかりした声。素晴らしいと思った。タンホイザーのトリステン・ケルルはちょっと癖のある声だが、声量も十分。ヴェヌスのミシェル・ブリートも色気があっていい。ヴォルフラムのミカエル・ナギーも柔らかく太い声で見事。さすがバイロイトだけのことはあって、最高の歌手をそろえている。合唱も見事。

セバスチャン・バウムガルテンの演出にはかなり怒りを覚えた。

体内(あるいは胎内というべきか)を工場に見立てた演出といっていいだろう。ずっと舞台上には工場が据えられている。第一幕ではヴェヌスとタンホイザーの性交の後、精子のぬいぐるみまで登場する。

合唱団は細菌を表現しているのだろう。掃除をしたり、ものを食べたりしているのは、きっと体内で細菌が雑菌を食べたりしていることのアナロジーだろう。大まかなストーリーとしては、ヴェヌスが第一幕で妊娠し、最後、子供を出産する。要するに、妊娠賛歌。人間誕生賛歌というべき演出。最後には、人間だけでなく、様々な動物が現れるが、すべての生命の誕生への賛歌ということだろう。

大筋では演出意図はそんなものだと思うが、映像あり、様々なドイツ語の文章あり、登場人物たちの細かなパントマイムありで、わずらわしいこと、この上ない。「意味」が充満し、ことごとく音楽を邪魔する。そして、それらのパントマイムはほとんど意味不明。それに、そもそも「タンホイザー」をこのように解釈し、ヴェヌスがタンホイザーの子供を産んで、それを祝福するという筋立てにすること自体、あまりに音楽とかけ離れている。

そのせいか、私はティーレマンの指揮に心踊らなかった。弛緩したところがあるように思えたのは、私が演出に気を取られていたせいだろうか。昨年のザルツブルクの「影のない女」のような、そして数日前のバイロイトの「オランダ人」のような引き締まって躍動し、隅々まで生き生きした音楽を、今日は感じなかった。

 いくらなんでもこんなに音楽を邪魔する演出を許すべきではないと思うのだが。そもそも歌手たちに本来のストーリーとは無関係なパントマイムを要求するということ自体、オペラ演出としては、あるまじきことだと思う。正直言って、いくら演奏がよくても、こんな演出ばかりでは、バイロイトに来たくなくなると思った。

 終演後、レストラン「オイレ」で数人とワーグナーについて話しながら食事。

 

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