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ザルツブルク音楽祭「軍人たち」は凄い音楽だった

 8月20日、ザルツブルク音楽祭、フェルゼンライトシューレでツィンマーマン作曲のオペラ「軍人たち」(「兵士たち」とも訳されているが、新国立で上演された時のタイトルの合わせておく)を見た。いやはや凄まじい音楽!!

 まず曲自体がとてつもない。ベルクの「ルル」をもう一歩先に進めたような音楽とストーリーだ。次々と男を変え、激しい欲望に身を任せ、最後には物乞いにまでなり下がるマリーの姿を描く。

私は20世紀音楽についてはまったく詳しくないので、正確なことは言えないが、ともかく無調の音楽が炸裂する。大規模なオーケストラ編成で、横長のフェルゼンライトシューレの会場の本来のオーケストラボックスに入りきらずに、右と左の特設ボックスにも打楽器を中心とする楽器が並んでいる。

 新国立劇場で上演された時、時間が合わなくて私は見なかったので、今回、初めて実演を見た(CDでは聞いたことがあった)。複雑に音楽が重なり、爆発していく。圧倒されるばかり。

 インゴ・メッツマッハーの指揮するウィーンフィルは、もののみごとにこの複雑な音を最高の音の響きで再現していく。無調の音がこれだけ炸裂すると、それはそれは凄まじい。きっとメッツマッハーだからこそできる技なのだろう。しかも歌手がそろっている。すべての歌手が分厚いオケの音に負けずに声を出す。マリーを歌うラウラ・アイキン、伯爵夫人を歌うダニエラ・ベニャチコヴァ、シュトルチウスを歌うトーマス・コニエチヌイが素晴らしいと思った。後でプログラムを見て、あの凄い伯爵夫人を歌っているのが、あの可愛らしかった、そしてその後、大ソプラノとして鳴らしたベニャチコヴァだったと気づいた!!

 ただ、残念なことに、私は登場人物たちの見分けがつかなかった。以前、修道女たちばかりが登場してまったくわけがわからなかった「カルメル会修道女の対話」を見たときと同じで、同じような軍服を着た男たちの区別がつかない! 4、5人、よく似た体形の男性が出てきて、なんだかよくわからないまま、ただただ音楽に圧倒されて見ていた。

 演出はアルヴィス・ヘルマニス。ガラス戸で仕切られたこちら側でオペラは展開され、ガラス戸には、卑猥な写真などがしばしば映し出される。ガラス度の向こう側は兵舎という設定だが、むしろ精神病院のようにも見える。その向こうに厩舎があり、本物の馬が4、5頭動いている。

 馬が出てくるのは、人間の中の動物性の象徴なのだろう。そして、しばしばマリーがワラをかぶってうごめくのは、抑えても抑えきれない不定形の衝動のようなものを表しているのだろう。マリーは、理性で抑えきれない衝動に身を任せて堕落していく。マリーが堕落し、大音響が炸裂するとき、馬の何頭かは鞍を外されている。動物性が解き放たれてしまったのだろう。

 ただたんに一人の頭の悪い女が身を持ち崩すだけの物語なのに、なぜこんなに大オーケストラを用い、不協和音を炸裂させて、絶叫する必要があるんだろう・・・と思いながら見ていた。が、見ているうちにわかった気がした。オペラの中で、従軍牧師がかなり大きな役割を果たすが、まさしくマリーの行為はキリストの教えに背き、神を否定することだったのだろう。最後に十字架を背負った女性がガラス戸に映し出されるのは、そのことを意味しているだろう。だからこそ、マリーの行動は激しい音を炸裂させるに足る精神的な大事件なのだ。

 きわめて納得のいく音楽、納得のいく演出だった。もちろん私は音楽についてかなりの保守主義者であって、無調音楽は決して好きではないので、感動したとまでは言わないが、大満足の上演だった。

 

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コメント

樋口先生、
はじめまして。いつも愛読させていただいております。

ひとつ気になったのですが、レンツ原作の『軍人たち』は、「一人の頭の悪い女が身を持ち崩すだけの物語」ではないように思います。
貴族の士官が平民の娘を誘惑し、弄んだあげくに棄てる、という、当時、現実にもよく起こったといわれる事件が題材です。そのため、題名も『兵士たち』ではなく『軍人たち』の方が内容に合っているといえるのでしょう。

シラーの『たくらみと恋』(ヴェルディのオペラ化で『ルイザ・ミラー』)、ビュヒナーの『ヴォイツェク』(ベルクのオペラ化は『ヴォツェック』)も身分のある軍人によって汚される女性とその家族を巻き込んだ悲劇を描いていますが、はてはゲーテの『ファウスト』のファウストとグレートヒェンの関係も同様の構造を持っていると見ることも可能かもしれません。

レンツはゲーテと交友があったものの、のちに精神的に追い詰められ、療養生活に入ります。その時代のレンツをビュヒナーが小説にしました。
この小説を原作としたヴォルフガンク・リームによるオペラ『ヤーコプ・レンツ』は、かつて『狂ってゆくレンツ』の邦題で、若杉弘指揮で上演されましたね。

投稿: 寺 | 2012年8月22日 (水) 16時10分

寺 様
コメント、ありがとうございます。
「頭の悪い女が…」というのは、わざと荒っぽく書いたつもりでした。そして。「そう見えるけれど、実は違う」と言いたかったのでした。言葉が足りなかったようです。そして、それ以上に、確かに知識不足でした。
ご指摘、ありがとうございます。
会場でプログラムを見て、「そうか、レッシング原作だったか」と思って様な次第です。そういえば、ビュヒナーの小説、読んだ記憶があります。
日本に帰ったら、いくつか読んで勉強しようと思います。

投稿: 樋口裕一 | 2012年8月23日 (木) 04時19分

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