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バイロイト音楽祭「さまよえるオランダ人」は最高だった!

 8月24日、バイロイト音楽祭「さまよえるオランダ人」を見た。最高の演奏! 素晴らしいという言葉では足りない。演出も刺激的。私は大いに興奮した。

 指揮はクリスチャン・ティーレマン。凄い指揮者になったものだ。昨年、ザルツブルク音楽祭であまりに圧倒的な「影のない女」を見て驚嘆したが、今日の「オランダ人」もそれに匹敵する。この劇場特有のやわらかい音が全体を満たし、隅々まで神経が行き届き、しかも生き生きとして張りのある音楽が進んでいく。バイロイト祝祭劇場を知り尽くしたティーレマンでなければできないことかもしれない。まったくの隙もなく、たるんだところもなく、ぐいぐいとドラマが推し進められる。

 歌手もみんな素晴らしい。何よりも素晴らしいと思ったのは、ゼンタを歌ったアドリアーネ・ピエチョンカ。昨年だったか、バイエルン国立歌劇場が来日した時、アリアドネを歌い、特別演奏会で「四つの最後の歌」を歌った歌手だ。その時も素晴らしいと思った。まるでリートを歌うような丁寧な澄んだ声だが、会場全体に響く。歌い回しも清潔。バラードはまさしく絶品。

 オランダ人はサミュエル・ユンという韓国人歌手。入れ墨問題で降板になったニキーチンの代役だが、ニキーチンに一歩も引けを取らないと思う。二度ほど、声が濁ったのを感じたが、それ以外はほぼ完璧に美しい声で歌いきった。韓国人歌手の勢いは止まらない。日本人も藤村さんの後に続く人が早く出てほしい。

 ダーラントのフランツ・ヨーゼフ・ゼーリヒもエリックのミハエル・ケーニヒも、舵手のベンヤミン・ブルーンスも完璧。どこといって穴がない。誰もが素晴らしい。合唱も最高。このオペラは合唱がよいとぐっとしまる。

 ジャン・フィリップ・グローガーの演出もおもしろかった。大ブーイングが出ていたが、私はこれは傑出した演出だと思う。

 

 幕が上がると、まるでハイテク機器の中身のようにIC回路のようなものがめぐらされ、数字が点滅している。オランダ人は、デジタル世界の人間という設定だろう。オランダ人の頭に黒い斑点があるが、それが情報人間のしるしだと思われる。オランダ人は、デジタル世界の人間でありながら、そこに激しい枯渇感を抱いて旅をして回っている。オランダ人は自ら腕にナイフで傷をつけるが、それは生きる力を得たいが得られないという焦燥を意味するのだと思う。

ダーラントと舵手は工業社会に属している。ダーラントは紳士的なスーツを着たブルジョワで、舵手はビジネスマンらしい身のこなし。第二幕の糸車の場面では扇風機工場という設定になっている。オランダ人の属する情報社会と違って、まさしくアナログ。登場人物は1950~60年代のハリウッド映画を戯画化したような制服姿で一律的な動きをしており、アナログ性が強調されている。エリックも工業製品を手にしており、同じ時代に属する。

 ゼンタは工場では浮いた存在で、制服を着ないまま子どもの工作のようなものを作っている。つまりは、ゼンタは資本主義以前の手工業時代、もっといえば「前近代」の存在だということを意味するだろう。

 オランダ人とゼンタは恋に落ちる。つまり、オランダ人は、情報時代の枯渇感の救いを前近代に求める。二人は意気投合し、工場を子どもの工作のようなつくり物で満たし、前近代の夢に耽る。

 第三幕はじめのオランダ船と幽霊船の合唱合戦は、アナログ的な資本主義と情報社会の戦いという様相をとる。まるでウイルスに侵食されるかのように、アナログ社会の人々は敗北しそうになる。

そして、幕切れに至る。オランダ人とゼンタはともに死を選ぶ。ただし、この場合の死は悲劇を意味しない。二人は傷つけあい、血を共有し、ともに死ぬことによって情報社会から脱出し、前近代に旅立とうとするのだろう。ところが、二人が死のうとしている瞬間、アナログ資本主義に属す舵手が二人の様子を写真に撮る。

ここでいったん幕が閉じる。そして、ふたたび幕が開くと、第二幕と同じ工場で、今度はオランダ人とゼンタが死のうとしている瞬間の像が工業製品として作られている。ここで歌劇全体が終わる。

要するに、いかにデジタル世界に資本主義からの脱出し、もっと人間らしい前近代の理想を描いてみても、結局はデジタル世界も資本主義に抱合され、売れる製品として広まっていくだろう・・という結末。

私は「読み替え演出」は大嫌いだ。だが、この演出は「読み替え」とは思わない。確かに「さまよえるオランダ人」というオペラを、そしてワーグナーの作品を現代において上演することは、この演出の提出した問題をはらんでいるのだから。

今、私たちは、情報化がこれまでの資本主義と異なる、もっと個人の生のあり方を満たす方向に向かうことを求めている。そして、私たちがワーグナーの歌劇や楽劇に心惹かれるのも、現代社会の枯渇感からの救済を、ワーグナーの持つ神話的な世界に求めるからだ。私たちは、今日の演出のオランダ人とまったく同じように、現代社会に満たされぬ思いで生き、もっと生きる喜びを感じたいと思っている。だからワーグナーを聞く。そこに資本主義とは違う、前近代の神話世界を感じている。だが、それははかない夢想でしかない。実際には、その思いは資本主義にかすめ取られ、商品化されていく。情報化も資本主義を一層強力にすることにしか役に立たない。

そうした現代社会の宿命を今回の演出は語っている。これは読み替えではなく、ワーグナーを現代において上演することの意味を突き付けている。

演出も含めて、大いに刺激を受けた。そして、このようなことを含めて考えさせてくれるワーグナーが私は大好きなのだと、改めて思った。

 明日は「ローエングリン」。昨年、この演出による「ローエングリン」をテレビで見始めて、演出が気に入らなくて途中でやめたのだったが、実演を見るとどうだろう。ちょっと心配・・・

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コメント

とても魅力的な記事でした!!
また遊びに来ます!!
ありがとうございます。。

投稿: 履歴書 | 2012年10月15日 (月) 20時21分

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